英雄 サイラス
道中、大きな事件もなく平和に進み続けたアレク達の一行は、二日目の昼前には件の砦が見えるところまで来ていた。ここでアリシアと合流し、最強の騎士。サイアス・フェル・ルイーズと対面のときだ。
「・・・それにしても、寒すぎるだろ!!」
「仕方ないよ。だって今イグニアス王国で、一番北に来てるんだから。そりゃ寒いよ。」
いくら何でもとアレクは思う。何せアレクが倒れていた草原とこの砦まで直線距離で五日もあればついてしまう計算だ。草原は、あんなにも暖かかったのに、この場所がここまで寒い理由が分からない。
「まあ。砦の中は暖かいし早く行きましょう。」
その後、数時間もしないうちに砦に着くことが出来た。順調にアリシアたちが進んでいたとすれば、一日村で過ごしたことを考えて・・・
「・・・もう出発してるんじゃないか・・・」
アレクの推論に数人はたどりついたようで、一同の空気が一瞬にして固まる。
あぁ、まだ歩かないといけないのか・・・。
その時、伝令を伝えてくれた何も悪くもない兵士を睨みつけてしまったことを、アレクはいつか詫びたい。だが、こちらに気持ちも酌んでほしいものだった。
「お疲れ様。みんな・・・ってどうしたの。」
「あはは。ちょっとね・・・アリシア悪い。ちょっと休んでいいか?」
満身創痍。特に大きな傷はないもののようやく、アリシアに追いついた自警団の一行の顔はその言葉で表すのが妥当だった。結局、村であったこと、新しい仲間が増えたことをアリシアとセバスそして、何の感動もなく会うことになってしまった、金髪イケメンのサイラス・フェル・ルイーズに話したのは、その日の夕食前のことだった。
ベルディア公国側の国境砦。特に仰々しい名前のついていない砦に自警団の面々は、今回イグニアス王国からの大使として召喚された。
出発前のミーティングでアリシアの念願だった、ベルディア公国との同盟締結のためにここまで来たのだが、どうやら道のりは、まだまだ長いことに、自警団のメンバーだけの夕食の席でアレクは聞かされた。
「じゃあ、その同盟締結のためには、オレらの実力を見せないといけないってことか?」
「そうなります。何せこの国の王の別称は、武王。それ相応の力がないと信用も勝ち取れないんです。」
アリシアの説明を聞きつつもアレクの視線は自然と、上座に座っているアリシアの左斜め前。アレクの体面に座っている男の方に向かってしまう。
綺麗にセットされた金髪。整っていると思っていた自警団の面々(男性はセバスとダンケル、フェルヴィオだけだが)、の中にいても輝きを失わない容姿。純白の服装が似合うイケメン。最強の騎士、サイアス・フェル・ルイーズ。別名、無敗、無敵、無傷の騎士。
イグニアス王国に伝わる聖槍グングニルを継承し、数々の逸話を残すことになるであろう、この時代の英雄だ。聞いた話なのだが、サイアスの装備している純白の鎧は一度も傷ついたことは無いらしい。
「そんなにも熱視線を送られると照れるのですが・・・・アレク殿。」
アレクの視線に気づいたサイアスが、本当に照れたように頬を人差し指でかく。はにかんだその表情も性別を超えて魅了する力を持っている。
「いや、特に何があるって訳じゃないんだけど・・・って、オレの名前知ってるのか?」
「ええ。アリシア様から聞いていますよ。あの大英雄に匹敵するほどの剣士だとか。」
うん。いつかオレの噂は何とかしないとならないな。特に、アリシア、リズベル、フィルビア辺りにはもっときつく言わないと、オレの命が危うい。
と、アレクは決意を固める。オレはそんな優れていない。と。
「いや・・・それにはかなりの補正があるぞ?実際は、そんなに強くない。」
「そうなのですか?ですが、アリシア様と同格の実力はあるのでしょう?ルシアに実力の半分で快勝したのでしょう?」
「それは明らかに間違っている!オレはルシアに負けたからな。」
「そうですか・・そういうことにしましょう。」
ふふふ。と、笑うサイラスのその輝かしい微笑みが、なぜかアレクは好きになれない。これといった理由が思いつくわけではないのだが、ただ何となく気に食わない。
