章間 シャノン エルフの里にて
こんな景色を見ることになるなんて生まれ育った村の中にいたらきっと体験する事も出来なかったことだろう。ベルディア公国に入ることも無かっただろうし、イグニアス王国の王女様と一緒に旅をすることも無かった。もちろん、何度も命の危険を経験することにはなった。森で出会った腕の長い魔獣や村を襲ったような黒い魔獣。そこに山崩れに巻き込まれて900メートルの崖を落下した経験を加えてもいい。その全てを含め自警団に入りたいというセベに付いてきたことが原因と言えばそうなのだろう。あの日。黒い魔獣に襲われ、自警団に助けてもらったあの日に村を出ていなければ、今、シャノンは原生林の中に広がるエルフの里のハンモック状のベットで目覚めることも無かったのだろう。
「うーん。いい朝。」
「おはよう、シャノン。一番の御寝坊さんね。」
普段のシャノンの朝は非常に早い。家族の誰よりも早く起きて食事の下準備。母が起きたら動物たちの世話を済ませてから朝食をとる。時期にもよるがその後は、日暮れ近くまで働くのが村での一日だ。だからこそ、それらの仕事がなくなったことでシャノンの体が甘えてしまったのかと、寝室にある椅子で本を読んでいるオフィアの声に反応するように周りにあるベッドの上に目線を飛ばす。
シャノンと違い普通のベッドで寝ているはずであったフィルビアとルシアの姿は無い。そして、オフィアの口ぶりから察するにアレクも既に起きているのだろう。
「今、何の刻ですか!?」
「刻?ごめんなさいね。人間とエルフでは時間の言い方が違うみたいだわ。日が昇ってそう時間は経っていないけれど・・。」
日が昇ってそう時間は経っていない。この時期(夏前)でのその時間であれば普段シャノンが起きる時間と変わりがないだろう。という事は、自警団の面々はそんなにも早い時間から行動しているのだろうか?疑問に思ったシャノンは、恐る恐るオフィアに聞いてみる。
「あ、あの皆さんは?・・・」
「アレクは、バルドとポールからの呼び出しに応じて詰所の方かな、ルシアはそれに就いて行ったみたいだよ。ターニャとフィルビアは、森にウルフ探しに早朝から向かっているよ。」
「皆さん早いんですね・・・。」
こんな事でも自分は劣っているのかとシャノンは少し自信を無くしてしまう。そう言えば、ベルディア公国で過ごしていた時も、自警団の皆さんとすれ違う時は、大体、すでに何かしらの行動をしていた気がするのを思い出した。
エルフの里で借りた伝統の服装。緑色のノースリーブの服にハーフパンツ、その上から腰に付ける膝下まで長さのある腰巻?(おしりの方が隠れるタイプの)を巻いて、革製の長いブーツを履く。他にも肘までの長い手袋もあるのだが、今ははめていない。
すると、「よし。」と、本を閉じると、オフィアが椅子の上から立ち上がる。
すらっとした長い脚はきれいな肌をしている。麻色の長ズボンにシャノンと同じノースリーブの服は、綺麗な彼女が着ると一層その美貌を引き立たせている。彼女は他も弓や剣を付けるためのベルトをいくつか撒いているが、彼女を見ていて二児の母で森番でも指折りの強者であることを想像する人間は少ないだろう。
「シャノンも起きたことだし、どこか行きたい場所があれば私が案内するよ?どこに行きたい?」
「わたしを待っていてくれたんですか?」
「もちろんさ。アンタたちは大事な客人。それを無下にするほどエルフは人間を嫌いじゃないよ。」
「・・・。」
申し訳ない。その感情がシャノンの頭の中に一番最初に浮かんでくる。フィルビアやルシアは正式なイグニアス王国の住人だし、アレクもあれだけ強いわけだし、王女様であるアリシアに対して意見できる立場でもある人間だ。それに対してシャノンは、本当にただの村人Aに過ぎない。世界を旅して薬学を学びたいと思っていたが、まだそのスタートラインにも立てていないのだ。そんなシャノンにオフィアのようなエルフの里でも多忙な人物が、時間を割いているといる現状は、今のシャノンには、少々つらい話だ。
「そう言えば、シャノン。三英雄戦の前に薬草をいくつか欲しいといっていたが、シャノンは薬師なのかい?」
「い、いえ。まだ、薬師を名乗れるほど詳しいわけじゃないです。村で見聞きした程度のモノで・・・。」
「そうかい。・・・でも、そういった方向に興味があるのかい?」
