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黒き死の形

 「セベ!」


 聞き覚えのある声。幼い頃から聞いている声。年齢よりも少し大人の印象を与える少女の声。今一番聞きたくなくて、最後に聞いておきたかった声。

 声の方向。村長の家と村の出口に向かうY字路の村長の家の方の道に見覚えのある少女がこちらに走ってくるのが見える。

 なんでこんな事になるのだろう。ただ平和に暮らしたかっただけなのに野盗の襲撃にあい。ただ、必死に生きたかっただけなのに「死」と遭遇し。ただ生きていてほしかっただけなのに彼女は来てしまった。


 「・・・最悪だべ・・・。」


セベの足が力を失ってもつれてしまう。その場にこけそうになったセベを野盗が支えることで、何とかこけずに済む。もう終わりだ。シャノンが死んでしまったら何の意味もない。諦めかけたセベの耳に声が届く。


 「≪ファイヤ≫!」


 状況を一変してくれるわけではない。人間のたった一つの魔法で死ぬほどあの「死」は、やわではないだろう。しかし、セベにはその声が、その炎が、その人が英雄に見えたのは言うまでもないだろう。







 「≪ファイヤ≫!」


 効くとは思えない。魔法は偉大な力だ。自然現象を捻じ曲げ、人間には抗うことのできない力を起こすことが出来る。しかし、それは一部の特別な魔導士が起こす奇跡で、アレクの魔法はそこまでの力は持っていない。

 だが、無駄ではないはずだ。逃げるだけの村人の助けにはなるはずだ。助けを求めてきてくれた少女の少しの救いになるはずだ。

 少年が野盗を三人引連れてアレク達のもとに走ってくる。状況はうまく呑み込みにくかったが、後ろにいた黒い怪物のおかげで、アレクにも彼らが一緒に走っている理由はよくわかった。


 「なんで来たんだべ!」

 「セベだけじゃ心配だったからに決まってるでしょ!」


 二人は、感動の再会を果たした直後に言い合いを始めている。野盗達も膝に手をついて息を切らしている。以外にもあの化け物にアレクの魔法が聞いたのか、黒い化け物も動きが止まっている。


 「やっぱり居るじゃないか、あの怪物。」

 「えー。わたし見た事ないのに―。」


 アレクは知っている。あの怪物は、あの森で息絶えていた黒い塊と同じものであることを。そして、アレクの背中に走る死の予感。あの化け物は今までの野盗達のように簡単に勝てる相手では無いということを否応なしにアレクに伝えてくる。


 「みんな、気を引き締めてくれ。あれは強いぞ。」

 「知ってるのか!?」

 「いや、知らない。ただ、憶えてる。オレはあれと戦ったことがある。そして、かなり強いぞ。」


 思い出したわけではない。アレクにとってあの怪物と戦うのは初めてだ。戦い方も分からないし。弱点も分からない。ただ、アレクの体はアレクの意思や記憶とは関係なく反応する。「死」が隣にいることを。


 「勝算はあるのか!?」


 息を整えた野盗が話しかけてくる。実際に戦ったのか野盗の顔には絶望の色しか見ることが出来ない。


 「確証はない。でも、戦わないと全員死ね。」

 「オレは御免だぞ!戦いたくもねぇ!」


 一番息を切らしていた何も持っていない野盗が叫ぶ。この男は、この中でも一番恐怖に飲まれているようで、戦う意思も恐らくもう逃げる勇気も残っていないだろう。


 「別にいいさ。リズ。浄化術の用意をしてくれ。あの時の反応は偶然じゃなかったかもしれない。」

 「分かった。」


 あの時。森でリズベルが浄化術をかけたとき、死にかけていた黒い塊は動きを止めた。偶然、死ぬ瞬間にリズベルが浄化術をかけたのではなく、浄化術によって黒い塊は死体に戻ったのだとしたら、生きている状態でも十分に有効かもしれない。

 もちろんこれは、アレクの推測に過ぎない。しかし、自警団のメンバーは誰一人として異を唱える者はいない。


 「僕が前衛を務めるよ。何とか一発は耐えるから、みんな頼むよ。」


 この中では一番硬度の高そうな金属製モスグリーンの鎧に身を包んだダンケルが前に出る。その鎧と同色の盾を左手に、片手直剣を右手に持った剣士。アレクよりも大きい背中はとても頼りになる。


 「任せた。スフィア。お前たちもいくぞ。」

 「ああ。ダンケル無理すんなよ。」

 「分かったよ、死なない程度にやってやるさ。」


 野盗達にも当然協力してもらう。この場で使える駒はすべて使う。アレクだけでなく全員が、目の前にいる怪物のヤバさ伝わっているようで、スフィアの額には冷や汗もある。


 ごブシャァァァァぁ!!


