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学祭前の夏の日その2

 その日の午後は学校祭の準備の時間で、俺はその作業に当たっていた。


 うちのクラスは模擬店、いうなればよくある喫茶店。飲み物プラスアルファの軽食がある程度だ。

 しかもその中で俺とナツメさんがやるのはお品書きを作ったり、壁に貼りだしたりって程度なので、あまり大した仕事はなかった。


「テーブルのメニューはこれでいいし、あとはこの短冊に品目と値段かいて壁に貼ればいいだけだね」

 俺は色画用紙を切って作った短冊の束をナツメさんに渡してから、会場となる教室の中を改めて見まわした。

「ま、部屋の装飾終んないと俺たちのメニューは貼れないし、みんなのとこ手伝ってくるか」

「そうだね。じゃあ、わたしはハマチちゃんたちのとこ手伝ってくるよ」

 そう言うとナツメさんが大きく頷いて手を振って歩いていった。

「じゃあ、俺もサダやホンドウたちのとこみてくるわ」

 その後しばらく俺とナツメさんは、それぞれ他の部署を手伝っていた。


「サラシナ君みっけ」

 俺が模擬店アピール用のポスターを貼っていると後ろからナツメさんが来て、指で背中をついてきた。

「いてて、なんだ、ナツメさんか」

「なんだとかって、ちょっとひどいね。わたしじゃ不満だった?」

「いや、そういった意味じゃないんだけど、ごめん」

「素直に謝ってもダメだよ。結構傷ついたんだから」

 とても傷ついたって感じには見えない。

 むしろいい弱みを握ったのでそれを百二十パーセント有効利用しようとしている人にしか見えないんだが。

「じゃあどうすれば」

「わたしの条件飲んでくれたらいいよ」

 また条件かよ。今度はなんだ?

「今から品書きの紙、教室に貼りに行くから手伝ってよね」

 それ、本来の俺たちの仕事じゃんかよ。どうやらやっと貼れる状態になったようだな。

「OK。いこうか」

「最後まで手伝うのよ? いい?」

「OK。いこうぜ」

「わたし最後までって言ったよね?」

「言ったなぁ」

「わたしが帰るまで、居るってことだからね、いい?」

 別に途中でおいて帰らないってーの。


「終わったか?」

「まだ。もう少し」

 品書きを短冊に書いて貼り出すだけの仕事だった。

 短冊に鉛筆で下書きして、サインペンでなぞって……のはずが、ナツメさんは一文字一文字レタリングを行っていたのだ。

 俺が下書きして、ナツメさんがレタリングして、できたものから俺が貼っていく。

 思いのほか時間を食ってしまい、気がつくと教室は俺たちだけだった。

「よし、これで最後。貼って」

 俺はナツメさんから最後の品書き、『メロンソーダ』を受け取り、目につく高い場所に貼り付けた。

「ようやく終わったな」

「うん。でも見てよ、どう?」

 俺はそう言われて改めて教室の中を見回した。

「なんか、やっぱちゃんとした文字だと引き立つな。うん、なんか店の中のグレードが上がった感じするわ」

「でしょ?」

「ナツメさん頑張ったな。みんな明日来て驚くんじゃないか?」

「だといいけど、意外に誰も気がつかないかもね」

 そう言われればあまり誰も気に止めんかもしれないなぁ。所詮ただのお品書きだしな。

「でもいいのよ。サラシナ君と一緒にやった仕事は手を抜きたくなかったから」

「なんでだよ?」

「だって、二人はいいコンビだって、思われたいじゃん、ね?」

 そう言っていつものように俺を瞳の奥をのぞき込むように見つめてくる。

 というか、その悪戯子猫のような眼で見つめるんじゃない!

 なんか知らんがドキドキしてくるじゃねえか!


「サラシナ君、学祭来るの?」

 少し薄暗くなった帰り道を歩きながら、ナツメさんが尋ねてきた。

「あー、俺あんま仕事ないんだよなぁ。女子は売り子さん持ち回りでやるんだろ?」

「そうだよ。不公平だよね。男子もやればいいのに」

「俺らじゃ客は来ねえよ。かわいい女子がウェイトレスやってくんなきゃ」

「じゃあ、わたしがやってる時間、サラシナ君来てくれる?」

「自分らの店に客として行くのか? なんか違うんじゃないか?」

 するとナツメさんは肩を落としてうつむいてしまった。

「そうだよね、わたしなんかじゃかわいくないからお客さん来ないよね……」

 え? いやいや、そういう意味じゃないんだが!

「そうじゃないよ、あれ、俺そんなつもりで言ったんじゃ」

「だって来ないんでしょ? かわいい女子がやらないとダメって言ったのに来ないんでしょ? そう言う……ことじゃん」


 え、マジでしょげてんじゃん!


