章間 アリシア
程よい気温というには少し涼しすぎる朝の風が、豪華に装飾された貴賓用の客室で眠るアリシアの頬をなで、目が覚める。
「ふぁー。よく寝た。」
大きく伸びをした後、このベルディア公国に来てから借りたチュニックに近い形状の寝間着で布団から出る。普段、自室ではメリンダからプレゼントでもらった少し露出の高いネグリジェを着ているのだが、他国に招待されているのにそんな恰好は恥ずかしくてできないし、普段の遠征では持って行かない。
起き上がると、いつも通りの白いインナーに着替え、装備品の中の胸部と腰部を隠すために金属製の装備を付ける。なくてもいいのだが、体のラインが出てしまうインナーだけでは少々恥ずかしい。それのこちらの方が、いつもつけているため、落ち着くのも理由の一つだ。
戦闘時はこれに加えて籠手やブーツなども装備するのだが、今日はそれらの物は着用せず、腰に剣を下げ、革製のブーツをはくとベルディア公国から借りている客室を出る。
「おはようございます。アリシア様。」
「・・・おはよう。サイアス。」
扉を開けると外には完全服従姿勢で待っていたサイアス・フェル・ルイーズが待っていた。その姿に少々引き気味の笑顔を浮かべていることに恐らくサイラス自身は気付いていないのだろう。
昔はこんな人ではなかった。乳兄弟と言っても一歳年上だし、騎士の家系だから、訓練などで一緒に遊ぶことも少なかったが、合間の休憩時間には、アリシアとスフィアと一緒に動物を追いかけたり、花をめでていることも多かった。サイアスは、誰にでも優しく、争いを好まない性格。少年時代には、乳母さんに多くの花言葉を教わっていたほど大人しい少年だった。
それが変わったのは、彼が聖槍グングニルに選ばれた後、アリシアが騎士に任命してからのことだ。彼はその後、騎士として努力に努力を重ね、今ではこの大陸の知らない人がいないまでの最強の騎士に成長を遂げた。それと同時に彼は、アリシアとの関係も君主と騎士になってしまった。
もっと気軽に昔のように家族として接して欲しいアリシアの本心とは裏腹に。
「今日は、どうなされますか?お供いたします。」
「今日は、ジダレイニスさんとシャシュナンさんが協議あるということなので、一日休日なのであなたも自由にしていていいですよ。」
「はっ。では、そうさせてもらいます。」
そういうと、白亜の完全装備を纏った最強の騎士は背を向け歩いて行ってしまった。その向かった方向は、先日、公王から来た演習場がある方向だ。
「(はぁ。最近、サイラスと話していると妙に緊張するな。)」
尽くしてくれるといことは、アリシアが一般の人ではないと言うことの証だ。サイラスにとってアリシアは、粉骨砕身、己が身を亡ばしても尽くしたい存在ということである。それは同時に、アリシアには、彼の忠義に見合う人ではあらねばならない事になる。最強に騎士。その騎士が仕えるに値する人物に。何でも完璧にこなすことが出来る存在に・・・。
そんなことを思いながら廊下を歩いていると目の前に一人の影が近づいて来る。
「アレクさん。どうしたんですか?こんな早くに。」
「いや。イグニアス王国にいた間、毎朝セバスと一緒に掃除をしていたら、早く起きる癖がついたらしい。」
そう言いながら笑って見せるアレクにアリシアは、サイラスと話していた時に感じていた方の重みが抜けていくのを感じる。
アレク。
最近であった少年。今まで見たこともない黒髪に黒い瞳を宿した少年。さらに、アリシアでも苦戦するくらいの剣の使い手で、古の大英雄と同様に魔法も使うことのできる。そして、アリシアと出会う前の記憶を失ってもなお、他人を魅了する輝きを持っている少年。
実際、初対面の人なら上手に接することの出来ないであろうピリアとも仲が良いし、他の自警団のメンバーともすぐに打ち解けた。他にも助けた村人、シャノンとセベという新しい団員を連れて来た上にリズベルの話では、リズベルでさえも仲良くなれなかった孤児院にいる一人の女の子とも話が出来ているらしい。
アリシアには持っていない。自信を失ってまでも他人を魅了する、引き付ける才能を持っているのだ。
「今日は、何か予定でもあるんですか?」
「うーん。これから街に行こうと思ってる。孤児院の子に本を買って帰る約束もしたし、自分の過去を探すためにも一応な。」
そう。そして、彼には過去がない。今まで生きて来た道がない。それなのに彼は強い。力だけでなく心も。アリシア自身、過去がなくなったとしたら?生まれる前から、人の前に立たねばならない人生じゃなければ?宝剣に選ばれ戦わなければならない人生じゃなければ?もし、その全てを途中で失ったとしたら?
