血の狂乱
太陽の光が届かないところはこの地表にいくつか存在する。深い森の中、深い谷の底、洞窟そしてもちろん建物の中。しかし、完璧に太陽の光を透過させないのは、地表には難しいだろう。人為的にしても自然の造形にしてもやはり、光というものは生物が生活するうえで必須になってくるものだ。それが必要のない生物はごく限られてくる。
その代表に上がってくるのはコウモリではないかを思う。音で物体との距離を測る彼らにとって、光というものはあっても無くても関係ない以上に、その他の音を呼んでしまう邪魔者であろう。そんな彼らは静寂を好む。洞窟の中や地底は、静寂で暗黒だ。
そんな洞窟の中にいくつかの音が響く。
地上に振った雨が浸透し、ろ過されて滴り落ちる音。その水が流れる音。
数少ない動物たちの鳴き声や歩行音。
そして、さらに数が少なくなる、道具を使う生物の起こす、岩を砕く音。
カン、カン。
金属が、柔らかい岩を削り硬い鉱物を求め進み続ける。その甲高い音に雑じって、男性の荒い息遣いが聞こえる生物はすくないだろう。しかし、時折、うん、うん。と、男性が力を込める音が聞こえてくる。
恐らく、炭鉱夫の男性は一人でこの深淵の洞窟の中に入ってきたらしく、話し声もしなければ、他の足跡も聞こえてこない。
「お?」
炭鉱夫のツルハシが、今までの柔らかい岩ではなく硬い鉱石に衝突し、ツルハシの先端が欠ける感触がある。
慎重に周りの岩を砕きながら、その鉱物に向けて岩を削りつつける。
「う~ぬ。こいつは売れんの~。」
しかし、中から出て来たのは炭鉱夫が求めるような希少価値の高い鉱物などではなく、人為的に加工された金属製品であるようであった。
「しっかし硬いの~。」
その金属製品の形は、炭鉱夫である男性には見たことのない形状であり、例えようがなかったのだが、非常に硬度の高いものであることは、使っていた金属製のツルハシを見る限り、かなり凄いことは明白だ。金剛石であっても刃こぼれしないはずなのだが、そのツルハシの先端が使い物にならないほど潰れてしまったので、現在は予備のツルハシを使用してこの遺物を掘り出した。
つまりは、この製品の原材料である、鉱物は非常に高度で、希少である可能があるという訳だ。
「仕方ないの。オッティンに売ってもらうかの。」
自分が持っている商業権では、加工製品を売ることが出来ないので、その権利を持つ友人に売ってもらう必要が出てくる。その際、若干の手数料がかかってしまうのだが、ツルハシの修理が必要になってしまった以上は、遺物ともとれる加工品を売ってツルハシを新調しなくては、今後の生活が難しくなるだけだ。
壊れたツルハシでは、こちらの体力を無駄に使う上に、商品となる鉱物を傷つけかねない。予備のツルハシがあるといっても同様の遺物にでも出てこられたらそれこそ、商いをすることも叶わないだろう。
そう判断すると、この洞窟の中に長居をする必要はない。準備をすぐに済ませると、不要なゴミ鉱石をその場に積み上げてから、自らが所属する商業ギルドのある街、トッティントンへと、歩き出す。
アレクは、現在荒野に近い平原を歩いている。本当であれば、イグニアス王国の主要な都市であるマリージョにて軍事教練をするはずだったのだが、現在はそのマリージョの領主であるセイビム・ノア・マリージョを含む数名を共に連れて歩いている。荷馬車あるのだが馬の姿はなく、代りに牛のような角を持つ、見るからに鈍足そうな曲った角を持つ生き物が、荷車を引いている。
「アレク、なんでこんなところにいるんだ? 軍事教練の話は何だったのさ?」
「そんなのオレが聞きたいよ。アリシアにもマリージョの防衛力を強化のためって聞いてたのに。」
最後方で歩くアレクとターニャ。以前、顔を覆ったターバンを脱いでいないので、灰色の瞳しか見えていない。それに加えて、膝まで覆える土色のマントを纏っているので、周りから体の線も予想できない。さらに、マントの下の服も体の線(主に胸)を圧迫することで、動きにくさを抑えている素材の服を着ているので、外見上は細身の男性に見えない事もない。
また、ターニャの話し方が、変わっているのにも理由があり、アリシアやイグニアス王国の中でもターニャが「地位高く、エルフとの同盟に影響を与えかねない影響力を有する。」と判断した人物がいる間は、まるでオフィアのような口調で話している。
その点、アレクやエルフの国で出会った数人、特にフィルビアの前ではエルフの里でのように砕けた口調で話せる。しかし、エルフの里にいた時と違い、自身が最年長であることから多少なりともしっかりしようとする口調ではあるのだが。
