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ヒジリの秘密

「わたし、普通の人とちょっと違うの」

「それは何となくわかっていたが」

「あのね、あんたおかしなこと考えてるでしょ? そうじゃないのよ。これ見て」

 彼女はバックの中から古ぼけた新聞の切り抜きを出してきた。

 見出しには『列車事故、生存者一名発見か』と書いてあった。

「この事件、知ってる?」

「ああ、何年か前の列車追突脱線事故だろ? 大きく報道されたからな」

「そう。列車同士がぶつかって脱線。わたし以外は全員死亡」

「は? ヒジリ、この列車に乗ってたのか?」

「唯一の生存者がわたしってわけ」

 彼女はそう言うと切り抜きを丁寧にたたんで、バッグにしまいこんだ。

「すごい強運だな。よかったな生きてて」

「よかないわよ」

「な、なんで?」

「一緒に乗っていた……好きだった人が死んじゃったんだから」

「そ、そうなのか」

「わたしもそこで死ぬはずだったのに、不死身だから生き残っちゃったの」


 不死身?


「まあ、確かに不死身かもな、こんな大事故生き残ったんだから」

 彼女が俺の方に向き直った。

「違うのよ。体が普通の人よりはるかに強靭にできてるの」

 ま、三年生の怖い人たちを一人でのしたって伝説があるくらいだからタフなのはタフなんだろうが。

 そう思っていた俺の表情を見てヒジリががっくりと肩を落とした。

「やっぱわかってないよね。いい? 見てて」

 言うが早いか彼女は電車の窓枠に頭を思い切り打ち付けた。


 ガコンッ! といった聞いたことないような音がした。


「お、おい! なにやってんだよ?」

 顔を上げたヒジリは顔に傷一つ、瘤もできてなかった。

「みて」

 彼女が頭突きをした金属製の窓枠は、ヒジリのデコの形に凹んで曲がっていた。

「お、お前ボボ・ブラジルか?」

「なによそれ?」

 いや、仮に彼女がボボであろうと大木金太郎であろうとそんな昭和のプロレスラーだって、ここまで金属を曲げるようなヘッドバットはできないだろう。

「わかった? あたしの体、普通じゃないの」

 

 確かに普通じゃねえ。

 これなら複数の三年生相手に一年生で小柄なヒジリが戦ったというのも、まんざら伝説なんかじゃなく、リアルだったといえる。


「しかし、いったいどういう構造してるんだ?」

「わたしに言われてもわからないよ。生まれつきなんだから」

「生まれつきってことは遺伝性か? もしかしてお前のご両親も」

「パパとママは普通よ」

「そうなのか?」

「だって、本当の親じゃないから」

「なに?」

「わたし、橋の下で拾われてきた子なのよ」

「橋の下?」

「橋の下って言うのは冗談だけど、わたしが捨て子だったのは本当よ。当時子供のいない今の両親が拾って育ててくれたってわけ。どういういきさつか、詳しくは知らないけど」

「今時、そんな話あるのか?」

「子供が遺棄される話なんて今も昔も珍しくないのよ。ただニュースに載るのはほんの一部だけなのよ」

「そ、そうなんだ」

 彼女は窓の方を向いて空を指さした。

「わたしはあの空から堕ちてきたんだと思う。パパとママに拾われる為にね。星の王女様って感じ。しかもパパとママは真剣にそう思っていたらしいの。バカよね? ただの捨て子なのに。わたしの本当の両親はわたしを捨てた。そしてわたしは心優しきパパとママに拾われ、そしてその恩も忘れた星の王女はぐれてこの有様よ」


 ぐれてんのか。

 確かに学校では浮いた存在で、結構休みがちだったし、噂じゃ繁華街でフラフラしているって話も聞いてはいたが。


「ホントね、どうしていいかわからないんだ。パパとママを困らせたくない。でも急に心が不安と恐怖で一杯になって、叫びだしてなにもかもに噛み付いてこの身を切り刻まれたい衝動に駆られるの。気がつくとパパとママが悲しそうにわたしを見ているの……」

 窓の外を見ていた彼女が俺の方に向き直った。

「あんたにはわからないと思うけどね」

「なんか、わかる気がする」

 俺の返事に彼女が意外そうな表情で見つめてきた。

「家庭円満そうなあんたに、なにがわかるのよ?」

 確かに彼女と俺じゃ環境は全く違う。だが、彼女の話を聞いて、すごく自分の中で思い当たることがまるで霧の中から浮かび上がってくるようにいくつも涌いてきたのだ。

「うちはわけあって母子家庭だ。俺は母さんに守られている。母さんもきっと俺のことを愛してくれている。そう確信しているよ」

「だったら」

「俺も母さんのことは好きだ。そしてこの関係を保って行こうと思うし、そのために、その……いろいろ我慢もしている」

「わたしには、その我慢ができないってことか」

「いや、俺だって我慢し続けることは楽じゃないってことだよ」

「そうなの?」

「急に滅茶苦茶叫びだしたくなることもあるんだな。大切なものを守り続けることのストレスとでもいうのか、それとも、俺が子供すぎて感情の起伏を抑え込むのが下手なのか」

「わかるよ。あたしたちはきっと同じ。ただ、わたしの方があんたに比べて我慢強くないってことなんだよね」

「とにかくわかんないんだけど、なにか爆発しそうな感情が少しずつたまっていくような、そんな感じなんだ。一人で旅しようと思ったのはそういったことから逃げたかったからなんだよ」

 俺の打ち明け話を聞いたヒジリは、急に笑顔になって俺の手を握ってきた。

「安心した」

「へ?」

「あんたも同じなんだ。冷静そうに見えてたけど、やっぱあふれる感情を抑え込んでいたんだね」

「そうだな……運動でもして発散させたほうがいいのかもしれないが」

「わかる……わたしも本当にどうしようもない時は夜の街に走りに行ったもん」


 夜間ジョギングか。

 でも女の子ひとりって言うのはちょっと危険だな。


「そんで、チャラい連中に喧嘩ふっかっけてボコボコにしてたんだけどさ……」


お前の方が危険じゃねえか!


「警察の厄介になったこともあるんだ。そんなこと繰り返すうちに、なんだか虚しくなっちゃって……結局 パパやママを悲しませることばっかりしちゃってたんだよね」


 ついでにボコられたやつらも悲しませていたと思うぞ。


「でも、今回ショウマと旅行に行ってくるって言ったら結構喜んでくれたよ」

 まあ、夜の街で喧嘩繰り返すくらいなら、俺と二人で旅行行く方が健全かもしれんな。

「ショウマ」

 ヒジリが握っていた俺の手を包むようにして握り直した。

「なんだよ?」

「こんなわたしでも、一緒に旅行してくれるでしょ?」

 

 こういうことは始まる前に聞けよ。


「ま、俺はいいけど……まだNOという選択肢もあるってことか?」

「ないよ」


 だよな。やっぱな。わかってたよ。


 彼女は握っていた手を離すと、満足そうな表情を浮かべて再び窓の外を眺めていた。

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