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旅立ちの夏の日

 翌日。

 俺は旅行の支度をして向かっていた。

 アサツミの指定した待ち合わせ場所、南口に。


 南口のどこにいればいいのかわからなかったが、南口に着いたら彼女がくれた名刺の電話番号にかければいいのだろう。


 しかし、夏の日差しを浴びながら、久々に新宿の雑踏を歩いたのだが、暑い、うるさい、蒸す、そして人込みをイライラしながら歩かなければいけないのは何度経験しても苦行でしかない。

 俺は出発前から疲れてしまいそうだったが、そんなことよりも、俺は今ここに来てしまって本当によかったのだろうか?


勇気を出して断るか、はたまた思い切ってブッちしてもよかったのか?


 いや、ブッちはいかんな、絶対殺されるだろう。

 やはり勇気を出して断るべきかもしれん、今ならまだ間に合う。

 

 俺は南口の少し手前で立ち止まるとスマホをとりだした。

「えっと、090の……」

 彼女の名刺を見ながら番号を入力していると、南口の隅、柱のところに隠れるようにして立っているアサツミを見た。

「なんだ、もうついてたのか。早いな」

 白いワンピースにカンカン帽のようなつばの小さなハットをかぶって、手にはキャスター付きの小さなトランクを持っていた。

 どうやらこちらには気づいていないようだった。

 

 しっかりと準備をして、俺よりも早く来ているアサツミに、断りの電話を入れるのは心苦しかったが、とにかく電話してみた。

 白いワンピを着たアサツミが電話をとりだし、二秒ほど画面を見つめてから電話に出た。

「もしもし?」

「あ、もしもし、アサツミか?」

「もしかして、もう着いてるの?」

「あ、いや、もう少しで着くんだが、実はな」

「だったら、西口へ抜ける連絡通路のとこにいてよ。こっちはもう少し時間かかるから」

 は? もういるじゃねえかよ!

「そ、そうなのか?」

「支度に時間がかかるのよ。ちょっと待っててよ。いいでしょ?」

 わけがわからん。もう来ているくせになんだそりゃ?

「わ、わかった。じゃあ待ってるよ」

 俺はわけがわからなかったが、電話を切った後、アサツミに見つからないように少し回り込んで、指定された通路の入り口付近に立った。


って言うか、断れなかったじゃねえか!


 俺なんでアサツミに言われるままにこんなところに突っ立っているんだ?

 しかも横眼で見ていたが、アサツミは柱の陰に隠れながら、時折こちらを覗いているようだった。

 俺は気づかないふりをしていたが、いったい何目的なのかさっぱりわからなかった。

 そして五分くらいしてからだろうか、アサツミは俺の方へ向かって歩いてきた。


「ごめん、お待たせ」

「あ、いや、今さっき来たとこだからそんなに待ってないよ」

 俺がそう答えると、アサツミがじっと俺を見つめたきた。

 俺は少し焦った。

 もしかして、アサツミが隠れていたことを俺が知っていたのが、ばれたのだろうか?

「な、なんだ? アサツミ、どうかしたのか?」

 俺の冷静を装った返しに、アサツミは小さく笑って答えた。

「いいね、うん、いいよ!」

 なにがいいんだかわからん。

「さ、早く切符買おう!」

 アサツミが俺の手を引っ張った。

「あ、それからさ」

「なんだよ?」

「アサツミって呼ばないでよ」

 めんどくさいな、同級生なんだから呼び捨てでもいいだろうが……。

「ヒジリ、って呼んで」

 下の名前か! なんか同じようなことナツメさんにも言われたよなぁ。

「あ、さんとかつけなくていいから。わたしもショウマって呼ぶし」

 俺は『サラシナ君』でよかったんだが……。

 あれ、そう言えば俺ナツメさんはさんつけてるけど、アサツミはさんつけないで呼んでたなぁ……ま、いいか。

「わ、わかったよ、ヒジリ」

「あのさ」

「なんだよ?」

「最初くらいちょっと躊躇して呼びなよ」

 はぁ? 

 初めて名前呼ぶ時にはにかんじゃうとかって、どんな純愛ラブストーリーなシチュエーションなんだよ!

