謎の少女 リューケ
アレクの左手の甲には奇妙な痣が存在している。普通のケガではできないような形状で、二つの二等辺三角形の下に楕円が描かれている。あまり気にされることは無かった、このリューケだけは、初めて会ったときにこのアザについて何かを知っているようなそぶりを見せた。少しでも自身の出生に関われる情報であるのであれば欲しくて、聞こうとするといくつか本を買ってきて欲しいと頼まれたのだ。
「全く、こんないたい気な少女の頼みくらいタダで聞きなさいよね。」
「自分でいたいげななんていう子は、違うと思うぞ。」
このリューケが普通の女の子では無いのは、読んでいる本の難しさや引きこもりや、友達のいないところではない。このリューケは、12,13歳の少女では無いのだ。実際の年齢がいくつなのか教えてはくれないが、ずっと昔から生きているのだという。魔法の実験で失敗してしまい。老化が現在の容姿で止まってしまったため、孤児院を転々としているらしい。
普通であればそんな話信じることは難しいかもしれないが、アレクも十分普通の人ではないからこそ信じたのかもしれない。
だから、アレクのことも子ども扱いしてくるし、恐らく、四〇代後半のマザーさんも「あの子」と言うときがあるのでもっとうなのだろう。
「いいわ。そのアザを誰も気にしないのは仕方のないことよ。だって、ただのアザだもの。」
「・・・・・・。は?」
「ただのアザよ。奇妙な形はしているけれど何の変哲もないアザ。・・・・ひょっと、頬をはなひへもらへるかひら。」
「この口か。この口がそんな悪いことをいうのか。」
抑えられない感情でアレクはリューケの頬を引っ張る。さすが、子供で成長が止まったからだ。よく伸びる。
つまりは、アレクの左手の甲にある奇妙な形のアザの正体はただのアザという事らしい。
「そう言っておけば、お願いを聞いてくれる人が多いのよ。」
「ほう。いい度胸だな。」
「なに。少女に暴力なんて振るったら捕まるわよ。」
「いやいや、力に頼らずとも色々出来ることなどありますよ、リューケさん。」
アレクは一本一本を独立して動かし、何か奇妙な想像を掻き立たせる。
「まぁ、エルフの里の本は嬉しかったから、お礼くらいはしてあげるわ。ついてきなさい。」
何を想像したのかアレクには不明だったが、リューケは、ヒョイっと窓の淵から降りると教会の裏庭にアレクを案内する。あまり人の目にはつきにくい場所。日当たりも悪いようで昼間なのに薄暗い。教会に住んでいる子供たちもマザーたちもここにはあまり来ないようで、雑草が生え始めている。
「なにするんだ?」
「魔法を教えてあげるわ。魔導書を必要としない魔法をね。」
魔導書を必要としない魔法。それはエルフの里でもお目にかかった。ポールが使用した≪ウィンドウ≫の魔法がまさに、魔導書を必要としない魔法であった。アレクや現代に存在する多くの魔法使いは魔導書を使用しているため、非常に驚いた。
「まずは、魔導書が何なのかは知ってるわよね。」
「魔法の発動に必要な魔法陣を書いてあるものだろ?」
「ええ、そうよ。ただし、少し違うわ。魔法は体内の魔力を現実世界に影響を与える形に返還させて使用するの。それを最も簡略化したものが魔道書よ。つまり、その返還の仕方さえ分かれば魔道書なんてなくても魔法は使えるのよ。こんなふうにね。」
突き出したリューケの右手から雷が走る。ポールやエルフ族のように詠唱を行う事もなく、だ。
「まぁ、これは一朝一夕で出来ることじゃないけど、基礎は教えてあげるわ。まずは、魔導書に込めるように魔力を手に集中させるのよ。」
アレクは言われた通り、左手に魔導書を持っているときと同様に魔力を流し込もうとする。刹那、頭にいやな痛みが走り、膝をつく。記憶のフィードバックでは無い。魔力欠乏による痛みだ。
「どうしたの?」
「いや、オレ魔力欠乏症っつって、魔法を使うと頭が痛むんだ。」