「まあ。それは戦闘のときにでも、模擬戦でもして確かめてください。それよりも、今後の予定を話したいのですが、よろしいですか。」
「お願いします。セバス。」
「はい。アリシア様。」
そういうと今後の予定、正確には武王と呼ばれる、ベルディア公国の公王からのお使いの内容を簡単に話し出す。
それを要約すると、ここから西に広がる大森林で正体不明の魔獣の捕縛もしくは討伐とのことだ。そんなの自国でなんとかすべきだと思うが、丁度いい実力の判断材料なのだろう。
「でも、聞いた話じゃ、サイラスさんは、竜や古の神も倒したんだろ?楽勝じゃないか?」
「正確にはどちらも辛くも撃退が正しいのですが・・・まぁいいです。ですが今回は、アリシア様の宝剣エビロン。私のグングニルも使用しません。ですので、普通の槍を使用することになります。」
アリシア、そして、サイラスが最強の名前を冠しているのは本人の実力もあるのだが、一番は神の御業と呼ばれる、彼らの装備品の影響が強い。選ばれたものにしか使えない反面、使用者は人外の強さを得る。しかし、その代償は大きく、使用するたびに新たな厄災を生んでしまう宿命のようなものも持っており、現状は使用を控えている。
「なるほどな。それでも十分に強いんだろ?」
「まぁ、自分で言うのもなんですが、そこそこには強いですよ。しかし、今回問題なのは、その森の広さです。大森林という名前がふさわしく、かなり広大な敷地を誇っていますので、その中から一帯の魔獣を探すとなると・・・。」
「確かに・・・ピリア。なにかないか?」
「全く知らない獣を見つけるのは難しいのー。それが魔獣ならなおさらなのー。」
「そうか・・・。」
いい案が浮かばない。しかし、そんな広大な森を人海戦術で散策するのも現実的ではない。ピリアの呪術でも妙案は浮かばない。他に、正確に魔獣の位置をつかむ方法がないか、いつの間にか片付いたテーブルに肘を付けて、アレクは真剣に悩む。
「その魔獣って、どんな奴なんだべか?」
「ちょっとセベ。口の利き方!」
「いいですよ。シャノンさん。同じ自警団の仲間じゃないですか。魔獣の特徴は聞いていません。というよりは新種のようで、情報がないというのが正しいですね。」
情報のない新種の魔獣。その魔獣にサイアス以外には心当たりがある。この短い間に二度も遭遇することになった新種の魔獣。魔法陣の近くで死にかけの状態で発見し、セベの村に現れ、アレク達で討伐し、そして、イグニアス王国に縁ある人間をその場に残し消滅する魔獣。
サイアス以外全員が、その魔獣を想像したとき、ドアが開き、一人の女性が入ってくる。
「失礼いたします。王より新たな魔獣に関する情報が入り、至急お伝えに参りました。」
その女性は、この砦の防衛隊長を務めている女性で、城内であるにも関わらず、金属製のフル装備で体を固めていた。
「ご苦労様です。それで?」
「ハッ。魔獣の外見は未だ不明なのですが、どうやら一か所にとどまることなく移動し続けているようです。また、」
そこで兵士の女性は口を止め、その麓美な顔をゆがめる。
「我が国の討伐隊。二十名の消息は完全に途絶えたとの報告も上がってきています。」
二十人の討伐隊の失踪。数だけで見るなら、サイアスやアリシアはその二十人の戦力を圧倒し、自警団全体で考えても戦力差は歴然だろう。しかし、魔獣狩りのプロが、情報も何も残せないほどあっさりやられてしまうということは、今回追っている魔獣は相当の強さを持っているということになる。
「・・・ありがとうございます。その無念必ず晴らします。」
「お願いします。・・・なお、方角的には、イグニアス王国方面に向かっているとの情報も入っております。」
それだけ言い残し、女性の兵士は部屋を出ていく。正体不明の魔獣はまっすぐに大森林を止まることなくイグニアス王国方面へ向かっているという情報を残して。
「どうしますか?不休で進んでいるのだとすれば、追いつくのは困難かもしれませんよ?」
「そうですね・・・。」
