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守りたいもの


 暗闇の中、夜目の利くアレクが先頭になって歩みを進める。村長からもらった簡易的な地図によれば、村まで行くのに大きな街道はなく、小さな小道と看板を頼りにするほかなかった。

 それでも三時間かかることなく目的の村へと続く最後の看板を発見し、一行の足はさらに早まる。

 アレクはここに来るまでに聞いた、全員の戦闘方法をおさらいする。

 まず、リズベル。一度、市街地での戦闘で目にすることもあったが、基本的には戦闘を行わない祈禱術師で、回復役のヒーラー。戦闘は、足止め程度の『ホーリーアロー』と光球を放つ『フラッシュ』とこちらも足止めが良いところの業だ。

 次に、ダンケルとスフィア。彼らは連携技が多く、ダンケルは剣士。スフィアは斧を主体に戦う。騎乗戦も得意いらしいが、今回は馬を連れてきていない。

 そして、ピリア。彼女もリズベルと同様で接近戦をあまり得意としていない。呪術師は対峙する相手を前もって弱らせることは得意で、戦う前に決着をつけるか、サポートが主体だ。

 最後にフィルビア。彼女は、槍術師であるが、それ以上に天馬騎士だ。羽に生えた馬に騎乗し、圧倒的なまでのリーチと機動力を有する。しかし、天馬に騎乗し、空と地上の三次元的な機動力を売りとするため、耐久性に欠点を持つ。軽量化を狙い金属製の装備も最小限、胸と両腕のみしか装備できていない。奇襲も正面戦闘でも優位であることには違いないのだが、壁役にはあまり向いていない。


 「(どうしたものか・・・)」


 アレクは前回の野盗戦を基に戦闘をシュミュレートする。アリシアとセバスの突破力と戦闘力は異常であることを想定しつつ出した答えは、


 「もし、戦闘が始まった場合は、部隊を二手に分けようと思う。その場合は、ダンケル、スフィア、リズベルの三人で行動してくれ。スフィアとピリアはオレと一緒に戦闘を行う。」

 「みんな一緒の方がいいんじゃないの?」

 「いや、もし村が襲われていたら間に合わないかもしれない。村人を守りつつ戦う人と、遊撃隊は分けた方がいい。」


 確かに、リズベルの言うと通り全員で固まっていた方が生存率は高い。しかし、その場合は、村人を救えない可能性も高くなる。

 村が襲われる前であれば、全員で防衛線をすることを伝えつつ、アレク達一行は歩みを進める。

その時、こちらに向かってくる人影を発見したアレクは全員の緊張を高めさせる。が、

その人影が一人であることを確認し、また、特に何も武器を持っていない村人であることが分かると、すぐに情報を聞くために走り寄る。


 血相を変えてアレク達のもとに走って来たのは、一人の少女だった。途中こけても走り続けたのか、膝からは血が流れている。息を切らしたその顔は、血の気がなくなりつつある。


 「大丈夫か!?リズ回復を!」


 アレクはいち早く駆け寄り、リズベルに回復魔法をかけるようにお願いする。それに答えて、リズベルも回復のための詠唱を開始する。


 「ハァ・・ハァ・・大丈夫です・・・それより・・・。」


 息を切らしながらも少女はアレクの服の胸元を掴む。そして、消え入るような声で、少女は、告げる。



 「助けてください。」






















 セベが対峙するのは二人の野盗。剣と斧を持ったその野盗は、セベの頭一つ分大きかった。勝機など全くなかった。畑仕事や木こりの仕事で筋力には自信はあったが、人殺しの技術は皆無だ。手に持っていた自衛用の槍もまともに振ることが出来ず。先程折られてしまった。


 「ハァ・・ハァ・・手間とらせやがって、小僧が・・ハァ・・。」

 「・・ハァ・・ぶっ殺してやるよ・・ハァ・・。」


 何とか村の側面の高台から、シャノンが走っていった逆方向に走り、野盗を遠ざけたのはいいが、大部分の野盗は、村の方に向かっていってしまった。しかし、こういったことも経験したこともあるだろう大人たちなら何とかするだろう。そう、信じてセベは、反対するシャノンの背中を押し、報告させるために走らせた。


