大震災
最後の休憩から半刻ほどで件の砦に着くことが出来た。辺りは暗くなり始めているものの、現状激しい戦闘恩は聞こえてこないし、ここら見える砦にも変化はない。あのショートカットのおかげで予想よりも半日以上早く来ることが出来たのだが、それにしてもここまで平和な砦にボトムス王国の大群が迫っているのか?と、思うほど、辺りは、静寂に包まれていた。
「アレクさん。本当にここに大軍が来るのかな?」
「分らん。ただ、この地形なら砦の防衛戦はかなり有利にできそうだな。」
山の中腹にある大きな山道。その中央に聳え立つ軍事用の砦。アレク達の進行方向から見て右側には、剃り立つほど急な山肌で、動物は愚か、植物一つ生えていない、裸山。反対側は、谷になっており下に木があることが確認できるのだが、その高さは、山頂よりも高く、聞いた話では、500メートルは超える高さらしい。両側は天然の要塞。そして、唯一の先導には、堅牢な砦。しかも山道が広いと言っても国を落とそうとしている大群が進行できるほどの幅は無い。故に、この唯一ともいえるイグニアス王国への地上からの進行ルートにある砦が、今までボトムス軍の侵攻を阻んできたのである。
「そうだよね。大丈夫だよね。」
その言葉にアレクは答えることは出来ない。
実際にそれまでの防衛戦の資料に目は通してみた。そのどれもが、イグニアス王国側の快勝であった。それ故に今回の侵攻に意味があるとは思えない。それは、イグニアス王国以上にボトムス王国の方が身にしみてわかっているはずの事実だ。だからこそ本当の目的を隠すための侵攻作戦だとしたら・・・。
そんなことをリズベルが操縦する馬の上で考えていると移動速度が落ちていき、砦に到着したことが分かる。
それと同時に砦の門が開き中から何人かの人影が出てくるのがよくわかった。
「いやー。自警団の皆々様。今日は来客が多いですな。」
などと恰幅のいい男性が先陣を切ってリズベルの前で一度首を垂れる。
この恰幅のいい男性は、十中八九、この砦を有するこの地域の地主貴族であろう。そして、後ろからついてきているのは、この砦の衛兵か用心棒といったところであろう。
そして最後尾の一人。この国で数少ないアレクの知っている人。まるで神父が着るような黒いローブで全身を包み、緑色の髪の毛と他の男性陣に比べ頭一つ低い身長。少し不機嫌そうにみえる仏頂面でも、きっと喜んでいる方であろう。
「早かったな。まぁ俺一人でも充分であったが。」
「フェル!」
と、やはり自分の乳兄弟であるフェルヴィオが一人戦場に向かったことは心配であったようで、リズベルとピリアは馬の上から器用に飛び降りると、最後尾をゆっくり歩いていたフェルヴィオ目がけて走り寄り、そのまま押し倒しように抱き着く。
「ちょ、な、何する。」
「戦闘が始まってなくてよかった~。」
「心配してたの~。元気そうでよかったの~。」
「ふんっ。俺がいるのだ。この砦が落ちるわけがないだろう。」
照れているのか、フェルビオは、後ろのフードをかぶり、顔を覆う。リズベルとピリアは、フェルヴィオの上から退く様子はないようで、周りの領主たちの目線を受けながらも地面の上で喜びを隠さない。
「本当に仲が良いな。あの三人。」
アレクは、半ば落とされ気味に馬の上から降りると近くにいたフィルビアに話しかける。
天馬を含む移動に利用して疲れているであろう馬達を、砦から出て来た衛兵に渡し終えたフィルビアは、アレクの言葉に笑みを浮かべる。
「昔は私たちもあんな感じだったよ。ただ、アリシアもサイラスにも立場が出来ちゃったからね。上手くいかない事も多いんだよ。」
どこか寂しそうなその笑顔でフィルビアは三人を見つめる。
「それで今回は、どういった目的での訪問でしょうか?」
リズベルに完全に無視された砦の主は、仕方がないのでフィルビアのもとに歩み寄る。恰幅がいいのは平和の証なのだろうが、顔にまでついてしまっている脂肪を持ちながら彼は戦えるのだろうか。
「この砦にボトムス軍の侵攻があるという伝令が来たので来たんですが、戦闘はまだ起きていないようですね。」
ひとまず安心できたという笑顔で答えたフィルビアに対し、砦の主は、疑念の隠せない表情であった。
「この砦にそういった動きはありません。フェルヴィオ様も同様の伝令が来たとの報告を受けましたが・・・。」
やはりというべきか。この砦から放たれた伝令は存在しなかった。可及の伝令であってもその真偽を確かめるものだ。それは、印であったり、合言葉であったりと様々であるが、イグニアス王国も大国であるのだからそういった確認手段はとっている。それ故、今回の伝令による誤報。これは、由々しき事態につながりかねない。
王都やアリシアのいた、ベルディア公国に伝令を伝えに来た者たちは恐らく、ボトムス王国の工作員である可能性が高くなる。
