あまり嬉しくはない再会
よく考えなくてもすぐに分かることなのだ。アレクは、アリシアの勧めでこの奉仕活動をしているのだ。この町に来た理由もメリンダが優先順列を引き上げてくれたもので、書簡にはメリンダの、イグニアス王国国王の紋章が刻まれていたところで驚く話ではない。
近すぎる権威にはやはり鈍くなるものだ。元々、最優先して目を通さなければならないイグニアス王家の書簡だ。ミハヤにコネを作ってもらう必要もなく、領主の目にすぐに入ることになるだろう。
一方、そんなことが上で繰り広がっていることを知る由もないミハヤは、何度も来て完全に道を把握した地下牢を進む。
ここを取り仕切っているコフィールは性格上、入ってきた囚人を毎回同じ牢屋に収監する。そして、犯罪率の低いこの町では、大体埋まっている牢屋など一つくらいしかないのだ。
石畳の廊下を底面が金属製のブーツが音を立てて唯一扉が閉じている牢屋一角。その一つの扉の前へミハヤは進む。
「よっ。あんたがこの町を襲った盗賊の首領かい?」
「・・・・今度は女か。処罰が決まったのなら早くしろ。俺はもう死んでいるんだ。」
「悪いけど、あんたを殺せるほどの権威はアタイにはないよ。そうじゃなくて話がしたくてここまで来たんだ。」
「話だと・・?」
うつむいているので顔はあまり見えないが、伸び呆けている金色の髪の間から、今もなお生気を持ち、獲物を求める捕食者の緋色の瞳がちらつく。以前はしっかりと剃り揃え得られていたであろう顔の髭も、現在は、首を覆うほどにまでになっている。
そして、部屋の隅には何日分かはわからないが、白いつなぎの囚人服が積んであった。コフィールの性格上、囚人であってもそういった清潔感を求めるので、毎日のように服を持ってくるのだろう。この金髪の野盗は、気分で着替えているのでそれが部屋の隅にたまっているという状況だ。
隣の牢屋を見てみると、珍しく他にも囚人がいるようでそちらは、数人で一つの牢屋を使用している。恐らく、この野盗の仲間なのだと推測する。
「アタイは、ミハヤ。傭兵団を組織しているもんさ。あんた。強いんだろ? 聞いた話じゃ、あの団長様とて傷を負わしたって話じゃないか。」
「ふっ。俺の部下の精鋭と五人がかりで一太刀だぞ? それにあのフルプレートの騎士様には手も足も出ずに敗走したんだ。最後は、逃げ道がなくなったから戦ったが、一目散に逃げだしたかったね。」
かすれた低い声で金色の髪の野盗の首領は語る。
「まあ、アタイも自警団クラスの精鋭が欲しいってわけじゃない。ある程度の腕に自信があれば十分さ。あんた、アタイの部下にならないか?」
「ふん。俺も元は傭兵だ。どういった経済状況下は十分知っているつもりだ。この平和な国で傭兵団が人員拡大などそうそうしない。ミハヤなんて傭兵団は聞いたこともないぞ。」
「アタイら活動拠点は、基本的にベルディア公国だからね。あそこの北部は以前戦争中さ。この国にはあまり知られていないようだけど、今はその稼ぎ場のために人手が欲しんだ。」
「ベルディア・・・その話は本当か?」
「ああ。確かな情報さ。まだ、市場には出回っていないけれどね。」
「・・・・・・。」
元傭兵の野盗の首領もそういった情報網は持っていた。イグニアス王国、ベルディア公国、ボトムス王国をはじめとするバルダーム大陸内の小競り合いは傭兵にとって最も効率のいい稼ぎになるから傭兵としてそういった情報網を持つことは死活問題である。しかし、その情報では、ベルディア公国北部が戦争中なんて話は一度も聞いたことはない。それどころか、北部の他国と接している領地を統治している今期の公王候補は、ぼんくらという事で有名であったはずだ。戦争を起こすどころか、公王戦にも参戦しないというのがもっぱらの情報であったはずなのに。