「ちょっと見せなさい。」
そういうとターニャは、アレクの額に自身の下唇を付ける。実際には、額と唇の間にリューケの右手が存在しているのだが、角度によっては額にキスしているように見えかねない。
「なるほどね。だったらこれを飲みなさい。」
そういうとリューケは懐から一本の小瓶をアレクに差し出してきた。見るからに体に悪そうな緑色の液体は、必要以上に粘性を持っていそうな風貌である。シャノンが創ってくれた魔力回復の為の薬は青かったのもかなり抵抗があったが、これはそれ以上の抵抗を与えてくる。
しかし、リューケはアレクよりも数段かくの違う魔法使いであることは、アレクは理解している。(それ以上に策士であることも先程知ったが)。リューケを信じてアレクは、一気にその緑色のドロドロの液体を口に含む。
想像以上だった。口の中に広がったドブの匂いをそのまま味に変えたようなそれは、スライムのように口の中から喉へと移ってくれない。しかも、瓶の中で同様に半分近く残っているのだ。
吐き出したくなる衝動を必死に抑えて、アレクは目をつぶり液体を飲み込む。喉の奥に入ってもその匂いと味は失われることなくアレクの口と鼻腔を刺激し続ける。
「・・・・・・の、飲んだぞ。」
「どう?」
「非常にまずい。吐きそう。」
「味なんて言いてないわ。それとはいちゃダメよ勿体無い。」
今にも吐き出しそうな表情でリューケに小瓶を返すと、衝撃的な一言が放たれた。
「全部飲む必要なかったのに、あーあ、最後の一本終わっちゃった。」
もし、アレクに鋼の精神が無かったとしたら今この場ですべてを吐き出していたことだろう。幸い、朝食はまだとっていないのでそこまで盛大なリバースではないだろうが、少なくとも教会にいるリズベル達が駆け付けるレベルの異臭を出す自信はアレクにあった。
どのくらいの時間が経ったかはアレクには考える余裕などなかった。
「気分はどう? 落ち着いた?」
「大丈夫と言えば嘘になるな。・・・・うぅ、気持ち悪い。てか、最初にどのくらい飲めばいいか言ってくれればいいのに。」
「普通は飲めないんだけどね・・・・。」
リューケが渡した薬は通常の製法で作る薬の何十倍にも濃縮することで出来るもので、一口で十分なはずなのだ。そうでなくてもあの激臭に異常な味からすべて飲むことなんて出来た人は見たことが無かった。
いや、そんなことは飲み干せたことの驚きに比べればたわいないことだ。通常、魔力を過剰に回復しようとするとその分を消費するまで気を失うはずだ。一般の薬の回復量を一口でまかなえるこの薬を飲み干してなお正気を保てるという事は、それほどまでの魔力を有しているという事。
「(見かけによらず天才なのかもな・・・・)」
とはいえそんなことはリューケ自身も出来ることだし(不味さに耐えきれるかは別として)不可能な話という訳では無いだろう。
「じゃあ、始めようか。まずはさっきと同じようにやってみな。今度は頭痛も起きないはずよ。」
言われた通りにアレクは先程と同じように左手に魔力を集中させる。
「力んではダメよ。肩からも力を抜きなさい。」
肩から力を抜き、その手に魔導書があるかのように魔力を集中させる。魔力は込めるものではなく、流し込むイメージを持って左手の中で凝縮させる。魔法というものは頭で考えるのではなく感覚で操作するものなのだ。偉い学者たちがたいそうな研究を書物にまとめているようだが、そんなものリューケから見れば浅知恵を難しく説明しているだけに過ぎない。本来体の一部である魔力。であれば、それを動かすイメージさえ積めば誰だって魔法は使えるはずなのだ。
「まぁ、直ぐにできるとも思っていないわ。ゆっくりそのイメージをつけなさい。」
「・・・・・こんな感じか?」
アレクの左手には、半透明の白い靄が浮かんでいた。不定形で球体になったり崩れてしまったりと形は安定していないが、それは魔力の塊であった。
