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負けられない理由

 バルドの持つ重さ8キロの直剣がルシアの体を横から薙ぎ払うように迫りくる。その一撃をルシアは、槍の柄の部分を使って受け流す。バルドの驚く声が、フルプレートの兜の下から聞こえてくる。

 それもそうだろう。ルシア自身も初めてアレクと一戦交えたときには、心底驚かされた。あの時にルシアがしたような表情を彼もしていることだろう。


 「これで。」


 アレクのように器用にはいかない。彼ならもっと少ない力でやってのけるだろうう。でも、今のルシアにはこれが精一杯だ。

 それでもいい。少しずつ近づいていこう。あの戦士に(憧れに)


 ルシアは、バルドの一撃を流す、いや、押し返すとルシアは身体を捻り、槍を振りかぶる。体力的にも精神的にもこれが最後の一撃だ。アレクはこんな張り詰めた精神を長時間、それもさらに制度を高く保つことが出来るだろうが、ルシアにはもう限界だ。

 右から放たれた槍の振り下ろしは、バルドの鎧に衝突する。鎧にぶつかると槍は、大きく湾曲する。バルドは、少しの放心状態に陥っていたが、その衝撃で我に返る。まだ間に合う。この一撃は食らうことになっても問題は無い。けれど、


 「(最後の一撃か・・・。)」


 目の前にいるルシアの表情にもう余裕はない。この一撃の後、バルドを倒すことが出来るほどの余力は残っていない。だとしたら、この機を逃すほかない。それに、この攻撃は本当にいいものだった。

 バルドは、ルシアの槍による振り降ろしをその胸で受ける。結果だけ言えば、ルシア渾身の振り下ろしであっても、バルドにダメージを与えることは出来なかった。特別製の金属で作られたその鎧にぶつかった槍は、大きく湾曲すると、中央からへし折れる。

 小さな傷をその鎧につけると、ルシアは気を失ったようにその場に倒れそうになる。

 

そんなことあってはならない。

 

 ルシアには、勝つ必要はない。いい戦いをバルドに見せれば、負けるようにしてくれるはずだ。そして、今。ルシアの出せる最高の一手をバルドの胸に決めて見せた。

 槍が折れてしまった。これ以上の追撃を出すことは不可能になってしまった。

 気を失ってしまった。過剰な速度で動いていた脳と体が酸素を失い、今、倒れようとしている。

 ここでルシアが先に倒れてしまったら、この後にいるフィルビアとアレクの二人に必ず勝たなくてはならなくなる。それは不可能な事ではないのかもしれない。しかし、本当に厄介なことはそこではない。ルシアが先に倒れることで、目の前にいるバルドが、ルシア達に失望し味方になってもらえない事だ。


 倒れてはいけない。


 必死に頭の中でルシアは、地面に向かっていく体を抑えようと命令を飛ばす。しかし無情にもルシアの四肢は、その命令を拒絶する。

 両手で握っていた、折れてしまった槍の柄が手の中から零れ落ちる寸前、ルシアの耳に言葉が届く。


 「よく頑張った。」


 バリトンの利いたいい声だった。優しい声が聞こえると、ふっと、ルシアの体から失われていた感覚が戻ってくる。四肢に命令が伝わってゆく。地面に倒れてしまう寸前で間に合った命令は、両腕を前に突き出させ持っていた槍の柄の部分を地面に突き刺すことで、ルシアの体を停止させる。

 それに呼応するように、目の前で、


 ガチャン。


 と、金属が地面に崩れていく音が聞こえてくる。

 その正体をルシアが確認する前に会場全体がざわめきを隠すことが出来ない。誰もがバルドの勝利を疑わなかった。

 あんな線の細い人間に勝てるはずがない。

 エルフの英雄、バルドが負けるはずがない。

 しかし、眼下に広がってしまった光景は、真逆の光景だった。

 人間の女性は、倒れる寸前で踏みとどまり、英雄バルドは、地面に仰向けで倒れているのだ。歓声を忘れ、静寂が闘技場内を包んだ。







 エルフ族側の選手控室にいるのは、現王にしてエルフ族の族長ポーア。側近の騎士、旧三英雄の一人メレボア。そして、族長の息子であるポールの心境は荒れに荒れていた。

 英雄バルドが負けた。そのことは、予想していた。あの男は、司令官という地位においてあげているにも関わらず、ポールの意志に背き、あの人間を味方にしようと言い出したのだ。本来なら、あの人間の男は、極刑にしてもおかしくない。これは、ターニャに思いを寄せているポールの私怨ではなく、森を燃やすといことはそれほどまでの大罪のはずなのだ。しかし、バルドは、その男を生かし、あまつさえエルフ族の国に歓迎しようとしているのだ。それは、次期国王として当然認めることは出来ない。だが、バルドは国の英雄。その意見にわが父であるポーアは、賛成よりの意見を持っている。

 だからこそ、バルドの策を逆手に取ったのだ。あの人間たちを鬼族(オーガ)との戦争の手助けとするのならば、その責任者であるポールに決定権があると。三英雄戦でその適正を見極めると。

 そして、先程も言ったが、三英雄の一人であるバルドが負けることは、想定内であった。その後のポール自身ともう一人の戦士で二勝すればいい。もしできなかったとしても、バルドが真剣に戦わなかったことを理由にすればいい。そう思っていた。しかし、


 「・・・こんな戦い。認めるしかないじゃないか・・・。」


 「ふぉっふぉっふぉ。いい試合じゃったの。」

 「誠にそうですな。」


 ポールの近くで見ている実の父であり、現族長のポーアとメレボアも、二人の戦いを称賛している。

 もちろん、ここにいる戦士たちには、二人の実力差など承知の上だった。バルドは強い。今、眼下で地についているのはバルドであっても、本来の実力はバルドの方が上であろう。しかし、あの人間の女性も強者であることは認めざるを得ない。

 エルフよりも劣ると聞いていた人間の身体能力は、実際に見てみれば、エルフと遜色のないそれであった。槍術は洗練されており、戦士としての練度はエルフよりも上であると言えるかもしれない。何より、こんなにも長時間バルドの前に立っていたエルフ族は一人もいないのだ。

 これよりもあの男―アレクという黒髪の人間は強いと聞いている。であるならば、バルドよりも・・・


 「いいや、あり得ない!!」


 急に大きな声を上げたポールに反応するものはここにはいない。彼の心境は痛いほどわかっている。認めることは出来ない。しかし、認めざるを得ない結果。彼ら、イグニアス王国の人間は紛れもない強者であり、エルフの国を鬼族(オーガ)から救うために当てにしても問題ない人たちであることを。


 「おい。バボア。」

 「っは。」

 「お前は負けるなよ。我が勝ってそれでおしまいだ。」

 「御意。」


 最後の一人の三英雄バボアに強い口調で命令を与える。年齢は彼の方が上だし、実力もポールが劣る。しかし、バボアは、ポールにこのエルフの国の未来を見ている。そのため、現王以上の忠誠をポールに捧げてくれている。


 「認めるものか・・・・。」


 問題なのは人間たちの強さではない。

 古よりの言い伝えや書物に記されてきたその野蛮さである。現にであったばかりのポールの思い人であるターニャに対して人間の男は求婚しているのだから。

 そんな野蛮な人間と再び交流すればエルフ族が不当な扱いを受けることは歴史が物語っている。だからこそエルフは、人間との交流をたったのだから。

 自分自身のため以上に、愛するこの国のためにも、愛するエルフの人々のためにもポールはこの三英雄戦に負けるわけにはいかないのだ。






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