砦への道のり
半日かかるというのは、普通に街道に沿って馬で走った場合の計算である。何せ西の砦までの直線状には、先日討伐した魔獣がいた大森林が広がっているため、馬での踏破は難しく、そう言った場所では、真っ直ぐ進むこともままならない。故に、森を突っ切るよりかは、多少倲周りとなる街道を進む方が、馬も人間も余計な体力と時間をかけずに済むのだ。
また、半日という計算は、休むことなく進んだ場合の計算で、これから戦闘があるかもしれない以上は、休む魔もおなく進めば確実に戦場で命を落としてしまう。実質は、一日あればたどり着く計算になる。
「それで間に合うと思う?アレクさん。」
「なんとも言えないな。フェルヴィオ次第の所はある。」
フェルヴィオ・ヴォ・コルード
聞いた限りの話では、イグニアス王国で最高峰の魔術師。特異魔法、爆散魔法を有し、直径一キロを容易に焦土にしてしまえるほどの攻撃力を持っている。彼の名声は、セイラス同様他国に対する抑止力として、十分に知れ渡っている。
齢16歳という年齢でそこまでの領域に多彫り着いたのは、一重に彼自身の努力と才覚、そして、リズベルに対する思いの結晶だ。
何せフィルヴィオは、アリシアの騎士サイラス。メリンダの騎士セバスという一騎当千の騎士たちとか肩を並べなくてはならない、王女リズベルの騎士を任されてしまったのだ。もちろん、リズベルにそんな意図はなかったが、国民やその他の貴族たちは違った。常人に比べれば圧倒的な才覚をフェルヴィオは持っているものの、それは、サイラスに遠く及ばず、セバスにも歯が立たないものであった。
『騎士の性能は、その主の評価にも直結する。』
王族の証である聖痕を持たないリズベル。他の王族の騎士に及ばないフェルヴィオに向け、いつしかそういったうわさが流れるようになっていった。
故に、フェルヴィオは、努力せざるを得なかった。自分のために。家のためにも。そして何より、大好きなリズベルをクソッたれの貴族どもにバカにされない為にも。
「そうだね。・・・信じる。」
そして、フェルヴィオは、圧倒的なまでの魔法を有することになった。一撃だけの火力であれば、サイラスを上回る火力を持ち、イグニアス王国を代表する研究者にもなった。
ベルディア公国の城門を抜け、街道沿いを走っていると、ふいに先頭を走っていた仮面の剣士が街道を擦れ森の中を突き進む。
「ちょっとあんた!何やってるの!」
上空を飛行している天馬に乗るフィルビアにとっては、森の中も街道も関係なく移動できるが、陸上を走る馬にとっては、木の根や視界の悪い森の中では、本来の総力を発揮することは叶わない。
「こっちの方が早い。着いてこい。」
元々なのか、知らない人に囲まれて緊張しているのか、口数の少ない仮面の剣士の声は、男性にしては少し高め、女性にしては少し低めの両性にもとれるの声だった。馬の上で仮面の剣士の後ろに乗っているアレクは、仮面の剣士の腰に手を当ててみるが、思ったよりすらっとし・・・
ガックンッ。
急に跳躍した馬にアレクの首が悲鳴を上げる。
「次、変な事したら、殺す。」
「す、すみません。」
「アレク、なにしたのー?」
「いや、何でもない。」
どうやらそういったことは、好きではないらしい。
森の中を走っているとすぐに開けた一本の長い道へと抜けることが出来た。乱雑に切り株は残っているものの、十分馬本来の総力で走るには申し分ない通り道。いくつかの倒木は、明かに人の手で整理されているところから、獣道や自然で出来た道ではないことは確かだ。
「ここは。魔獣の通った道か。」
フィルビアの言う通り、この道は先日の巨大な魔獣が作った一種の獣道であった。倒れたままの倒木を、たった一日で整理してしまったベルディア公国の国力は素晴らしいもので、現在は、再び森が戻るように緑化を進めているらしい。
そして、この道は、山を迂回するように真っ直ぐイグニアス王国へと向かっている。故に、街道を大きくショートカットすることが可能になった。
「このままいけば、半日もたたず着くのー。剣士さんすごいのー。」
「ええ。知っていましたから・・・。」
そういった仮面の剣士の声はどこか寂しさを持っていた。
作業を進めているベルディア公国の人に馬上から挨拶しつつ、西方の砦へと大きくショートカットすることが出来そうになったアレク達は、張り詰めていた心の糸が多少緩くなる。
そこで、誰もがずっと疑問に持っていたことを仮面の剣士にリズベルが問いかける。
「ねえ。剣士さんは、どこの国の出身なの?」
