2節 最初の街
移動中の会話の序盤はセバスからのアレクに対する質問攻めだったのだが、すべての質問の答えが分らなかったため早々セバスは質問することをあきらめた。そこからはアレクの独壇場で様々なことを質問した。
曰く、アレクの今いる国は、イグニア王国といいこのバルダーム大陸の南東に位置している。この大陸には三つの大国が存在していて、イグニアス王国はそのうちの一つで、北にぺルディア公国、西にボトムス共和国という大国と隣接している。その他にも小さな国がいくつか点在しているらしい。
曰く、東と南は海に面していて今はその東側の端っこにある街にいる。
曰く、数多くある国の中でボストム共和国とは長い間、緊張状態にあり、時折国境を越えて進行してくることもあるらしい。
曰く、現在アリシア達が歩いている街道も頻繁にボストム軍が野盗に扮して何度も進行してきているらしい。しかし、周到に準備しているようで、国につながる情報を持っていたことはなく、自警団の頭を悩ませている問題らしい。
一通り話を聞いてみてアレクは一つの結論にたどり着く。
「じゃあ、俺って大分怪しい奴じゃん。」
「はいそうです。ですので一緒に行動してもらってるのです。」
間髪入れずにセバスが答える。
頻発すると賊たちの情報をたどってこの街道にたどり着くと、出身の身分もあまつさえ自分のことも分からないという少年が倒れていたのだ。普通に考えればかなり怪しい人物である。
リズベルとアリシアが多少慌てているが記憶のないアレクとしてはどうしようもないことだし、普通にしてれば悪いようには転ばないだろう。
そんな話を小一時間しながら歩いていると地平線の先に門と城壁のような壁が見えてきた。アリシア達と出会ったときに太陽がまだてっぺんに来ていなかったので、日没までにはまだまだ時間がありそうだ。
「やっとついたー。」
リズベルは嬉しそうに脱力しきった声を漏らす。
門を通り待ちの中に入るとまるで世界が変わっていた。街の中には商人の声が飛び交い活気であふれていた。女性の声が弾み。男性たちが動き回る。子供たちは人をよけながら犬を追いかけまわす。
「すごい人だなぁ。」
「そうだねぇ。」
目が覚めてからずっと街道を歩いていたアレクや、2,3日歩き続けていたアリシア達はこの人ごみに圧倒されていた。町並みは中世ヨーロッパのようなレンガ造りの家が立ち並ぶ。門から入ってすぐに200メートル近い商業通りが続いていて大きな大聖堂まで続いている大通りは、中央に馬車の通る白い土を固めた道路、その両側に人間用に歩道がある。歩道の幅もとても広く、四人組が結構な幅を持って歩いても逆流してくる人とぶつからない余裕がある。そんな通りに500人近い人が動き回っている。その様子を見ると、
「すげー。」
の、一言に尽きる。
本通りの商業通りから一本側道に入った通りでアリシア達と今後のことについて話し合う。一番最初に切り出したのは、セバスだった。
「では、この後はどうされますか?私は食料調達と情報屋でいろいろ聞いてきたいと思っているのですが。」
「できれば誰かと一緒に行動したいな。別行動なんてしたらもう二度と会えなさそうだしな。」
「でしたら私たちと一緒に兵舎に向かいませんか?一通り情報を集めたら大聖堂前の噴水に集合ということでどうでしょうか?」
「了解しました。」
「OK。」
アリシアの提案に一同賛同しセバスのみが別行動をとってアリシア、リズベル、アレクの三人は町の端にある兵舎に向けて歩き始める。
「はずれだったな。」
「まあ、これだけ活気があれば当然かもしれませんね・・・。」
セバスと別行動して兵舎へと向かったアリシア達は、野盗の情報や行方不明者の有無につて、一通りの情報がないかどうか尋ねたのだが、この街の兵舎では望む回答は帰ってこなかった。
「まあ、アレクさんはこの辺りの国の人じゃなさそうだから情報はなさそうだよね。」
「まあな。」
それについてはアレク自身も薄々気が付き始めていた。アレクのような黒髪は一人もすれちがわなっかたし、顔立ちも少し違って見える。肌の白さもやはり少し異なった白さに見える。
