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衝撃  作者: 木崎 るか
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【CONTINUE】 極めるとこうなる

追うキューイ。追われる二人。マコトとキトの命運や如何に!?

 荒くなる呼吸を整える暇もない。

 執拗(しつよう)に追いかけてくるキューイの群れから二人は必死で逃げていた。

 わき腹の痛みは段々酷(ひど)なり、カラカラに乾きあがった喉にはむりやり唾液(だえき)を流し込む。

 特に、叫び続けたマコトの消耗(しょうもう)は目に見えてわかる程だった。

 マコトが()れた声で叫ぶと、また一頭が炎に包まれた。

 もう幾度目になるか、炎のカタマリを飛ばしながら、マコトは大きく肩で息をついていた。

 突き出した腕をもう片方の腕で支えなければ上がらないほどに消耗していた。

 減ったな、と思った傍から別の群れが合流してくるせいか、一向にキューイの数が減らない。

 それでも飛ばした炎にヒットしたキューイは、相当数になるはずだ。


―――逃げるのもそろそろ限界だな


 キトがそう思うには十分な理由があった。マコトの声に力がない上、炎の大きさも心なしか小さくなっている。

 酸欠で意識まで朦朧(もうろう)としてきたのか、足の乱れたマコトをキトが慌てて支えたが、ここでも体格の差がアダとなった。

 支えきれずに揃って倒れ込む。


「マコト!」


 下敷きになったキトがマコトの体を揺するが反応がない。

 なんとか体をずらし、マコトを支えて起き上がる。

 この隙に飛び掛ってくるかと思われたキューイ達は、慎重に二人から距離を取っていた。マコトが飛ばしていた炎が牽制になっているのだろう。

 しかし、状況は最悪だ。

 キトが唾を飲む。


―――囲まれた


 じり、じり、とキューイ達が距離を詰めてくる。

 血走った瞳、獰猛(どうもう)さの窺える牙は一頭でも十分すぎるほど脅威だというのに。視界に入るだけでも、六頭はいた。

 マコトも意識だけはあった。立ち上がらなくては、と思いはしているのだが体が動かない。指先一つ動かすのさえ困難な状態だった。

 突然、鳥たちが一斉に羽ばたき飛び去っていく。続いて獣の()える声。

 キューイ達が耳をそばだてる。

 獲物を前にして途端に落ち着きなく辺りを窺いはじめた。

 先刻までの威勢はどこへやら、尻尾の先がピルピルと震えていた。

 再び獣が吼えるのに、一斉にそれとは逆の方へと走りだした。

 キトにはわかった。

 キューイの天敵、アザレイムの声だ。

 獰猛さにおいても体の大きさにしても遥かにキューイを上回る凶悪な生き物。

 ヤツにかかっては、人間などひとたまりもない。

 一刻も早くこの場を離れなければ、とマコトを立たせたキトの腰に何かが巻きつく。

 ギョッと首を回したキトの眼に入ったのは、よく知った男の顔だった。

 騙されたと気付いたキューイのボスが、唸りをもって仲間を引きとめたが遅かった。

 突如現れたモノの腕に獲物が二つ捕らえられている。

 それはキューイの群れに背を向けると一目散にその場から駆け去っていく。


「コッカー」


 キトのそれにはありありと安堵(あんど)の響があった。

 アザレイムの声は、それを真似(まね)たコッカーのものだったのだ。

 キューイの気を逸らし、あっという間に窮地(きゅうち)を脱した男に、キトはくたくたに疲弊(ひへい)した体に鞭打って賞賛を送りたくなった。

 コッカーはというと、いくらか逞しいとはいえ大してマコトと変わらぬ体型のくせして恐ろしいほどの膂力(りょりょく)でもって二人を両脇に挟み、木々の間を飛ぶように走り抜けていく。獣の足で追いつけない速さというのは、一体どれほどのものか。

 見る見るうちに景色が変っていく。

 気がつけば、村の外れの辺りまで戻ってきていた。

 ようやく見慣れた景色にキトが体の力を抜いた時、反対の腕に抱えられたマコトが、わき腹に回された腕の筋肉の滑らかな張りを指先で確認して、思わずため息を吐いた。


「…何をしている?」


 地を這うような重低音がマコトの後頭部に()し掛かる。

 触れた肌の感触が、先ほどの滑らかな手触りとは打って変わってザラリとしたものに変わっていた。


―――トリ、ハダ?


 感触の正体に気付いてぱっと手を離す。

 そりゃ、同年代の男にいきなり二の腕を撫で回されたらそうなるわな。

 それも筋肉の形を確かめるように指先でツツツーなんてやられた日には、一気に肌も鳥化(とりか)するというもの。

 もうしません。と両手両足をだらりと垂らしてコッカーの腕に大人しくぶら下がる。

 狩場を抜けたコッカーは、二人を適当な場所を選んで下ろした。


「何頭焼いた?」


 鼻をくすぐる香ばしい匂いにコッカーがいま来た道を振り返る。

 返事も聞かずに再び森へとって返そうとするコッカーをキトが慌てて引き止めた。


「どこへ行く」


「拾ってくる」


 コッカーの言葉に、立ち上がる気力もないのか座り込んだままのマコトが驚きの声を上げた。


「ヤツラはまだそこらへんにいるかもしれないんだぞ!」


「問題ない。キトと一緒に村へ戻っていろ」


 村にいるときは垢抜(あかぬ)けない少年であるのに、森という場が彼を生き生きと輝かせていた。水を得た魚というのはああいう状態をさすのだろう。


「なんで、あんなもん、拾いにいくんだよ」


 足音無く森に消えたコッカーを見送ってマコトが呆然と呟く。


「食べるんだ」


「はあ!?」


 マコトの隣に立ち、同じ様にコッカーを見送ったキトが険しい表情でコッカーの消えた方を見つめていた。


「狩場に来ているキューイはほとんど草か木の実しか食べてないからな、癖がなくて食べやすいのは事実だ…」


 そこまで言ってキトは身震いした。

 例え猟師でもキューイの狩場に好き好んで近づく者はいない。なのにあの友人は問題ないと言い切り、戻っていった。

 たったいま体感した恐怖が背筋を震わせる。


「…あいつ、何者?」


村一番(・・・)の猟師だ」


「…半端ねえな」


 とうとう地面に体を投げ出してマコトが言うのに、キトも頷いた。

 違いない。

 気負うでもなく平然とあんなところに戻ると言うヤツは、キトの感覚だけでなく、他の猟師たちでも常軌を逸しているとしか思えなかったに違いない。

 だってアイツは狩場にいるキューイのボスを『足を掴んで岩に叩き付ける』とか言ってしまうような奴だから…。

 きっと実践したことがあるんだろうなあ、とキトの目が遠くを見ていた。



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