 「シャノンが生きてくれればいいべ。」


 それだけが、セベの目的だ。それ以上は望まない。自分がどうなったとしても彼女には生きてほしい。

 恐らく、セベはここで死ぬだろう。この野盗達に無残に殺される。しかし、見えた範囲、十人に満たない野盗達の内二人を引連れたのは、シャノンの生存率を格段に上げるものだ。それで十分だった。

 セベが、足を止め野盗達と正対したのは、一矢報いる最後のチャンスである、木こり用の斧を見つけたからである。


 「簡単には負けないべよ。」


 セベは勝てない。しかし、体力的にはセベの方が上だ。ならば一撃与えることで、さらに生存率を上げることが出来る。そのために、


 「やんのか、坊主。」

 「力の差が分かってねぇようだな。」


 そんなことは、セベが一番わかっている。けど、やらないわけにはいかない。渾身の力で斧を握りしめる。この村には、失いたくない日常がある。死なせたくない人たちがいる。そして何より守りたい人がいるのだから。

その時、セベの視界の端、野盗達の左にある藪から一つの影が飛び出してくる。人間にしては、大きく。獣にしては歪な影。


 「え?」


 その影を見た瞬間、セベは言葉を失った。




 「村はどのあたりなんだ?」

 「もうすぐ着きます!この林を抜ければすぐです。」


 リズベルの回復魔法のおかげで、再び走れるようになった少女―シャノンの案内の下、アレク達は、全速力で件の村を目指す。フィルビアにはペガサスで先行し、村の状況を掴んでもらっている。


 「村の状況は?」

 「全員、村長の家に避難しています。村長の家は行けすぐにわかります。」


 まずいかもしれない。と、アレクは最悪の事態を想定する。アレク達が行ってすぐわかる村長の家は、野盗達にも同様なはずだ。シャノンに聞いた限りでは、村に防衛のための兵士は一人もいないと聞く。つまりは、素人の農民が最悪戦っていることになる。もし、その野盗たちが市街地であったような手練れだった場合はもう・・・


 「スフィア、ダンケル、リズ。村に着いたら、シャノンを連れて村人のところに行ってくれ。野盗達はこっちが何とかする。」

 「分かった。無茶しないでね。」

 「それならこちらが近道です。村はこのまま真っ直ぐ行けば付きます。付いてきてください。」


 そういうとアレクとピリア以外は、村長宅への近道である林をシャノンの案内の下、突っ切て行く。


 「二人で大丈夫なのー?」


 抑揚がなく感情の薄いピリアのしゃべり方は、こういった切迫した状況下では、普段の冷静さを保つのに非常に効果的だった。そのかいあってアレクの頭は、市街地での戦闘時並みに働き始める。

 実際、あの時と同等の強さの野盗であった場合は厳しいだろう。しかし、今回はすべての野盗がアレクたちに向かってくるわけではない。多く野盗は、村人の家を荒らし、村長宅でも数人が向かう。その上で、遭遇する幾人かを倒すだけなら、アレクでもできる。それに、


 「なんだ、アレクとピリアだけか?」


 先行して村の状況を見に行っていたフィルビアが、道に沿って帰ってきたことによりアレク達と合流する。


 「状況はどうだった?」

 「野盗の数は大体、十人。多くは、民家を襲うために二人一組で行動してるよ。このまま行けば、そのうちの一組と当たるかな。」

 「よし、じゃあ、一気に行くぞ。ピリア何か出来るか?」

 「走りながらは難しいのー。止まれば少しバフを掛けられるのー。」

 「いや。今は一秒が惜しい。ピリアは戦闘中、後ろの警戒を頼む。」

 「分かったのー。」


 アレク達が全速力で村への道を進んでいると、ものの数分で村の入り口が見えてくる。そこには、村の外を門番のように警戒していた二人組の野盗が、アレク達に気付き音笛を鳴らす。


