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決戦 ポールVSアレク 決着

正面に立つアレクがポールに笑いかける。その表情に余裕がある様には見えないが、不敵に笑うアレクに言葉にしようのない感情がポールに芽生える。

 負けたくない、劣等感。

 本気で戦いたい、高揚感。

 超えられない、絶望感。

 いくつもの感情が混ざり合い、先程まであった怒りを抑え込んでポールの表情に笑みを浮かべさせる。

アレクの何がポールにそのような感情を与えているのかは分からない。むしろ、こちらを殺さなくても十分と判断した戦い方を行っていることに対する怒りが沸き上がってこない事に不思議に感じるくらいだ。

これが、戦士としての感情なのだとポールはようやく今までの三英雄が言っていたことが分かった気がした。

エルフ最高峰の英雄と呼ばれるバルドがよく口にしている、「戦いでしか得られない高揚感」。バルドが帰ってくるまで最強だったバボアの言いようのない劣等感。そして、死地を経験した戦士ならば必ず持っている越えられない壁を前にした絶望感。これらの感情は、安全な里の中で剣技を極めたポールには経験できないモノであった。

ポールは強い。その剣技の習熟度は、里の中にいる大抵の森番や戦士たちを圧倒することだろう。戦いにおける知力も平均値を大きく超えている。しかし、彼には決定的なまでの弱点が存在する。それは、闘いにおける感情の希薄さである。死ぬことのない訓練。危うさのない戦場。常に自身よりも強者が味方にしかいない戦場は、ポールの心に戦いへの渇望を与えることは無かった。

しかし、今、ポールの目の前には、実力の見えない敵がいる。自信の周りには仲間度一人もいない。死ぬことも想定することのできる戦場。いくつのも負と正の感情がポールの中を駆け巡り、彼の表情は吊り上がる。


「ふっふふ。これが・・」


 戦いか。と、指導者にあるまじき野蛮な表情をしそうになったことでようやく我に返る。ポールは、次期族長だ。今は、鬼族(オーガ)との戦争の最高責任者だ。一度の命の奪い合いに高揚し、執着することは出来ない立場のエルフだ。

必死に自制し、表情の崩壊は何とか抑え込んだが、体の欲求は止まらない。


『早くもう一度刃を交え、雌雄を決したい。』


頭で命令するよりも早く、ポールの体が相手に敵を発する。右足をわずかに前に構え、顔の前に直剣を運ぶ。余った左手は脱力した状態で構えれば、エルフ族に伝わる剣技の正式な決闘の構えになる。

その構えをポールがとったことにより、闘技場を見下ろす全てのエルフの心に動揺を与える。


「・・・まさか・・。」


その動揺は、当然、人間側、アレク達の控室でこの試合を見守るオフィアやターニャにも存在していた。今まで以上に食い入るように闘技場に面する窓にかじりつく。


「構えが変わりましたね。どういうことなんですか?」

「あの構えは、仲間との雌雄を決する時の特別な構えなんだ。『敬意をもってお前を殺す』って言うね。だから、ポールが、次期族長が人間にその構えをするってことは・・・。」


ポールにそこまで深く考えるだけの余裕はない。初めて沸き上がる感情を抑えることで精一杯だし、何よりアレクの一挙手一投足に神経を張り巡らせている。それに、この構えは、長年にわたるポールのエルフとしての血が、勝手に敬意を示し、取ってしまった構えであり、本意でアレクに対して敬意を示そうとしているわけでは無い。

しかし、いや。だからこそ、多くのエルフには意味がある。人間に族長が敬意を示したことは、エルフ族の今後の動きの意思表示になるのだから。


「行くぞ。人間・・・アレク。これで幕引きだ。」

「・・・。」


今度は、アレクが無言でポールの言葉に反応するように構えを取る。重心を低く構えるが、剣を持つ右手にも、垂れている左手にも力が入っている様子は見られない。ただ、ポールを見据えている黒い瞳には、アレクの意志がしっかりと乗り、ポールを見据えていた。

 ポールが、右に大きく直剣を振り下ろすことで再び決闘は開戦される。それに対してアレクは動くことは無い。脳の全てに働くように命令を出す。音で位置を掴み、肌で挙動を察知し、瞳で勝利を捉える。

