普通に野営が出来ない
「なるほどな。これは、ほとんどでない証明書かもしれないな・・・・・。」
イグニアス王国内にいる一定以上の爵位を持つ人とつながっている者であれば諸外国での相応の爵位を持つ者が殆どだろう。身元が証明できるのであればこのような証明書を取る必要もなく、何より経済活動をする必要が無い。
ただ、諸外国で爵位を失い、藁にもすがる思いでイグニアス王国に来るものにとっては、この証明書は最後の命綱となることも無いわけでは無いらしい。ただ、そういう者たちは、アレクと違い、普通の国民としての条件を満たせるので、本当にこの証明書が発行されるのは稀なのだ。
「いやー今回は安く済みそうですな、旦那様。」
「全くだ。復興に必要といっても我が身が一番だからな。用心棒は必ず必要だ。」
今回、アレクがすることになった奉仕活動は、復興支援の商人の用心棒である。
他にも規定区域の警備や領地の防衛任務、野盗からの街の防衛隊や国境警備、開墾等の奉仕活動からも選べるのだが、どの奉仕活動も一ヶ月以上の常駐かそれ以上の期間を有する者が殆どであった。普通に考えればそのくらいの期間の奉仕活動は当たり前なのかもしれないが、エルフの国との同盟のこともあるので出来る限り短期間で証明書を取らなくてはなくてはならなかった。
そんなアレクは、非常に幸運であったのかもしれない。何せ珍しく街が野盗に襲われ、大震災が起きたことで、これから向かうアレクが最初に訪れた町はボロボロの状態であった。その街の復興支援は、王都の復興の次に急務であるとメリンダ様が指示したため、(恐らく気を利かせて)かなり重要度の高い奉仕活動になっていた。
その他にも滞在中の街の警備、剣術指南等の活動も申請してきたので、商人と共に王都に帰る頃には証明書を手に入れることが出来るようになるらしい。
と、まあ、こんなにうまく進んでいる理由は、アリシアとメリンが、手をまわしていたことが理由なのだが、そんな理由も知らないアレクは、満足げに商人と共に王都をたった。
軍隊のないイグニアス王国では、用心棒として多くの商人は、旅をする際に傭兵を雇う事になる。しかし、基本的には治安のいいイグニアス国内では、野盗や旅の道中で襲われる心配は少ない。
自警団や天馬騎士団が正常に機能し、ボトムス王国の情勢が安定していた時は、数人の用心棒でも事足りていたのだが、最近は、ボトムス王国から流れてくる野盗や魔獣の増加が著しく、それに加え震災の影響で治安も悪化し始めているので、今まで同じ人数では少々不安なのだ。
だから、今回アレクのように奉仕活動として無料で雇える用心棒を見つけた恰幅のいい商人は、馬車の上で付き人と共に満足げな表情を浮かべている。
四台の荷馬車と人を乗せた三台の馬車が街道を進む。その周りに傭兵団とアレクが護衛する形で一行はイグニス王国の都市のひとつ、マリージョへ向かっていた。
「無理について来なくてもよかったのに。」
「そんなわけにもいかないわ。アレクは、イグニアス王国とのパイプ役なんだもの。死んでもらったらあたしの所為にされるじゃない。」
ターニャの口調がアリシアやメリンダといる時に比べて崩れているのは、やはり、王族に対してまだ緊張があるからだろう。それに加え、今は同盟申請中であるので、小さな粗相をしないように気を使っているからだ。
今回は、自警団員は一人もいない。アレクの奉仕活動であるので、自警団員がついて来ることは無いし、一つの商人の付き添いに避けるほどの人員は、自警団にはいない。ターニャがついて来られたのは、先程の商人に交渉し、料金はいらないからと同行を許可してもらったのだ。
ただし、目以外の顔の全てを灰色のターバンで覆い、服装も出来るだけ地味なものに変えている。胸も当て布をしているのか、かなり小さく抑えられているようだ。その為、エルフという事はバレていないだろうし、恐らく女性とも思っていないだろう。
「おい! しっかり警備しないか。何かあったらどうするつもりだ!」
一番先頭を歩くアレク達に対して、商人の付き人である細目の男が怒鳴る。
奉仕活動をしている者たちの多くは、犯罪者や身分の低いものになってくる。その中でも無料で用心棒をするような者は、犯罪者に絞られるだろう。だから、この細目の男もアレクに対して強気に出ている。
報酬を貰っているわけでは無いので、失敗に終わっても構わないのだが、これほど短期間で証明書を貰える奉仕活動はそうないので、アレクも空返事をしつつ、歩く。