 ピィーー。


 と、よく響く笛の音が夜の空に響き渡る。これで大半の野盗達がアレクのもとに向かってくるのは必至だ。

 アレクを先頭にフィルビア、ピリアと並び村に突入する。

 アレクは、アリシアとリズベルに買ってもらった魔導書を左手で握り、野盗の首領からもらった、曲剣を腰から抜刀する。鋭利に輝くその曲剣はその鋭さがいかに優れているかを感じさせた。そして、アレクはルシアとの戦闘で見せたような突進の体制、両手を垂らした状態で走る。そして、アレク達から見て左側の野盗に向けて先手をかます。


 「≪ファイヤ≫!」


 大きく突き出した魔導書を持つ左手と野盗達の距離はおよそ5メートル。相手が何をするか分かっていなくても、躱すことは難しくない距離。

 初手の魔法は当てることが目的ではない。魔法があることでけん制し、相手の手札を削ることが目的の魔法。

 アレクの持つ魔導書に知覚することのできない力が凝縮を始める。

≪ファイヤ≫の魔導書には二種類の活用方法がある。一つは、完璧な状態で魔法を発動し火球を生み出す≪ファイヤ≫。それは、矢より早く敵に直進し、着弾点で爆散する。そして、もう一つは、ゼロ距離の時にのみ行える、不完全な状態の≪ファイヤ≫。火球は形成されることなく、魔導書のすぐそばで炎上する魔法。アレクが記憶の残滓により可能にした、一種の裏技である。

 今回はその前者。火球に返還された、凝縮されたエネルギーは、左側の野盗めがけて放たれる。


 「魔法使いか!?」


 アレクが曲剣を抜刀したことで完全に剣士だと思い込んだ野盗は、反応が遅れて火球を避けることが出来ず直撃する。しかし、さすがの連携でもう一方の斧を持った野盗が火球を食らった仲間とアレク達の間に入ってくる。だが、


 天馬―ペガサスの機動力は並外れたものがある。馬とほぼ同速で走ることが可能だし、その大きな体に見合わない小回りや小さな動きにも強い。何より空という三次元的な攻撃を可能とするのだ。だからこそ、イグニアス王国の天馬騎士団は、少数ながらも他国の軍隊に匹敵する強さを持っているのだ。


 アレクの後ろにいたはずのフィルビアが、前に出て来た野盗の斧を、槍をふりあげることで防御をはがす。


 「天馬騎士までいんのかよ!」


 野盗達は今の状況に絶望しながらも野盗達はあきらめることはしない。自警団や天馬騎士団にいつか遭遇する。それは、この国で悪事をする上では当然のことだ。

 フィルビアに斧を弾かれた野盗は、そのまま突進をし続けるアレクの射程範囲に入る。アレクは、体の後ろに伸ばしていた腕を鞭の如き速さで振り、野盗の腹部を捉える。


ドスッ。


 鈍い打撃音が鳴り、斧を持っていた野盗はその場に崩れる。

 アレクは、その勢いを殺すことのないまま、もう一方の火球を食らった野盗へと迫る。腕を伸ばせば届く距離にまで迫ると魔導書を野盗の腹部に押し当てる。


 「≪ファイヤ≫。」


 今度の魔法は後者の方で、火球は形成されることは無く、炎が野盗の体を包む。


 「ガハッ。」


 二人の野盗はほぼ同時に意識を失いその場に倒れる。


 「悪いな。殺す気もないんだ。」


 よく見てみると曲剣に腹部を切られたはずの野盗の腹からは一滴の血が出ておらず、一瞬、火だるまになった野盗の確かに息があるようだ。アレクはあの一瞬のうちに、持っている曲剣を刃のない峰打ちに代え、難しいはずの魔力の調節を行ない、殺さない程度に抑えた。

 手際よく野盗達の服をはぎ、それを利用して野盗達を縛り上げると、アレク達はそのまま村の中に入る。


 「あっちが村長の家っぽいな。」


 村の入り口から見て右手。そこには、大きな三角屋根に他の家にはない特徴的な装飾品が施されているのが見えることから、シャノンが言っていた村長の家であることが推測できる。


