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商業都市 マリージョ

 一夜明けて再びこの街に着くころには、太陽は頂点からアレク達を照らしていた。朝露がまだ草についている時間帯に出発し、直前まで警備のために起きていたミハヤの部下の傭兵たちは、馬車の一角を借りて休憩している。

アレクもターニャもあまり長い時間、眠りについたわけではいのだが、アレクは普段から大して変わらない睡眠時間であるし、ターニャは夜の森番としてエルフの里で働いていたので、早朝に強いらしく眠気はなかった。しかし、昼前のこの時間帯になってようやく眠気が復活してきたようで、先程から口元にまでかかっているターバンの中であくびを繰り返している。と言っても眠るわけにもいかないので、この春前の暖かくなり始めた草原を眠気眼をこすりながら、灰色の瞳以外の顔面を覆うターバンを巻いて先頭を歩いている。

 ちなみに、昨夜。魔獣や魔物、野盗達に襲われるようなことは無かった。


 「大丈夫かよ、街に着いたら少し寝るか?」

 「いや、問題ない。もう少しすれば感じなくなるさ。」


 眠くなったら寝るような生活をしているアレクからすれば、眠気が一定時間放置すれば無くなるものなのかは分からないが、そういうのであれば予定通りに進めるほかない。

 一方、夜の警備を一緒に行なった傭兵団の女団長であるミハヤは、この行商団の責任者である小太りの男に話しかけられていた。


 「こいつらを送り届けた後の話なのだが、ワシらは、ある程度商品を集めたらすぐにでも帰ろうと思うのだが・・・・。」


 皆まで言わなくてもあの小太りの行商人の言いたいことはアレクにもよくわかる。ようは、帰りの警護もこのままミハヤの傭兵団にお願いすることが出来れば時間を無駄にすることなく、費用の予算も立てやすいという事だろう。

 

 「悪いな。アタイらもこの街で少々野暮用があってね、数日は滞在する予定なんだ。それに、その後も王都の帰る予定はないよ。他をあったてくれ。」

 「う~む。報酬は弾むぞ?」

 「そりゃ悪い話じゃないね。まぁ、時期が合えば王都近くまで行ってやってもいいがそん時また依頼してくれ。」


 商談というよりは、友人同士の軽い口調でミハヤは、小太りの男からの護衛依頼を断っている。当然、その小太りの男が次に目を付けるのが、ほぼタダで雇う事の出来るアレクとターニャになってくる。


 「お前たちはどうなんだ。特別に給金を出してやってもいいんだぞ。」


 いきなり口調が変わるのはやはり、アレク達を犯罪を犯してこの許可証を貰おうとしている者とみているのだろう。彼らから見てしたものに見ているからだろう。


 「悪いがそれは出来ないかな。この後、街で剣術の指南役を請け負ってるんだ。その後でなら・・・」

 「ああ、もういい。この場で雇われないというなら給金はやらんよ。」


 アレクが最後まで言葉を言い切る前に小太りの男は背を向けていってしまう。側付きの細目の男が睨みつけてくるのに反応してターニャが、腰に下げている小刀を引き抜こうとするのをアレクは急いで止める。


 「なにしようとしてんだよお前。」

 「あんな物言いしなくてもいいじゃないか。アレクは頭に来ないのか?」

 「頭に来ないって言ったら嘘になるけどさ、別に起こるほどじゃないよ。それに、これも一応奉仕活動の一環なんだから問題起こすのはヤバいだろ。」 


 アレクの言葉に我に返ったターニャは、ハッとした表情になり、小刀に添えていた右手を下ろす。しかし、怒りは収まらないようで、小太りの男と細目の男をキッと、ターバンの下で一瞥してからアレクの隣に戻る。


