一時の休養
その後、アレクから受け取った書類をアリシアがメリンダに手渡す。この場で条約を結ぶことは出来るかもしれないが、国の話であれば貴族院や衆議院との話し合いが必須なので数日かかる旨をターニャに伝える。ターニャが自警団と共に行動することも了承してくれたので、晴れて自警団員の仲間入りすることが出来た。
「アレクさんにはまた借りが出来てしまいましたね。妹たちの命にわたくしの命も。そしてイグニアス王国に謝罪する機会もいただいてなんと礼を言ったらよいか。」
「礼なんていらないですよ。そ、それでオレに話と言うのは・・・。」
まだ、ベルディア公国で借りていた馬を仮面の剣士に上げたことで怒られると思い込んでいるアレクは、少々弱腰でメリンダの表情をうかがっている。
「そうでした。以前、森で見たという魔法陣。それに、我が国の紋章を持った騎士、黒い新種の魔獣に関していくつか報告がありますので、そのことを話そうと思っていたのです。セバス、お願いできるかしら?」
「かしこまりました。では、アリシア様もこちらへ。」
セバスの先導でアリシアとアレク、ターニャの三人は王座の間を後にし、直ぐ近くの部屋の中に入る。その中は、会議室のようになっていていくつかの長机が規則正しく三列、平行に並べられていた。
適当な席(と言っても三人しかいないので最前列)に腰掛けたアレク達は、書類を片手に前に立っているセバスの話に耳を傾ける。
「まずはアレク殿の見た魔法陣に関してなのですが、儀式的な魔法陣である可能性が高いと思われます。」
「儀式的な魔法陣?」
「はい。一人が出現させたものではなく、多くの魔法使いが儀式を行うことで召喚したものである可能性が高いと思われます。ですが、二つ同時に、同種の魔法陣の発現を観測したとなると、少々事情が変わると思われますが、アレク殿。どうだったでしょうか?」
「うーん。同時だったような感じはしたけどな・・・・。」
正直、そんな詳しい内容まで覚えていないというのがアレクの感想だが、そんなこと言えばセバスに怒られることは確かだろう。
「了解しました。その可能性も含め今後も調べてみます。次に未確認の黒い魔獣、村の方でも見たという話でしたが?」
「ああ、結構強かったぞ。あの腕の長い魔獣なんか比べ物にならないくらいにな。」
「少しいいか? 黒い魔獣ってのは、オブアス・・・・丸っこい図体で四足歩行の目のない奴か?」
「大体そんな感じだったな。足は六本に増えたけど。」
「それならエルフの里にも最近になって出るようになったよ。ボトムス王国魔獣だと思っていたけどそうでもないのかい?」
「いえ、その可能性は高くなったと思われます。ベルディア公国では、未だ未確認という話でしたので、侵略用の魔獣である可能性は捨てきれないでしょう。ターニャさん。その魔獣は撃破できたのでしょうか?」
「ええ。と言ってもあたしではなく、バルドと言う我が国の戦士が。」
「中から人間は出てきましたか?」
「はい。剣士風の人間の男が一人。」
アレクが村で遭遇した黒い怪物の中からは、スフィアの家の家紋を付けたフルプレートの女性が入っていた。最初の魔獣もイグニアス王国の騎士に偽造したものが出て来たことを考えるとやはりあの魔獣の生成には人間が必要になるのだろう。そして、ターニャの話ではその魔獣が出現するようになったのは二〇日くらい前で、同時期に下半身が非常に短く、長い腕の先端に三本の鋭い爪を持つ新種の魔獣も出現し始めたようだった。その魔獣は、ベルディア公国で遭遇したものと同種の様で、セバスが確認してみるとイグニアス王国でも数体のその魔獣が出現したという事だった。
「そこまで多展開してはあまり意味がないのではないですか? 戦いましたが普通の獣とさして変わらない強さです。無尽蔵でもなければ戦力にもなりませんよ?」
「そうだな。だから、あの腕の長い方は自然発生系の魔獣だと思うぞ。」