 「何とかして奴らの位置が分からないか・・・。」

 「私、わかるのー。」


 アレクが呟くと、すぐにピリアが答えてくれる。ピリアは、地面に魔法陣を書く。ただの円のようにも見える簡易的な魔法陣。野盗達の服から数本の動物の毛を抜くと、魔法陣の中に動物の毛を散らす。その後、ピリアは自分の親指の先を嚙み切り、垂らす。ピリアの一滴の血が魔法陣の中に落ちると、魔法陣が起動したのか、黄色く発光し始め、地面に落ちていた数本の動物の毛が宙に浮く。


 「これは?」

 「簡易的な探索魔法なのー。呪術の一種で探索したいものと同じものを持っている人間を探すことが出来るのー。」


 野盗達の中で今倒した野盗と同じ動物の防具を装備していた場合、その方角が分かるという、呪術らしい。

 宙に浮いた動物の毛は、いくつかの束を形成し、大体、二つの方角を指し示す。一つは、村長宅の方角に。もう一方は、その反対側をさしている。


 「どっちに行くの?」


 アレクは、頭を回転させる。もし、この村にいる殆どの野盗が村長宅に向かった場合。スフィアとダルケルは勝利することが出来るだろうか?そもそもあの二人がどれほど強いかは、アレクはまだ知らない。であるならば


 「村長宅の方にいる野盗達のもとに行こう。ピリア。他には何か出来るか?」

 「髪の毛一本くれれば、走りながらでも出来る呪術はあるのー。」


 ピリアの言葉を聞くと、アレクは髪を引き抜き、フィルビアは槍の先端で器用に一本切る。二人は、髪の毛をピリアに渡すと村長宅の方角にいる野盗達のもとに走り出す。

 移動中、ピリアは懐の中から二つの藁を取り出す。両端は縛られていて、ピリアの小さな手に二つとも収まる程度の大きさの藁。その中にアレクとフィルビアからもらった髪の毛を入れていく。


 「それは?」

 「これは、アレクのケガを一度だけ肩代わりしてくれる人形なのー。」


 呪術は元々、直接触れることなく遠く離れた対象に害を加える呪いの改良版で、ピリアの使うものもその一つ。先程使った、相手の居場所が分かる呪術も女性に捨てられたとある男性が作った呪いを改良したものだ。


 「その代わり、私かこの藁人形が傷つくとアレクとフィル姉ぇにいっちゃうから注意が必要なのー。」

 「了解。フィル。次の戦闘ピリアを守ってくれ。」

 「分かった。」


 小さな村といっても全く土地勘がなければ、一直線に進んでいるつもりでも意外と時間がかかるものである。

 数分走り続けようやく、野盗の一団にアレク達は遭遇する。二人組の野盗も先程の笛の音に反応して、こちらに向かっていたところだったようで、すでに警戒し、槍と斧を構えて走ってきている。この状態では、魔法による遠距離攻撃も効果は薄い。と判断したアレクは、右手に持つ曲剣に意識を集中する。

 実にいい剣だ。市街地では、門の兵士から借りた鈍ら刀を使っていたから余計にこの剣の凄さが伝わってくる。握り心地、重さ、バランス。そのどれもが、体に合う感覚。あの体格のいい首領からしたら、本当に丁度良かったのか疑問が残るほどにアレクにしっくりくる曲剣。

 先程と同様にアレクはルシア戦で見せた突進の姿勢で相手に迫る。

 槍を持った方の野盗がアレクを迎え撃つ。突進を仕掛けるアレクに野盗は突き攻撃で迎え撃つ。反応しづらい槍の最速の攻撃だが、ルシアの突きに比べればまるで月と鼈だ。


 「遅せぇ。」


 いとも簡単に野盗の突きを躱したアレクは、そもまま、野盗の腹部に峰打ちで一撃を入れる。今回は、一撃で気絶しなかったようだが、アレクの追撃、曲剣の柄による裏拳が野盗の後頭部に直撃し気を失う。あまり戦闘経験がないのか、もう一人の斧を持った野盗は、仲間が目の前でやられている間、一歩も動くことが出来なかった。