「(私は、彼のように戦えるでしょうか・・・)」
もっと知りたい。彼の放つ魅力の訳を。誰もが好きになる姉の持つ、同様の才能の片鱗に。
「私も同行していいですか?」
「本当か!?助かるよ。この城に戻ってくることが出来るか不安だったんだ。」
「ふふ。戦闘の時は、すぐに地形を覚えていたのに、買い物は苦手なんですか?」
「そうみたいだ。イグニアス王国でも思ったが、オレは方向音痴らしい。」
談笑しながらアレクとアリシアは二人でベルディア公国の街へと向かう。
城からおよそ二キロの地点に存在する城下町。その間には、大きな人口の森が広がっており、有事の際は、その森を使うことで城下町の住人は、城に逃げ込むようになっている。追っ手を巻きつつ、安全な場所に向かうには、かなりいい手であるとアリシアも思う。
「広いな。」
「そうですね。バルムントと違って、広々としていて私も好きです。」
もちろん、自国の王都―バルムントも大好きな街だ。しかし、このベルディア公国の城下町は、建物が詰まっておらず、広々とした街が広がっている。一本一本の道幅も広く、網目状の道もない。しっかりと整備された町は、直線の道が交差している。広さは、ベルムントの半分くらいしかないのだが、建物の少なさもあいまって活気は負けるが、景観は圧勝だろう。
「これなら迷子にはならなそうだが、アリシアはよかったのか?せっかくの休みなのにオレの付き添いで?」
「ええ。私も街を見て回りたかったですし、アレクさんともお話ししたかったですから。」
「アリシア。敬語じゃなくていいぞ?もっと気楽に話してくれ。」
「す、すみません。そうですよね、仲間なんですし・・・アレクさん。」
「小さくさんって聞こえたが、まあ徐々に慣れてくれよ。」
そう言いながらアレクは、街の中に入ってゆく。バルムントには見劣りする活気と言っても、やはり王都。それなりの人で街の中はあふれていた。
アレクに置いて行かれないようにアリシアもしっかりと後ろをついて行く。そう言えばアレクとゆっくり話す時間なんてなかったかもしれない。出会って後は、セバスの質問やアレクとの問答で時間が過ぎてしまったし。市街地での戦闘以降は、戦い方についての話や、今後の自警団としての活動内容などの話に花が咲き。休暇中の三日間は、アリシア自身が、メリンダやセバスと今回の同盟の話ばかりをしていたので、アレクと会うことも少なかった。
「アレク・・さん。ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「・・・。」
言葉が詰まる。聞きたいことは、山ほど存在する。なんでそんなに強くいられるのか?記憶をなくしても、なお戦える理由は何なのか?もし、記憶を取り戻して時、どうするのか?