「そう言ってくれるなアレク殿。これも、マリージョの復興の一環。しいては軍事力の増強になるのだ。自警団に認められた戦士が同行してくれなければここまでの遠征が出来ないのだ。」
聞こえてたのか。と、少々ばつの悪い苦笑をアレクは浮かべる。
「その通りさ、アレク。まぁ、普通に軍事修練をするより早く帰れるんだ。文句は言わない事だね。」
と、今回の遠征に参加してくれたミハヤもセイビムの隣で笑っている。そんなに大きな声で話したつもりはないのだが、聞こえてしまったものは仕方がない。
「んで? どこに行くんだったけ?」
「ボクの領地の端。イグニアス王国唯一の異人種の街だ。」
「異人種? それって、エルフとかか?」
「そうだね。エルフは書物でしか聞いたことが無いから分かんないけど、その街にはドワーフとか獣人なんかが暮らしているよ。」
この国、イグニアス王国にアレクが住み始めてからおよそ四十日くらいが経過したのだが、国内のどの町でも人間以外の住人を見たことが無い。もしかしたら行きかうヒトの中に人間に扮して混ざっている可能性も捨てきれないのだが、そうだとしてふんしている時点で隠そうとしているのだろう。
その中でもアレクは、今のイグニアス国民が信じもしないエルフの里に落ちたり、その里でレプラコーンと呼ばれる小人にもあっているので、異人種に関してはすんなり受け入れられる方の人物であろう。
「そう言えば、なんでイグニアス王国には異人種? だったか。そいつらの姿を見ないんだ?」
「そりゃあ、前王までの法律が影響してるのさ。って、あんたメリンダ様の近くにいるのではないのか?」
「まぁ、自警団と一緒に行動してるけど、ここにいるのも分かる通り、イグニアス王国に来たのは最近だからな。」
それから、セイビムとミハヤが語ってくれたのは、メリンダが王位を継ぐまでのイグニアス王国の歴史である。
それは、非常に衝撃的であり信じることの出来ない内容がいくつか存在した。それは、なんで、エルフ族との国交が途絶え、その存在すら抹消されることも頷ける凄惨な内容であった。
イグニアス王国内の統一戦争。ボトムス王国への侵略戦争。異人種に対する大虐殺等々、今のイグニアス王国の王族では考えられないほどの内容の数々であった。
「それって、かなり昔からの話なんだろ?」
「・・・・・これがそうでもないんだよ。ボトムス王国への侵略戦争も二代前の国王様の話だし、前王。メリンダ様のお父様は、人間と異人族の調和をうたっていたというのに・・・・・。」
その後の言葉は、セイビムは表情を曇らせて続けようとしない。なにを言わんとしているのかアレクにも何となく想像することが出来た。それは、以前セバスと早朝に出会った時の話に遡る事になる。
王都バルムントに着いた次の日。つまり、リズベルと共に教会へ行く前の早朝の話である。夜遅くまで、自警団の本棚で埃をかぶっていた戦術書に目を通していたにも関わらず、太陽が顔を出すころには、行動するための支度は一通り整っていた。
「さってと、なにをしようかな。」
と、大きく伸びをしながら朝の空気を肺いっぱいに吸い込んでいく。が、なにをしようかなと言っても、なにが出来る訳でもない。この街に来て知り合いもいなければ土地勘も全くない。それ以上に、アレク一人で行動していいのかどうかすら怪しい話である。
城内にいても場外へ出ても怪しいのであれば、このまま自警団の兵舎に戻って、誰かが訪ねてくるのを待っている方がいいのかもしれない。そう判断した時に、足音が一つ。城門方面から歩いて来るのが分かった。(この時のアレクは、どっちが城門かも理解していないが。)
「おはようございます。アレク殿。早いのですね。いい心がけです。」
「おはよう、セバス。セバスほどじゃないがな。」
それは、城内でこの早朝の時間にも関わらず、フルプレートの装備を身に纏ったイケメン。セバス・ヴィ・オキニアスであった。フルネームで呼ぶことも呼ばれる姿もあまり見ないので後々忘れそうな難しい名前の三十歳前後一、二歳のイケメン。メリンダの騎士を務め、アリシアの自警団の副団長を務めるイグニアス王国の天才騎士様である。
「アレク殿。少々時間をいただいてよろしいでしょうか?」
「少々と言わず、好きなだけいいぞ。何せ、めちゃくちゃ暇だからな。」
そう言うと、小さく笑みを浮かべると、自警団の兵舎に二人は入っていく。その中の一つの長机に対面して座ると、セバスの表情から笑みは消え、真剣な表情になる。
