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イグニアス王国の国民として


 「(今だ。)」


 アレクは、ようやく訪れたダンケルの硬い防御の隙を生み出すことが出来た。盾と直剣の防御でここまで硬いのに、普段はフルプレートに近い鎧まで来ているとなるとダンケルを倒すのは容易ではないなと再認識させられる。

 打ち込んだ木剣が今までとは違い僅かに弾かれるのとタイミングを合わせて、体の重心をずらし、ダンケルには隙を、自身には今までに無い一手の準備を。


 予想以上にダンケルの防御と慎重さには苦戦させられた。もう少しこの攻防が続いていれば、先に集中力を切らしていたのはアレクだったかもしれない。今回は、アレクの思惑にダンケルがはまってくれそうではあるが、彼も十分に頭がキレる。まだ、油断はできない。

 引き戻した左手に神経を集中する。そう、丁度魔導書を持っているときのように


 「(魔力を込めるのではなく、流し込むイメージで。)」


 左手に込められた魔力が、形を形成してゆく。それはリューケと裏庭でやって見せた、魔導書を使わない魔法の技術。

 しかし、アレクのその魔法には何の効果も無い。雷や炎による攻撃は出来ないし、風を生み出して、体制を変える事も出来ない。


 そんなことをダンケルが知っているわけもない。


 「ッ!」


 突然、アレクの左手の中に現れた不思議なものにダンケルは、攻撃のために突き出そうとしていた木剣を力任せに軌道修正し、守るように動く。さすがの反応であるとアレクも心の底から思う。しかし、これが本能だけで危機を察知する人間であれば、こんなフェイントは通用しない場面なのだが、ダンケルはしっかりと反応してくれる。


 「オレの勝ちだ。」


 不思議な半透明で不定形の何かを持った左手をアレクはダンケルに向けて突き出す。

 ダンケルも、最硬度防御力である左手の盾を使ってアレクの左手の攻撃を防ごうと盾を突き出すが、その一撃に攻撃と呼べるほどの威力は存在しない。

 ダンケルの盾に触れた半透明の何かを携えたアレクの左手、は何の現象も起こすことなくダンケルの盾と触れ合い、アレクはその盾を起点として、大きく宙へ体を浮かす。

 長身のダンケルの頭の上を側転するように飛び越え、ダンケルの後ろに着地したアレクは、そのままダンケルの首元に木剣を寸止めする。


 「はい、オレの勝ち。」


 もし、ダンケルがいつものように鎧を着こんでいれば、そんな軽い一撃では勝利は確定しないだろう。兜と鎧の間に上手に刃を通して首を弾くことが出来れば不可能ではないが、瞬時にその場所に刃を通すのは至難の業になるだろう。

 それに今回は模擬戦であり、ダンケルはフルプレートの鎧を付けていなければ、アレクが持っているのも殺傷能力の低い木剣である。故に初撃必殺。有効打を決めるまでの模擬戦。


 「やっぱり僕の方が弱いね。ありがとアレク参考になったよ。」

 「いやいや、今日教わった技が無ければ攻め切れなかったよ。さすがの高度だな、ダンケルは。」


 アレクとダンケルは、互いに握手を交わす。

 互いの健闘を称え、笑みを浮かべる。


 「お疲れ様ですダンケル、アレクさん。」


 いつの間にか返ってきていたアリシアが、スフィア達と共に歩み寄って来る。周りを見渡してみると非番の天馬騎士団の団員や城内の使用人なども見に来ていたようだったが、模擬戦が終わった直後から解散し始めている。


「いきなりで悪いのですが、姉様の元へ一緒に来てもらってもよろしいでしょうか? リューケさんの件とターニャさんの件で少々お話が。」

 「おいおい、アリシアそりゃないぜ、次は、アタイとアレクの番なんだからさ。」

 「あっ。ごめんなさいスフィア。では、その後で・・・・。」

 「スフィア。アリシア様に迷惑かけちゃ駄目だよ。ボクでよければ相手をするよ。アレクと同じ片手直剣を使うからさ。」


 アリシアの発現を遮る形でサイアスが、スフィアに斧を模した木製の鈍器を放り投げる。サイアスの手には、アレクと全く同じ長さの木剣を握っている。

 身長から考えればもう少し長い木剣の方が体にあっていると思うが、あくまでもアレクの代わりという事なのだろう。

 

 スフィアは、あまり納得している様子はないような表情で。


 「その用事が終わったら過ぎに戻ってきな! いいね。」

 「ああ、分かったよ。」


 かくいうスフィアも珍しいサイラスの片手直剣と対峙することは、楽しみでもあった。





 自警団の兵舎から王城に向かう途中でターニャと合流し、アレクとアリシア、リューケ、ターニャの四人は、メリンダが待っているという執務室へと向かっていた。いつもは、王座の間(アレクが勝手にそう呼んでいるのだが)でメリンダと会っていたので、仕事をしているメリンダと会うのは初めての事だ。

 いつもと違い、きらびやかな装飾の少ない廊下。ちなみにフィルビアは、「サイラスだけじゃ、スフィアが飽きるだろうし。」と、自警団の兵舎の方に残った。


 「ごきげんよう。って、さっきもこの挨拶したわね。」

 「ええ、アレクさんにターニャさんもいらっしゃい。」


 既にリューケのことは機械済みなのか、一国の女王様に対して軽い口調で語る目線の先には、今までメリンダと会う場所の中では素朴な部屋が広がっていた。

王座の間に合ったような煌びやかな装飾品などは一切ない。木製の事務机と本棚、長机が一セットあるだけの実務に特化した書斎の中にメリンダが座っている。しかし、この部屋が煌びやかに見えるものは多いかもしれない。その理由は簡単で、メリンダが窓際の事務机に腰掛けているだけで、机の上に飾られている一輪の花など霞んでしまうほどの輝きがあった。