どうやって件の魔獣に追いつくことが出来るか。それについて全員が悩んでいる中、アレクだけは、別のことで頭を悩ませていた。
まだ憶測の段階から出ることは無いが、件の魔獣は恐らく、黒い魔獣。ここ数日のおうちに二度も遭遇し、ことごとくに戦闘の痕跡を残している魔獣。広く知れ渡った魔獣であるならアレク以外の気にも止まらないだろうが、しかしこのベルディア公国の魔獣の情報もここ数日のうちに持ち上がった直近の問題。
村の一件もそうであったように、今まで見たこともない魔獣に襲われている。
そして、森の中で見た魔法陣のことも、あの魔獣の死骸も、まるで
「オレが関係しているのかもしれない・・・。」
隣に座っているフィルビアのみにその声は届く。フィルビアは何も言うことは無いが、表情は少し硬直する。実際にあの魔獣と対峙したものには分かる。あれの強さが、そして、最強の自警団に入ることで、平和すぎるイグニアス王国の中で久しく感じることのなかった死の恐怖というものをあの魔獣は感じさせるに足る存在であることを。
「サイラスが先行するのが一番じゃない?」
消極的に右手を挙げてダンケルが発言する。
この中で確かな実力を持ち、なおかつ馬の操縦にも長け、唯一後ろから追って間に合うかもしれないのは、サイアスだけだ。もちろん、フィルビアのペガサスやセバスも十分に早いのだが、サイアスには、さらに神様的な存在からの加護がかかっているらしい。
「アリシア様。その方向でよろしいでしょうか?」
「・・・そうですね。アレクさん何か妙案はありませんか?」
「?悪い。思いつかない。サイアスさんの強さを信じるならその作戦もありかもしれないな。」
「わかりました。では、サイアスは先行してその魔獣の足止めを。我々は、その後を追行しましょう。サイアス。余裕があればこちらへの誘導を。」
サイアスはアリシアからの命令を受けると、椅子から立ち上がりその場に膝をつく。
「はっ。御意。」
「・・・それ、止めてはくれないのよね。」
「ええ。アリシア様は我が君主ですから。」
アリシアのあまり見せることのない不満そうな顔は、頭を付しているサイアスには見えない。
大体の魔獣討伐の方向性が決まった。
正体不明の魔獣をサイアスが単騎で追走。追いついた後、転進してこちらに引き付ける。逃げきれないと判断した場合には、馬を放し単騎で戦闘を行う。
アリシアたちは、サイアスの後を後進。魔獣を連れてきてもらうのを待ちつつ、被害状況の記録。もし、サイラスの馬のみが戻ってきた場合は、セバスとフィルビアが先行し急行する手はずになっている。
「では、先に行ってお待ちしています。」
「・・サイアスさん気を付けてね。」
「?。ありがと。リズベル。でも今回は、直接戦闘はしない予定だし、僕もアレクさんの実力を見たいから、何とか連れて帰って来るよ。」
「・・・うん。」
再び夜明け前の出発。
魔獣が今まで通り何の目的もなく進んでいるだけなのであれば、翌日出発予定だったのだが、イグニアス王国方面へと真っ直ぐ進んでいることは、偶然であったとしても二もがせる問題ではない。
出発前の簡易的なミーティングを終え、自警団の面々は、砦の城門を出て、その魔獣が出現したと言われている森に来ていた。戦闘は案内役のベルディア公国の人間で、周囲を警戒しながら、その魔獣が木々を薙倒しながら進んでいる道へと急ぐ。
自警団のメンバーも各々戦闘する服装で来ているため、カチャカチャと静寂が支配する夜の森に金属か当たる音が広がる。
サイアスも先程の純白の服から、戦闘用のこれまた純白の鎧に着替えて愛馬を牽いている。その鎧は、一切の傷もなく、また、修繕の痕も見つけられない。すごい腕のいい鍛冶屋がいるのではなく、その純白の鎧を貰ったその日から一度も傷がついたことがないのだ。故に最強。故に、無傷の騎士なのだ。
「スフィアじゃないけど、どの位強いのか気になるな・・・。」
「戦ってみる?恐ろしく強いよ?」
隣を歩いているダンケルがアレクの呟きにこたえてくれる。