黒い髪。そんな髪の毛の色はイグニアス王国でもベルディア公国でもボトムス王国でも見ることは出来ない。その他、小国を含めバルダーム大陸では、獣人種で毛並みが黒い以外は、人間で黒い髪になることは無かった。と、言うよりは、誰一人として黒い髪の毛などいないのだから、そう言った髪色の人がいることですら、想像しなかった。
「・・・遠い国だ。もう滅んだ。」
先程までとは明らかに声色が変わり、負の感情に満ちた声で仮面の剣士は答える。
「ご、ごめんなさい。」
「あ、いえ。大丈夫です。」
瞬時に謝罪したリズベルに、仮面の剣士自身も思わず行ってしまったようで、すぐにいつも通り(?)の声色で謝罪を受け入れる。
仮面の剣士の話が本当なら、アレクの故郷と呼べる国も滅んでいる可能性は高いかもしれない。もちろん、近いが別の国という可能性もあり得る。別段、アレク自身は、自分の国をそこまで必死に探す気は無いのだが、もし、アレクを待っている人がいたとしたら・・・。
「じゃあ、アレクの国ももうないんですか?」
ふいにシャノンが、仮面の騎士に向けて問いかける。
「どうでしょう。まだあると思いますよ、きっと。」
そういった言葉の意味は分からなかった。アレクのことを知っている?そして、アレクの出身の国のことも・・・。しかし、そんなこと確かめる方法など存在しないし、仮面の騎士もこれ以上は語ることもしない。
けれど、その仮面の剣士の両性に聞き取れる言葉は、アレクに理由のない心地よさを与えた。自信の国を知っているかもしれない人がいたから?もしくは、自身のことを知っている人がいたから?はたまた想像もつかない理由からかは、分からないが、仮面の剣士のその言葉には、優しさを感じ取ることが出来た。
その後、魔獣が木々を薙倒すことで生まれた獣道は途中で途切れてしまったものの、仮面の剣士の先導のもと、何とか大森林をぬけ、当初の目測通り日没前には、その砦へと向かう山道へとたどり着いた。
その山道前の小川が最後の休憩ポイントで、この後一気に山を登り、山中の砦へと向かうことが決定した。
すると、今まで先導を切ってくれていた仮面の剣士が、
「すまないが、僕は砦までは行けない。」
「何かあるのか?」
「それも言うことは出来ない。君たちの健闘を祈ってる。」
と、一向にアレクの牽く馬に跨ろうとはしない。
もちろん、アレク達もあまり強く引き留めようとは思っていない。ここまでの短縮ルートの先導だけでも恩義は感じているし、これから命がけの戦闘になるかもしれない場所に、イグニアス王国とは全く関係のない人間を巻き込むのも忍びない。
しかし、アレクの心に引っかかる一つの疑問が最後に仮面の剣士に問いかけた。
「なぁ。君はオレのことを知ってるのか。」
「・・・。すまない。」
それだけ言うと仮面の剣士はアレク達に背を向け歩き始める。そして、
「ただ。これだけは覚えててくれ。今後、起きる厄災。どうにか乗り越えてくれ。」
今後起きる厄災。
それは、今から行く砦での話なのか、はたまた、アレクの予想する通り王都でのことなのか。それとも、もっとずっと後の話なのかは語ってくれなかった。が、その言葉に嘘の色を見ることは出来なかった。つまり、彼、もしくは彼女。仮面の剣士には、今後起きるであろうことが既に分かっている。もしくは、知っているのだろう。そして、仮面の剣士は、アレク達の、イグニアス王国の味方であるということも。
「おい!」
アレクは、背中を向けている仮面の剣士に声をかける。
振り向くことは期待していない。呼び止めるつもりも無い。ただ、
「その馬使ってやってくれ。どうせ俺は乗れないし、ここに置いていくのもかわいそうだ。」
先程まで仮面の剣士が手綱を握り、アレクを後ろの乗せていた馬が、仮面の剣士に歩み寄る。半日も一緒にいなかったのだが、十分に仮面の剣士に懐いているようで、その馬も仮面の剣士の近くで歩みを止め仮面の剣士を見つめる。
「・・・・・・。では、ありがたくいただこう。」
その言葉を言う前に何か口が開いた様にも見えたが、その言葉はアレク達には届かない。
仮面の剣士は、馬に跨り、走り去っていってしまう。
「よし。オレ達も行こうか。」
「アレクさんカッコつけちゃって。」
馬上からリズベルがアレクのことを笑いながら茶化してくる。
「なんだよ。オレは馬に乗れないんだし、あのままじゃここに置き去りだったんだぜ?これが最善だろ。」
その後、手を借りながらピリアの馬に乗ろうとするアレクにフィルビアが、
「まぁ。大体の馬は、置き去りにされても帰巣本能で帰ることが出来るから、置き去りにすることも多いんだけどね。」
と言われ、落馬しかけたことは、恥ずかしくて誰にも言えない。




