【CONTINUE】 講義 〜異世界について学んでみよう(初級-A-)〜
異世界。そこはマコトの住む世界とは随分違うところだった。まずは初級編行ってみよう!
しばらくはキトのいれたお茶を味わいながら反応を楽しんでいたミツシだったが、泣きの入ったマコトに免じて額の結晶を元通り貼り付けた。
「ね、言葉が通じないって結構大変でしょ」
しかしマコトはミツシの言葉を聞いてはいなかった。
「ちょっと待てって、ここナニ? 地球じゃねえの!?」
混乱する頭をまとめようとするが事態の展開についていけない。
「チキュウというのは、君の国の名前?」
頭を抱えているマコトとは対照的にミツシがのんびりした口調で尋ねる。
「国っていうか、星」
「星? あの、夜になると空に光ってるアレか?」
「そうだよ!」
何当たり前のこと言ってんだ、といわんばかりに返すマコトに、
「ミツシ様」
キトが訝しげな表情でミツシに説明を求めると、ミツシも難しい顔で頷いた。
「まず、この世界の常識を教える必要がありそうだね」
何処から話そうかと思案した後、ミツシが口を開く。
「キト、ルーバスを」
言われたキトが奥の部屋へと入っていき、手に何かを持って出てきた。
平たい四角形の石が九枚。
平たいとはいっても真っ平らではなく、わずかに凹凸がついている。石の厚さはそれぞれ一センチに満たないくらいで手のひらサイズ、それぞれ違う場所に直径五ミリほどの穴が開いている。そして、穴に通された二十センチほどの細い紐。
それらを受け取ったミツシは、細い紐の端をテーブルにつけ何ごとかを呟いた。
マコトの聞き間違えでなければ「くっついてなさい」といったようだった。テーブルにつけたのとは逆の端を掴んで上に引き上げる。テーブルに対して垂直にひかれた紐にそって九枚の石が順に重なっていく。穴の位置が少しずつ違うため、微妙にずれながら、それはテーブルの上に積まれた。
出来上がったのは、ちょっとつついたら崩れそうな、アンバランスなオブジェ。支えているのは石の穴に通された紐一本だ。なんとも頼りない支えだが、積み重ねられた石は崩れることなく立っていた。
「?」
結び目があるわけでも無い紐が、なぜ抜けないのかも気になるが、それ以上に目の前で何が始まったのかとマコトは興味深げに見つめる。
ミツシが軽く人指し指で一番上の石を叩くと、それに応えるように石達が跳ね上がり、1センチほどの間隔で浮き、静止した。
おおっ!とマコトが驚いていると、ミツシがそれを指差して言う。
「この世界の形はね。こんなカンジ」
「――え゛」
瞬時には意味が理解できず、一拍おいて驚きの声が出た。ルーバスと呼ばれたそれをアホ面さらしてみつめるマコトに構うことなく、ミツシは説明を続ける。
「この世界は、九つの階層から出来てるんだ。私たちがいるのがココ」
ミツシが指で示したのは上から四つ目の石。
「第四階層。国の名前はテクラフィス。ゥマクァイヤは、その中にある村の一つだよ」
マコトはこのアンバランスなオブジェが、この世界を表わしているのだとは思いもよらず目を丸くした。
「階層ってナニ? この地面の上に地面があって、地面の下に地面があるってこと?」
なんだか自分でもワケのわからないことを言っているのはわかるが、どういえば正しいのかがわからない。
「君がいたチキュウという星(ほし?)は、どんな形をしているの」
「球体」
「丸いのか!?」
マコトが答えるのに今度はキトが驚きの声をあげる。
「そうだよ。それが普通だろ」
手を顎に添え、うーんと唸ったミツシが言い諭す。
「君の世界の常識はあまりここでは通用しないと思うよ。…球体の中に、人は住んでいるの?」
ミツシの質問はマコトにとって突拍子もないことだったが、キトも同様の疑問を抱いていた。
「違うって、上だよ」
バックからペンケースとメモ帳を取り出した。
メモ帳の中心に円を描き、その円周に沿って丸と線で人を三人ほど描いた簡単な絵だ。
それを二人の前に差し出す。
ミツシは紙の上に手をかざした。一際激しく額の水晶が輝く。
「なにこれ? こんなんじゃ反対側の人落っこちちゃうよ」
情報を読み取ったミツシが目を丸くしてマコトにいうと、その横ではうんうん、とキトも激しく同意を示している。
「落っこちねーよ! この球体の中心に向かって重力、ん、引力か? なんか、そんなカンジの力が働いてる、から」
曖昧に言葉を濁す。
も少しマジメに勉強しとくんだった、と思ってはみても後の祭り。まさか異世界の人に自分の世界の常識を説明することになるなんて、予測の範疇を超えている。
学校の勉強がどこで役に立つんだ? と日頃思っていたマコトだが、そうか、こういう時か。と妙な納得をしている。
「太陽球はあるのか?」
「太陽球? 太陽ならあるぞ。一日かけて地球を一周してる」
「いくつあるんだ?」
「ひとつに決まってんだろ!」
「ひとつ…。球体ならそれで、十分なのかな」
地球と太陽の動きを想像しているのか、視線を下げ考える仕草をしていたミツシがマコトに視線を戻す。
「太陽球っていうのは、君がいた西の泉の方へ沈もうとしているあの明るい球のことなんだけど」
指差した先、窓から見える太陽が山の少し上のほうにある。
太陽球。
森の中にいたときは高い位置にあった太陽がミツシの言葉どおり西へと傾いている。
もう一時間もすれば沈んでしまうだろう。
しかし、何かがおかしい。
腕を持ち上げ時計をみれば短針が5を指していた。
マコトが元いた世界、季節は四月。このくらいの時間ならば、薄闇に包まれ始めていてもいい頃なのに、窓からのぞく外の景色は昼間と大して変わらない明るさを維持している。
「この世界には五つあるよ。二階層に一つずつ。第一階層だけは特別で、常に太陽球は上空に浮いてる」
説明しながら空を掴むように手を動かした。
手首を軽くふって握りこんだものを指先に滑らせ、一つおきに浮いた石の上に置いていく。
置かれたのは小粒の玉だ。
濃い色のそれはビーズくらいの大きさしかない。丸く見えるのだが転がり落ちないところを見ると球ではないのだろう。
石に通した紐を指で摘んで弾くと、玉は置かれた石から飛び上がりその石の周りを一定の速さでまわり始めた。
「この第四階層で説明すると、東から昇った太陽球が西に沈むでしょ。そうして、夜がくる。第四階層が夜のとき、沈んだ太陽球は第五階層に朝をもたらす。そして、太陽球が昇ると第五階層に夜が来て、第四階層は朝になる」
ミツシの言葉どおりに玉は石の上下を行き来している。一番上の玉だけが石の中央に浮いたまま微動だにしない。
「この世界で星っていうのは、上の階層の太陽球の光が、上階の細かい穴を通って差し込む光のことなんだよ」
「じゃあ、第五階層は太陽球が沈むと朝になって、昇ると夜になるってこと?」
玉を目で追いながら尋ねるマコトにミツシは頬を緩めた。
「ご名答」
にこやかにミツシは笑うが、実際のところマコトには異世界だという実感はまだなかった。
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