やはり、首領クラスになれば相応の情報網は持っているだろうか。傭兵時代は、一匹狼で戦場を転々としていた野盗の首領にはない情報網があるのだろう。しかし、
「俺はもう死んだんだ。今更、生に執着なんてねぇな。」
野盗の首領は、以前この町を襲った時、黒髪の剣士に負けて死ぬはずだった。自警団の団長やその傍にいたフルプレートの騎士と戦った時は、まだ目的があったから一度撤退したが、真正面で黒髪の剣士と戦って負けたのだ。あの時に死ぬはずだった命をもう一度伸ばそうとも思わない。今更、そんな執着心など持ち合わせてなどいない。
「・・・あんた、今いくつだい?」
「? いくつ、だと?」
「そうさ。年齢だよ。」
野盗の首領は思考が停止する。この薄桃色の髪色の女が何を考えているのか、全くわからない。それ以前に、年齢を聞かれることなど久しぶりすぎてすぐには答えられないのも大きい。
うつむいていた顔を上げ、ミハヤと目が合う。髪や髭が伸び放題なので、恐らく見た目以上の年齢になっているのは確かだろう。それを計算して大体、四十代くらいだろうと想像する。
確かに、四十台であればそろそろ引退を考える年齢であるかもしれない。しかし、腕の立つ傭兵は、まだまだ現役でできるし、その後は、若者を育てる師範にもなれる。目の前の男は傭兵崩れの野盗の首領。ある程度の人望はあるだろうし、根っからの悪人ではないことは、ミハヤからすれば好印象の要素である。実際、彼女の傭兵団のほとんどは、犯罪者なのだが、情状酌量の余地があったり、喧嘩を吹っ掛けた人間が立場的に上で、過剰な罰を受けたものなど、根っからの悪人は非常に少ない。だからこそ、というわけでもないが、ミハヤはこの野盗の首領が欲しくなり始めている。
数秒の沈黙を経て、野盗の首領は答える。
「ボトムス軍の侵攻から何年がたった?」
「サイアスって騎士様が止めた侵攻かい? 確か、四年くらい前だったかな。」
「そうか、であれば、今は30くらいだ。あの侵攻で職を失ったからな。」
「・・・・・。」
「どうした?」
「いや、思ってたよりも若かったからさ。」
「まあ、この髭と髪だ。何にも思わねぇよ。」
意外や意外。四十歳前半くらいだと思っていたが、ミハヤさして変わらない三十歳であれば、まだまだ現役の傭兵として後十年は戦える。
「まだまだ、たたけるじゃないか。アタイの部下になりなよ。」
「何度も言わせるな。生きる意味がない。」
「生きるのにそんな小難しい意味なんて必要なのかい?」
「なんだと?」
「やることが定められた英雄や貴族、国王様たちじゃないんだ。アタイらに生きるために理由を考える必要なんてない。死ぬまで生きる。それだけで十分だとアタイは思うけどね。」
「・・・・・。」
確かに、いつから生きるために理由を求めるようになったのだろうか? 生きたいと思わなくても生きている間は生きなくてはならない。そこに、意味も理由も必要性もない。死ぬまで生きるしかないのだから。
「まあ、命を懸ける理由は必要だと思うけどね。生きることには理由はいらないけど、死ぬことには意味がないんじゃ、虚しすぎる。そう、アタイは思うよ。」
「・・・・そう、なのかもしれねぇな。いいだろう。あんたの部下になってやるよ。」
「よっしゃっ。決まりだね。」
そういうとコフィールの許可もなくミハヤは、野盗の首領の牢屋の扉を開ける。今から野盗の首領がミハヤを殺して、仲間を牢屋から解放する可能性だって十分存在するというのに簡単に。
と、言っても野盗の首領は丸腰だ。捕まるまで愛用していた武器は、最後に戦った剣士にあげてしまったし、動物の皮を縫い合わせて作った防具もこの牢の貴族に没収されている。一方、ミハヤは女性にしては筋肉質な上腕が見えている。背中にも両刃の斧を背負っているし、傭兵団を組織しているという事は、普通の女性と考えることはできない。つまり、ここで野盗の首領が反抗したところでいいことは一つもない。