 アレクの目線が斧を持つ野盗に向かうことでようやく、自分の置かれた状況に気付く。


 「うらぁ!」


 ほとんど自棄になりつつある斧の振り下ろし。

 裏拳の無理な体重移動の影響でアレクは躱すタイミングを失ったが、今回も野盗達とアレクの実力差は明白だったようで、曲剣で野盗の斧を完全に受け止めて見せる。

 力で押して来ようとする野盗に対してアレクは、上手に斧を剣の上を滑らせることで受け流し、野盗のみぞおちに再び剣の柄を思いっきり打ち込む。


 「ぐほぉ。」


 みぞおちに決まった強烈な一撃に耐えることが出来ず、二人の野盗はアレク一人の前に倒れる。

 命を懸けて戦うものを殺すことなく勝つには、普通に勝つよりもさらに大きな実力差が必要となる。今回、この村を襲った野盗達は、アレクにとっては、その程度の実力だったのだろう。そして、他の自警団員にとっても。


 「とりあえずひと段落だ。合流しよう。」


 そういうとアレクは、二人の野盗を縛り上げた後で、ピリアとフィルビアを連れて、大きな三角屋根の村長の家へ向かう。

 案の定、四人の野盗達はスフィアとダンケルの前に敗れ、全員が生け捕りにされ縛られているところにアレク達は合流した。


 「お疲れ、そっちはどうだい?」

 「あっちに四人倒れてる。村長さん。これで全員ですか?」


 何人かの村人死体はアレクも通り過ぎてきたのは分かっている。それは、村長も承知の上だろう。だからこそ、アレクは聞く必要がある。ここに残った人を守ればいいのかと。


 「セベ。セベはどこ。おじいちゃん。」


 アレクをこの村まで案内してくれたシャノンが村長と思われる男性にしがみつく。村長は、渋い顔をしながらアレク達にそのセベという人のことを話してくれた。曰く、彼女の幼馴染で、見張り番をしていたこと。彼女を逃がすため、囮になっていることを。


 「セベを助けてください。」


 シャノンは、スフィアに駆け寄り、服の裾を掴む。恐らく、そのセベという少年は死んでいるだろう。それが自警団員を含めここにいる全員の総意だった。だが、


 「行こ。まだ間に合うかもしれない。」


 シャノンとリズベルだけは違う。まだ生きていることを信じている。いや、リズベルは、諦めることをしたくないのだろう。確証が無いうちに諦めるという決断を。


 「仕方ない。リズが言うなら行かないとね。」


 ペガサスから降りていたフィルビアがリズベルの頭をなでる。スフィアもダンケルも異論は無いように笑う。アレク自身も一つも異論はない。


 「その子。生きてるのー。」

 「ピリアがこう言ってるし間違えないね。場所分かる?」

 「任せるのー。」


 ピリアは再び、地面に魔法陣を描く。シャノンからセベの物品を借り呪術を起動させる。すると、玉のようなものは宙に浮き今までアレク達が走ってきた方角とは逆側に動き出す。


 「あっちなのー。」

 「よし行こう。」

 「待て、リズ。」


 全員を引連れてセベのもとに行こうとするリズベルをアレクは、黄色いローブのフードを引っ張ることで引き留める。


 「助けに行くのは賛成だが、まだ野盗も残ってる。全員では行けない。フィル、ピリアはここに残っててくれ。」

 「分かったよ。みんなを守ればいいんだね。」

 「分かったのー。」


 これでようやくアレク達は、セベという少年がいる方角に走り出す。リズベルを先頭に、どうしてもついて来ると言ったシャノン、スフィア、ダルケル、アレクの四人は、シャノンの案内の下、村の反対側へと走る。









 セベは走っていた。後ろからは、一人の野盗もセベを追走する。しかし、セベにとってはその野盗など眼中になかった。野盗自身も先程まで持っていた、斧を投げ捨て、一緒にいたはずの仲間の野盗もいなくなっている。