「はい。わたしは戦えないのでそういった事でも役に立てれば、と。」
「へぇ。大したもんだね。シャノン達の所の王様は。村人のシャノンにもそこまで思わせる器ってのがあるのかい。」
別にシャノンはイグニアス王国の王族のために戦っているという意識は全くない。と、言うより何のために戦っているのかと聞かれたらその答えを持っていないに等しいだろう。国の為でも誰かのためでもないのであれば一体何のためにシャノンは自警団についていくことを決意したのだろう。
「い、いえ。そんなたいそうな決意なんてぇ。」
思わず小さな声でなまってしまい口を紡ぐ、幸い、オフィアには聞こえていなかったようで何やら考え事をしているようだ。その後、
「なんなら私の知り合いに薬師がいるんだが、そいつの所にでも行ってみるかい?気難しい爺さんだが、いい勉強になると思うよ。」
「えッ?で、でも。」
オフィアの知り合いがどういったヒトなのかは定かではないが、エルフの国の中でもそこそこの地位にあるオフィアの知り合いの薬師もそれなりの名のある薬師である可能性は高いだろう。
「決まりだね。特に予定もないなら行こうか。」
「あ、あの!」
ああ。オフィアは今まで仕事という事でアレク達の世話をしていたのでシャノンも気が付かなかったが、彼女は案外ヒトの話を聞かないで、引っ張っていくタイプの人、いやエルフなのだろう。
言われるがまま、引かれるがままに、シャノンを連れたオフィアはエルフの里を駆け抜け、エルフの里の本当に端っこ。木の根元にぽつんと立っている家へと向かっていった。
そこは、エルフの里の雰囲気とは少し違っていた。全体的にエルフの里は気の中腹や根元に家を建てており、里全体に差し込む光は木漏れ日程度になってしまうのだが、それでも明るい雰囲気は持っていた。しかし、今シャノンがいる当たり本当に木漏れ日しか刺さないような深い森の中のような雰囲気に包まれている。エルフが住んでいそうな家など見当たらないし、何より今までエルフと一度もすれ違っていない。
元々、絶対数は人間の街より少ないので、行き交うヒト自体が少ないのかもしれないが、それでもヒト影が一切見えないというのは、この暗さも相まって一層不気味な雰囲気がシャノンを包んでいた。
その中で唯一の明かりがシャノンの瞳に映る。古ぼけた木の根元。青々とした気が生い茂るこの里の中で異彩の茶色い葉が成るその大きな木の根元に一軒の家が食い込むように建てられていた。よく見てみると、その木の表面を家があるように削って立てたもので、家の中身は木の大きなうろを利用して立てているらしい。ヒト一人が住めるうろがあるなんてその木はすでに死んでいる気もしなくないが、そこに件のオフィアの知り合いの薬師がいるとのことであった。
「おいジジイ。来てやったぞ。」
三英雄戦が昨日終わって初めて気づいたが、彼女はこういう性格なのだとシャノンは再認識する。恐らく、自警団の中でオフィアのこの性格を知っているのはシャノンだけだろう。
「童がきおった。体だけは立派になった童が。」
「ジジイ。今日は他にもお客さんがいるんだぞ、変なことすんなよ。私の友達だ。」
「フンッ。実った果実に興味など無いわ。」
中から聞こえる声は、バルドのように若いが古い口調を使っているような感じではなく、本当にお爺さんのような声の男性の声が聞こえてくる。オフィアが開いたドアの前で立っているので、シャノンが中の様子と、その老人の姿を確認することは出来ない。
「じゃあ、いいが。・・・紹介するよシャノン。このジジイ・・うう“ん、爺さんが私の友人、薬師のトーム・トーンだ。爺さん、こっちが私の友人の人間の子。シャノンだよ、薬師を目指しているらしい。」
「ほう、人間嫌いのこの里もようやっと人間を招き入れたか。これでさらなる見聞を広がることが出来るわい。」
半身を退いてドアの先の景色を見せてくれたオフィアの前には、髭の長い白髪の老人が立っていた。身長は150センチ中盤だろうか。元々は間緑色であったはずのつなぎは、様々な色で着色されている服を着ている。耳がオフィアと同じく尖っているのでエルフ族であることは確かなのだろうが、老人という事はなぜだろう。聞いた話では、エルフ族と言うのは、若い見た目のままその所外を終えるという話であったはずなのだが、シャノンの目の前にいるトーム・トーンと言う男性のエルフは確実に老人のそれだ。顔に走る皴も曲りかけた腰も、杖を使って歩く姿もどれもがシャノンの知る人間の老人と大差がない