はっきり言ってこの一団を襲う野盗がいるとは思えない。
傭兵団から十人、アレクにターニャ。馬車に乗っている人間も大工や力仕事をする者、アレクと同様奉仕人の中でも力仕事をこなすものが、馬車三台分そろっているのだ。つまり、この一行を襲う知的生物はまずないだろう。
「ま、うち等の仕事は基本夜になるだろうね。」
「そうなりそうですな。頭。」
「頭じゃないよ、姉御っていいな!」
そんな会話をアレク達とは一歩離れた場所でしているのは、この傭兵団の親分、姉御の女性とその部下のスキンヘットの男だ。
出発前に一通り自己紹介はしたのだが、十二人もいっぺんに自己紹介されたところで覚えられる訳が無い。姉御の名前はミハヤで、恰幅のいい商人は、何たらトムソンだった気がする。
「ギンドルジ・サン・トームソンよ。人間の名前は長いわね。」
だそうだ。
エルフの名前はファミリーネームに該当する部分は無いらしいのによく覚えたものだ。と、アレクは感心する。
先程の傭兵団の姉御さんの話であった通り、アレク達の本格的な仕事は、夜間になってくる事だろう。全員が寝静まれば野盗たちも襲いやすいだろうし、何より、夜間は知的生物でない者達の行動する時間になってくるからだ。
魔獣に野獣。そして、人間よりも夜間の活動に優れた生き物が襲って来る可能性も高まる。だから、本格的に日中は、歩くことくらいしかやることが無いのだ。
「はぁ、早く着かないかな。」
日暮れまで三回くらいの小休憩を挟みつつ、王都バルムントからの街道を進む。この道を通るのは、二回目なのだがなんだが随分懐かしい気がする。最初に黒い怪物に出会った森を抜け、草原と森に挟まれた街道を進むころには、辺りの日はかなり傾き、日没までの時間は迫りつつあった。
ここまで大きな障害など無く順調に進んでいたので、翌日の昼前にはマリージョの街に着くだろうとふんでいたアレクに対し、布を巻いてほとんど顔の見えないターニャが不安混じりの声で声をかける。
「アレク。もうすぐ着くのか? それともなにかトラブルでもあったのか? 街が見えてこないんだが・・・・・。」
「ああ、多分この辺りで野宿して明日の昼くらいにはつくんじゃないか?」
「・・・・まさか、ここで一夜を明かすのか・・・・。」
絶句に近い声で反応する。布によって覆われた顔にはさぞ共学の表情が弘果がっていることだろう。
確かにターニャにとっては知らない国だし国土も今まで住んでいたエルフの里に比べれば圧倒的に広い。野宿などあの広さの国であれば必要ないだろう。しかし、狩りや何かしらのことで森の中で一夜を明かすこともあり得る話である。
「夜間は基本的に狩りはしない。森番で夜過ごすときはずっと起きているし、森番の見張り小屋の中で過ごすのが普通だ。」
だそうで、エルフの里から帰る時の二日間も小さな村の宿屋か街に寄っていたので、野宿することは無かった。故に、ターニャにとってはこれが生まれて初めての野宿となる。
「これから馴れとかないと辛いぞ。何せ自警団は野宿が基本らしいからな。」
恐らく、エルフの里から帰るとき村や町に寄ったのは、復興状況の確認をするためと、他国の住人であるターニャに気を使ったのだろう。しかし、今後自警団員になるのであれば、あのセバスは容赦なく野宿を選択するはずだ。
「地べたで寝るのか・・・・信じられない・・・・。」
ターニャが驚きを受け入れられない間にアレク達以外の傭兵の面々が、恰幅のいい商人に野営の準備することを進言していた。
「この辺りで夜を明かしましょう。夜間は、うち等で警備に当たりますので。」
「ウーム。夜通し歩くわけにはいかんのかね?」
口調は丁寧だが、その言い方は命令形に近いものであった。が、女性の傭兵は折れないようで。
「その場合は、最初に言ってもらいたいね。夜通しの警護となれば、料金は割り増しさせてもらうよ。」
と、右手の親指と人差し指をくっつけて円を作り、お金を表現する。そのふてぶてしい表情に商人の顔が渋る。
しかし、女の傭兵―確かミハヤの言う通り、夜間の警護は日中の警護に比べて難易度は非常に高くなる。何せ、夜間に活動するのは、その方が他の生物に比べ優位に立つことが出来る生物だからだろう。もちろん人間は、日中に活動する生物だし、夜目の利くといっても夜行性の動物の様に見える訳では無い。
野盗の襲撃であればまだましなものであるが、魔獣や野獣となればその強さは跳ね上がる。
さらに言えばここにいる用心棒の面々はアレクを含め歩き通して体力もかなりけずれているのでミハヤのいう事も一理ある。
