【CONTINUE】 謎の女とメディマージ
ようやく帰り着いた我が家。しかし、待っていたのは…。
大量のキューイを担いだコッカーは、去り際キトに「後で持っていく」とだけ言うとリリカラッテと共に家へ帰っていった。
名残惜しそうに二人を見送るマコトの首根っこをつかまえて、キトもミツシの待つ家へと向かう。
「ただいま戻り…」
扉を開け、そこにいるはずの人へ帰宅を告げていたキトの表情が硬いものへと変わった。
マコトはキトにつかまれ伸びたTシャツの首を正しながら、キトの頭越しに中をのぞきこんでいた。
二人の視線の先にいたのは全身を黒の貫頭衣で包み、組んだ足には先の尖った派手な色彩の靴を履いた長髪の女。真っ赤な唇が毒々しい。瞳の色が見たことも無いような色をしている。熟成された赤ワインのような深みのある赤。
目の周りを黒く縁取り、妖しいまでの色香を漂わせているその姿に、キトが警戒心を隠そうともせずマコトを守るように腕を広げた。小学生体型のキトが高校生のマコトを守る姿というのも異様な光景であるが、それ以上に異様な空気を纏っている女の前では大して違和感もない。
「…なんで、お前がここにいる?」
「久しぶりの再会だってのに、ご挨拶だねぇ」
くくくっと口の端を歪ませおかしそうに笑う女。
忌々しそうに舌打ちするキトの頭越し、女を見ていたマコトの視線が彼女の右肩の上を凝視したまま止まっている。
枯れ木でも肩につけているのかと思って眺めていたのだがそうではない。焼かれたスルメのように足を蠢かし、二本の手らしきもので小さい陶器を器用に持ち、中に入った緑色の濁った液体をかすかにすする音をさせている。マコトの眼に映ったその異形なもの、キトには見えていないのか気にする様子もない。
マコトの様子に気がついたのは女の方だった。
「おや、この子が見えるのかい?」
パクパクと鯉のように口を動かすマコトに、女が肩に腰かけたスルメの頬(?)を撫でながら話し掛ける。その奇妙なものは嬉しそうにキュェッキュェッキュェッと薄気味悪い鳴き声をあげていた。
心配げにちらりと後ろを振り返ったキトが驚きの声を上げた。
「見えるのか!?」
「見えるも何も、何だよアレ!? 気持ち悪ぃ〜」
言うマコトの指が親指から順にワキワキワキワキ蠢く。よほどそっちの方が気持ち悪いわっ!
「あいつナニっ?」
指を指されて気分を害したのか、肩に乗ったスルメが威嚇するように歯(?)を剥く。
「こらこら、威嚇しないの。メディマージ」
「目玉オ○ジ?」
かの有名な妖怪の頭からひょっこり顔を出すあれか!? ということは、あの女に見える人は○太郎!?
「マコト、お前は暫く黙っていろ。話が進まないだろう」
身を乗り出し、食い入るように女の肩に乗った生き物(?)をみているマコトを押しとどめてキトが言う。
キトは向き直ると女を鋭く見つめた。
「ここで何をしている」
「別に、ヤツに呼ばれたから来たまでのことさ」
「ミツシ様が……。ミツシ様は何処だ」
「さあねえ、裏の泉に行ってくると出たきり戻ってきやしない。まったく人を呼びつけておいてなんだっていうんだろうね」
肩を竦めて言う女の言葉にウソは無いように思われた。となれば、ミツシを探して問い詰めた方が話が早そうだ。
「マコト、こいつが何かしないように見張っていろ。私はミツシ様を探してくる」
マコトの返事も聞かずにキトは裏の泉へと駆け出した。
得体の知れない生き物を肩に乗せた毒々しい色香を放つ女、そして取り残されたマコトの三人。動いたのは女だった。
やれやれ、と肩を竦めると立ち上がりマコトの方へと歩み寄ってくる。
「坊や、名前は?」
「柘植マコト。です」
女の年齢不詳な姿に、とってつけたような敬語で話すマコト。
女は気にも留めずマコトの背にあるバックパックに手を伸ばす。
「これは、なんだい?」
指で挟んだ何かを確認するように撫でる仕草に、首だけを動かして女の動きをおっていたマコトだが、女の指の間には何も無かった。
「?」
怪訝にそれを窺うマコトに女が薄く笑った。
「ああ、コレは見えないんだね」
言われて気が付いた。
マコトの右肩の上に伸ばされた腕。背丈が同じくらいなせいか、顔の正面にはあのスルメのような生きものが鎮座している肩がある、はず。
向き直るのは怖いが、間近にいるアレが視界から外れているのはもっと怖い。
女から飛びのくように離れて視線を戻した。
先刻よりも近づいたせいでよりはっきりとその生きものが確認できた。
枯れ木に見えていたそれは、茶色く薄い皮を纏った骨ばった生き物。今まで見たことのあるモノに例えるならば、ミイラ。
体の中央に赤く見えるのは口。
そこから漏れ出す異様な音。
口のゆがみ具合からみて笑い声であろう。笑い方が主人に似ているのは「ペットは飼い主に似る」という言葉を思い浮かばせるが、ペットなんて可愛げのあるものじゃない。
―――見なきゃ良かった…
後悔先に立たずとはよく言ったものである。
これがミイラなら動かないし、笑わない。勿論、茶を飲むなんてありえない!
キューイに追われていたときとは違う寒気が背筋を這い上がる。
ブルっと震えたマコトを見て女が再び笑い声を上げた。
「メディマージ、どうやらお前の姿がお気に召さないようだよ」
揶揄うように言われたソレが、心外とばかりに唸り声を上げる。
更に腰の引けたマコトをみて女は気が済んだのか、戸口へと向かう。
「ミ、ミツシ様を待たないのか?」
女はミツシ様(マコト自身あったことも無いのだが、キトがそう呼ぶのでなんとなく口をついて出た)に呼ばれて来たと言っていた。それなのに、出て行こうとするので思わず引き止めるようなことを言ってしまった。
できる事なら、その肩に乗った変な生きもの共々さっさと出て行って欲しいというのが本音だが。
そんなマコトの本心が聞こえた訳でもあるまいに、女は皮肉気に口を歪めるとさも愉快そうに笑った。
「また出直すとするさ」
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