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友情の芽生え

三英雄戦が終了し、再び緊張状態は抜けないが、一時の平和を得ることが出来たエルフの里には、新しい風と呼べるものが吹き始めていた。それは、今まで多くを語ることのなかった族長の息子であるポールが、自らが継ぐ里の民に対して見せてくれた愛情。エルフの英雄が人間の女性に敗北したという劣等感。そして、民が認めた次期族長が見せた人間の戦士に対する敬意が、あの三英雄戦を目にすることが出来なかったものを含むエルフの里全体に広がるのに2日とかからなかった。


 「はぁ。全く。高潔なエルフと言えどこういった祭りには弱いな。」

 「全くだね、バルド。でも、おかげであんたの英雄視も収まるんじゃないか?」

 「だと良いのだが・・・。」


 実際、多少なりともバルドに対する過度の英雄視は減少したと言えるだろう。しかし、それはいいことばかりではなかった。今までは、追いつくことのできない雲の上にいたバルドが、踏破できるかもしれない高い壁に変わったことにより、弟子入りや模擬戦を所望する戦士が急増しているのだ。エルフ族全体が強くなってくれることは、森番を統括する身の上であるバルドにとしては嬉しいことなのだが、戦士として再び強者と戦いたいバルドとしては、教官としてここで骨をうずめるつもりは全くない。


 「なら勝手にどっかに行けばいいじゃないか?あの頃みたいにさ?」

 「・・・・。」


 後半部分のオフィアの強めの口調にバルドは、その白髪交じりの茶髪を掻きながら、筋骨隆々のいかつい顔をしかめて、何も言い返すことが出来ない。

若かりし頃の勝手な行動。

強者としてエルフ族の限界を見たバルドは、さらなる強者を求めて旅に出ることを決意した。綿密に練った計画は無事に誰にもバレることなく進んでいき。決行当日にも誰とも遭遇することなく40年以上旅することが出来た。しかし、それは、妹のように懐いていた少女と結婚し、子供が生まれたころの話であった。

 だからこそであったと、バルドは言い訳を思い浮かぶ。愛するものが増えていく。これからも増え続ける中で、バルドはその全てを守れる自信など無かった。だからこそ、その強さを掴むためにもあの旅は必要であったと言えるだろう。

 しかし、それは旅立った者の勝手な言い分である。残された側は、なぜいなくなったのかも、どこに行ったのかも、帰ってくるかも分からない不安を抱えながら40年も過ごしていたことになる。


 「・・・すまなかったと思ってる。」

 「そうさ。だから、あんたはここにいて私達を守りな。その為の力だろ。」

 「そうだな。これからのためにもこの国はワシが守ろう。・・・で、その希望の芽はどうした?」


 約束したはずの時間に間に合うように仕事を切り上げ、初めて会った時と同様に書斎で待っているのだが、エルフ族の次代の希望の芽はいっこうに現れる気配がない。オフィアがここでバルドと共に待っているという事は、ターニャ辺りが連れてきてくれると思うのだが。と、まだ、アレクが人間の国も英雄であることを疑っていないバルドは、オフィアに視線を飛ばす。


 「・・それがね、バルド。」


 目線を気まずそうにそらしているオフィアには、先程までの強気はない。

 バルドもオフィアが重要なことを隠していることを察し、無言でオフィアの次の言葉を待っている。


 「やっぱり、ターニャ。結婚は出来ないってさ。」





 それから、オフィアによりアレクのちゃんとした身の上やその上での彼の人間との同盟においての重要度を事細かに説明をした。バルドの鉄を鍛えたような硬い表情が崩れ、口を閉じれないほど驚いたのは、いつぶりくらいだろうか。少なくともオフィアは初めて見た。

 その時間を初めから計算していたかのようにターニャに連れられたアレクとフィルビア、シャノン、ルシアの人間が申し訳なさそうな笑顔と共に入室した時は、バルドの表情はいつものような威厳あふれるものに戻っていた。


