決戦 ポールVSアレク 2
アレクが背中に奇妙な寒気を覚えたと思うと三英雄戦の最終試合の開始を伝える銅鑼の音が高々と鳴り響く。
アレクは、抜刀した曲剣をポールの方に向け、オフィアに頼んで用意してもらった魔導書を懐の中から取り出す。その魔導書は、初めの街であるデイセンでアリシアとリズベルが買ってくれた魔導書であり、今まで愛用していた赤味がかった≪ファイヤ≫の魔導書とは少し異なっていた。
淡い緑色の魔導書をオフィアが渡してくれた時は、少々不安はあったが、受け取った瞬間に来た記憶のフィードバックにより、その不安は一気に解消された。
≪ブラスト≫
風魔法の一つ。魔力を媒介とし風を起こす。その威力は、消費する魔力量に起因し、最大威力では、簡素な家を吹き飛ばす程度の技。直接相手を殺すことは出来ないが、上空に吹き飛ばし落下の衝撃で殺すことは可能。
「(まぁ、殺すつもりはないからな。)」
開始の銅鑼の合図とともにアレクの方に突進を仕掛けて来たポールに向かいアレクは、緑色の魔導書を突き出す。
「≪ブラスト≫!」
魔導書の前方にアレクの魔力を媒介として力が集約する。いつも通りならばその力の集合は炎を纏い、火球もしくは、目の前を焼く爆風を起こす。しかし、今回は風属性の魔法。力の集合は、目に見えないが、回旋し始めることで空気中の風を取り込んでゆく。そして
、明かに自然ではできない空気の球体を形成すると、ポールに対して発射される。
ドッヒュウゥゥゥ!
風切り音がその空気の球の位置を知らせてくれる。地面に近い位置で形成された空気の球は、砂埃を巻き上げポールに迫る。
「ふん。子ども騙しなっ!」
ポールは、その空気の球にひるむことなく直進する。正確な大きさは目視で確認することは出来ないが、大体、直径1メートルにもなる大きさだ。普通の人間が直撃すれば、バランスを崩すのは必然で、下手をすれば数センチ地面から浮き上がるほどの威力の空気の球は、時速30キロでポールに迫る。
「『|風の主よ。我を守り給え《ウィンドウ》』」
小さく左手で空を払うポール。すると、アレクの放った空気の球に比べれば遥かに弱い風が起きる。しかし、その微かな風は、アレクの放った空気の球と衝突すると激しい風を起こし、空気の球も微かな風も消滅してしまう。
「なっ!」
アレクは、驚きを隠すことが出来ず思わず言葉が漏れる。
ポールは、魔法を使用したのだ。しかも魔導書を使用することなく。
魔導書を使用しない魔法は、単体の属性が基本である。しかし、魔導書を使用することで、いくつかのデメリットがついて来るが、全ての属性の魔法を使用することが出来る。
ヒトの中に回る魔力には、それぞれの属性があり本来、魔導士もその属性の魔法しか使用できない。だからこそ戦闘時は、魔導書を使用する魔導士が多い。その代わり、魔導書を使用しない魔導士は、その属性においては魔導書では敵わないほどの威力を持つ固有魔法を扱う者が多い。
ポールの魔法を見た瞬間、アレクの頭の中にフィードバックによる痛みが走る。久しぶりの大きな痛みに、反応が一瞬遅れる。
その間にアレクが攻撃を避けるために大きく距離が取れない場所にまでポールは迫り、右手で持つ直剣がアレクの腹をめがけて切り上げられる。その切り上げは、何とか体を寝ることでなんとか躱して見せるが、無理な体勢で回避したため大振りで攻めて来たポールに反撃することが出来ない。
未だ互いの得物が届く位置で互いの視線がぶつかり合う。
「ック。」
ポールの気迫に押されアレクは思わず距離を取ろうと魔道書に魔力を注ぎ込む。
「≪ブラスト≫!」
再び形成された空気の球は、ポール本人ではなくアレクの足元に形成される。アレクの風属性の魔法によって集められた空気の塊は地面にぶつかると凄まじい砂埃を引き起こし弾け飛ぶ。爆風が巻き上がることが分かっていたアレクは、逆らうことなくポールとの距離を取ることに成功する。
一方、ポールは再びアレクが魔法で空隙を仕掛けてくると予想し、先程と同じように魔法を使用し無効化しようとしていた為砂埃に巻き込まれ視界を失う。しかし、
「≪風よ≫。」
