【NEW GAME】 目覚めれば、森の中
ひょんなことから異世界へ来てしまったマコト。自分がいる場所が異世界だとも気付かず遭遇したのは、見たこともない生きものだった。
『どうしよう』、と考えるより先に体が動いていた。
『しまった』と思ったのは強い衝撃が体を走ったとき。
―――オレ、シンダカモ
思考はそこで途切れた。
*** *** *** *** *** *** *** *** ***
左の頬に柔らかいようなチクチクするような、それでいて少し湿り気を帯びた何かが触れている。
耳朶に風を感じ、くすぐったいと思ったのはどうやらフンフンという音をさせている主と関係がありそうだ。
回らない頭でぼんやりそんなことを考えていると、ザラリとした感触が頬を舐めた。
ふがふが聞こえるのはそいつの鼻息らしい。頬を伝っていく液体は、
―――涎かーーーー!
瞬間クリアになった脳みそは、思わずツッコミを入れていた。
ばっちし開いた視界に入ってきたのは超至近距離の豚鼻。
今まで生きてきて十六年。
犬・猫以外の動物をこんな至近距離で見たことなどない。
ずざざっとザリガニのように後退し大きな木にぶつかって止まる。そして、その生きものを見て度肝を抜かれた。
鼻は確かに豚だ。
しかし、その後がオカシイ。
口の端には下あごから突き出た牙が剥き出しになっているし、つぶらな瞳ではなくやたらと切れ長なイケメンアイ。更にライオンのタテガミ(のようなもの)が首の周りをびっしりと覆い、体は…アルマジロぉ!?
ツヤッツヤの皮は見事なグレイだ。
―――こいつを捕まえて売れば高く売れるんじゃ?
なんて考えが脳裏を過ぎったが、ウギョェエエーというそいつの地を這うような雄叫びと、ずらりと並んだ尖った歯を見てすぐさまそんな甘い誘惑は蹴り飛ばした。
―――なぜかって? そりゃあこいつが、いくら動物に詳しくない俺でも『肉食』だって気付いたからさ〜
悠長にそんなことを考えていれたのもここまでだった。
後ろ足で土を掻き、前傾姿勢になったヤツの次の行動がわかったから。
テレビで見たことがある。闘牛の動きと全く同じだった。
その時見た闘牛士は、見事に闘牛が突っ込んでくるのをかわしていたが…。
―――アレをやれっていうのか! イヤイヤイヤ、ムリムリムリ!!
心の叫びに無意識に首を振り、ムリムリムリに連動するかのように右手がせわしなく振れる。
その動きがさらにそいつを刺激したらしい。
切れ長の瞳がキュイッと吊上がり、口からはダラダラと涎を垂らし、今にも飛び掛ってきそうな気配を漂わせている。
―――何かしないと殺られる! ってか食われる!!
焦って目だけで何かないかと探す。
ヤツが視界から出ないように気をつけながら。
しかし、生憎と武器になりそうなものは落ちていない。視界に入る景色は森のようだが、見たかぎりでは逃げ込む民家もない。
―――走って逃げるしかないか?
じりじりと背後の木を使ってゆっくり立ち上がる。
全く未知の動物が目の前にいる。走る速さも判らない。
まさかアルマジロの足で猛獣並のスピードでは追いかけてこないだろうが、闘牛並の速さで追いかけられたらやっぱりアウトだ。
とはいえ、逃げなきゃ食われる。
―――とにかく、木の後ろに回りこんで猛ダッシュだ!!
決意を固めた時、ヤツが動いた。
それは予想を軽く2メーターくらい越えていた。
前傾姿勢のヤツの体がもっと沈んだように見えたかと思うとタッと後ろ足で土をける音、わずかに浮いた体を空中で丸め、ヤツは変態した。
ザンッ
アルマジロ部分から突き出したそれはハリネズミの針を思いださせる。
地面に着くが早いか、物凄い勢いで転がりだした。落ち葉を巻き上げ、小枝などはその回転に巻き込まれて無残に砕け舞う。
「うひょーーー」
変な声が出てしまったがこの際そんなことはどうでもいい。体を捻り間一髪それを避けると、ヤツは一直線に木に向かって突っ込んでいった。
ずぅぅん
まるで鉄球が生木にめり込んだような音だ。
振動が根を揺さぶり、大地が揺れる。
―――ヤベー、ヤベーよ、あんなのくらったら間違いなく即死だろ!?
針の隙間からのぞく切れ長の眼が血走っている。
心臓は早鐘のように打ち鳴らされていた。
避けなければ自分があの木のようになっていたかと思うと汗が吹き出てくる。
木に食い込んだ針を抜くためかヤツはまたも変態を開始した。
アルマジロの皮へと針を引っ込めているのだ。
それは出すときとは違い、ゆっくりと皮膚に飲み込まれていく。
これは千載一遇のチャンスだ。
―――逃げるなら今しかない!
「いひーーーーー」
脱兎の如く逃げ出した。
どうやら奇声は止まりそうにもなかった。
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