そんな事ばかりが、アリシアの頭の中で空回りを続ける。別段、アレクはそんなことを聞いても嫌な顔一つせず答えてくれるだろう。むしろ、笑っては話してくれるかもしれない。けれど、
「買いたい本ってどういったものなのですか?」
「うーん。そうだな、とりあえずは伝記かな。後、哲学的なものがあれば欲しい感じかな。」
「でしたらこちらです。」
上手に自身の気持ちに整理を付けることが出来ず、アリシアは当たり障りのない問いかけをアレクに投げかける。
アリシアは、少なくない回数この国に来た時に憶えた脳内の地図を広げ、古めかしい本屋に案内する。あまり客のいない本屋で、探している現在もアリシアたち以外の客は一人だけだし、店主のご老人も、眠たそうに船を漕いでいる。
この本屋には新しい本は少ない。と、言うよりかは、イグニアス王国でも手に入るような本は、少ないと言った方が正確だ。
どうやらその本屋は、アレクの求めていた本が売っていそうだったため、二人で協力して、いくつかの本を購入した。
時間の経過というものは早く、いつの間にか昼近くにまで太陽は上ってしまっていた。
「もう昼の時間か。ありがとな、おかげで助かったよ。」
「いえ。アレク・・さんの目的のものもあって何よりです。」
「アリシアは、どこか行きたい場所は無いのか?」
「そうですね・・・あ。じゃあ、付いてきてください。」
そういうとアリシアは、街の中を王城とは逆方向に進む。
行き交う人の目線は、少なからずアリシアとアレクに向けられる。その理由は、金属製の武具が原因ではない。アレクの奇抜な黒髪。そして、アリシアの麓美な顔立ちに、行き交う男たちは、例外なく一度は振り返る。
自警団や天馬騎士団。その他、アリシアが毎日のように顔を合わす面々は、例外なく美男美女の分類に入るため、彼ら自身では気付きにくいのだが、街を歩く人々からすれば、彼女らは間違えなく、類まれ無い『美』を有している。一方、アレクの容姿は、セバスやサイラスのそれに比べれば貧相な顔立ちだ。と言っても、鋭さを持った黒い瞳に、滅多にお目にかかれない黒い髪の毛は、街の住人にとってはまなざしを送るに十分な理由になる。
「なんか見られてる感が、半端じゃないんだが・・・。」
「そうですか?やはり、アレクさんの髪の毛は珍しいですからね。」
半分はアレクの髪の毛を。残りの半分、いや、それ以上はアリシアの美貌に向けられたものであるのだが、そんなことなど気にしないアリシアは、そのまま突き進む。
少なくない時間を歩き続けたアリシアとアレクは、昼を過ぎてしまった街はずれの丘へと到着した。
流石に、こんな場所に地元の人間が、普通の日の昼間から来る人は少ないようで、アリシア達に向けられる視線は、格段に少なくなっていた。
「・・・着きました。ここ私のお気に入りの場所なんです。」
丘を登りきるとそこには、地平線の先まで広がる雄大な草原だった。きれいに刈りそろえられている牧草は、青々としていて、生命を感じさせる。所々に見える黒や白い点は、牛や羊が放牧されているのだろう。自由な場所で食事をし、子供と思われる小さい点は走り回っている。人間や犬のような人も見ることが出来る。そんな牧草地を一望することが出来る丘の頂上に、アリシアの先導のもとたどり着いた。
「牧草地か・・。」
「そうです。イグニアス王国には、少ないんですよ、こういった牧草地は。」
イグニアス王国の土壌は、良くも悪くも豊かだ。さらに、ベルディア公国との国交が盛んになるにしたがって、大規模な牧草地は減少していった。牛や羊を育てるよりも、植物を育てた方が、生産性も収入も多くなるのが大きな理由の一つだ。故に、王都バルムントの近くにこういった牧草地は無く、かなり離れた郊外に行かなくては、こうした風景には出会えない。
「私、こういった広いところが好きなんです。小さな自分を再確認できる気がして・・・。」
アリシアには、必ずいくつかの呪縛が付きまとう。それは、イグニアス王国の王女として。女王メリンダの妹として。自警団の団長として。宝剣を継承した剣士として。最強の騎士サイラスを従者とするものとして。・・
別段、嫌いな肩書があるわけでは無い。自ら望んでその称号を望んだものもある。しかし、それでも、そう言ったプレッシャーを感じない日は無い。だからこそ、こういった、「小さな自分」を感じられる空間が好きなのかもしれない。
「確かにいいな。ここで寝たら気持ちよさそうだ。」
「ふふ。また、記憶を失いますよ。」
「はは。かもな。」
そう言いながら、アレクは丘の上に腰を落とし寝そべる。アリシアもアレクの横に腰を下ろす。二人以外にこの丘で足を止める人はおらず、ごくわずかな人たちが、丘を通り過ぎていく。
「でも、大丈夫だ。」
「?。どういうことですか?」
アレクは目を閉じながら、空を見上げそう呟く。その表情は、穏やかなもので戦闘のときに見せるような緊迫感や大人っぽさは感じられない。
そして、微笑を浮かべると、
「今、記憶を失っても、アリシアがいる。もう、一人じゃないから大丈夫だ。」
「・・・///。」
隣に座ったアリシアは、プイッと、アレクの方から顔をそむける。
本当にこの人は、よくこんな恥ずかしいことを平然と言えるのだろうか。




