【CONTINUE】 再び、ヤツ、現る
泉の前に立たされ、笑えと言われたキト。何をする気かと思えばカシャッと音が聞こえ、もう良いぞと言われる始末。。。アレは何だったんだ? コラ、ちゃんと説明しろ!
キトとマコトの二人はゥマクァイヤへと進路をとり、森の中を歩いていた。
焚火の始末をし、生乾きの服はバックパックにしまったが、革靴はどうしようもないので、適当な枝を拾ってそれにぶら下げ、持ってきている。
村に行けばこのあたりの地図があると聞き、とにかく村に向かおうということになったわけだ。
結構歩いたはずなのに、辺りは相も変わらず森の中。
目印も何もない道なき道をざくざく進んでいくキトの後ろを黙って付いて来ていたマコトだが、ふいに足をとめた。
視界の隅を掠めたモノが気になって振り返る。木々の間にその姿は見えた。
「アレは、」
―――ヤツだ。
マコトの視線の先では見覚えのある生きものが一心不乱に穴を掘っている。
後ろ姿しか見えないが、ツヤッツヤのグレイの皮は見間違うはずがない。
朝の恐怖がよみがえる。
「キト」
潜めた声で少年を呼び、手招きする。
緊迫した声に呼び止められたキトが不審気に近づいてくる。マコトがしーっと人差し指で静かにしろと合図して、ヤツを指し示した。
キトがヤツを見て頷いた。
「キューイだな」
「キューイ?」
名前を聞いて、それは鳥じゃなかったか、と首を捻る。
キトはキョロキョロと辺りを見回すと、白っぽい木に近寄った。見上げて枝になる赤い実を、2,3摘み取る。
「グースーの実だ」
マコトの物問いたげな視線にキトが答える。
マコトも一つ手にとってみた。
弾力といい、長丸い形といい、グミのようだ。
「偶数の実…。奇数の実ってのもあるのか?」
字が間違っている。が、気づくこともなくキトは頷いた。
「よくわかったな」
「マジ!?」
ちょっとした冗談のつもりだったのに、まともに答えが返って来て驚いた。
『そんなもんあるわけないだろー。あははは〜』というのを期待していたのだが。
ちなみに、奇数ではなくキースーというのが正しい。
互いに勘違いしていても話が通じるのだから問題はない。…のか?
キトがその実を放ると、放物線を描いてキューイの頭にこつんとあたり、地面に落ちた。
キューイは何が降って来たのかと上を見上げて、クエスチョンマークを飛ばしている。
上からタライが落ちてくるコントのような動きに、思わずマコトは吹き出しそうになり慌てて口を押さえた。
地面に落ちているグースーの実に気付いたキューイがそれをふんふんと嗅ぎ、徐にぱくりと口にする。
途端によろよろと身体をふらつかせた。
その様は酔っ払いがよく見せる、千鳥足に似ている。
「これでしばらくは大人しくなる」
「食べて大丈夫なのか?」
「あの実は、少量なら眠気を誘うだけだから」
「大量に食わせたらどうなる」
「凶暴化する」
キトの言葉に、いやいや、とマコトが顔の前で手を振った。
「あいつは元々凶暴だろ?」
「そうでもない。目を合わせなければそうそう人を襲うようなことはないぞ」
当然のように言われても、マコトは憮然とした表情のままだった。顔には、到底納得できないと書かれている。
なにせ目が覚めたときヤツは、人の顔に涎を垂らしていたのだから…。
「行くぞ。もうすぐ村だ」
促されたマコトは、横になってしまったキューイをもう一度だけ振り返り、肩をすくめ歩き出した。
数歩移動したところで、今度はキトが立ち止まる。
足元には水たまり。
水たまりの周りには豚の蹄のような跡が大量に残されていた。
踏み荒らされたのであろう水たまりは、ぐちゃぐちゃにぬかるんでいる。
「…まずいな。どうやらこの近くにキューイの狩場があるぞ」
足跡でキューイだとはわかるものの、狩場まではわからない。
コッカーを連れてくるんだった、とぼやいてみても始まらない。
キトの小さな頭の中ではキューイの特性がめまぐるしい速さで流れていた。
キューイは単体で行動するのが常の生き物だが、狩は違う。
周期があり、時期ごとで狩場を変える。
西の泉から森の中ならどこにでも生息しているのに、何故か狩場だけは決まっているのだ。一度食事をすれば、半月程は少量の水と木の実だけで生き延びれる、キューイならではの習性かもしれない。
猟師ならその場所がどこなのか、常識として知っている。
しかし、森に足を踏み入れることが少ないキトには検討もつかないことだった。
狩場が近くにあるということは、腹をすかせたキューイが集まっているはずだ。
「マコト」
足跡を食い入るように見ていたマコトに、キトが声を掛ける。
顔色が良くないようだが、そんなことは構っていられない。
森を抜けるのが先決だ。
「さっきの炎はだせるか」
いいながらマコトの靴を自分の背負ってきた袋に放り込む。
「…ああ(多分)」
「キューイは火が嫌いだ。姿を見たらぶっ放せ」
物騒な物言いに目を丸くしたマコトの前で、キトは履物の紐をきつく結びなおしている。
「村は近い。一気に駆け抜けるぞ!」
言うが早いか駆け出したキトに、おいていかれては大変、とマコトも慌てて後を追いかけた。
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