いくつかの書物を読んでみたが、腕の長い魔獣や黒い魔獣に関する記述は一切なかった。伝承やおとぎ話の中にも登場しないのだから、恐らく完全な新種なのだろう。
一対一対が非常に弱く、そこまで多く広がっていることを考えると、魔法によって作られた魔獣で、ボトムス軍戦力であるとは考えにくい。
「あの異臭に自然発生の魔獣となると早急に発生理由を突き止める必要がありそうですね。天馬騎士団との協力も考えておきましょう。次は、その黒い魔獣の中から出て来た騎士たちなのですが、身元は全くの不明でした。木村を含め、現在確認できている範囲の村々の行方不明者との一致もありません。」
「そうなると、やっぱりボトムス王国の偽装か?」
「ですが、腕輪に描かれたアイリーナ家の家紋も非常に精巧に出来ていました。スフィアさんの家に確認してもらっても本物と同じものだったようです。」
それだけ精巧に作られた物を何にもない村を襲うための魔獣の中に入れる理由はアレク達には思いつかない。暴れた後で倒しに来た者に、魔獣がイグニアス王国の者の仕業だと思わせるにはイグニアス国内では無理があるだろう。なにせその腕輪はスフィアが持っていて、あそこまで強い魔獣を倒せるのは自警団か天馬騎士団いずれにしてもスフィアの近い人物なのだから。
それこそ、エルフの国やベルディア公国であれば効果がありそうな品をイグニアス国内に置く理由とは。
「・・・・・分からん。」
「ですね。それも含め、死体の身元を確認いたします。以上ですが何かありますか?」
「まぁ、何にも分かっていないってことなんだな。」
「そうですね。・・・・ああ、忘れていました、アレク殿の件ですが、やはり、ベルディア公国でもそのような黒髪の人間は確認できなかったようです。あの仮面の剣士を除いて。」
「そうだ。あいつは何者なんだ?」
それに関す資料はベルディア公国からもらって内容に加え、いつの間に手に入れていたのか、イグニアス国内でのあの仮面の剣士に関する情報も加わった情報をセバスは話してくれる。
「かなりの剣の使い手の様ですね。腕の長い魔獣、・・・・後で名前を考えましょう。そいつを討伐しまわっているようで、彼のお陰で救われた村もいくつかありました。アレク殿と同じ黒髪ですが、やはり出身の国に関して語ることは無かったようです。」
「・・・もう滅んだ。か・・。」
「アレク殿?」
「ああ、いや、あの仮面の剣士が自分の国はもう滅んだ遠い国だって言ってたんだ。でも、オレの国はまだあるとも言ってたな。どういう意味なのかって思ってな。」
「そうですね。別の大陸には、アレク殿と同じ黒髪の国が多いのでしょうか。ターニャさんはどうでしょう? エルフや亜人種に黒髪の種族はいますか?」
「あんまり聞かないね。黒に近い茶色とかなら、ドワーフやホビットにもいるらしいけどアレクほど黒いのはお目にかかったことは無いよ。」
そんなにもこの黒髪は珍しいのか、とアレクは自身の前髪を数本つまむ。確かに今まで出会ったことのあるヒトは、エルフも含め黒髪は存在しなかった。やはり、手掛かりはあの仮面の剣士だけのかもしれない。
「では、とりあえず報告するものは以上です。何かある方はいらっしゃいますか?」
まとめに入りだしたセバスの質問に対して、ターニャが手を上げる。
「同盟の話なんだが、どの位でまとまりそうなんだ? 出来る限り早い方がいいんだが。」
「そうですね。自分が言えることではありまあせんので何とも言えませんが、数日中にエルフの里にはいく必要がありますね。その際は道案内をお願いできますか?」
「それは構わない。よろしく頼む。」
大体のエルフ側の要求は出しているが、イグニアス王国側がどう出るか、どこまでの要求がエルフ側に通るかは不透明だ。属国にするわけにもいかないので、その折り合いをつけるためにも数ヶ月はかかるだろうが、メリンダのことだ。話が破綻することは無いだろうとアレクは勝手に予想を立てている。
「他にないようでしたら終わりにしますが?」
「セバス、メリンダ様の話ってのは、それなのか?」