「いや、ごめん、違うって、そんな風に思われちゃったら」

「わたし……かわいくないんでしょ?」

「か、かわいいよ。ナツメさんかわいいって」

「そんな適当なことで取り繕ってもうれしくない……」


 ど、どうすればいいんだ? 


 俺がどう答えればいいかと思っていると、ナツメさんは困惑していた俺の顔を見つめながらゆっくりと口を開いた。

「ねえ、正直に答えて。サラシナ君の中で、わたしって女として魅力がある?」


 すげー本質的な質問してきたよ……。


「あ、あるよ、十分」

「本当?」

 徐々にナツメさんの表情がいつものような生き生きとした顔に戻ってきていた。

 なんか嫌な予感がどんどん俺の中で膨らんでいったんだが……。


「じゃあ、もし、今サラシナ君に好きな人がいなくて、つき合っている彼女もいなかったとするじゃん?」

「そ、それで?」

「その時に、わたしがサラシナ君に告白したら、カノジョにできるくらい?」

 お、おい!

 なんでそこまで究極な質問すんだよ?

「あ、そ、それは、その」

「やっぱ、口だけ、うまく取り繕ってたんだね?」

「そ、そうじゃなくて」

「嘘なんか聞きたくないよ。サラシナ君の心の中が知りたかっただけ」

 心の中?

 本心ってことか? 

 ナツメさんが俺に告ったとしたら……まっさらな状態で考えてってことか?

「カノジョに……できる?」

「できる、よ」

「理由は?」

 間髪入れずにナツメさんは質問してきた。

「えっと、ナツメさんかわいいし、結構気づかいできるし、やさしいとこもあるし、まあ、ちょっと」

「ちょっと……なに?」

「い、いじわるな突込みがあるけど、ま、そこもかわいいかなって」

 お、俺はなにを言っているんだ……?

 ナツメさんの顔を見るとすっかりいつもの調子でニヤニヤと俺の顔を見つめていた。

「十分だよ」

「へ?」

「サラシナ君の気持ちが聞けて十分。いやー、まさかサラシナ君がわたしのことそんな風に思ってくれていたなんて意外」

 な、なんか、まただまされていいように誘導されたんじゃないか?

「今の、録音したからね」

 そう言ってナツメさんがスマホを取り出して笑った。

「お、おい! マジかよ!」

「う、そ。冗談」

 心臓に悪いわ……。

 これ以上変な切り札もたれたら一生頭あがんなくなっちまう。

「それでさ」

「なんだよ?」

「話は戻って、学祭の時、わたし店番やってるとき来てよ」

「ああ、時間合わせていくようにするよ」

「サラシナ君が来るんだったら、わたし頑張ってやってみるよ」

 なんか、健気なのか、うまく俺をはめているのかわからないんだが、こう言われては行かないわけにはいくまい……。

「わかったけど、時間いつなんだ?」

「二日目の最後のタームだよ。絶対来てよ? もし来なかったり遅刻したらペナルティとしてご褒美もらうからね」

 ご褒美?

「約束ね。よし! がんばってやるよ。見に来てよね、サラシナ君!」

 俺、ご褒美に関しての約束はOKゆってねーんだけど。

 なんか一方的に話進めちゃうとことか、アサツミヒジリに似てるよなぁ。


「待ってるからね。来ないと、使っちゃうかもよ?」

 な、なんのことだ?

「わたし、サラシナ君に対して最強の切り札手にいれちゃったんだから」

「な、なに? まさか本当に録音……」

 ナツメさんがニヤッと笑った。

「今日はここまでにしておいてあげる。何かあったら切り札使っちゃうからね?」

「だから何だよ、切り札って?」


 するとナツメさんが急に近づいてきて耳打ちしてきた。


「わたしが告ったらカノジョにしてもらう……サラシナ君、言ったよね?」

 き、切り札ってそれか!

「じゃ、これわたしのメアド。来れそうになったらメールちょうだい」

 ナツメさんも自前の名刺を持っていたらしく、俺に手渡してきた。

「わかった。このアドレスだな」

「必ずメールしてよ? 心の準備しておくから」

「心の準備?」

「だって、もしかしたら」

「もしかしたら?」

「告っちゃうかもよ。わたし」

 は、はぁ?

 マジで言ってんのか?

「冗談だよ、サラシナ君。動揺した顔かわいいね」


 完全に弄ばれとるわ。


「じゃあね、バイバイ!」

 俺から離れてナツメさんは手を振って角を曲がって歩いていった。

 俺は一人しばらく茫然としていた。


 いや。


 呆然としている場合じゃねえ!

 明日はアサツミヒジリと旅行に行く約束だったじゃねえか!

 結局断りのメール入れてないし、こんな時間だし、これで明日の約束キャンセルとかできんのか?

 ああ、また頭を抱えてしまう俺だった。

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