(オレは本当に誰なんだろう。)
「では、どうしますか?セバスが来るまでにはまだまだ時間があると思いますが。」
リズベルとは違い、多少なりとも収穫があると思っていたアリシアは少々お疲れ気味のようだ。又、セバスの几帳面な性格から考えるに集合場所に来るのは正確な情報を集めた後になることだろう。そのため、兵舎に行ってから何の収穫物かったアリシア達とは異なり、それ相応の時間がかかる。
「じゃあ、少し街を回ってみようよ。アレクさんが倒れていて場所に一番近い街なんだから何か思い出すかもよ。」
アリシアとは対照的に元気なリズベルががズイッとアレクによって来る。恐らく、こんな結果に終わり少々お疲れ気味のアリシアに言うよりもアレクの方がいいと感じ取ったのだろう。
「そうだな、一回りしてみようか。」
「やった!決まり。レッツゴー!」
とリズベルが先頭を切ってはし始める。
(絶対リズがいきたいだけだろうな~)
短い時間だがリズベルがどういう性格をしているのか大分わかってきたアレクは、「仕方ない。」と、笑みを浮かべながらアリシアと目が合う。アリシアも「しょうがないなぁ。」と、言いたそうな顔の笑顔をしていた。互いに笑い合うとリズを見失わないように本通りへと走り出す。
「わー、すごーい。」
人。人。物。物。目に入る情報量も耳でとらえる情報量も今まで歩いていた草原に比べて圧倒的に多い。門に入ってすぐの通りに比べればだいぶ人は少ないがこの大聖堂前の噴水広場も多くの人が行きかっていた。
噴水を囲むように広場が広がっており直径100メートルくらいだろうか。その広場に本堂リを含めて合計五本の大通りが合流している。本通りの両隣から斜めに伸びる通りとその対角線に二本の大通り。こんなにも多くの大通りが合流しているのに意外と人が少ない理由は、おそらくここの店のほとんどが旅人向けの商品や兵士たちが必要とするようなものが多く並べられている店が多いからだろう。街の住人はこの大聖堂に行くかどれか氏らの大通りに向かうために通行してるくらいだ。
「で、どこから回る?」
三日間歩き、こんな人ごみの中でも元気なリズはキラキラした目でこちらを見つめる。
「じゃ、じゃあ、あの店は?」
記憶を失う前から人ごみが苦手だったのか、起きたばかりでまだ本調子ではないのかは分からないが、人ごみで完全ノックアウトされてしまったアレクは、あまり人の出入りもなさそうな一軒の店を指さす。
「すみませーん。」
リズベルの行動はとても早く、もう店の中へと首を突っ込んでしまっていた。
「いらっしゃ~い。いろいろあるからみていってね~。」
ピンク色の髪の毛を頭の上で団子を作る髪型のかなり美人の女主人のきれいな声が店に広がる。店主の言った通り、店の中にはいろいろなものがあり剣や防具のほかにも用途の分からないものがきれいに棚や壁に並べられている。各々、自由に見ていると女主人の目の前にある棚に並べられた一つの商品の前でアレクの足が止まる。棚の上にきれいに一冊づつ並べられた本そのうちの一冊少し赤みのある本を手に取る。
「お。お客さん魔導書をおもとめかい?」
「あ、いや、そういうわけじゃ・・・」
魔導書。
体内に存在する魔力を媒介としてその本に刻まれた魔法陣を起動させることが出来る。それにより本に込められた魔法の力を放出する。なお、その紙が特別なものといっても魔法の力は強く、既定の回数以上使用すれば自動崩壊してしまう。
「ッう!」
突然の記憶のフィードバックにる頭痛でアレクは一瞬よろめく。たまたま近くにいたアリシアに支えられて倒れずに済む。
「大丈夫ですか!?」
女主人のも心配そうな顔で立ち上がる。
「大丈夫、大丈夫だ。」
アレクは体勢を立て直すと持っていた魔導書を女主人のに手を渡す。異変に築いたリズベルも戻ってきた。
「どうしたの?大丈夫?」
「ええ、ちょっと。」
「大丈夫だ。少し記憶が戻っただけだ。」
「記憶戻ったの!?」
「いや、記憶というよりは知識に近いかな。たぶん魔導書が起因だと思う。」
女主人の持つ魔導書に全員の目線が集中する。