「分かった。その代わり夜間の警備は万全を期してくれよ。」
「最初からそうすりゃいいのさ。任しておきなって。」
ニカッと笑いウィンク一つするとミハヤは、部下の男達に指示を出しながら、手際よく野営の準備を進める。座れる幅くらいしかない荷馬車に乗っていた人たちも、ミハヤの部下たちが用意した焚火の近くで腰を下ろし談笑を始めるころには、陽は完全にはじめ、明るい方の星々が見え始めている。
今日は新月なのか一際明るい月は上がっていない。ターニャとアレクも自分たちで焚火を用意し、腰を下ろしていた。
そこに、ミハヤとスキンヘットの男、ネズミの様に前歯が二本唇から出た細い頭で身長の小さい男が歩いて来る。
スキンヘットの男性は、二人比べかなり身長が高く2メートルくらいあるだろうか。逆にねずみ顔の男はかなり小さく、150センチあるかどうかだ。
「よう。アレクとターニャさんだったよな。ちょっといいか?」
当然話を切り出してきたのは、ミハヤでアレクが何も言わない間に焚火の前に腰を下ろす。
「夜の警備の話なんだけどよ。大体、三班に分けようと思っている。あんたらとうちら合わせて十二人だから、一班四人くらいなんだが・・・・あんたらは、二人しかいないみたいだし、うちともう一人出すとしよう。おい。アレーナ!」
「はい!姉さん。」
向こうの方で傭兵団の団員と武器や消耗品の確認を進めていた一人がこちらに向かって小走りで近づいいてくる。他の団員の中ではかなりの細身。いや、アレク達から見ても細身の傭兵。目の前にいるミハヤも女性であるので、取り巻きの傭兵から比べれば線は細いが、そんな彼女よりもさらに細い。
「そういう訳だからよ、あんたらで順番を決めておきな。ちなみにうちらは一番最初な。」
ミハヤがそういうと二メートルを超えスキンヘットの男とねずみ顔の男は、思い思いの場所で野営をする傭兵たちを一か所に集め話をしているようだ。この辺りは、側面に林と草原に挟まれている街道で、アレクが目覚めた場所の近くでもある。特に林に面した方は見晴らしはよくないのだが、この辺りに危険生物の目撃情報は少ない。故に今回警戒すべき対象は、治安が悪くなることによって増加する野盗達になってくるだろう。
「んで? あんたら二人は夜目は利くのかい?」
「オレは割と利く方かな。」
目線でターニャに確認を取ると、無言で頷く。エルフの里では夜間の森番の長を務めていたのだから当然といえば当然だろう。
「二人とも大丈夫だ。」
「なら、問題ないな。順番は一番最初。このまま完全に日が暮れるまでの大体3時間くらいだと思ってくれ。・・おぉっと、一応もう一回自己紹介をしとこうか。うちは、ミハヤ。この傭兵団をまとめる頭だ。武器はこいつだな。」
と、背中に括り付けている斧を外し、地面に突き刺す。大きさは八〇センチくらいだろうか。両刃の斧なのだが左右差が激しく、どちらが前なのかははっきりしている。後の刃は、鎌のように使うような形状をしている。
「あ、えっと。アレーナと言います。まだ見習いなので、戦うのは得意ではないです。だけど、神官としてサポートは出来ると思います。」
勢いよく頭を振り、体を90度に折り曲げる。深緑色の髪は肩に届かないくらいで前髪は、一線に切りそろえている。中性顔をしているのではっきりとどちらとは言えないのだが、恐らく女性だとアレクは予想する。神父が着るような服で、両手で杖を握っている。身長は150センチ中盤でかなりの細身だ。柔らかい雰囲気を持っていて、他の傭兵たちとは少々住む世界が違いそうな感覚を覚えるが、その辺りにアレクは触れない。
「アレクだ。片手直剣を使う剣士で、こっちかターニャ。弓が基本かな。」
ターニャは森番として弓の扱いに非常に長けている。その他にも小刀や槍などもグランドウルフに騎乗するときは扱うのが普通なので訓練はしていたが、グランドウルフを手に入れたのも最近なので今回は、弓以外にメインの武器は持ってきていない。
「まぁ、バランスは悪くはいな。とりあえず、この仕事の間は仲間だ。よろしくな。」
ミハヤの握手にアレクが応じる。一つの焚火を囲み、四人は辺りさえ蟻のない雑談を交えているとあっという間に後退の時間が訪れる。すぐに眠りにつくミハヤとアレーナに対して、
「まだ寝れる訳が無い。」
と、初めての野営に眠気が訪れないターニャに付き合い、あくびを噛みしめながら眠りについたのは、朝靄が出始めるころだったという。