「一ついいか?」
牢から外に出た野盗の首領は、仲間が入っている牢の方を一瞥してからミハヤに話しかける。
「こいつらも一緒に出すことはできねぇか? そこまで長い付き合いではないが寝食を共にした仲なんだ。できることなら出してやりてぇ。」
「そいつは難しいね。あんたもさっき言ってたけど、このご時世さ。こいつらが、あんたくらいの腕があれば別の話だけ、そうなってくると今度はあんたの実力も疑わしくなってくるけどね。」
「そうか。」
傭兵としての仕事を失って、この野盗たちの首領になったのは、三か月前の話になる。首領といっても集められた野盗の中で一番強いという事だけで、指示を出すことはないし、肩書だけの首領だったに近い。
戦闘中は、一個の野盗集団として認識させろという命令だったので、そういう風にふるまっていたが、実際は、うまい話にかき集められた野盗たちに過ぎない。
「まあでも、ここの領主に取り合って、兵士に取り立ててもらえるように話を付けてやってもいいぞ? 幸い、この牢を管理してる貴族と領主には顔が利くんでね。」
「そうか。では、頼む。」
実際、牢に残っている奴らがそれを望んでいるかどうかは全く持ってわからない。しかし、多くは傭兵崩れの野盗であったことを考えれば、堅気の仕事に就けるのであれば野盗をやる意味もないだろう。
首領同様、死に場所を求めるにしたって、戦場に出たいと思うものだ。この牢屋で命を落とすことに比べれば。牢屋の中から反論してこないことからも彼らにも不服はないのだろう。
「その前にあんたの名前を聞いておきたいんだけどいいかい?」
「オレか。オレは。オーエン。家の名前は捨てた。」
「そーかい。じゃあ、オーエン。改めて、今日からあんたの上司になるミハヤだ。アタイのために戦って生き残るんだよいいね。」
「あんたのために死ねとは言わねぇんだな。」
「死んだら勿体ないだろ?」
「はっは。確かに。出費に見合った働きを約束しよう。」
すると、ミハヤは懐から剃刀を一つ取り出す。取り出した剃刀は、折り畳み式の持ち運ぶのみ便利な大きさ。オーエンの方へ向けるとおもちゃほどの大きさに見える。
「まずは整髪だな。伸びきった髭と髪。切りそろえてきな。」
なんでこの施設の中に整髪できる区画があるのかオーエンは入るときに疑問に思っていたが、ようやくその謎が解けた。この女だ。この女は、牢屋を管理する貴族と仲がいいと聞く。つまり、こうしてよく囚人を自身の部下として引き入れるのだろう。その時の整髪のためにこの区画が用意されているのだと。
一体。この女は、ただの傭兵団の頭首なのだろうか。久々に髭と髪を整髪しながらオーエンはそんなことを思っていた。
「なるほど、以前にこの町をアリシア様とともに救ってくださったのはあなた方でしたか。」
「そ。そういう事。だから、敬語とか使わなくてもいいぞ?」
数分の会話の時間であったがアレクにも分かったことがある。コフィールはかなりの堅物だ。貴族としてか騎士としてかは分からないが、国王であるメリンダの紋章を記した書簡を見てからアレクとターニャに対して敬語を崩さない。こうやって敬われるのはあまり得意ではないアレクからすれば、敬語でお辞儀されるたびに、背筋がゾワッとなる。
聞く話によると、コフィール達は件の野盗襲撃時、領主とともに王都へ赴いていたらしく、かなり、責任を感じているらしい。だからこそ、身分的には平民未満のアレクに対して敬語まで使っているのだ。
そこに、すっかりきれいになったオーエンとともにミハヤが階段を上がってくる。
「お待たせ、悪いねアレク。お願いしようと思っていたことだけど必要なくなったよ。でも、約束だからね。その書簡は、アタイが責任をもって領主様に預けておくよ。」