「へぇ。さすがね。にしても無属性の魔力なんて珍しいじゃない。」
「そうなのか?」
「普通は火と地、風、水、木、雷と陰陽の八つの属性に分類されるんだけど、あなたのそれはどの属性でもない無属性の魔力よ。」
「それって無茶苦茶珍しいってことか!?」
「何を興奮しているのか分からないけれど、珍しいという点では相違ないわ。生まれた直後の赤子くらいなものだもの。」
魔力というものは非常に染まりやすく変異しにくい。生まれた直後は今のアレクの手の中にある無定形の半透明なのだが、成長する過程でその他の属性に染まっていくものだ。自然や周りの人間、多くは親の属性を引き継ぐ。稀に全く同じだけ異なる属性の影響を受けた場合は、二つ以上の魔力を有することもあるのだが、通常は一つの属性しか使用することは出来ない。
「へ? じゃあ、無属性の魔力に利点とかないのか?」
「ないわ。ただの魔力の塊。付加効果は全くないわね。」
本来魔力には属性が存在する。それは先程も言った事で、今回リューケがアレクに教えようとしていたのは、それの返還方法なのだが、アレクの魔力に属性が無いとなるとそれは難しいかもしれない。なぜなら、無属性の魔力の塊では発現させても何にもできないからだ。
例えば先程リューケがやって見せたモノも、雷属性の魔力で発現させたものであり、それ以外の魔力では起こすことのできない現象である。
「でも悪いことばかりではないわ。魔導書の威力はすべて平均値以上に扱えるって事よ。」
「それってすごいことなのか。」
「ええ。普通は自身の魔力性質と異なる属性の魔導書の威力はかなり落ちるのだけど、あなたにはその欠点が無いともいえるわ。」
魔導書を使う際は、一度無属性の魔力に戻す過程が必要になる。それを行うことで自身の魔力と異なる属性の魔導書を使えるのだが、アレクにはその時に消費する余分な魔力がいらないという事だ。つまり、どんな属性の魔導書でも一定の能力を引き出せるという利点がある。
「(特異な魔法も無いっていう欠点もあるのは黙っておきましょう。)」
当然、同族性の魔導書を使う際には威力が上がったり魔力効率が良いのだが、アレクにはそのメリットも無いという欠点もあるが、リューケにとっては非常に面白い研究対象に見える。
「(魔力の影響を受けることなく育つことなんて可能なのかしら? 親が居なくてもヒトはいるだろうし、森の中に捨てられても自然の魔力の影響も受けるはず。つまり、この子は、誰もいない何もない空間で育ったという事? それとも記憶を失ったことに何か影響があるのかしら? 非常に興味深いわね。)」
本来存在するはずのない無属性の魔力。アレクを研究してみたいという研究者魂のような物が掻き立てられる。
「そう言えば、自警団に魔法使い一人しかいないといってなかったかしら?」
「? そうだなフェルヴィオと今はオレの二人だけだと聞いてるけど、いきなりなんでだ?」
「ワタシが力を貸しましょうか? この孤児院もそろそろ成長しない事を怪しまれるだろうし、何より研究たい・・・・ワタシの事情を知っているあなたがいれば、ここよりの楽に生活できるでしょうしね。」
「ホントか!? 助かるよ。リューケの魔法は前にも見せてもらったけどかなり強力だったからな。これで戦術の幅も広がる。と、言ってもアリシアやメリンダ様の許可が無いと無理なんだけどな。」
「あの子は? 王族の子なんでしょ?」
「いや、それ以上に見た目は子供だし、了承されるかどうかが怪しいところだな。」
意外というか流石と言うべきか、リューケの不思議さをどこかで勘づいていたようで何のことなく了承してくれた。やはり、子供が戦地へ向かう事には抵抗があるだろうが、彼女は笑顔でリューケが孤児院を出ることを承諾してくれた。
午後まで孤児院にいるというリズベルとピリアを残して、アレクはリューケと共にアリシアに会いに王城へと向かった。