 再び放たれたポールの初撃は、先程とは異なり、右下からの切り上げであった。しかし、その練度は、桁違いに跳ね上がり、バルドが称えた突きほどの速度でアレクに迫る。

 気持ちで勝てれば苦労しない。多くの素人のスポーツをするものは言うだろう。練習量が気持ちで埋まることは無いと。だが、切迫した実力で、最後の決め手となるのは、圧倒的なまでの実力差を逆転させるのは、いつだって気合と根性。死に物狂いの精神を持ってる方が強いに決まっているだろう。その気持ちは、時に実力を大きく左右することになる。

 ポールは、初めて戦いに高揚感を得ている。次の動作が、アレクの挙動がまるでスロー再生のように頭の中で流れている。生涯最高の切り上げが、アレクを捉える

 

 「で、あろうな。」


 、ことは無い。

 器用にアレクは、直剣の軌道を曲剣の背を這わせることで自らの体の外に流す。流した相手の勢いを利用し、アレクは一回転すると、ポールの鎧のなくなった腹部にもう一度峰打ちの薙払いを叩き込む。

 普段のポールであれば、ここまでの戦士だったであろう。三英雄に選ばれたことでエルフの戦士としての頂点を極めたポールに成長は無かっただろう。だが、


 「わが身を守れ(ウィンドウ)!!」


 刹那。

 巻き起こった旋風は、ポールの体を包み込むと、腹部に迫っていたアレクの曲剣の軌道を捻じ曲げる。ここまでの強風を起こしてしまっては、ポール自身も動きは制限されてしまうことになるだろう。そう、今までならば。

 旋風は、アレクの攻撃を上方に流し、軌道が変えられアレクの頭の上の空を切ろうとしていたポールの直剣を下に落とす。


 キャイィン!


 金属同士がぶつかる激しい音が闘技場内を包む。

 瞬間、二人は力比べの不毛な鍔迫り合いなどせず、次の一撃を相手に叩き込む。アレクは、余っていた左手で自身の持つ曲剣の柄を打つことで再びポールの直剣を上方に弾く。一方、ポールは、弾かれた右手から直剣を放すと、纏っている旋風の軌道を変え、左手に直剣が収まるよう誘導させる。そして、ガラ空きのアレクの胴体に左からの薙払い。その一撃もアレクは、力の方向が定まっていない左手で曲剣を操作し、地面に叩きつける。


 「(・・・見えてるのか・・・。)」


 ここまでのたった一回の攻防でポールは、アレクの変化を読み取ることが出来る。いや、正確にはアレクはずっとそうだったと言えるだろう。無駄な魔法を発動するたびに頭痛に襲われ動作が鈍っていた先程は気付くことが出来なかったが、アレクは、この音速の攻防を目で見て反応し、ポールの一撃を粉砕している。そんな芸当ポールには不可能だ。圧倒的な身体能力とある程度の予想、そして、旋風による支援を受けることで、アレクとの肉薄の剣舞に対応している。

 その後、何度ポールが、決め手となり得る一撃を回避し、瞬間的に反撃したとしてもアレクは、器用に身を翻し、曲剣を躍らせ、最小限の動きでポールの直剣を回避し続ける。

 それは、ポールの変化によってもたらされたアレクの変化であった。アレクは、相手から発せられる敵意を無意識下で消化し、あたかも視覚で捉えているかのように反応しているのだ。それは、今まで、アレクに対して羽虫ほどの関心が無く、淡々と剣をふるっていたポールからは発せられていなかったモノで、皮肉にもポールが、本気を出したからこそ、アレクに手の内を完全に読まれるようになってしまったと言えるだろう。

 二人の踊り子が、闘技場内で見事な剣舞を繰り広げる。

 その光景はまるで何度も練習を重ね、決して当たることのない舞のように互いの得物が空を切り、弾かれていた。しかし、ある者たちには、この舞台の結末は見えていた。一進一退に欠けている手数と残りの手札の数を見ることのできる僅かな実力者は呟く。


 「決まったな。」


 今までで一番大きくアレクが動きを見せる。それは、地面に落ちている魔導書の上にまで移動した時のことだった。

 無駄であることは十分にわかっている。その魔法を使えば、自身が不利になることは十分にわかっている。魔力欠乏症によって引き起こされる頭痛は、万力で頭を割られているような痛みを伴う。それは、集中力を必要とする戦闘においていかに不利に働くかは、想像に難くない。しかし、この一手は、アレク以上にポールにも影響を与えるものであった。


 「≪ブラスト≫!!」


 地面に落ちている魔導書を拾い上げることなく、地面に押し当てたままアレクは呪文を唱え、魔導書に魔力を込める。刹那、頭の中を走る頭痛に意識を失いそうになるのを耐えながら、直後に起きる状況の変化に対応できるように体制を整える。

