模擬戦 ダンケル 2
兵舎の前で二人の戦闘を腕を組んでみているサイラスは、非常に嬉しそうな顔をしている。彼は普段からにこやかな表情をしているが、今は楽しんでいるのだろう。
「どうだいサイアス。英雄の目から見て二人は。」
「やめてくれよ。ボクなんてまだまだだよ。」
謙遜には二種類存在するとスフィアは思っている。相手を見下して、この程度も出来ないお前は相当レベルが低いな。というものと、本当に自身を過小評価しているモノだ。
サイアスほどの実力であれば、前者の方が寧ろ清々しいのだが、彼は本当に自身を過小評価しているのだ。それがアリシアの重圧になっていることは彼はきっと思いもしていないのだろう。
「でも、ダンケルはだいぶ強くなったね。ボクもうかうかしていられないよ。アレクの方は、ボクよりも強いんじゃないか? だって、あれで実力の半分以下だろ? 手も足も出無さそうだ。」
「・・・・・あんた、本気で言ってんの?」
「まぁ、手も足も出ないってのは嘘かな。首一本になってもくらいついて見せるさ。」
今になって思えばアレクが魔法を使って戦闘したところ見たことがあるのはアリシアとセバス、リズベルの三人だけだ。フィルビアとルシア、シャノンもエルフの里で見たようだったが、戦闘系の魔法ではなかったので多用はしていなかったようだ。
黒い魔獣と戦った時も牽制として魔法を使っていたので基準にはならない。そう考えるとアレクの実力はそこがまだまだ見えない。もしかしたらサイアスよりも・・・・。
「・・それは、ないか。」
「? 何か言ったかい?」
「何でもないよ、天才さん。」
スフィアは頭の中を一瞬よぎった考えをすぐに否定する。
アレクは確かに強いかもしれない。珍しい剣術を使うし、ルシアに聞いた話では「ずっと支配され続けられているイメージ」だったという。それに加え魔法を使われたら勝ち目は薄い。
しかし、サイラスはそんな次元の話ではない。本気を出されたら歯が立たないどころではないし、聖槍を持ち出されたら、味方ですら近づきたくないプレッシャーを持っている。と、言ってもサイアスはそれ相応の修業を積んでいることをスフィアは知っている。血がにじむ努力ではない。本当に吐血するほど鍛え続けて今の強さを身に着けたからこそ、スフィアもその領域を目指している。
だが、アレクからはそういった雰囲気、プレッシャーは感じない。強さに対する絶対的な執念を感じないからこそ、アレクには負けたくないライバル心を燃やしている。悪い意味ではない。スフィア自身もそうだ。強さに対する執着はあるが、サイラスやセバスのような強い意志があるわけでは無いのだ。
「(・・・守りたいモノね。)」
彼らには共通して死んでも守らなければならないものがある。サイラスにはアリシアが。セバスにはメリンダを含む王族が。そう言った点ではフェルヴィオからも同種の雰囲気を感じる。(彼は魔法使いなので強さの基準が違うが。)
だからこそ、彼らは強い。死んでも構わない戦いをするくせに、死んではもう守れない事も理解している。死に物狂いに戦ってしっかり生き残ることを考えている者の強さ問うものは異常だ。
スフィアにだって守りたいものはある。家族は好きだし、自警団の誰も失いたくない。アリシアのために死ぬことが確定した新狩りを務めることだってできるだろう。
けれど、そこから帰れるだけのいい意味で期待を裏切る強さを求めるほどの執念は持ち合わせていなかった。
「お。おかえり、アリシア、フィル。えーっと、リューケ。」
「そうよ。なに、模擬戦でもやってるの?」
「ええ、アレクさんさすがの実力ですよ、アリシア様。」
「そう。」
リューケの部屋の案内が思いのほか早く終ったアリシア達が、自警団の兵舎の前が騒がしいという事を聞いてここに来てみるとダンケルとアレクが模擬戦を行っていた。同様の噂を聞きつけ、非番の天馬騎士団や王城内の兵たちもちらほら来ているようで、数人が観戦している。
「どっちが優勢?」
「どうかな。アレクも大分強いからなんとも言えないな。」
「当然ね。アレだけの魔力を持っていれば、大分じゃなくて相当強いわ。って、なんで剣を使っているのかしら?」
「魔法の調節は難しいって、模擬戦では使わないらしいのよ。それに魔導書は壊れやすいしね。」
「確かに一理あるわね。でも、魔法を弱く打つことなんて簡単よ。」
リューケは、アレクに見せたモノと同様の小さな雷を手の中で発生させる。
「魔導書なしに魔法が使えるんですか?」
「ええ。当然でしょ。」
アリシア達は驚きを隠せない。現代では、魔導書が発達し、昔のように自身も魔力の属性のみの魔法を使用するものが減少してきている。国が認可している教育機関にも魔導書を使わないで魔法を使かう教育はしていない。