先程と同様に魔道書を使用しない風属性の魔法を使うと砂埃の中で立つポールの周りに竜巻が形成され、砂埃が吹き飛んでいく。距離を取ったアレクのことを追いかけることは造作もないことのはずだが、ポールはその場に立ちアレクに視線のみを飛ばす。
「奇妙な魔法の使い方をしよって。貴様本当に強いのか?」
「なんだよ。まだまだ始まったばかりだぜ?それにオレはまだ、一太刀も受けてないぞ?」
実力は最初の一太刀で大体わかるものだ、反応速さはそこまででもない。身のこなしだけは悪くないが、あの状態から反撃を繰り出すことが出来ない程度では、ポールにかなうはずがない。こんな男が最強なのかと思うと少し疑問が残るが、アレクの言う通りまだまだ序盤である。
「失望には早い、か。」
再びポールは、自身の顔の前に直剣を構える。それにこたえるようにアレクも、魔導書を地面につけた状態から立ち上がり、半身の状態で重心を落とす。得物の持つ右手を後ろで地面と水平まで上げ、体の前にある左手は、肘を曲げた状態で胸の前に構える。
仕切り直した戦闘で二人は同時に走りその距離を縮める。二人の体はすぐに交差する。アレクの曲剣は右からポールの直剣に交差する。
キャインッ。
アレクの曲剣とポールの直剣が甲高い金属音を響かせる。そのまま力比べが展開されるわけは無く、二人は瞬時にその剣を引っ込める。速度を自身の強みとしているスタイルの戦い方としている二人にとっては当然で、次の一手を間髪入れずに叩き込む。
交差する互いの剣は、火花を散らせ甲高い金属音を響かせる。一進一退。どちらかが一秒でも遅れれば互いの剣はぶつかり合うことは無く、その刃を相手の体に食い込ませることになるだろう。しかし、その長い間続く打ち合いは、終始、アレクの防戦一方であったことは、剣を持ったことのないシャノンにも分かるほど顕著であった。
長い間の攻防は、再びアレクが距離を取ることで一度終了する。
「はぁ・・・はぁ・・・。やっぱり、エルフの身体能力は伊達じゃないな。」
「やはり、期待以上の戦闘は出来ないか・・・。」
息が上がり始め、肩で呼吸しているアレクに対して、ポールの方はまだまだ体力的にも余裕がありそうな様子で淡々と語る。
「(思っていたより魔力が回復してないな・・・。魔法はあいつには通用しないみたいだし、ヤバいかもしれないな。)」
アレクは、一度≪ブラスト≫の魔導書に目線を落とす。この魔法は、恐らく≪ファイヤ≫の魔法よりも汎用性は高い魔法なのかもしれない。しかし、それよりかは直接的な攻撃力に欠ける魔法だ。野盗や黒い怪物と戦った時の様に魔法の火力に頼ることは出来ない。
さらに言ってしまえば、ポールが使用する≪ウィンドウ≫の存在が、今回の戦いを一層不利にしていると言えるだろう。ポールの使う魔法も攻撃力は無いのかもしれないが、アレクの魔法を相殺させることが出来る。ただでさえ魔力欠乏症になり、頭痛がし始めているというのにこれ以上の魔法使用は得策ではない事は明白だった。
「(手数は減るけど仕方ないよな。)」
アレクは、時折使用して相手の注意を崩すことに使用していた風属性の魔法が込められた魔導書を地面に落とす。両手が使えるようになったことで、アレクは構えを変える。先程までのような半身で相手を見据えるような構えから、体の芯を相手に合わせて、両手で曲剣を持ち相手に正対する。
このアレクの行動は、ある意味では手を抜いているともとれるだろう。魔法剣士として噂が広がっており、実際にこのエルフの里では、森を焼いたアレクの魔法を目の当たりにしているのだからアレクが剣術よりも魔道に精通しているのだと考えてもおかしくない。だからこそ、今まで優勢に箏を進めていたポールにとっては、そのアレクの行動は予想外であり、怒りを抑えることのできない行動であった。
「・・・舐められたものだな、実力の半分で十分という事か・・・」
「そういう訳じゃないけど、あんた相手にはこっちの方がいいと判断しただけだ。」