 これで終幕。



 最後の一瞬。

 目の間にいたアレクが、地面に落ちている魔導書の近くで急に体制をかがめた後から、自使途で横たわるまでの記憶がポールの中から欠如していた。

 いや、正確には、アレクが魔法を使った瞬間に勝利を確信したところまでは覚えている。しかし、どうやって勝利し、この部屋に帰って来たかは分からない。勝ったことで張り詰めていた神経が切れ、誰かが抱えて運んでくれたのだろうか。


 「・・・いや、本当に勝利したのか・・・。」


 自室のベットの上でポールは右手を天上に掲げる。勝利を掴んだ確信はある。あの状況で無駄な一手である魔法を使えば、アレクの動きが鈍くなるのは必然であろう。そうなれば、手数の多いポールが、勝利することは約束されている。だが、


 「・・・・。なぜだ・・」


 ポールの目頭が熱を帯び始めるのが分かる。ポールの瞳から何かが、耳に触るようにして落ちていく音が聞こえてくる。

 勝利したはずだ。ならばなぜ、体が動かないほどに痛む。

 勝利したはずだ。ならばなぜ、掲げた右手に虚しさが残る。

 勝利したはずだ。ならばなぜ、枕を濡らす涙を流す。


 初めてだった。

渇望した勝利を求めたのは。そこには、もう族長としての誇りは無かった。ただ、この男に勝利したい気持ちだけが、ポールの体を動かし、今までに経験したことのない速度の戦闘についていけたのだ。どうしてこんなにもあの男に勝利したかったのだろうか?ポールは、定かではない敗北感に包まれながらも一人、思考を巡らす。

戦う前は、族長として人間は信用できなかったからだ。そんな国と国交を結ぶことはエルフの絶滅以上の絶望が待っているに違いないと思っていた。だからこそ、保身のために部族を滅ぼしたという汚名を着てでも、汚名を着たくないという、体裁の悪い呼ばれ方をしたとしても愛する民を守りたかった。

闘技場でアレクと剣を交えてからは、ただの渇望で剣をふるっていた。自信に戦士としての欲求を与えてくれたアレクにただ勝ちたい。欲求を満たしたい。その一心で、最後の実力以上の戦闘を演じることが出来た。

どちらも本当のことで嘘など無い。しかし、そのどちらを認めても流れる涙の理由にはなりはしない。


「・・・・。そうか・・・」


この戦いが始まるきっかけに帰ってみよう。そうすれば簡単にその答えを見つけることが出来た。

鬼族(オーガ)との戦争に人間の力を借りなくてはならない無力さか?違う。

エルフの英雄がポールでなく人間を信用した苛立ちからか?違う。

森を焼き、里の民たちを危険にさらしたにもかかわらず、のうのうと生きていることか?違う。


「・・・好き、だったのだな。」


三英雄戦が決まってから。いや、アレクが求婚をし、ターニャが受け入れたと聞いたときから気にしないようにしてきた。私怨は判断力を鈍らせ、次期族長としての器に見合わない言動を生む。それは恥ずべきことである。だからこそ、言い聞かせて来た。この人間さえいなくなれば、全てが元通りになると。それまでは、ポールではなく、エルフ族の次期族長として、鬼族(オーガ)との戦争における最高責任者としての肩書に生きようと。

 自身の気持ちに蓋をし、個人では無くなれば、気持ちの辛さも緩和することが出来た。しかし、この涙が教えてくれている敗北感。敗北感が教えてくれているやりきれなさ。

 自分が惚れた相手を奪われる悔しさをポールが認めた瞬間、こぼれるように瞳から漏れていた涙は勢いを増し、溢れ出す。

 ずっと傍にいてくれると思っていた。

 求められていない事にも気が付いていたが、そんなことは一方的に好きでいることになんの影響も与えない。ただ、そこにいて欲しかった。

 いつかは、届くと願っていた。

 偉大な族長としてエルフを引っ張って行けるようになり、戦士としてもバルドを超えることが出来れば、彼女も振り向いてくれると信じていた。その為の努力も怠っていなかった。

 だからこそ、もうそれもかなわない。この三英雄戦は、エルフの運命を決めるものではない。ただ、ポールにとっては、好きな人が二度と手の届かい場所に行ってしまわないようにするためのものであった。


 「失いたく・・なかったな・・。」


 嗚咽を漏らしながらポールは一人自室の枕を濡らす。



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