【CONTINUE】 寝る子は育つ
異世界…異世界…異世界………!#$%@&*?
ゥマクァイヤの夜は静かだ。
太陽球が沈めば当然あたりは闇に包まれ、家々の前に明かりが灯される。明かりといっても薪や油を使ったものではない。漆喰のような白い材質のもので作られた灯器と呼ばれる器の中にほんの小さな火石の欠片が入れられている。
火打石を傍で擦ればわずかな火花を吸収して晧晧とした明かりを放つ。
薪のように爆ぜる心配も無いので茅葺の多い村では重宝されている。
晧晧とはいっても灯器に入れられているのは屑に等しい火石のカケラだ、四方の穴から漏れ出す光は、せいぜい家の入り口の場所を教えてくれるくらいの働きでしかない。
小さな村なので、ここに住む人々にとってそれは在宅しているという印のようなものだ。
外に明かりが灯され始めた頃、マコトがいたというチキュウについて、キトは台の上を片づけながらミツシと話していた。暗くなった部屋の中央、持ち運びできる置き型の明かりに火を灯す。こちらは硝子でできているのか透明な円柱の形をしており、中央に穴のあいた蓋がしてあるシンプルな形で、油を使用したものだ。
底の液体は森で収穫した果実の中の種からとれる油だ。村の女たちの大切な仕事の一つでもある。
火を灯した油が蒸発するにおいを鼻にしたミツシが首をかしげた。
「遅いね」
明かりの蓋を慎重に閉じていたキトが視線を上げる。
「はい?」
「外の空気を吸ってくると言って出て行ったきり戻ってこないようだけど」
「そういえば…」
マコトが出て行って太陽球が沈むまでには結構な時間があった。何気なく扉へと目を移したキトの視界に窓の外の闇が映る。あれから幾分か過ぎたというのにマコトはまだ戻ってきていない。
初めてきたこの世界、行く当ても無い筈。村を見て回るにしてもそう広い村ではない。半時もあれば一周して戻ってくるには充分な時間だ。
「見てきます」
「うん、そうして」
表の戸に向かっていたキトを呼ぶ声が、台所のほうから聞こえてくる。
「キトいる?」
台所の方にも出入りするための戸がついている。そちらから届いた声に取って返すとリリカラッテが駕籠を持って立っていた。
「キューイのお肉を持ってきたの。ここに置いておくわね。それと」
リリカラッテの背後の闇に紛れるように立っていたコッカーが現れる。
「落ちてたぞ」
コレ、と無造作に肩に担いだ荷物を軽く揺らす。
「マコト!?」
いま、探しに行こうとしていたばかりの男がコッカーの肩の上で気持ち良さそうに寝息をたてている。
「眠っているだけだ。どこに降ろせばいい?」
言われて慌ててキトが自室へと通す。
ミツシとキト、二人の暮す家に客間などという洒落たものは無い。生憎、いくつかある小部屋も二人暮しには多すぎる荷物が占領し、物置と化している。広さでいえばミツシの部屋の方がゆとりはあるのだが、あの場所で眠れるのはミツシくらいだろう。
「着替えを持ってくる」
部屋に入っているようにいうと明かりだけ灯してミツシの部屋へ向かう。キトのものではサイズが違いすぎる、それでも構わないと言えば構わないのだが、恐らくキトのものではマコトの太腿くらいまでしか隠れないことを想像するとミツシのものを着せていた方が視覚的に嫌な思いをしないで済むだろう。
コッカーはキトの部屋に入ると、とりあえず靴と靴下だけ剥ぎ取り肩にマコトを担いだままキトが戻るのを待った。
キトが用意したミツシの寝衣を受け取ると、手早く着替えさせて寝床に放り込む。
かなり手荒にコッカーがその作業を行なったのだがマコトが目覚める気配は無い。
一息ついたコッカーにキトがたずねる。
「どこにいた?」
「この家の前だ」
ということは、出てすぐに倒れてしまったのだろう。
部屋の明かりを落として戻ると、リリカラッテに事情を聞いていたのだろうミツシがキトに声を掛けた。
「疲れたんだろうね。夕飯まで眠らせておこうか」
『兄貴』
呼ばれて振り返ると制服姿の弟、マサミが立っていた。斜めに提げた白い鞄が学校帰りであろうことを告げていた。
ゥマクァイヤにいるはずの無い弟の存在に、驚いて駆け寄る。
「マサミ!? お前も異世界に来ちまったのか!」
「異世界? 何言ってんだよ。また寝ぼけてんのか」
呆れたように口にするマサミにすぐさま言い返す。
「待て、オレはお前と違って寝起きはいいぞ」
「…」
憮然とした表情で黙り込んだマサミを無視して辺りを見回せば、見知った町の景色がそこにはある。
「あれ〜、おかしいな、確かウマカイヤってとこにいたと思ったんだけど」
どう見てもそこは自分の住む町の一角に違いない。
「夢でも見てたんじゃねーの?」
白昼夢か? それはそれで危ねーやつだろ、などというマサミの声は当然無視した。
―――そうか、夢か。フフフ、そうだよな異世界なんてマンガじゃあるまいし、そうそう行けるわけないよな。
フフフ、フフフ、ウフフフフフ。
こみ上げる笑いにマサミの顔が引き攣る。
『気持ち悪い』
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