冷静になって考えてみればアレクの言う通りで、風魔法である≪ブラスト≫しか使用できないのであれば魔力の無駄使いでアレクは不利になる一方である。しかし、ポールとアレクの剣術が拮抗しているのであれば、魔法を使用して頭痛を起こすくらいなら、いっそのこと剣術のみで戦った方が良いのは明白である。
しかし、そんな常識は、今のポールには理解し得ないところの話である。怒りから顔の前で構えている直剣を握る手に力がこもる。その直剣を一気に振り降ろすと、ポールは激昂する。
「いいだろう!!そういうつもりならば、こちらももう様子見などしない!!死ね!」
最後の言葉と共にポールはアレクに向けて急速に接近していく。
速い。
その突進は、並大抵の剣士であれば反応することもままならないような速さでポールは、数メートルあった距離を一瞬で詰め寄る。しかし、
「遅ぇ。」
アレクは今までにないくらい小さな動きだけでポールの渾身の突きを躱して見せる。
「なっ・・。」
別にポールの必殺技なわけでは無い。むしろ、アレフ族の剣術には必殺技のようなものは存在しない。軽い攻撃を間髪入れず繰り出し、ヒットアンドアウェイを繰り返す戦法を主とするエルフ族には、隙の大きい大技を使用するようなことは無い。しかし、ポールの突きを完全に見けられたのは初めての経験だった。実力的には三英雄最下位のポール。しかし、この突きだけは、あのバルドにも褒められたほどの完成度を誇っていた。
今までのアレクの動きでは避けられるはずがない。だからこそ、ポールは驚きを隠せなかった。
だが、このまま棒立ちになるほどポールは素人ではない。躱された後の対策はしてこなかったが、どんな体制からも連撃技は考えてある。アレクの左頬をかすめた直剣を、首をそぎ落とすようにポールは振り下ろす。先程キレイに躱されたのは、偶然であると自身に言い聞かせることで。だが、そこにはすでにアレクの姿は存在していなかった。
「ぐふっ。」
ポールから放たれた突きは見事なものであったと言えるだろう。しかし、ルシアと対峙したアレクにとっては、避けることは造作もない一撃であったことは言うまでもないだろう。その突きを躱したアレクは、体の重心を落としポールの空いた腹部に曲剣を食い込ませる。上では、アレクを見失ったポールの直剣が空を切っている。
ポールの腹部に刺さった曲剣は、金属製の鎧に当たり鈍い打撃音を奏でる。渾身のアレクの一撃はノーガードでポールの腹部に入り、ポールの体は数メートル転がる。転がり終わる寸前でなんとかポールは体勢を立て直すが、腹部には鈍い痛みが残っていた。
金属製と言っても軽さに特化した鎧だ。元々直撃の威力を抑えるためではなく、かすめる程度のケガでの出血を回避するための鎧。今のような直撃はすべて回避する必要が存在する。そうでなければ、鎧は砕かれ、その下に存在する、ポールの生身に刃が届いてしまうからだ。
腹部に広がる鈍い痛みにポールは、直剣を持っていない左手を使って抑え込む。興奮し、アドレナリンが多く分泌されている今だからこの程度の痛みで済んでいるかもしれないが、アレクの曲剣によりお腹は大きく切り開かれていることだろう。だが、違和感がポールの左手には存在していた。それは、出血を抑えるために強く腹部を圧迫している左手に液体を触っているような感触が一切見られない。さらに言うのであれば、腹部の痛みは、切り傷のような刺さる痛みではなく、鈍器で叩かれた時のような鈍痛に変わってきているのだ。
だから、ポールは思わず左手を傷口から反して少し見てしまう。そこに映った左手には、血のような赤いものは一切付着してはいなかった。
「悪いが、こっちにはあんたを殺す理由がないんでね。」
ポールの腹を捉えた体を低くした薙払いの姿勢から、アレクは左右に一回ずつ曲剣をふるう。その後、ポールを見据えてそう言ってきたのだ。
よくアレクの持つ曲剣を見てみると、その刃先はポールの方には向いていなかった。片刃しか存在しない剣でのみ有効な、殺さずの戦い方。
峰打ち。
その剣の背の部分でアレクはポールの金属製の鎧に打撃を加えたのだ。渾身の一撃は薄い金属製の鎧にヒビを這わせたが、ポールの肉をえぐることは無かった。
「こっからが本番だ。勝つぜ。」




