章間 リズベル
小さく小鳥がさえずる声が聞こえる。窓から暖かい春の日差しが差し込んでくる。朝になるとこういった音がよく聞こえるようになるのはなぜだろう。別に普通に生活していても小鳥たちは鳴いているはずだし、太陽の日差しももっとあったかく感じるはずだ。だけど、目覚めてすぐの朝は、すべてが心地よく感じているのは、久しぶりに、温かいお風呂につかり、柔らかいベットで眠ることが出来たからであろう。
「そうだ。今日は、あの日だった。」
勢いよく自分のベットから飛び上がるとリズベルはすぐに支度を始める。いつもの、黄色いローブの下に少しフリフリのついたシャツ。短めのフレアスカートに足を通して、肩に届かないくらいの髪に寝癖が無いか確認すると、リズベルは部屋を出る。外では、お手伝いさんが待っていたが、その女性に挨拶をして急いで城を後にする。城を出てすぐにある庭園では、ピリアが大きな籠を持って待っててくれていた。
「リズ、おはようなのー。もう少しで起こしに行こうと思ってたのー。」
「おはようピリア。ありがと、待っててくれて。」
二人は、そのまま城門を出て城下に広がる街の中に走り出す。今日は、週に何度か行くと決めている教会に行く日だ。持っている籠には、一杯のお菓子や食べ物が入っている。これは、リズベルの通う孤児院を兼任している教会のための物だ。
城下町を進んでいき、王城川少し離れた場所にある教会に着く。ここは、王都で唯一の孤児院を持つアリス教の教会で、リズベルがシスター見習いとしいて通っている教会だ。
「リズは偉いのー。自警団の仕事に、王族の習い事、それに教会で孤児の世話まで尊敬しちゃうのー。」
「そんなことないよ。私は王位を継がないし、お姉ちゃん達よりかは仕事も少ないしね。」
「それでも立派なのー。」
そうやって面と向かって褒められると悪い気はしない。リズベルにとっては、自警団でアリシアの欲に立つことも、王族としての礼儀作法の勉強も、教会に行くことも、したいからしているわけで、特別何かをしようと思ったこともない。だけど、認められることはうれしいことだ。
10分ほど行くと協会が見えてくる。よく見り形の高い三角屋根に秤のない天秤を模した印。これは、秤など掛けず救済を行うアリス教のエンブレムだ。
「あ、アレクなのー。」
ふいに振り向いたピリアが立ち止まり、後ろを指さす。そこには、いつもと同じ白いシャツの上に体より少し大きい黒のローブを羽織り、ローブよりかは少し薄い黒のズボンをはいた新しい自警団の仲間であるアレクがこちらに向かあって歩いてくるのが見えた。
アレク。自分が名前を付けることになった少年は、本当に不思議な少年だ。その黒い髪に黒い瞳もそうなのだが、誰の心にもすぐに入っていける魅力を持った少年だ。ピリアやフィルビア、スフィアもまだ一日しかたっていないのにアレクと普通に話している。現にリズベル自身もアレクと初めて会った時から、疑うことなく善人だと思っている。リズベルには無い才能を持つ姉たちのような少年。
記憶を失っても問題なく戦える強さ。それは、精神面でもそうだ。もし、記憶を全部なくしてしまった場合、リズベルはアレクのようにはなれないだろう。
「おはようアレクさん。どうしたの?こんなところで?」
「おはよ。リズ、ピリア。走っていくリズたちをそこで見かけて追いかけて来たんだ。実は迷子になってしまってな。慣れない町はやっぱり危険だな。」
「なるほどね。でも、私たちまだ帰らないよ?」
「そうか・・・じゃあ、よければオレもいいか?教会に用があるんだろ?」
「うん。そうだよ。」
教会の前でそんな話をしていると、教会の中から一人の女性が出てくる。