 「黙っていたことは悪いと思ってる。でも、こっちも必死だったんでね。」

 「いや。深く聞かなかったこちらにも落ち度はある。しかし、そうなってくるとイグニアス王国との同盟は難しいか・・・。」


 難しい顔をして話しているアレクとバルドの会話に割って入ったのは、この中では一番イグニアス王国の情勢を知り、メリンダやアリシアに詳しいフィルビアであった。


 「そうでも中もしれないわ。アリシアの正確ならエルフの里と同盟を結ぶのは確実に了承すると思うし、唯一の陸路の不安点であった森が安全になることはイグニアス王国にとっても悪い話じゃない。同盟は時間がかかるかもしれないけど、とりあえずはいい方向で花は進むと思うわ。」

 「もちろんオレもそうなるようアリシアの信頼を勝ち取る様行動するし、交渉に尽力する。だから、任せてもらえないだろうか・・。」


 未だにその厳しい顔を崩さないバルドが、アレク達に怒っているのか、深く考えなかった自身に怒っているのか、はたまた、同盟の交渉役にアレク達が適任かどうかで悩んでいるのかは定かではない。

 しかし、バルドの考えとしては殆ど決まっていると言っても過言ではない。エルフの里に迫っている危機と言うのは、今の平和な現状からは想像できないくらい差し迫っているものなのだ。鬼族(オーガ)との戦争。その後に起こるであろうボトムス軍の進軍。正体不明の魔獣。そして、今回の三英雄戦でバルド達とポール達の対立は、一層深まったと言えるだろう。だからこそ、


 「・・そうだな。いや、こちらから頭を下げさせてもらいたい。よろしく頼む。この里を、エルフの未来を。」


 と、自身の十倍近い世界を見て来た大先輩であるバルドの深々と頭を下げらられたアレク達は、すぐにそれを制し、こちらこそと頭を下げ直す。


 その時だった。バルド達のいる書斎の扉がノックも無く開き、ここにいる誰もが想像もしていなかった人物が入ってきたことに誰もが驚きの表情を隠すことが出来なかった。


 「おい、バルド。頭を下げるモノが間違っているぞ。」


 エルフ族であれば、誰もが聞き覚えのある声。誰もがうっとりするような美声を持つ男性がそこに立っていた。

 緑色のノースリーブの服に麻地の長ズボン。そのどちらにも金色の刺繍が施されており、普通のエルフ族の伝統とう衣装とは煌びやかさが違う。腕や耳についている装飾品も魔法の力が掛かっているのか、普通に光を反射するのとは異なった光を持っている。

 次期族長にして鬼族(オーガ)との戦争における最高責任者。ポール。

 184センチの長身をドアにもたれかけさせそこに立っていた。横には、ポールの側近であり三英雄戦で戦う事すら敵わなかったバボアが、黒衣の服に顔を隠し床に伏している。

 反射的にターニャは身を隠そうとするのに反応したのはバボアだけで、ポールはアレクに歩み寄る。

 普通に考えれば犬猿の仲。アレクに対してポールが正の感情を持っているわけがない。


 「ワタシからも頼みたい。エルフの国の為、尽力してはくれないか。族長の息子として。いや。一人の民として頭を下げる。」


 だからこそ、ポールの行動に驚かない人物はいなかっただろう。三英雄戦に参加し、力を証明し合った仲であったとしてもアレクとポールでは身分が違い過ぎる。片方は小さな国であっても一国の王子。もう一方は、身分も無ければ素性も分からない男だ。本来であればポールが頭を下げていい相手ではない。

 

 「虫にいい話をしていることは重々承知だ。だが、エルフの里にはもう、貴殿らに頼るほか未来が無いのも理解している。その上で頼みたい。人間の国にではない。アレク。君にこの国未来を救ってもらいたい。」

 「そうだな、尽力するんじゃなくて救って見せるさ。」


 尽力するのではない。それは、失敗してしまった時の言い訳に過ぎない。アレクの交渉の失敗は、そのままエルフの国の戦争に直結してしまうものだ。多くの者が死に傷つつく。それをアレクが背負っているのだと再認識させられる。最後の言葉は、ターニャやオフィアエルフ族に向けたものではない。そう、アレク自身に自覚させたのだ。