 そんな二人の会話を小太りの男の近くで見ていたミハヤは、小走りでアレク達に追かける。


 「あんたら、憲兵たちの指南役やるのかい?」

 「ああ、そうだけど?」

 「んじゃ、領主様に書簡を渡す必要があると思うが、コネは何のかい?」

 「コネ? そんなものが必要なのか?」

 「あたり前じゃないか。相手は領主様なんだよ。毎日どれくらいの書簡に目を通さなきゃいけないと思ってんのさ。」


 確かに、メリンダやアリシアが書斎で仕事をしているところを見ると机の上に数多くの書簡が並んでいるところ見たことがある。あれが、イグニアス王国内の領主や騎士団からの報告書だとすると、それをまとめる領主も同等の量の仕事があるという事は普通だろう。

 

 「あんたが何処の貴族からの紹介でその書簡を貰ったかは知らないけれど、この時期、地揺れ関係の報告書が先回しにされるのがおちさ。・・・・そうだ、私の知り合いは領主と仲が良いんだ、アタイの願いを聞いてくれたら紹介してやろうか?」


 確かに、地揺れの直後であればそちらの報告書が最優先で片付けなくてはならない報告になってくるだろう。他の領主よりも迅速かつ丁寧な情報を報告することは領主としての責務だろうし、その責務を果たすことで領内の民たちからの信頼や尊敬を得られるというものだ。

 しかし、この国の出身ではないアレクに今からコネを作ることは難しいし、いつ目を通してもらえるか分からないというのは、いつ帰れるのかわからにということである。どのくらいの期間指南役をやるのかあまりわからないのだが、できる限り早く王都に帰りたいアレクからすれば、その状況はあまりよろしくない。

この場で返事をしなくてはミハヤの気分が変わる可能性だって考えられるし、王都ほどではないが、この広い街の中で彼女を見つける自信はアレクには持ち合わせていなかった。


 「それじゃあ、よろしくお願いしていいか?」

 「交渉成立ね。任せときな。」


 こんなところで時間をつぶしている暇などアレクにはない。一刻も早く自警団に必要な資格をそろえて、エルフの里との同盟を完遂することが、ポールとの。バルボとの。ターニャとの約束なのだから。


 「んで、なにすればいいんだ?」

 「すぐにわかるさ。」


 そう言い残すとミハヤは、自身の部下たちに話をしに行ってしまった。


 「アレク。思うのだが、お前そうやって安請け合いばかりしているといつか痛い目にあうぞ。」

 「ゔう。気を付けるよ。」

 

 街に着くと小太りの男の不機嫌さは収まっていたようで、少し鼻にかかる態度で連れて来た大工や力仕事をする者たちに請け負った仕事を振り分け始めた。

 側付きの細目の男がミハヤに報酬の金を払い終えるとその金貨の入っている革袋をねずみ顔の男に渡す。


 「いいかい。無駄遣いはすんじゃないよ。それは、帰りの資金の一文なんだからね。もし足りなくなったらあんたらの食費のみを減らすからね。」

 「「あい。姉さん」」


 数十人の男どもが同時に返事をする。

 それを聞いた姉御、ミハヤは、大きなため息と共に左手を額に当てる。右手の甲を部下たちに向け、「行け。」と手を振るとその理由がよくわかった。

 まだ、ミハヤ見える距離で、聞こえる声量で叫ぶのだ。


 「酒だー!!」

 「女だー!!」


 と。


 「大変だな。」

 「まぁ、仕事しっかりすれば文句は言わないさ。さ、行くよ。」




 ミハヤについて来たのは、一番最初にこの街に来た時にはいったことのない通りであった。雰囲気は、憲兵たちの詰所があった通りと似ているのだが、アレクのつたない記憶でも分かるほど方向が違っていた。


 「人には慣れたか? ターニャ?」

 「ああ、王都よりは少ないからな。それにこの辺は、人通りが少ないからあまり気にはならない。」


 ターバンに顔面が覆われているので、ターニャの表情は見えないが、眠気と人混み酔いそして、人間への恐怖心からかターニャの足取りはアレクにわかるほどに変わり始めてきている。