槍の腕前は、聖槍グングニルを持たなくても人外の領域で、剣やその他の武具も、先ほど言った神様的な加護の力で達人以上の実力。また、偶然で投擲物は当たることは無く、全ての奇襲に気付くことができるなど上げ入れないほどの戦闘に関する加護を有している。(先頭に関係ない加護もいくつも受けているが)。
しかし、そんなサイアスも初めから最強であったわけではない。齢6歳で王家の物であるはずの聖槍を継承してしまったときは、貴族内でも家族からもかなりの批難の目にあっていたらしい。
『王家でない者が』『恥知らずの若造が』『王家の恩を仇で返しおって』などといった。
しかし、そんなサイアスをそれまでと同じように、寧ろ彼の両親以上に愛情を注いだのは、今は無きアリシアの両親であり。アリシア達王家の人間であった。
とある事件がきっかけにサイアス自身も実力で聖槍に選ばれたい。と、願うようになり。今では、誰もが認める聖槍の使い手で。イグニアス王国の英雄にまでなっている。
その時の感謝からサイアスは、乳兄弟であるアリシアに対して、常に忠義の姿勢を崩さないのである。
「ここです。」
そんな会話をしていると、魔獣が通ったと思われる場所に到着する。
幅、三メートル。あの黒い魔獣が通るには十分な広さで、木々が薙倒された道が続いている。先に見えるわけもなく、その道は、真っ直ぐイグニアス王国の方向へと。
「では、皆さん行って参ります。」
「御武運を。」
セバスに見送りの言葉を貰うと一度会釈をしてサイアスは愛馬に跨り走り出す。木々が乱雑に薙倒されているにも関わらず、サイラスの加護の影響で、その白馬はまるで草原を駆けるがごとくその背中は小さくなっていく。
「それでは、私達も行きましょうか。」
アリシアを先頭に自警団も歩みを進める。アレクは再びサイラスの受けている加護に感心する。彼は本当に選ばれた英雄なのだと。
アリシア達一行は、行く手を阻む大木たちの間をなんと何とか通りながら進んでいく。
その進行も数時間もしないうちに変化が現れる。
行く道から馬の蹄の音が響くのが聞こえてくる。土の上で走っているのにもかかわらず、聞こえてくるのは、かなり近くまで接近してきているのだろう。アリシア達は一度進行を止め、フィルビアが状況を確認するためにペガサスに跨り空に上がる。
そこには、白馬に跨ったサイアスがこちらに向けて疾走する姿と、砂埃を巻き上げながらこちらに接近してくる何かが見て取れた。
「アリシア。サイアスが戻って来たよ。多分、魔獣を連れて。」
「了解です。皆さん、戦闘準備を。アレクさん何か策はありますか?」
「ピリア。あの藁人形はもう使えないか?」
「難しいのー。人形自体があればすぐにできるけど、それを作るのに下準備が必要なのー。だから、今回の戦闘には一個がやっとなのー。」
「分かった。じゃあ、取り合えず取っておこう。スフィア、ダンケル。前衛をリズとピリア、フィルは、後方でシャノンとセベを守ってくれ。セバスさんとアリシアは中衛でカバーを頼む。」
アレクの指示に全員が反応し、陣形を作る。そこに馬で駆けて来たサイラスが合流する。
「アリシア様。どうやら、今回の魔獣は、アリシア様達が想像していたものたは少し違うようです。」
白馬をシャノンに預けたサイラスがアリシアに確認したすべてを報告する。
「今回の魔獣は、ヒト型。数は10体ほどです。武器を持っている様子はありませんので、基本戦闘は、発達した両腕での切り裂きだと推測します。遭遇した時からすでにこちらに進路を向けていたようです。」
「わかりました。アレクさん。」
「ああ。サイラス。お前も前衛に加わってくれ。」
「・・・・。」
アレクの声にサイラスは反応しない。いや、これが当然の反応なのかもしれない。アリシアや自警団のメンバーからアレクの人となりは聞いているものの、サイラスが忠誠を誓っているのは、イグニアス王家の人間であり、アリシアにだ。それを今回初めて会ったアレクに命令される筋はないだろう。
「サイラス。お願いします。」
「御意。」
アリシアの言葉に反応してサイラスはようやくアレクとスフィア、ダンケルの構える前衛集団に加わる。
