契約時の文章はしっかりと
ここまでの情景を行動や実際に目にすることなく読み取ったとすれば、領主であるネイビム・クトリア・マリージョは先日起きた災害、地揺れによって起きた何かしらの崩落の瓦礫に巻き込まれ命を落とした。そう判断する人の方が多いだろう。実際、アレクもミハヤも執事の男性の話し方。片づけをしてるメイドたち。ベットの中のふくらみを見た瞬間に、すでにこの町の領主は死亡していることを連想した。
しかし、だとすれば牢獄の管理をしているコフィールが笑っていたのは何故だろう? という疑問が残る。領民や領内の貴族からも愛されるくらいの人物であったネイビムは、コフィールにだけは嫌われていた? だが、コフィールは、領主からの信頼が厚いから牢獄の管理をしているのであろうし、ミハヤとも交友があるのだろう。
つまり、この場合の答えは簡単で、
「な、なに寝てんだ、バカヤロー!」
バシン!
という、ミハヤの平手打ちの音の理由もすぐに分かることになる。
「本当にただ寝てただけなんだな・・。」
「そうみたいだな。しかしもう昼過ぎになるんだぞ? 優れた領主という噂だったが・・・・。」
ターニャの言いたいこともよくわかる。今は、大変忙しい時期であるはずだ。地揺れの災害報告のこともそうなのだが、この町はつい先日野盗たちに襲われて、町の中にまで侵入を許している。幸いなことに死者は出なかったとアレクは聞いているが、それでも領主としてやらねばならないことは山積しているであろう。
アリシアもメリンダも休みなどなく態様に追われているというのに、ここの領主―ネイビムは、昼過ぎまで眠っているというのは少々引っかかる。
しかし、大きなケガを負って動けないのだとしたらミハヤの平手打ちもあまりにも常識のない行動であるし、実際にネイビムと顔を合わせていないアレクとターニャには疑問が絶えない。
「痛いぞ、ミハヤ。」
「なに怠けてんだ、仕事は山ほどあるだろうに。」
「いいんだ、もう、いいんだ。帰ってくれ。」
ベットの中から一度も顔を出すことなく男性の声が聞こえてくる。声で年齢はあまりわからないと思うが、低めの中年の男性くらいだろうか? 聞いている年齢では、現在の年齢は48歳くらいと聞き及んでいるので、大体そのくらいだろう。
つまり、ネイビム・クトリア・マリージョ本人が、そのベットの中にうずくまっているという話なのだろう。
「ミハヤ殿。すまない。」
後ろからかけられた声に反応してミハヤは、入口の方を振り向く。アレク達のさらに奥、木製の両開きの扉に左手をかけた状態の男装の令嬢が一人立っているのが目に入る。
短い藍色の髪に同色の瞳。よく、男性の貴族が来ているようなきらびやかな服とマントを羽織っており、ぱっと見では美形の男性に見えないこともない。よくよく見てみると体の線や顔つきは女性のそれであることはよくわかる。
「お久しぶりです、ミハヤ殿。詳しい話はボクの方から致しますので、どうぞこちらへ。」
そういいながら、その男装の女性はミハヤとオーエン、アレク、ターニャを会議室のようなところに案内する。
席に着くと同時に、メイド数名がお茶やお茶菓子を出してくれる。
「二年ぶりですね。ミハヤ殿。本日のご用件は、その方を持っていくという事ですね。」
「ああ、そうだが立派になったなセイビム。」
「はい。つい先日、戻ってまいりました。」
「おい。ミハヤ、この人は誰なんだよ。」
「これは失礼。アレク殿。ボクは、セイビム・ノア・マリージョ。名前からも察しのつく通り、ネイビム・クトリア・マリージョの娘にあたります。アレク殿のことは聞き及んでおります。この町をお救いいただいたこと、感謝を。」
「いえ、一人でやったわけではないので。」
耳打ちするアレクの声が聞こえたのかは不明だが、男装の女性―セイビム・ノア・マリージョがお礼を言いながら事項紹介してくれる。
身長は、今まで出会ってきた女性たちとほとんど変わらない170センチに満たないくらい。恐らく平均身長なのだろう。全体的に男性とそう変わらない線の作りなのは、服の影響なのか、元々の線が細いのかは、アレクには分からない。全体的に黒と金の刺繍が施された男装で、いかにも貴族と思える。
思えば自警団員のほとんどが貴族なのに、服装は戦闘をしない時でも動きやすさを重視しているのか、こういった着飾った服は着ないので少々アレクは緊張しているようだ。
「アレク、あれ。」
「あれ?」
「書簡だよ。届けに来たんだろ?」
そうだったとミハヤに言われてアレクは懐から書簡を取り出すと、セイビムに手渡す。
手渡された書簡に記されたイグニアス国王メリンダの紋章を見た途端、セイビムは少々血相を変えて書簡を開き、中に記された文章を読み始める。
そこに記されている文章をアレクは読んではいないが、恐らく、アレクをこの町の剣術指南役に推薦するようなことが書かれているのだと推測している。実際、アリシアからはそう聞き及んでいるし、アレクもそのていでこの町に来たのだから。
だからこそ、次に出るミハヤの一言を聞いてアレクは、衝撃を隠すことが出来なかった。