知識と記憶は少し異なるものである。例えるのであればカレーは辛い。ということはわかったとしても記憶がなければいったいどの程度辛いものなのか、自分にとってそれは辛いものなのかは分からない。
しかし、知識のフィードバックが起こるということは、魔導書にはかなり調べていたということにもつながる可能性を秘めていた。
「じゃあ、その魔導書買おうよ。」
「そうですね、買いましょうか。」
リズベルとアリシアはそれぞれの懐から革袋を取り出す。
「お、買うのかい。こいつは800ゴールドだよ。」
「じゃあ、私が400ね。」
「では、400で。」
とそれぞれの革袋から数枚の硬貨を取り出すと女主人のに手渡す。
「まいどありー。」
硬貨を受け取った、女主人はアレクに魔導書を手渡す。
「ありがとう。」
女主人に礼を言った後、アリシア達の方に向き改めて頭を下げる。
「二人ともありがと。」
アリシアもリズベルも照れくさそうにアレクのことを制す。
「いいんですよ。頭を上げてください。」
「そうだよ。これは私たちのためなんだから。」
リズベルが得意そうな顔をする。
「どういう意味だ。」
「魔導書であればいざというときにアレクさんにも戦ってもらえるでしょ?」
アレクはリズベルの言葉に驚きながらも、笑みを浮かべ、胸に拳を当てる。
「ああ、その時はどんと頼ってくれ。」
「うん。」
「ええ。そうさせてもらいます。」
二人とそんな会話をしていると外から妙な音が聞こえてくる。
カン、カン、カン。
と、金属同士を強く打ち合うような音が五回なっては少しの間、間隔をあけては再びなり始める。その音が鳴った瞬間のアレク以外の行動は早かった。アリシアとリズベルは勢いよく店から飛び出し女主人は身の回りの物をかき集めると裏へと引っ込んだでしまう。
「えっ、ちょ、まっ。」
アレクも急いでアリシア達の後を追って店から飛び出した。幸いなことにアリシアもリズベルもまだ、見える場所で待っていてくれた。
「今の音は何なんだよ」
「すみません。説明もせずに飛び出してしまい。移動中に話しますので。とりあえずセバスと合流しましょう。」
「分かった。」
三人はセバスとの集合場所であった噴水へと向かう。その間に金属同士が打ち合う音は何かしらの危険が街に迫っていることを知らせるものらしい。
「じゃあ、さっきの音は避難指示ってことか?」
「そうです。しかも外敵が要因の合図です。つまり、野盗の可能性がかなり高いと思われます。」
「なるほど。で、どうするんだ。」
「もちろん戦います。セバスと合流した後に正門の防衛戦に参加しますのでアレクは、ひとまず避難をしてください。」
「は?何言ってんだ?」
噴水についてからそんな話をしてきたアリシアに対してアレクは不敵に笑う。リズベルとも目が合い互いにニタニタと笑い合う姿を見て、アリシアは何が何だかわからない顔でアレクとリズベルの顔をキョロキョロしている。
アレクは懐にしまった魔導書を取り出すと左手でポンポン叩く。
「見たところ魔導系の術師が足りてないんじゃないか?さっき言ったろ力になるって。もう忘れたのか?」
分かりやすく耳まで赤くなりうつむくアリシア。感情を読まれやすいというか、素直というべきなのか。
「まあ、お姉ちゃんは団員も避難しろっていうしね。」
「リズ!余計なこと言わない!」
テヘッ、とリズが笑い。アリシアと戯れている。こんな時にもとは思うが自警団である彼女たちにとってはこんな非常事態も日常なのだろう。そんな話をしていると側道の一本からセバスが走ってくる。
「すみません。遅くなりました。」
「セバス。この状況はやはり。」
アリシアもリズベルも急に緊張感の糸を張り詰める。さすがだなぁ。と、感心しつつもアレクもできるだけ真剣を装う。
「はい。やはり、情報通り野盗のようです。正門に30ほど、側門に10人ずつの大部隊です。」
「そうですか。では、私たちは正門に向かいましょう。都合よく来てくれて運がよかったです。」
アリシアの見解通り、情報をもとに追っていた野盗たちのようでアリシア達が街に入ってすぐに襲いに来てくれた。
(あれ?アリシア達じゃなくてオレって考え方もできないか?)