 森の中で少数のエルフ族で暮らしていれば人混みというものは存在しないだろうし、つい最近見るようになった人間にもやはり恐怖が先行するものだろう。何せ、同じ人間同士であっても知らない街に行けばある程度の恐怖や不安を感じるものなのに、ターニャは、エルフと人間が見た目は似ているにしても完全に別の種族なのだからその不安はアレクには想像もできない。


 「もしあれなら、宿をとってそこで休んでるか?」

 「そんな心配は無用だ。それに、贅沢に宿をとれるほどの金もないのだろう?」

 「・・・・すまん。」

 「さ、着いたよ。ここが目的地さ。」


 そんな話をしている間に目的の場所についたらしい。

 大きな通りからはかなり離れているし、店のようなものもないので人売りは全く言っていいほどにない。なんとなくだが湿気の高そうな路地裏の通り。同じ町にいるにもかかわらず気温も明るさも明らかに異なっているのは気のせいではないだろう。

 

 「ここが目的地なのか?」 

 「そうさ。さ、入るよ。」


 そういうとミハヤは、目の前にある石煉瓦で作られた建物にはいていく。おそらく三階建ての建物。外見に飾りのようなものはなく、窓というよりは策の隙間程度のものが、等間隔で並んでいる。入り口にあたる部分には扉はなく、篝火と一人のフルフェイスの甲冑を着た騎士が水早たちを出迎える。


 「また貴様か。今回も許可はとっていないのだろう。まったく、先に話を付けてから来いと何度も言っているだろう。」

 「まあまあ、硬いこと言うなって、あんたとアタイの中じゃないか。」

 「仲良くなった覚えなど一度もない。」


 そういいながら、フルフェイスの兜をとり、カウンターの向こう側からその騎士が出てくる。


 「それで、後ろはお前の部下か? いつもの奴らとは雰囲気が少々異なるな。」

 「んにゃ。連れであることには間違いはないんだが、アタイの仲間ではないよ。」


 兜の下には落ち着いた雰囲気の声によく合った聡明な男の顔がそこにあった。短く髪を切りそろえられた金髪に、くすんだ青い瞳。身長はアレクよりも高く、180センチに届くかどうかといったくらいだろうか。鎧を着ているので、体つきはい一分からないが、その寄りの下には鍛えられた肉体があるのだろう。


 「初めましてだな。私は、コフィールという。君が何か犯罪を犯さない限りはもう会うことはないだろうが、よろしく頼む。」

 「ああ、オレはアレクだ。こっちは、ターニャ。」

 「なぁ、早く牢の鍵をくれよ。」

 「まったく、少し待て。」


 アレクとあいさつを交わしていたコフィールにミハヤがせかすので、しぶしぶといった表情を隠すことなく、鍵を一つ手渡す。


 「変なことをするなよ。」

 「毎回それ言うけど規則でもあんのかい。」

 「当たり前だ。領主様の許可がなければ鍵だって渡したくもない。」


 ミハヤは知っているうえで規則があるかどうか聞いたようで、いたずらに、ニッと笑うと鍵がつながれている金属製のリングを人差し指に通して回しながら、下りの階段の方へ向かう。それについていこうとアレクが歩き出そうとすると、コフィールの右手が行く手をふさぐ。


 「悪いがミハヤの知り合いとてここをそう簡単に通すわけにはいかないな。行くのはミハヤ。お前一人だけだ。」

 「頭固いなぁ。アタイのところごろつきと違って、そいつらはまっとうだと思うけどね。」

 「素性の分からないものを、地下牢へ通すことはできない。そういう決まりだ。」

 「お? じゃあ、アタイは一応信頼あるってこと?」

 「早くいかないか。気分が変わればそのカギは返してもらうぞ。」


 睨むようにコフィールが言うと、「ハイハイ。」とから返事をしてから。「ちょっちそいつとまってて。」と、言い残し、階段を下っていく。


 「全く口の減らない女だ。君らは何をしに? あの女の部下にしては幾分かましそうだが。この辺りでは見ない髪だな。どこの出身だ?」

 「ずっと遠い国だよ。この大陸じゃない。」

 「そうか、であれば国の名前を聞いても分からないな。何の目的で来たのだ?」


 アレクは、この三十日の生活である程度分かったことがある。まず、黒髪の人間は知る限り一人しか存在しないこと。それと、記憶をなくしているのといないのでは、疑われ方に大きな違いがあることである。