「ね、ショウマ」

 あ、全然躊躇してないじゃん、お前は。


 俺は前日にネットで調べてきた乗り換え案内に基づいて切符を買うことにした。

 目標は北陸方面だ。

 というのも、先日買ってヒジリに取られた雑誌に、海に沈む夕日の写真が載っていたのだが、それが撮影されていたのが北陸の日本海だったのだ。

 そしてヒジリは俺には言わなかったが、他にも行ってみたい場所がその雑誌には載っていたようで、とりあえず北陸方面に行くしかないのだということを俺は理解していた。

 その上で、ネットで路線図を見て検討してきたのだ。


「さて、まずは……」

「買ってきたよ」

「な、なに?」

 ヒジリが勝手に切符を購入して涼しい顔をして戻ってきた。

「まずはマツホンまで行けばいいんでしょ?」

「どこだよそれ?」

「これよこれ」

 彼女が見せる切符には行き先が『松本』と書いてあった。

「それはマツモトだ! よくマツホンで通ったな」

「出して」

 俺の突込みはスルーして、彼女はにこやかに微笑みながら右手を差し出した。

「なに?」

「お金、出して」

 あ、切符代か。俺は財布を取りだした。

「いくら?」

「全部。早く」

「今、聞き違えでなければ、具体的な金額じゃなくて、全部って聞こえてしまったんだが」

「全部よ、全部。合計三回言ったからね?」

「な、なぜ、全部なんだ?」

 笑顔だった彼女の顔が蝋人形のように無機質な表情になり、ゆっくりとした口調で話し始めた。

「この旅行では、わたしが、お金を管理してあげるの。だからよ。これ以上、説明が必要なのかな?」

 すごい威圧感というか、強いオーラが俺を圧倒していた。

 目力が凄いなんてレベルでなく、確認のためにその射貫くように冷たい瞳を見たら、一瞬にして心臓が石化してしまいそうだったので、目も合わすことができなかった俺は財布を彼女に差し出した。

 彼女は再び笑みを浮かべ、静かに財布を受け取ると、札だけ抜き取って俺に財布を返してきた。


「じゃあ、行こうか。何番線なの?」

 何時の列車に乗るか考えないで切符買ってたのか?

 突然中身がさみしくなった財布をしまいながら、俺はヒジリから切符を受け取って、

 そして見て、そして驚いた。

「お、お、お前、これ指定券、しかもグリーンかよ!」

「そうだけど、それがどうしたの?」

「値段のこともあるけど、乗る電車が決まてるんだよ。えっと、もう行かないと出ちまうよ!」

 俺は電光掲示を見て列車を確認すると、改札をくぐり、ヒジリを誘導した。

 それにしても……。

 やっぱ、勇気を出して断るべきだったんじゃないのか?

「ショウマ、この列車でいいの?」

「ああ、間違いないよ。えっと、指定の号車番号は……これだ、この車両だ」

 それに、泊まるんだよなぁ。宿も取ってないけど。

 いいのか? コイツとお泊り旅行とか行っちゃって。

「荷物、棚に置くか」

「あ、サンキュウ! やっぱこういう時は男の子だね」

 というか、コイツはどう考えているんだよ?

「あ、動き出したよ! わぁ、なんかこの動き出した瞬間がわくわくしちゃうよね?」

 たいして教室でも話したことない俺と泊まりで旅行行っちゃうなんて。

「そうだな。なんかもう戻れないって感じがいいかもな」

「は? なによそれ」

 どういう精神しているんだ?


「どうって、別に何の不都合もないよ」

「いいのかよ、俺と旅行って」

「ショウマだから行くんだよ。誰でもいいわけないでしょ?」

 そ、そうなのか? しかし、なぜ俺なんだ?

「って言うか、わたしと泊まりの旅行は嫌だったの?」

「い、いや、そうじゃないんだが、その、よくおまえんとこの親御さんが許したなって」

 彼女は急にぷいっと窓の方を向いてしまった。

 なんか聞いちゃいけなかったのか?

「うちの親は……わたしのことなんて……いいの、やりたい放題だから」

「お前、ちゃんと親には旅行に行くって言ったんだよな?」

「当り前でしょ。ちゃんとクラスの男の子サラシナショウマと行くって言ってきたから」

 な、なに? 俺の名前具体的に出したのかよ?

 なんか、母さんのとこにクレーム行ってなきゃいいが。

「ショウマは言ったの?」

「え、ああ」

「わたしと行くって」

 それは言ってねえ!

「一人旅って言って出てきたから……」

「ふーん、意気地なし。わたしから言ってあげようか?」

「心配するから、やめてくれ」

「お母さん、大事なんだね」

 なんだよ、いけないことかよ?

「わたしだって」

「あ?」

「わたしだって、パパもママも大事よ、大事だけど……大事なのに傷つけちゃう。それだけのこと、それだけだよ」


 なんだ、この感じは? 

 なんか、すごく入っちゃいけなかったとこに踏み込んでないか、俺。


「ショウマとはこれから旅行に行くわけだし、わたしのこと、知ってもらっとこうかな」

 確かに俺はヒジリのことを良くは知らない。

 でも、知ってしまっていいのだろうか?

「わたしはね」

 話し始めちゃったよ。これ引き返せない感じになっちまうんじゃないだろうな?

「わたしはね、あんたにコンビニで見られた時、パパと喧嘩していたの」

「一体、なんだって喧嘩を」

「わたしの体について」

 体?

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