40代の女性。褐色のある肌は、日焼けで出来るようなそれとは異なっている黒さがあり、顔以外は修道服に身を包んでいて、他は見ることは出来ない。大きい体は、裕福だからではなく、力仕事の末に出来た体の女性。
その女性は、リズベルとピリアを見るなり包容力のある微笑みを浮かべる。
「リズベル様、ピリアちゃん今日も来てくれたのね。ありがと。」
「マザーさん。様はやめてよ。私一応ここのシスター見習いんだから。遠征で来れなくてごめんなさい。」
「大丈夫よ。みんなは待ちわびていたけどね。じゃあ、マザーとして言わせてもらうわね。遅刻よ、リズ。」
「すみません。」
太陽のように包容力のあるマザーさんの笑顔。そして、元気をくれるリズベルの笑顔。二人の優しさがアレクにも伝わってくる。
「みんなー。リズお姉ちゃんとピリアお姉ちゃんが来たわよー。」
教会の方に多き声で言うと、教会の中と裏庭に続く小道から何人かの少年少女が走り出してくる。
その少女たちは、リズベルとピリアの周りに集まると二人を連れて教会の中へと入っていく。
「奇形児ですか・・・」
「そうよ。悪魔に取りつかれているなんて理由で棄てられた子達。後、奴隷商に売られていた子や戦闘で両親を失った子たちを引き取っているの。」
奴隷に未熟児、戦闘孤児など自警団や天馬騎士団が連れて帰って来た子供たちをこの教会は引き取って面倒を見ている。どんなに平和でもそう言った事がなくならないのは、心が痛い。
「あなたは?どっちかのボーイフレンド?」
ウィンク混じりの冗談を言ってくるマザーさんのアレクも渾身の冗談で答える。
「リズの子供ですよ。」
この後、きちんと説明するまでアレクはマザーさんに奇異の目を向けられ続けたのは、リズベルたちの知らない話である。
いつの時代であっても子供たちの表情豊かだ。すぐ笑い、すぐ泣き、すぐ怒る。けれどそれは、国が豊かな証拠だとリズベルは思う。子供だってバカではない。むしろ大人以上に他人の感情を見透かす力を持っていると思う。相手に余裕がない貧しい状態では、子供たちも自分の気持ちを表現することはしない。それは、リズベル自身がマザーさんの身をもって教えてもらった事だ。
王家の人間には、例外なく体のどこかに聖痕と呼ばれるあざを持っているものだ。メリンダは右足の太もも。アリシアは左胸の上に。しかし、リズベルにはそのあざがなかったのだ。その理由は今も分かっていない。王家の子供で間違えないはずだし、両親もアリシアと同じで妾の子供という訳でもない。しかし、リズベルに記憶はないが、リズベルのことを『王家の不穏の兆し』と言われていた時期もあった。
リズベル自身もそのことでひどく悩み、傷ついた。そんなときアリス教に出会い、マザーさんと出会うことが出来た。今では気にはしているものの、悩むことは無くなった。自分は自分。二人の姉も私のことを愛してくれている。両親もきっと愛してくれていた。自警団の仲間も天馬騎士団の人たちも何よりマザーさんがいる。だから、今日も心の底から笑っていられる。そして、このことを多くの人に伝えたくて、恩を返したいのがリズベルの今の目標になっている。
「いい子なのよ、リズちゃんは。」
「ですね。」
少女たちと遊ぶリズベルとピリア。15歳で成人のこの国では、リズベルたちも十分に大人であるといえる。それ以上に、リズベルは心も大人なのだろう。
「あんた強いんならしっかり守ってあげなよ。あの子たちの事。」
「約束します。絶対に死なせません。」
「あんたもいい男じゃない。」
と、豪快にマザーさんがアレクの背中をたたくことでアレクは少しせき込む。
「がっはっはっは。ま、サイラス様には劣るけどね。」
と、マザーさんは豪快に笑う声で、教会の子供たちにも笑い声が広がっていく。