 「それともう一つ。ターニャ。お前に聞きたいことがある。」

 「え!?あ、はい。」


 いきなり話を振られたターニャは、アレクの後ろに隠れるようにしていた立ち位置から、一歩踏み出す。


 「(なんだろう。結婚のことかな、だったらやだな。)」

 「貴様はまだ、エルフの里の戦士。朝の森番長、バルドの部下、シール家の娘だな。」

 「?はい。そうですが・・。」


 ターニャにとってはそれ以外のものになった記憶など無い。それが、ターニャを表す肩書の全てでそこに付け加えるのであれば今は・・・

 突然、頭を横に振ったターニャに対して、誰もが視線を飛ばすが、急いで何もないことを伝える。


 「(アレクさんにだけは、どうしたって表情してほしくないな・・・。ああ“、もう!)」

 「では、戦術指揮官並びにエルフ族次長として命ずる。イグニアス王国自警団団員アレクと共に我が国のために粉骨せよ。」

 「へ?」


 誰もが再びポールが発した予想外の言葉に目が点になる。こちらは、バボアも聞いていなかったようで一瞬ポールの顔を見るが、全面的に彼の意見に従うのか、何か意見を述べることは無い。


 「要は、森を出て人間の国を見て聞くるといい。その為の体のいい命令を出した。好きに生き好きに歩め。」


 ポールの中の何かが変えわったのは明白だ。そうでなければこんな命令を出すはずもない。もっと厳しく、下手をすれば、バルドを含むここにいる面々に反逆罪を出していても不思議ではないくらいの指導者であったのに、一体何が彼を変えたのかさっぱり見当もつかない。


 「で、ですが。」

 「もちろん、帰って来たければそうすればいい。だが、そうであったとし一度は人間の国に行き同盟締結に尽力してくれるとありがたい。」


 一皮むけたとかいうレベルの話ではない。完全に違うエルフと言ってもいいくらいに性格が変わってしまっていることにターニャが最も驚きを隠せない。


 「あなたそう言うヒトだったの。」

 「元はこういう性格だ。ただ、そうできない肩書が色々付いているんだよ。言ってしまえばこの命令も反旗を持った主犯の追放命令だからな。こんな形でしか国の命運を任せるものを送り出せない事を詫びよう。」


 エルフの王子に無礼な口調で話すフィルビアに対してポールは肩をすくめ剽軽に返した後で、ターニャに足してポールは頭を下げる。それは、形式的な謝罪をするのではなく心のこもった謝罪であることは一目瞭然であった。

 次期族長としてのポールしか見たことのないターニャにとっては天地がひっくり返ったような衝撃であった。


 「いって、いいのですか?」

 「もちろんだ。広い世界を見、見聞を深めてくるといい。その重要性は、師匠から教わっている。」


 全員の視線がバルドに走る。そこには、両手に顎を付け口元を隠すようにしているが、嬉しそうな表情を浮かべているいかつい顔のエルフの英雄の姿があった。


 もし、こんな話の途中でなければアレクは声を大にして叫びたい。


 「図ったなー!」と。


 「その知識の一端でもエルフのために使ってくれればありがたいが、それも君に任せよう。」

 「・・帰ってきます。必ず帰って、エルフの国を、ううん。エルフと人間が分かり合えるような知識を持って帰ってきます。」

 「そうか。そうなればいいな。昔の二の舞になるのだけは被る。」


 あの時、アレクに語って見せたポールの言葉は本心だ。人間はエルフの害悪なり得る存在。そう言わなければならない立場であったし、ポール自身も利益以上の害悪があると思っている。しかし、


 「急な心変わりには理由があるのか?」


 自身の弟子であるポールにバルドが一番気になる問いを投げかける。


 「ええ、まぁ。言いませんよ。あなたにもね。・・アレク、今度は剣を交えた者として頼んでもいいか?」

 「ああ、もちろんだ。」

 「ターニャのことを頼みたい。彼女の願いが叶うよう君が守ってくれ。たのm・・」


 再び頭を下げようとしたポールに対してアレクは、ポールの肩に手を置きそれを制する。


 「友の頼みにそんなのはいらねーよ。任せとけ。」

 「友・・か。そうだな、貴様は初めての人間の友だ。よろしく頼む。」

 「オレもだ。」


 アレクとポールは拳を合わせる。普通では考えられない友情の芽生え。エルフ族であることも身分の差もそうだ。しかし、そんなことはもう大きな壁ではない。友情はいつもいつの間にか芽生えるものだ。



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