3日間この街に歩いてくる途中で全くめぼしい情報にありつけなかったアリアたちが、アレクと出会った後すぐにという考え方もできる。本当に偶然なのか?と、考えていると同じ推論にいきついたのか、それともこれこそ偶然か、怪訝な表情をしたセバスと目が合う。アレクは反射的に目をそらしてしまう。
「では、行きましょう。私は馬を取ってまいりますのでお先に向かってください。くれぐれもお気を付けください。」
「分かりました。では正門で。」
そういうと、再びセバスとをわかれて正門へと本通りを走り出す。
アリシアとリズベルは逆流してくる避難者を器用によけながら走るが、アレクはそう上手にはいかず当たりながらもなんとかおいて行かれないように必死で走る。途中からは避難所もいなくなり楽に走ることができたがアリシア達に比べてアレクは息を荒げていた。
正門に到着すると数十人の兵士たちがあわただしく動き回っていた。
「ハァ・・ハァ・・で、ここからどうするんだ。」
苦しい笑みを浮かべながらアレク言葉を聞いたリズベルが呆れた表情で声をかける。
「もう。だらしないなぁ。《ライブ》」
リズベルは手に持った杖を軽く振ると呪文を唱える。すると、アレクの体全体が仄かな光に包まれると体の疲れが一気になくなっていくのを感じた。
「すごいな。リズの魔法か?」
「うーん。厳密には魔力を使ってないから魔法じゃなくて祈祷だけどね。」
「ありがとう。リズ。」
エヘヘ。と、かわいくリズベルが笑う。
神聖系のマジックキャスターは、後方支援が最適。基本的回復系の祈祷を得意とし、多少なりとも攻撃も行えるが前線が難しい。
再び小さな記憶のフィードバックに襲われる。戦いの最中に出ないことを祈るのみだ。
城壁の上から40代の男性が側付きを二人ほど連れて降りてくる。
「あなたがたは?」
「私はアリシア・イグニアス・エルヴァフです。この街の防衛に助力に参りました。」
アリシアが頭を下げようとするのをすぐさま隊長っぽい人が止める。
「あぁ、そんなことなさらないでください。アリシア様でしたかそれはとんだご無礼を。わたくしは、こ
の城塞の防衛隊長をしている者です。ではそちらは自警団の方ですね。」
すると後ろの二人から「おお。」だの「よかった。」などの安どの声が聞こえてくる。
「そうです。あとから一人来る予定です。ですので正門の防衛は任せてはくれないでしょうか。」
「それは、こちらの願いです。アリシア様。わたくしとしては、大変…」
「そんな社交辞令は不要です門を開閉するための数人を残してあとは住民の避難誘導に回って下さい。」
「は!では、ご武運を」
そう言い残すと、本当に門を開ける兵士と伝令を行うための兵士を除いてほとんどの兵士を連れて街の方へと消えていった。
「おい、大丈夫なのか?俺を戦力としてカウントしても。」
「大丈夫です。もともと3人でも戦予定でしたので。」
後ろから馬の蹄の音が響いてくる。
「お待たせしました。では、参りましょう。」
セバスは頭のてっぺんまで薄い水色のフルプレートを身にまとい完全装備だ。右手には大きな槍を持っていて左手には何も持っていない。しかし、馬の両脇にはいくつかの予備の槍が収まっている。
「では、私は上に行きますのでセバスたちは門の近くで待機していて下さい。」
と、言い残すとアリシアはすたすた、と城壁の上へと上がっていってしまった。
「ほんとに大丈夫か?こっちは4人あっちは何十人単位だろ?」
「問題ありませんよ。アリシア様はこの国一番の剣士ですから。」
「それにセバスさんはもっと強いしね。」
「ははは、ご冗談を。」
セバスもリズベルも完全に余裕な口調で話している。なぜだかわからないアレクだけが、これから起こるであろう死闘のために心構えをしている。
三十人。戦争と呼ぶには全く足りていない数字ではあるが、野盗達の襲撃ならばかなりの大規模な作戦だ。もちろんいくつかの代替策もあちら側は用意があるうえでの進行。それに対してここにいる戦える人は、多く見積もっても四人。話にならないとはこのことだ。数とはそれだけで暴力になる。いくら強いといっても死角からの攻撃、対処しきれない手数というものは必ずある。そんな思考を巡らせていたとき。
カチャン。と、門の向こう側で何か金属のものがおちた様な音がする。次の瞬間、門が上へと開門する。
「・・・・・。」
言葉を失うというのはこのことなのだろう。数時間前にこの門をくぐってこの街に入ってきたはずなの
に、開門した後一発目に入ってきた風景は全く違うものに感じた。実際は何一つ変わらない平原が広がっているのだろう。しかし、アレクの目には違う景色が映る。それは、言葉で表現することが難しいもので、アレクは言葉を失った。
しいてその情景を表現するのであれば
真紅の花が咲き乱れる中、異彩なまでの『美』を持つ蒼き花が咲いていた。
こんにちは片桐ハルマです。今週3回目の投稿になりましたが、苦なく投稿することが出来ました。
ようやくこの話の方向性がわかる話に入ってきたと思います。これから先はアリシアとアレクが基本的な主人公となります。この他にも自警団の仲間や新しい仲間など数多くの登場人物が出てくるので全員の名前を覚えてみて下さい。
投稿に慣れていないと後書きに何を書いていいのかわからないのでこのくらいで終わりたいと思います。
では、今回もご愛読ありがとうございました。次作も読んでいただけることを心より願っております。来週は、別の作品が投稿する予定ですので先が気になる方は少しお待ち下さい。また、そちらも読んでいただけると幸いです。