 明らかに言葉ではない奇声を黒い怪物は発する。口はもともとなかったのか、体の一部分が裂けるように別れそこから音を発しているようだ。

 奇声を上げた黒い怪物は再び突進を開始する。速度は人間並み。しかし、圧倒的質量を感じさせる怪物の突進は今までに感じたことのない恐怖を伝えてくる。


 「行くぞ!」


 アレクの声と共に野盗を含めた全員が走り出す。


 「主よ。この者に罪があるというのなら私が償います。せめて死にゆくかの者を主の前へ等しくお導き下さい。」


 リズベルも浄化のための詠唱を始める。距離はおよそ4メートルに迫るとダンケルは防御のための姿勢を取る。まともに食らってしまえば質量の違いで押しつぶされてしまいそうだが、ダンケルは怪物の突進に対して正対する。


 「ふぐッ。」


 真正面からダンケルは、黒い怪物の突進を受け止める。数センチ押し返されるが、それだけで怪物の突進を完全に止めてしまった。

 すかさずアレク、スフィア、野盗の二人は攻撃を加える。


 「ハアァ!」

 「ハッ。」

 「そらッ。」


 両前足。胴体。顔面の四か所に斧、剣、曲剣、斧の一撃が刺さる。だが、


 「なッ?」


 胴体を攻撃したアレク、野盗の一撃は命中したにも関わらず、全く手応えを得ることが出来なかった。

 一方、スフィアともう一人の野盗は前足を攻撃し、見事に切断して見せた。そして、


「無情の理へと導かん。≪セイクリット・ピュリフィケーション≫!」


 リズベルの浄化術が黒い怪物の体を包む。

 表情と呼べるものがないため、効き目のほどはいまいちわからないが、化け物は再び行動を止め、体のあちこちは沸騰したような気泡を作り煙が上がる。

 動かなくなっている間にアレク達は距離を取るために大きく後方に移動する。敵の実力が分からないうちは、射程範囲にいるのは得策ではない。


 「大丈夫か!?ダンケル!?」

 「なんとかね。思っているよりあいつ軽いよ。」

 「さすがは、双璧の一角ね。」


 ダンケルが言っていることが本当だとしたら、黒い怪物は見た目以上に質量がないのかもしれない。また、動きを止めていること、体の煙、状態から察するにリズベルの浄化術は確実に効き目があるのだろう。だが、切り取ったはずの前足は、再び生え始めている。


 「リズ!効いてるぞ。次も頼む。」

 「うん。」


 後方でセベとシャノンの側にいるリズベルに指示を出す。


 「胴体に手応えはなった。他はどうだ?」

 「顔もねぇ。」

 「足は切断した感触があったぞ。」

 「同じく。」


 全員が同じ目的に向いているときは、なんとも心強いのだろうか。先程まで敵だったはずの野盗達ともしっかり連携が取れていることにダンケルは密かに感心する。


 「オレの魔法で止める。全員で足を狙うぞ。」

 「「おう。」」


 動きが止まっている今が好機。と、捉えた全員は再び走り出す。すでに5メートルに満たない距離だったため、化け物が動きだしたと同時にアレクの魔法が放たれる。


 「≪ファイヤ≫!」


 今までで一番凝縮した火球が矢よりも早く黒い怪物の顔面に突き刺さる。しかし、爆散した火球は、黒い怪物の表面を少し焼く程度の威力しかもっていなかったようで、完全に止めることは出来なかった。


 「チッ。」


 舌打ちをするも、もう止めることは出来ない。勢いそのままアレク達は、少し減速した黒い怪物の全ての足をめがけて切りかかる。


 「ハァッ。」

 「ハッ。」

 「フンッ。」


 何とか全員の攻撃は化け物の全ての足を捉えることに成功する。しかし、


 「かの者の罪をお許しください。天界の光、・・・」


 先程よりも距離が近かったためリズベルの詠唱はまだ終了していなかった。

 そして、アレクは黒い怪物に起きたの変化を捉える。切り取った足のあたり。ブクブク、と、動き始める。


 「全員距離を!」


 アレクは、指示と同時に一番近くにいた野盗を掴む。


 「≪ファイヤ≫!」


 魔法の爆散と掴んだ野盗と回ることによる遠心力で大きくアレクは距離を取る。

 ダンケルとスフィアもそういった協力技を持っていたのか、アレクとほぼ同じくらいの5メートルくらい距離を取ることに成功している。だが、一人。後ろに飛び去っただけで、2メートルも離れることのできなかった野盗が、刹那、アレクの視界から消えさる。


 ズガッン!!