「その話は本当ですか。」
はるか後方、まではいかないが、アレク達のいる場所よりかは砦に遠い場所でそんな声が聞こえると全員の視線はその方角に向けられる。
そこには、二つの空を駆ける影。部隊を編成し、単独で馬を走らせ続けてこの砦まで来たフェルヴィオに遅れること約一刻。ようやく、天馬騎士団の先頭が到着した。
先行して到着したのは、副団長のアンジュとルシアの二人だけであった。その他の団員たちは、とりあえず、置いてフェルヴィオと合流するために先行してきたらしい。
「先程の伝令を出していないという件。本当の話ですか?」
「ええ。この砦から伝令は一つも出しておりません。しかし、誤報にしては・・・。」
誤報にしては、アリシア達のいるベルディア公国にまで来たということは、明かな人為的な意図が伝わってくる。この砦にイグニアス王国の戦力を集中させるために。
「アンジュさん。ここからペガサスで王都までどのくらいかかりますか?」
「ここまで休憩ありで約二刻。しかし、今すぐに戻るとなると夜間飛行の危険度を加味してそれ以上はかかると思うぞ。」
「できるならすぐに戻ってもらいたいです。アリシアとサイラスが向かったので王都で何かあっても大丈夫だと思いますが、多いに越したことはありませんから。」
「了解した。では、ここにルシアと少しの兵を残す。もしもの時は、よろしく頼むぞ、アレク殿。」
そう言い残すと副団長のアンジュは、ペガサスに跨り、到着して早々に王都へ向けて出発する。もしも、この砦にボトムス王国の軍隊が来てもひとまずは、防衛線の貼れる程度の人員。と、言う名目で、アンジュにとって失いたくない天馬騎士団の若い世代を率先してこの砦に残すように兵を選び王都へと向かう。
まだ他の天馬騎士団の団員はこの砦に到着していないので、唯一残ったルシアは、ペガサスを砦の衛兵に預ける。
「あの、よろしくお願いします。」
「ああ、久しぶりだな。かしこまることは無いぞ。」
「はい。」
とりあえずはこの砦で危険な因子は存在しない。しかし、砦の主である恰幅のいい貴族の話では、この時期にはきまってボトムス王国の軍隊が国境まで進軍してくる時期でもあるらしい。それは、他国に対する軍事力のアピールの一環であって、そのまま、戦闘をすることはまずないが、緊張が高まる時期ではあるらしい。
アレク、フィルビア、フェルヴィオ、ピリア、リズベル、ルシアのような戦闘経験が豊富な人たちからすればこの砦は安全な場所であるのだが、
「セベ。大丈夫なのかな・・・。」
「皆さんが大丈夫って言ってんだべ。きっと大丈夫だべ。」
セベやシャノンのような村人からすればこの砦も戦闘の匂いが漂う緊張感の解けない場所には変わりない。
「わたし、ついていけるかな・・自信なくなってきちゃった。」
「大丈夫だべ。何があってもおらが、みんなが守ってくれるべ。」
「・・・そう、だよね。」
その時、一行が安心感に心を許し、周囲の警戒を怠り、緊迫状態である敵国との最前線の防衛拠点であることを忘れ、砦の中に入ろうと歩き出したとき、
ドゴォォ!!
とういう轟音と共に、地面が大きく揺れ動く。
もし、その現象がボトムス王国軍の魔法によるものであれば稀代の天才魔導士であるフェルヴィオは、気を抜いていても気付いたかもしれない。
もしその影響でここにいる自警団員の一人でも命を落としていれば、ピリアが忠告をしてくれたのかもしれない。しかし、幸いというべきか、この地震とそれにより起こる山崩れにより自警団員には死者は出ない。しかし、
この辺りの地形は、一枚のプレートのより構成された大陸であるため滅多なことでは地震は起きることは無かった。それ故に、地震。地揺れと呼ばれる災害は何十年に一度起きるか起きないかの天災の一つで、一たび起きれば、多くの死者を出してしまうものであった。
そんな、ここにいる若い世代の自警団員の中で地揺れを経験したことのある者などいるわけもなく、全員の足が止まり、その場に座り込んでしまうものの出始める。
「みんな!走れ!」
こんな緊急事態の中、アレクは最後尾で足を止めてしまったシャノンのもとへと走る。砦に隣接した山では、山崩れが起き、大量の砂や岩が山道へと転がってくる。
大きな揺れは、バルダーム大陸全体を揺らし、その中央にそびえる山脈の山を崩す。
アレク達がいた砦は、最悪なことに木々がほとんどない剥げ山野横。崩れた山はアレク達のいる山道へと流れ込む。幸いにもその砦は、山崩れの本流に巻き込まれることは無く、既存の状態を残す。が、本流ではなかったものの、砦の近くでも山崩れは起き、その一部の流れは、アレク達へと迫る。
「アレクさん!!」
最後方。シャノン、ルシア、フィルビア、アレクの四人を巻き込んで土砂が渓底へと落ちていく。
その揺れは約5分以上も揺れ続け、この時代最大の大震災を引き起こす。