「アレク殿。最初に言わせていただきますが、自分はあなたを本当の意味で信用は出来ないでしょう。」
「唐突だな。まぁ、記憶が無くて、戦闘の知識だけは多い奴なんて信用できないよな。」
アレク自身、そんな人がいたとしたら、初めから信用することは難しいだろう。もし、その人物を知っている人がいて、その人が信用できると判断していればその限りではないのかもしれないが、アレクの場合は、誰も知らないし、どこの国の出身なのかも分からない。そんな人物を信用できるだろうか。答えは否であろう。
しかし、分かっていてもこれから信用したいと思っている人にそう言われるのは、心に来るものがある。
「いえ、そうではないのです。アレク殿もメリンダ様やアリシア様の全ての行動、言動を信じてほしくないのです。」
「・・・どういう意味だ?」
今のセバスの言葉を聞いた限りでは、イグニアス王国に対して反旗を持っているとみなされてもおかしくない内容だ。それをセバスが冗談でもいう訳が無い。
「お話しにくいことなのですが、我が国の王族、それに近しい者たちには忌むべき運命があるのです。」
「運命?」
「はい。血の狂乱ともいうべきもので、王族は、一定の年齢を超えると今までの人格が一変してしまうのです。分かっていたとしても止めようがなく、また自身にも気付けないほどに。」
「よくわからないけど、そういうときのためにセバスやサイアスが居るんじゃないのか?」
「ええ、そのはずなのですが。」
そう言うとセバスは一度言葉を切り、今までにも増して、厳しい表情になる。
「我々家臣に至るまでその狂乱の影響を受けるようなのです。・・・・いえ、気付かないのです。我らの王が間違っていることに。忠義心が、妄信的な信仰になっていることに。」
それは、王族に起きる呪いのような血の狂乱と同様なものなのかは、セバスは分からないといった。ずっと一緒に過ごしてきた君主が間違っていると思いたくないのか、価値観そのものが変わってしまうのかは不明だが、代々のイグニアス王は振り返ってみると暴走と思言える歴史を繰り返してきているのだ。
故に、短命であり。だからこそ、セバスは危惧しているのである。
「メリンダ様は、今年で28歳を迎えます。先王はその頃から狂乱が始まったと思われますし、歴代の王も三十代にはその片鱗を見せ始めているのです。」
それは、誰にも。いや、王を止めることの出来る、イグニアス国民には気付くことなく進行していき、行く行くはイグニアス王国全土を洗脳してゆく。
「自分は、メリンダ様にはそうなって欲しくない。しかし、イグニアス王国の国民であり、王族に近しいものには止められない。だからこそ、あなたなのです。」
アレクは、このままいけば自警団に入ることになるだろう。そうすれば、妄信的に王を信用するようになってしまうイグニアス国民ではなく、アリシアやメリンダに近い人物になるだろう。
「我々自警団は、アリシア様とリズベル様の乳兄弟をはじめとして、非常に近しいものだけで構成されています。ですので、影響は間逃れることは出来ないでしょう。しかし、唯一歴代の王の中で、狂乱を受けなかった王もいるのです。」
それは、イグニアス王国がもっと小さかったころの話で、領土拡大を目的に少し離れた王国と政略結婚した王であり、王妃がイグニアス国民でなかった王である。
「王族に近しくあってもイグニアス国民でなければ狂乱影響を受けず、受けた王を制御できると思うのです。」
いや、信じているのだろう。それが、最後の希望なのだろう。
「でも、自警団に全部が敵じゃ流石に難しいだろ。」
「ええ、ですからそういう人物をアレク殿に選抜していただきたいのです。」
「選抜?」
「はい。アリシア様やメリンダ様、我々以外が選んだ人物であれば狂乱は避けられないでしょう。ですが、アレク殿であればと私は思うのです。それと、アレク殿には、我々の行動を思案していただきたいのです。特にアリシア様と、メリンダ様に関することには。」
血の狂乱と呼ばれるものが何なのかアレクにはまだ理解しきれるものではない。イグニアス王国の歴史も何をもって「それ」なのかが分からないが、セバスのその表所から冗談でも何でもないのがよくわかる。
しかし、ここで、はいと言えるほどアレクは、自分自身にそこまでの自信持てない。
「・・・明言は出来ないけど、何とかしてみるよ。」
「はい。よろしくお願いいたします。」