視界と足場はあまりよろしくない。その魔獣たちが切り開いた道は、サイラスがかけているほど平坦ではない。乱雑に気は薙倒れているため上手な連携も難しい。
自警団が構えた数秒後。多くの足跡が辺りに響き渡る。木で視界が悪くその姿の全てを捉えることは出来ない。
「クソッ。木が邪魔だな。」
アレクがそう毒を吐くと、サイアスが「そうか。」と、槍を大きく振りかぶる。その槍を振り下ろし、目の前の一つの倒木を殴打する。すると、何キロあるかも分からない倒木は、勢いよく飛び、周囲の倒木に当たりながらアレク達の視界から消えていく。そして、その飛んでいった倒木に当たった倒木も位置がずれ、その魔獣たちとの間からなくなる。
「これで視界は良好か?」
「・・・ああ。ありがとう。」
本当に、サイアス一人で十分じゃないか。と、アレクは強く思う。こんな木を何処にでもある普通の槍でふっ飛ばせるなら、目の前の魔獣たちだって瞬殺できるに違いない。目の前で起きた常軌を逸した出来事にアレクはあっけに取られる。が、
「いや、礼には及ばない。何せ今の一撃でこの通り槍はお釈迦になってしまった。グングニル気分で使うのは、やはりまずいな。」
その同姓すらも魅了してしまいそうなはにかみも今のアレクには通用しない。なぜだろう、アレクの期待はことごとく裏切られ続けている気がするのは・・・。
「・・・分かったよ。セベあたりが予備の槍を持っているだろうから借りてきてくれ。」
「分かった。すまないな。」
そう言って最後方にいるセベのもとまで後退していくサイラスを失った前衛のもとにサイラスが、道を開いたことで走りやすくなった魔獣たちが到着する。
「クソッ。絶対一発殴ってやる。」
「ははっ。避けられないと良いな。」
「軽口叩いてる暇ないよ。来るって!」
ダンケルに注意を受け、アレクとスフィアも気合を入れ直す。
魔獣たちが、砂埃を巻き上げていたのは、とてつもなく速いわけでは無く、サイラスの報告通り、その数と走りにくさが作り上げていたものだった。
ほぼ人間と変わらない体格の魔獣なのだが、その両手は異常なまでに発達し、180センチくらいの身長なのだが、その両腕は地面をこする形で走ってきている。先端は、三つに分かれた鉤爪を持っていて、それは、鋭利な刃物のように嫌な輝きを持っていた。
当然如くそんな体格では、重心は人間と同じようにはいかない。走るのも難しそうな魔獣は、先頭を走る数体以外は、四足歩行に近い走り方で追走しているのが見える。
間近に迫ってくるのは、二足歩行をしている四体。
他の四つ足で走っている魔獣達は、森の中に散開してゆく。アレクは大声で中衛のアリシア、セバス、後ろに戻ったサイラスにそのことを告げると、スフィアとダンケルと共に近づいてくる魔獣を迎え撃つ。
盾と片手直剣、一番の重装備のダンケルの後ろにスフィア、アレクが構える。戦闘の二体が、ダルケルに飛び掛かりその長い両腕を振り下ろす。リーチはおよそ160センチ。ダンケルの剣は届かない。が、
「ふんっ。」
両手に持った盾と片手直剣を器用に使いその細い体のどこにそんな力があるのかと思わせるくらい容易く、ダンケルは二体の魔獣の鉤爪を受け止める。
「スフィア!」
「任せな!」
まさに阿吽。ダンケルが二人同時に動きを止めた瞬間を逃すことなく、アレクの隣にいたはずのスフィアがその二体の魔獣に対して飛び掛かる。
スフィアが持っているのは、両手で持たなければこちらが振り回されてしまいそうなほど大きな斧。普段の服装とあまり変わらない、オナカのあたりが出たタンクトップの服に、革製の軽装備を着ている。
スフィアは、その両手斧を振り降ろすと、二体の魔獣の腕を簡単に切断して見せる。切断された断面からは、腐ったような嫌な臭いを持った赤黒い液体が、吹き出す。しかし、片腕を切断されたのにも関わらず、二体の魔獣は全く痛みを感じていないのか、そのまま、残ったもう一方の鉤爪でダンケルに迫る。
「やらせるかよ!」
すかさずアレクもその中に入っていく。
「≪ファイヤ≫!」
一方の腕には魔法をもう一方の腕には曲剣で切り落とす。
「ぐもぉぉ・・」
「ぐげぁ!」