 アレクには、アリシアに草原で起こされる以前の記憶がない。そのせいでセバスにはさんざん疑いの目を向けられたし、そのほかの人たちにも第一印象はあまりいいものではなかった。一方、記憶がないことを聞いていない者たちは『珍しい髪の異邦人』とは思うものの、怪しい奴とまでは思わないのだ。それは、海岸線の入国審査が厳しく、あまりにも怪しいものは入国できないと思っているからであり、イグニアス国内にいる別大陸のものにはそこまで怪しいとは思わないようである。

 

 「この書簡を領主様にな。」

 「ではなぜあの女と行動を共にしているのだ?」

 

 なんだか質問攻めで取り調べを受けてるみたいだが、反抗的な態度もあまりよろしくない。


 「領主様は多忙だろう? できるだけ早く目を通してもらいたくてな。そのためのコネを作ってくれるっていうから、今はその頼みごと待ちだ。」

 「なるほど、確かにあの女であれば、領主様に直接会うこともできるだろうな。よくわかった、いろいろ聞いてすまなかったな。」


 と、コフィールは微笑に近い笑顔を返してくれる。恐らく、彼にとっての笑みなのだろう。

 このように、ある程度下手に出ていれば、騎士様たちはいい気分で不信感を持たないと、以前、ダンケルに教えてもらった。


 『騎士様は基本的に貴族の次男以降だから、相手の質問をNOで返さなければ信用してくれるよ。答えたくない質問の時は、それっぽい回答を言うこと。絶対に考えたり欺こうとしちゃだめだよ。』


 世渡り上手のダンケルの意見は非常にためになる。


 「こっちからも質問してもいいか? さっき地下牢って言ってたけど、ここは刑務所的なところなのか?」

 「ああそうだ。この町。もしくは、領内で罪を犯した者が収監される。私の家はその管理を領主様から任されているのだ。」

 「ミハヤ殿は通してもよいのか?」 

 「あの女の姉妹がこの町にも住んでいてな。そのものが、領主様と旧知の仲なのだ。そのせいもあってか、あの女もここでは何かと行動に制限がないのだよ。」


 なるほど。つまり、ミハヤがアレクに紹介するのは、ミハヤの姉のことだのだろう。もしくは自分自身でもいいということであれば、やはり、彼女を信用して正解であったといえるだろう。まだ、お願い事やらはないが、そこまで無理難題でなければ、アレクの願いもすんなり通るだろう。

 と、アレクは懐からコフィールに見せるために取り出した書簡を右手に持った状態で左手にポンポンする。


 「アレク。その書簡、王都からものか?」

 「? ああ、そうだけど。」

 「少し見せてもらってもいいだろうか。」


 どうぞ。と、アレクは、コフィールにアリシアからもらった書簡を渡す。

 よく考えてみればこのコフィールは、受刑者を管理するこの町の中では指折りの貴族で、領主からの信頼も厚い家なのだろう。彼と仲良くなればミハヤを通す必要もないんじゃないか。とも考えたが、今からコフィールの信頼を得るよりかは、ミハヤのお願いを聞く方がまだ、簡単な可能性が高いので、その思考は瞬時に排除する。

 その瞬間、書簡を閉じている捺印の紋章を見たコフィールの表情が一変する。驚きに満ちたと思ったら、すぐに胸に右手を当てて敬礼姿勢のまま、片膝をつく。


 「申し訳ございません。王家の方々のご友人だと露知らず。ご無礼な口調を!」

 

 目が点になっているのは、アレクの方であった。


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