「ええ、今までの調査、今後の方針についてアレクさんの意見も取り入れたいという事でしたので。では、今後については恐らく、エルフの里並びに鬼族に関する対策になるでしょう。ベルディア公国との商業関係はメリンダ様が貴族院に引き継ぎましたのが、なにかあればアリシア様に話を通すようです。」
アリシアが了解の意を見せ、今回の話し合いは終了するようだった。今後このような話し合いが行われる際は、アレクも呼ばれることをセバスは伝えると再び仕事に向かっていった。
アレク達もリズベル達がいるであろう自警団の兵舎の方へ向かっていた。
「怒られるのかと思ってた。」
「本当なら暗殺の件で姉様はアレクさんにお礼を言おうとしていたんですよ。ただ、エルフとの一件があるので後回しになってしまいましたが。」
「そんな必要ないんだけどな。まぁ、無事で何よりだったけどな。」
本当に暗殺があったかどうか知らないアレクは、メリンダが無事であった様子を見て取り越し苦労であったと思い込んでいるが、実際に暗殺の動きがあったことを知っているアリシアには、なぜそんなことが分かったのか疑問で仕方なかった。
自警団の兵舎には、予想通りリズベルがシャノンとセベを連れてきていた。
「お姉ちゃん。お話終わった? シャノンとセベなんだけどさ、どこで寝泊まりするの?」
「そうですね・・・・、ターニャさんも含め、考えないといけませんね。」
「だったらシャノンはわたしの部屋でもいい?」
彼女たちの間ではその話が進んでいたようで、リズベルは輝いた眼でアリシアを見つめている。
「リズがそう決めたのならいいんじゃない? 従者の子にもちゃんと説明するのよ。」
「やった!シャノン行こ!」
リズベルはシャノンの手を引きながら王城内にある自身の部屋にシャノンを案内していった。
次は、セベとターニャ。何ならこの兵舎を使っているアレクにもちゃんとした部屋が惜しいところなんだが。
「ターニャは、私の家に来る?」
「いいのか?」
「もちろんよ。」
後ろから部屋の中央にある円卓の上で腰を掛けていたフィルビアの提案に笑顔で答えたターニャは、フィルビアの家でとりあえず寝泊まりするようだ。
その後、アリシアを交えながら雑談や今後の自警団の話をしていると、仕事がひと段落したダンケルとスフィア、フェルヴィオ、ピリア。リズベルとシャノンも一通り案内が終わったようで兵舎に帰ってくると。
「では、一先ず全員集合ですね。」
「サイアスは?」
「ここだよ、アレク。」
今まで長い時間本当にそこにいたのか少し疑問だが、兵舎の武器が置いてあるところに金髪のイケメン騎士様が腰かけていた。
「・・・・話に入ってくればいいのに。」
「ここで十分楽しませてもらったよ。それにしても賑やかになってきましたね、アリシア様。」
「ええ。これもアレクさんのお陰です。」
「いや、みんな自分で来たいって言ったわけだし、アリシアが承諾してくれたからだろ。」
暖かい雰囲気。
実際に温度が変わるわけでは無いが、気を許せる仲間がこんなにも増えたことにアリシアは言葉にしようもない喜びを感じている。
たわいもない会話に花が咲き、互いに久しぶりの再会に喜んでいた。セベもシャノンもターニャも自警団の仲間として受け入れられていることにアレクも笑みが漏れる。
そんな時間はすぐに終わりをつげ、皆それぞれの家に帰る時間になる。今後の方針はメリンダ様の会議が終わるまで未定なので、一先ずは自由な時間だ。
「良かったらセベうちに来るかい? 平民の家だし兄弟もいるから狭いからよければだけど。」
ダンケルにそう言われたセベは、喜んで付いていく。ベルディア公国でどうやら師弟関係になったようで、ダンケルはセベに剣術を教えているようだ。
それぞれがそれぞれの寝屋に帰った後、たった一人自警団の兵舎に残ったアレク。
「・・・・・誰もオレを誘ってくれなかった。」
いや、泊めてくれと言わないオレが悪いんだろう。
そんなことを呟きながらアレクは眠りにつく。