 このまま走り続ければセベの暮らしている村についてしまう。

 村に来てはいけない事は、セベ自身も分かっていた。しかし、そんな正常な頭の回転など出来ないまで極限の状況にセベは陥っていた。


 「お前!戦えるんなら何とかしてほしいべー!」

 「無茶言うな!あんな化け物に勝てるか!」


 セベは後ろにいる野盗に怒鳴る。野盗も先程まで殺そうとしていたセベと普通に話している。これも、先程現れた一つの影が起こした影響だろう。


 黒い怪物。


 その物を一目で表現するならそれ以上に正しい言葉はない。

 先程、村はずれにまで逃げ、二人組の野盗達と対峙したセベたちの間に、茂みを割って入って来たのは、黒い塊だった。その塊は、一瞬のうちにもう一人の野盗を口と思える場所でかみつくと殺してしまった。そこからは、野盗とセベのとった行動は同じものだった。われ先に走り出し、走りやすい方、走りやすい方に走っていくうちにセベは、村に戻ってきてしまっていた。


 「この辺りは、あんな魔獣が出るのか!」

 「んなわけねーべ!おらも初めてだべ!」


 魔獣。その単語は大人たちからよく聞く。その大半は、魔導士による実験動物や異常進化を遂げた者たちの成れの果てだ。もし、あれが魔獣であるとすれば、間違いなく前者であろう。しかしこの辺りで魔獣の情報は聞かないし、村の大人たちが言う魔獣にもあんな奇妙な魔獣は出てこない。セベ自身魔獣にあったことだってないのだ。あんな得体のしれない化け物など知る由もない。

 ふと、セベは後ろを振り返る。


 ズドンッ!


 もの凄い轟音を立て一軒の家が倒壊する。その家があった場所から、目のような器官がないのに正確にセベたちの走る方向を察知している黒い怪物がこちらに向けて走り出そうとしている。幸い、大きな体に似合わず足は遅いみたいで、追いつかれることなくここまでこれたが、あちらは、障害物も体力の限界もないようで、最初と同じ速度で追いかけてくる。


 「も、もう駄目だ・・・。」

 「あきらめちゃダメだべ。」


 先程までセベを殺そうとしていたはずの野盗を励ます。理由など無い。ただ、人間かあの怪物かなら、まだ、野盗の方が一緒にいたいと思っているだけである。その時、前方から二人組の男たちが現れる。服装を見る限り野盗の仲間のようで、青地のシャツに茶色のパンツをはいた明か村人のセベを見るなり微笑を浮かべ抜刀する。


 「ガキ。止まれや。」

 「殺されたくないだろ。いうこと聞け。」


 しかし、セベには全く止まる気など無い。目の前の二人組には後ろの黒い怪物が見えていないのだろうか。と、不思議で仕方がない。あんな「死」を体現したかのようなものが迫ってきているのに何を悠長なことが言えるのか。と。


 「馬鹿かお前ら!ハァ、ハァ・・とっとと走れ!」


 今まで一緒に走っていた野盗が仲間に怒鳴りつける。この状況で同じ人間同士争う利点は全くない。なぜなら、あの怪物の前では一様に餌であり。囮でもあるのだから。


 「何言ってんだ?・・・って、なんだありゃ!?」


 ようやく目の前にいる野盗達にもセベたちの必死さが伝わったようで、目線は完全にセベたちからあの怪物に移る。


 「どこに行けばいいんだ!?」

 「どこにも逃げ場なんてねぇ。ただの悪あがきだ。」


 野盗たちの会話はもっともだ。この村に、野盗に勝てる者はいない。そして、村にいるすべての人間が集まってもあの怪物に勝てることは出来ない。

 もっと強者。例えば、自警団の人たちや天馬騎士団の人が来なければセベたちはきっと死ぬだろう。しかし、そう都合よくは、彼らは現れない。魔獣退治のプロであることは確かなのだが、この広大なイグニアス王国全土を守り切ることなど不可能だ。ましてや、こんな辺境の村に都合よく来ることなどありえない。


 「・・・いやだべ。」


 自分が死ぬことはいい。これが運命だ。あの怪物が来なくても野盗たちに殺されていただけ。死に方が違っていただけ。それだけの話だ。しかし、シャノンが死ぬのは話が別だ。何とかして彼女に危害が向かわないように。

 セベは、野盗達が気付かないように、彼らを連れて村の入り口に向かう。村を出て遠ざかれば、シャノンが死ぬことは無い。最悪、ここにいるセベと野盗達で怪物が満足してくれることを祈って。

 しかし、セベの思惑は一瞬にして崩れ去る音が聞こえた。


 「セベ!」


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