 周りに数軒あった家が崩れる。黒い塊から六本ほど何かが伸びているのが分かる。四方八方という訳ではなく、足が生えるであろう方向に六本。

 その延長線上にいた野盗と家を粉砕し、六本の新しい足は、今までと同じ長さに戻り、地面から怪物の胴体を離す。


 「な、なんだありゃ。」


 全員が驚くよりも早く、


 「≪セイクリット・ピュリフィケーション≫!」


 リズベルの祈禱術による浄化の光が化け物を包む。

 魔法二発に浄化術が二回。それに、足も全て切断されたからか、今回の浄化術に対しては、体を割いた口を作り分かりやすい悲鳴を上げる。


 「次はもっと強力なのを打つからもう少し時間を稼いで。」


 後方からのリズベルの注文にアレク達は無言で了承する。

 今までもhit and away でなんとかやって来た。それも今回は一人犠牲を出してしまった。さらに相手の手数は増え、アレク達以上に自身の危機は感じていることだろう。これまで以上に時間を稼ぐのは、かなり無茶な注文といえる。


 「アレク!大丈夫か!?」


 その時、上空から声が聞こえてくる。そして、不思議と体が軽くなる感覚と恐怖心が一気になくなったのが分かる。声のもとに目線を向けてみるとそこにはペガサスに跨ったフィルビアがいた。


 「フィル。村の人たちは大丈夫なのか?」

 「ああ。何とか村の外にある隠れ家まで逃げきれた。ここからは私たちも加勢する。と、言いたいが、なんだ?あの化け物は?」


 アレク達と同じくらいの高さにまで下降してきたフィルビアは黒い怪物を見るなり、背中にいやな汗をかく。見るからにおぞましい化け物。多分、一人で遭遇していたら平常心を保っていられたかどうかも分からない。


 「分からん。けど強いぞ。一撃で死ぬかもしれない。」

 「なら私たちは二発か・・・。」


 フィルビアの発言でアレクはピリアの加護(?)があったことを思い出す。体の重みが消えたのも、恐怖心が和らいだのもフィルビアが来てくれた以上に、後方にいるであろうピリアが何かしてくれたのだろう。


 「サンキュー、フィル。ピリア。おかげでなんとかなりそうだ。」

 「?。そりゃどうも。で、作戦は?」


 フィルビアを含め全員の視線がアレクに集まる。これが最後の一手。リズベルが浄化術を決めるか、黒い怪物の前に倒れるか二つに一つだ。


 「突っ込む。何が起きても止まるな。何とかする。」


 全員が無言で頷く。なにも思いつかない以上は、アレクの策に乗るのが最良の選択だと自分に言い聞かせ。


 「来るのー!」


 珍しくピリアが大きな声を出す。同時に、化け物が六本の足を器用に使い、走り始める。今回は、人間の速度ではないが、ルシアの突進ほどの速度ではない。野盗以外のメンバーは動じることなく、化け物に対して走り出す。

 3メートル。

 そこまで迫った瞬間、化け物は今までにない攻撃をする。体を収縮させ、その分口のように避けた部分がスフィア目がけて突き出してくる。その速度は、ルシアの突きと同等の速度でスフィアに迫る。


 「スフィア!」


 ダルケルが叫ぶが、スフィアは止まらない。アレクを信じているのか、見切れなかったのか、諦めたのかは定かではないが、スフィアは残りの距離を詰めるために走り続ける。



「信じてくれて、ありがとな。」



 刹那、スフィアと黒い怪物の裂けめとの間にアレクの体が入る。ピリアを、自警団を信じた捨て身の防御。


 バッシッ


 と、いう音ともにピリアの懐にしまっていた藁人形がはじけ飛ぶ。そして、不思議なことに裂け目に食われたはずのアレクの体は、黒い怪物の体が元の形に戻るときに、なに一つ変わることなくあることが見て取れる。

 全員が失速することなく怪物の六本足全てを切断する。


 「かの者に天上のへの道を開き、苦なき世界へ導きたまへ。≪ホーリー・ピュリフィケイション!」


 今まで以上の光が怪物を包む。その光は、怪物の三メートル以上の体を布のように優しく包み込むと、出現時以上の光を放つ。リズベルの持つ最上級の浄化魔法。

 黒い怪物は動きを止める。今まですぐに再生していた足も再生しない。さらに、体のあちこちからは、沸騰したような気泡が生まれ始める。

 全員が脱力したようにその場に座り込む。リズベルは、顔面から倒れそうになったところをピリアに抱きとめられる。


 「ありがと、ピリア。」

 「お疲れ様なのー。みんな頑張ったの-。」


 アレク達もその場に座り込んで放心状態だ。フィルビアだけはまだ動けるようで、ペガサスから降りてリズベルのもとに歩み寄る。


 「お疲れ、みんな。」

 「ありがとな、アレク。助かったよ。」

 「いいさ。無傷で済んだしな。」


 互いを称賛し合い礼を言い合う。野盗の一人も仲間がやられているにも拘らず、いつの間にか自警団の仲間たちの輪に入っていた。

 緊迫した戦場は終わりを迎え、場が和み始めたその時、


 「きゃー!」


 一筋の悲鳴が辺りを包む。全員の視線がそこに集まっていく。



 そこには、倒れるフィルビアと斧を振り下ろす、戦わなかった野盗の姿があった。



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