その一番の理由は、魔導書を使わない魔法は基本的戦闘目的に使用するからだ。魔導書を使えば戦闘外にも使用できるので、軍隊を持っていないイグニアス王国では、戦闘用の魔法使いを育成していない。
フェルヴィオも固有魔法を使えるほどの高名な魔法使いだが、実際魔導書を使用している。
「その子にも教える必要がありそうね。」
と、リューケは少し怖い笑顔を浮かべていた。
話は戻って、アレクとダンケルは、僅かというには長い間剣を交えていなかった。その間にアリシアや取り巻きが増えてきているが、未だ動いていない。まだ一回しか剣を交えていないので、どちらが優勢かは彼ら自身にも分かっていなかった。
唯一、ダンケルだけは、アレクとの実力の差というものを感じていた。
「(出来ればこっちから打ち込みたくはないな。カウンターを躱せるほど俊敏じゃないし。)」
アレクのカウンター攻撃をダンケルはまともに見たことは一度もない。しかし、天馬騎士団のルシアとは一度だけ戦ってもらったことがある。その時は、神速の突きに対応しきれず敗北している。その攻撃をアレクはカウンターすることで一撃で勝利しているという事は、彼の攻撃は先程見せたモノ以上のものが出てくる可能性が高い。攻めれば負け、カウンターを狙っても負け。それが現状のダンケルの分析結果である。
一方、アレクの方も攻め手に欠ける現状に頭を悩ませていた。軽い木剣では、ダンケルの盾、同じ木剣の防御も貫くことは難しいだろう。体格的にはほぼ同じくらいだと思っていたのだが、ダンケルの細い見た目は身長から来るものなのかもしれない。さらに、ダンケルがここまで攻めてこないという事は、カウンターもしくは、防御一点狙いの可能性もある。
模擬戦なのにディフェンス狙いの時間稼ぎって、とも思うが、それが彼のスタイルというのであれば理に適っている模擬戦の使い方だ。アレクもそれを崩せなければ、戦場でそういう敵と対峙した場合、倒し切ることは不可能になってしまう。
「(でも、ダンケルの反射神経は本物だ。生半可なフェイントは通用しない。)」
互いに、互いより優れている場面で戦いたいのが普通であり、それが、ダンケルは盾を基本とした防御で。アレクは、カウンターを狙った待ちであるため、状況が動かない。
「(とはいえこのままという訳にはいかないな。)」
本当の戦闘になった場合、人数の少ない自警団は不利になる可能性を常に念頭に入れる必要があるとアレクは考えている。戦争は数が多い方が基本的に勝つ。一騎当千がいても戦争には必ず勝てない。その加えて自警団員が、一対一の戦闘で時間を取られてしまえば、それこそ勝つことは不可能になってしまう。
「(少し、軽率だけど状況を動かさないとな。)」
アレクは、再び突撃をかけるために重心を落とし、一歩目を踏み込む左足に力を込める。今度は、剣先を隠すように体の後ろに木剣は置かない。水平にまで持ち上げた木剣は、体の横に。
勢い良く踏み出したアレクは、先程までより短い二人の間合いを一気に詰める。
ダンケルも待ち構えていたように盾と剣を使ってアレクの攻撃を耐えきるように準備する。
一進一退というよりは、アレクの様々な角度による攻撃をダンケルが何とか防いでいる状態が続く。アレクが優勢とも見えるが、ダンケルが全て防いでいることを見ると、ダンケルのペースともいえる。基本的には盾を使って、時折剣で防ぐ。
先程のようにダンケルは、剣を使って反撃は狙わない。アレクの攻撃は基本的に軽い。体重的にも体格的にもダンケルの方が大きいし、アレクにはダンケル以上の筋力が無かったこともあり、ダンケルにアレクの攻撃が抜けることは無かった。
「(僕は体力には自信があるんだ。疲れれば集中力も乱れる。その時を待てばいい。)」
ダンケル全てが平均並みといったが、器用さのほかにもう一つ才能はあった。それは、配分のうまさである。ランニングも持久力も並みだが、遠征時に彼が疲れた様子を見たものはいない。それは、体力ではなく、休むことがうまいのだ。全力を出すタイミング、必要な力の量を適切に出しているからこそ、彼は疲れにくい。
それに、アレクの攻撃に盾を合わせるだけのダンケルに対して、アレクは、緩急や角度を変えて何とか攻め切ろうとしてきている。そんな状況が長く続けば、アレクの方が先に披露するだろう。
どのくらいの時間が経ったかはダンケルには分からなかった。そんなことを考えるほどの余裕はなかった。アレクの剣は鋭く、防御に神経を集中して、両手で弾くことでようやく、耐えていたダンケルの戦法が功を奏したのか、アレクの攻撃がさらに軽くなるのをようやく感じることが出来た。
「(押し切れる。でも、油断はしない。)」
防いでいただけのアレクの攻撃をわずかに盾で押し返す。今までに無かったダンケルの行動にアレクの重心のブレが見て取れる。
「今ッ!」
満を持したダンケルの一撃がアレクに迫る。