「あ、あのオフィアさん・・・」
「ぬぬ!!蕾じゃ!!いや、それよりも若い!若葉じゃー!!」
「いや“ゃぁぁぁぁぁぁ!!」
いきなり飛びついてきたトーム・トーンにシャノンの正拳突きとオフィアの回し蹴りが炸裂する。真正面から食らったトーム・トーンと言うエルフの老人は、そのまま家の中に吹き飛んでいき、中で何かしらの棚が崩れ、そこにあったであろうもの達が崩れる音が聞こえてくる。なぜだろう。何か悪いことをした気がしないのは。
「ったく。変なことすんなっていったろジジイ。」
「すまぬ、すまぬ。久しぶりの若葉に興奮しての。毎回超え切った童を見ておったらの。」
家の中から三つ椅子を見繕って目の庭のような空間に並べ、シャノンとオフィア、トーム・トーンは腰かける。
なぜ中に入って話をしないのだろうかと疑問に思っているシャノンはその疑問を口に出すことなく、先程の一撃で中が散かっているのだろうと判断する。
「それで、童よ。その人間はどうして連れて来たのじゃ?」
「さっきも言ったろ。薬師を目指してるんだ。アンタの知識を与えてほしい。」
「ほうほう、なるほど。弟子にしろという訳じゃな。」
「そこまでは言わないが、少しの間勉強を見て・・・。」
「ええじゃろう。ワシもそろそろ弟子を取る年齢じゃて、構わんよ。」
何だかこのまま黙ってみていると、いきなり飛び掛かって来た変態気質のある老人の弟子にされそうな勢いがあったので、シャノンは食い気味に話に割って入る。
「あ、あの!そのお爺さんは、なんで、年を取っているんですか!?」
「?ああ、そうだね。彼は私らエルフじゃない。小エルフ。属名はホビットだったけ?」
「そうじゃよ、小人、小エルフ。様々呼ばれるが、ホビットのトーム・トーン。薬師をしておる。訳あってこのエルフの里に住んでおるのじゃ。」
ホビットなる種にシャノンは聞き覚えは全くない。と言ってもただの村娘であるシャノンは何かを学ぶような機械は全くないので、たまに旅をしている吟遊詩人や旅人の扱う本を買う程度の外の知識しかない。その為、エルフのこともあまり知らないのが現状である。
「なんでこんな里の端っこに住んでいるんですか?」
「なに、ワシらホビットは基本的隣人を大事にする。しかし、大事にするが、離れて暮らすもんなんじゃ。そういう性格と言ってもいい。何か大きな理由があってここに住んでいるという訳では無い。」
「まぁ、本音を言えばジジイの作るときに失敗すると匂いがひどくてね、この辺りも昔は何人か住んでいたんだけど、徐々に減っていったのさ。」
オフィアの話す真実に対してもトームは、わっはっはっはっは。と、高笑いするだけであった。
「して、人間のおぬし、シャノンとゆうたか?なぜ薬師を?今や魔法で何でも治る時代じゃぞ?」
「わたしには魔道の勉強なんてしたことが無いので、早く役に立ちたいんです。・・足手まといだけは嫌なんです・・。」
「・・・。うむ。ようわかった。これからワシの全てをおぬしに教えよう。」
トームは、親族のおじいさんのような優しい笑顔をシャノンに向ける。その笑顔にはどこか安心感を覚えるのはきっとトームもホビットにとっては田舎出身であったからであることはシャノンにも知る由は無かった。
「感動的に弟子入りしているところ悪いんだけど、シャノン達にはあんまり時間がないんだ。恐らく3日がいいところかな。それまでによろしくね。」
「なっ!?なんじゃと!?3日じゃと!?ワシの50年以上の研究をたった3日でじゃと!?」
「言ったからには約束。守んないとね。」
「ぬぬぬぬぬ。いいじゃろう。ワシもホビットじゃ。このワシに二言はない!」
その後、トーム・トーンの徹夜の日々は続いた。日中は、シャノンに出来る限りの調合の知識、植物の知識、症状に関する知識を教え、シャノンが帰った後では、教えきれない範囲の研究結果、憶えきれないであろう薬品の製法、等々を記した全3000ページにわたる薬学書の手書きをして何とか、3日と言う期限でシャノンに渡すことが出来た。
彼の晩年に残した言葉は、
「弟子は老体に応えるモノじゃ。」
その本当の意味を知っている人物はごく僅かであろう。