ダンケルから見て魔法を食らった左側の魔獣は、力尽きたように倒れ、両腕を切断された魔獣は、嫌な臭いのする液体を流しながら、数歩後退する。その穴を埋める形で後ろいた魔獣の一体が突きを繰り出すように鉤爪で着地したばかりのスフィアに殴り掛かる。
だが、着地したばかりのスフィアは、その拳を斧の使って受け止める。そこにダンケルの片手直剣の一撃が刺さる。
「ぐがぁっ。」
人間のような声とは少し違った色の声を放ち、魔獣の体は上半身と下半身に分裂する。その中から出てきたのは、内臓ではなく、先程と同じ大量の腐った嫌な臭いを放つ赤黒い液体だった。
最後に残ったまだ完璧な状態の魔獣も、考えるということをしないのか、ただ単純に鉤爪のついた腕を振り降ろす。
その腕は、まるで鞭のような形状でアレクに迫る。中に骨のようなものは存在していないのか、しなやかに迫る腕をアレクは、曲剣で受け止める。その腕は、見た目以上の重さを持っていることにアレクは驚く。恐らく、その腕の中には、あの赤黒い液体が詰まっているから、見た目以上の重量を持っているのだろう。
アレクは、魔獣の腕を受け止めた後、瞬時にカウンターに入り、魔獣の胴体を切断する。
最後位に残った両腕のない魔獣も、噛みつくように頭を突き出したところをスフィアの斧によって頭部を落とす。
四体の魔獣は、アレク、スフィア、ダンケルの前にいとも簡単に倒されてしまう。
「臭いな。こいつら・・・。」
スフィアが言ったように、鼻を抑えずにはいられないほど、ひどい匂いが辺りに充満する。卵が腐った匂いとは少し違う、腐った血の匂い。魔獣の体の中に入っていたのは紛れもなく血。それも、本来生きている生物に流れているような鮮血ではなく、何日か放置したような腐敗臭漂う血。
アレク達は何とか嘔吐はしなかったものの、胃の中の物を全部出してしまいたい気分になる。
一方、後方の部隊とアリシア達中衛部隊にも森の中を通って来た魔獣迫るが、アレク達三人でも簡単に倒せたようにセバスとアリシアは、一振り一殺といった手際の良さで、魔獣を屠る。
数十体で迫っていた魔獣との戦闘は、ものの数分で片が付く。
「ひどい匂いですね・・・何の匂いでしょうか?」
「魔獣の血の匂い・・・か?ちなみにこんな魔獣はイグニアス王国には出るのか?」
「いえ。初めて見る魔獣です。」
魔術実験の失敗末に生まれてくる魔獣は全くの同種が生まれることの方が珍しい。であるならば、今回のように何体もの同じ形状の魔獣が出現したということは、これが成功体である可能性は非常に高い。それなら何が目的で一体この魔獣を放ったのか。そして、人間に似た形状のわけは・・・。
「アレクといると初めてが一杯なのー。」
ピリアの言葉に一番嫌な感情を覚えたのはセバスだった。アレクという少年との出会い。正体不明の死体。未確認の魔獣たち。新たな仲間も踏まえて、アレクは自警団にとって大きな起点となる存在。いい意味でも。そして、悪い意味でも。
「これが件の魔獣であれば、目的は達成したのでしょうか?」
その時。腕の長い魔獣たちが走ってきた方角から轟音が轟く。寝静まっていた鳥たちが起き、獣たちの鳴き声もこだまする。
「どうやら問題の魔獣は、こいつらではないようですね。」
セベから槍を借り、そのまま後方のリズベルたちを守っていたサイアスが前に来る。その音から察するにこの道を作り、今の魔獣たちがこちらに走ってきた原因は、その轟音を出している魔獣であることは想像に難くない。そして、
森を切り開き迫って来たのは、先程の魔獣と同じ腕を持った魔獣。しかし、
「なんだありゃ・・・」
決定的に違うのは体の構造とサイズだ。先程の魔獣は人間のような形状をしていたのに対して、今回の魔獣はイノシシのような牙に、鳥のような羽毛、先程の魔獣の鉤爪のついた長い両腕とイヌ科の足で歩いて来る。ポッコリ膨らんだお腹を出し、二足歩行に近い四足歩行でこちらに進んでくる。全長は約5メートル。大きさも見た目も紛れもない怪物だ。
「では、今回は私の実力をアレクさんに見せることにしましょう。」