 もちろん、そこに天馬騎士団長であるエリダを加えてもいい。輝くような金色の髪の対応するような暗い銀色の髪も窓から差し込む太陽の明かりによって輝いて見える。


 「アレク殿。ルシアがお世話になりました。本来ならすぐにでもお礼に行かなければならなかったのですが、少々業務が立て込んでしまいまして。」

 「あら、私の所為だというの?」

 「い、いえ。そのようなことは・・・・・。」

 「ふふ。冗談よエリダ。・・・まぁ、本当のことではあるんだけどね。」


 二人の会話は、しっかりと上下関係が取れているように聞こえるのだが、目の前に居れば二人の関係性はアレクにもよくわかるようになった。乳姉妹以上の本当の姉妹のような信頼関係が作れる雰囲気が二人の間にはあるのだろう。


 「姉さま。ターニャさんもお連れしました。」

 「ありがとアリシア。じゃあ、話を始めるわね。エルフとの国交回復の使者として現在ターニャさんを。魔法使いの自警団員としてリューケさんを迎えるにあたってアレクさんが、両者の保護責任者とする予定なのよね?」

 「ええ、それでお願いするわ。」

 「あたしとしてもその方向に進めていただければ・・・・。」

 「・・・・そうなると少々問題があるのよ。エリダ。」


 メリンダに呼ばれたエリダは、用意していた資料をアレク達に渡してくれる。そこには他国の住人の監督責任者になるために必要な書類と孤児の身元保証人になるための資料であり、そこにはこのような記載がされていた。


 『健全な経済活動能力を有する、イグニアス王国国民である事。』


 「何か問題があるのかしら?」

 「・・・・大問題だ。」


 何を言っているのか分からないリューケとターニャにとっては首をかしげる内容であり、そのままの感情をリューケは口にするが、アレクからすれば以上の記述は大問題である。



 「・・・・と、いう訳でここで来たけど具体的には何をすればよろしいのでしょうかアリシアさん?」

 「そうですね。イグニアス国民として認められるには幾つか条件があるんですよ。」


 その為、アレク達はアリシアと共に王都バルムントの一角に建てられた役所に赴いていた。そこには、あまり忙しそうに動いてはいないが、幾人かの従業員と数人の利用者(主に高齢者や人相の悪い人物)が、話していたり書類仕事をしている。


 イグニアス王国の国民となるためには、この役所にて正式な手続きを澄まさなければならずそれにはいくつかの条件が存在する。

 曰く、『平和を愛し、隣人に愛されることを鋭意する者でなければならない。』と書かれているのだが、これは、建て前上のもので実際に基準はこうである。


 一つ、出生、経歴、犯罪歴等を明らかに出来るものであり、イグニアス王国内に身元の保証できるものを用意できるもの


 一つ、イグニアス王国の国民性を愛せるものであり、イグニアス王国内で経済活動が可能な者

 

 一つ、保証人が立てられない者は、イグニアス王国の国民性を愛せるための努力を見せること


 だそうだ。

 最後の一文は、犯罪歴のある者が、イグニアス王国に亡命してきた際に、保証人となってくれる知り合いなどがいない場合の措置で、犯罪の度合いに応じた奉仕活動を強いられるというものだ。

 これらすべてを満たすことが出来ない人物は、イグニアス国民として認めることが出来ないらしい。


 「リューケはどうなんだよ。」

 「ワタシは子供よ。それに教会の信徒でもあるから関係ないのよ。」


 どの国の勢力にも加担しない教会の信徒は、どの国にも入ることは出来るし経済活動を行うことは出来る。もちろん、彼らの活動は、教会勢力が責任を持っているので、犯罪等を犯した場合は、法律ではなく教会によって定められた『等価の法』と呼ばれる罰が与えられる。

 また、リューケはその教会勢力の孤児として拾われているので、保証人が出来ればその国の国民になることは容易な立ち位置にあるらしい。


 「ターニャさんも一応は、エルフの国の国民であり、身元の保証も出来るようですので異邦人として登録は可能です。が、アレクさんの場合は・・・・。」


 アリシアが口を濁すのも無理はない。なぜならばアレクは、出生も経歴も犯罪歴も名前すらも不明なのだから。今でこそ自警団のアレクという立ち位置を有しているが、恐らく正式なメンバーとして名簿には未だにアレクの名前は載っていないのだろう。

 そんな人間が、イグニアス王国の国民になるためには相当な努力が必要だろうし、何よりリューケの保証人やターニャの身元引受人になれるはずがない。


 「ですので、アレクさんには今回、特定異邦人証というものを取っていただきます。本当ならもっと早くとっていただかなくてはならないのですが、色々ありましたので。」


 その特定異邦人証というものは、一定期間イグニアス王国に滞在しなければならない理由があり、その後、自国に帰る者に与えられる証明書になる。経済活動を許可してもらう代わりに一定以上の爵位を有する身元の保証人、強制の奉仕活動をしなくてはならないというもので、殆ど出ることのない証明書である。


 「保証人には私が成りますので、アレクさんには奉仕活動をしていただければ、保証人としての立場は確保できると思いますので。」


 ただし、イグニアス王国の国民ではないので、今後も自警団の名簿にアレクの名前は載ることは無いだろう。ただ、アリシアが保証人となるので、その経済活動を支援することが出来ることを後ろ盾にして、名実共に自警団と行動を共にすることが出来るようになるらしい。


 「分かったよ。んで、奉仕活動って何をすればいいんだ?」


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