「その必要はないと思うぞミハヤ。アレク達は、メリンダ様からの書簡を届けに来たんだ。お前が何を言う前に、領主様の目に届くだろうよ。」
「なっ。メリンダ様って王女様の知り合いなのかアレク。」
「まぁな。何度かあったことはある。おおっと、敬語は苦手だからやめてくれよ。それにミハヤも知ってると思うけど、オレはこれからイグニアス王国の国民になるための資格を取る身分の人間なんだから。」
と、アレクはそこで、ミハヤの後ろに立っている大柄の男に目線を向ける。
身長は二メートルくらいだろうか。かなり広い肩幅にノースリーブの無地の服から出た腕は、木の幹のように太い腕がついている。オールバックにした短めの金色の髪に、強面な顔面についている緋色の瞳が睨むようにアレクとぶつかる。その瞳はどこか見覚えのある感じはするのだが、その囚人服の男と会うのは確実に初めてであるはずだ。しかし、やはりその瞳とは一度命を削り戦った記憶がある。
「よう、黒髪ぃ。まさか、もう一度お前に会えるとはな。」
「お前、あんときの。」
その声を聞いた瞬間にアレクは少ない記憶の中でガチャリとはまる音が聞こえる。と、同時に失った記憶ではないことも悟る。
この目の前の金髪の男は、以前この町に攻め込んできた野盗たちの首領。アリシアに一太刀を与え、アレクと命を懸けた剣舞を演じた男。そして、アレクが今腰に下げている曲剣を持っていた男。
あの時、アリシアは殺せというこの男の願いを聞き入れず、この町の領主にその命運を預けた。現在まで、この町の牢屋に入れられていたという事だ。しかし、なんで出てきているんだ? 話した感じ、人を殺すことで喜びを得るような狂人ではなかったが、ためらいも感じないのはアレクに分かっていた。
「やはりその男か。全く、問題は起こすなよ。」
「もっちろんさ。アタイが一度でも問題を起こしたことでもあったかい?」
「ミハヤ。そいつをどうするんだ?」
「言ってなかったね。アタイの部下にするためにここに来たのさ。んで、あんたへのお願いは、交渉で仲間にならない場合、力でねじ伏せて部下にさせんのさ。野盗は強い奴には基本的に逆らわないからね。今回は、自警団員とやりあえるやって聞いてたから、うちの部下じゃ相手にならないと思ってね。」
では、あのスキンヘットの男やネズミ顔の男も彼と同じように元犯罪者や野盗なのだろうか? そもそもそういった人たちといてミハヤは不安じゃないのだろうか? 彼女の部下は、彼女のことを慕っていたが、彼女の話では力で無理やりいう事を聞かせた部下もいるのだろうに。
「まあ、今回は話し合いでなんとかなって何よりだ。それじゃあ、どうしたもんかね。お願いもお礼も何もないってのはここまで足を運んでもらったのに申し訳ないしね。」
と、ミハヤはアレクの心配をよそにこれからの行動について思案している。
アレクの不安を感づいたコフィールは、
「心配はないさ。彼女も十分強い。それに、彼女はああいったが、実際、力で無理やり連れて行ったことはないよ。どういう手品を使っているのか毎回、彼女についていくやつは納得して同行してるみたいだからね。」
そうアレクに耳打ちした後、
「では、アレクを領主様の屋敷に案内したらどうだ。お前なら直接会えるだろうし、アレクの書簡もいち早く読まれるにしても直接渡すに越したことはないだろう。」
「なるほどね。いいアイデアだねコフィール。そうさせてもらうよ。」
「ああ、いいアイデアだろ。君たちもきっと驚くよ。」
と今まで見せたこともない少々悪い笑顔をコフィールは見せる。
その後、野盗の首領―オーエンに囚人服ではない服を買いそろえてから、ミハヤ、アレク、ターニャは領主の住む館の方へ向かっていった。




