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学園祭、二人だけ

 行き着いた先は講堂だった。

 だいぶきれいに片付けられていたが、ステージの上には演劇部のものと思われるセットが残っていた。

「これなんの劇やってたのかな?」

「たしかコッペリアだったかな」

 なんだそのコッペパンみたいなタイトル。

「バレエの演目とかでよくやるらしいよ。ルナちゃんがバレエやってるからそう言ってた」

「どんな話なんだろう?」

 俺とナツメさんはステージの前に置いてあった観覧用の椅子に座った。

「聞いた話だけど、なんでも人造人間を交えた愛憎劇だって聞いたけど」

 どんな話だよ? ロマンスなの? エスエフなの?

「わけわかんねえな。それ」

「サラシナ君」

 急にナツメさんがいつものように俺の顔を覗き込むように見つめてきた。

「どうした?」

「サラシナ君、ちょっと会わない間に何かあったの?」

「な、なんか? ないよ。なんで?」

 まさかヒジリと二人で旅行していたとはさすがに言えなかった。

「うーん、ちょっと話しかけやすくなったから」

「俺ってそんな話しかけにくい感じだったか?」

「男子とはやーやー喋ってるけど、わたしら女子とはちょっと引いて話してたじゃん」

「意識してなかったけど、一応、少し気い使うじゃん」

「なんで気を使うのよ? 思春期だから?」

 どんだけ甘酸っぱい日常送ってると思ってんだよ? そんな理由じゃねえ! 

「そーじゃなくてさ、えっと、なんかデリケートって言うかさ、要は、ちょっとしたことで傷つけちゃったりするからさ」

ってゆうか、お前ら女子って、よくわかんないとこあるしなぁ。

 冗談一つでも言いづらいんだよ。

 

 ああ、いやなこと思い出しちゃったよ。


 あれは小学校の時かな。なにげない会話の中で、ちょっと冗談交じりでからかったら、マジ泣きされて、その場にいた女子全員に吊し上げ食ったしなぁ。


 まして、ヒジリなんて変なこと言ったらぶっ飛ばされそうだし、だいたい身内である母さんだって、急に機嫌悪くなることあるし。

「やっぱそうなんだ」

 急にナツメさんが何やら納得いったような表情で頷きだした。

 まさか、ヒジリとのこと、ばれてるのか?

「な、なにがそうなんだよ」

「サラシナ君、やさしい……だけじゃないね」

「だけじゃないって?」

「ビビリだ!」

「ああ」

 はい、はい。その通りだよ。

 そのせいでヒジリにノーと言えずに旅行に行ったんだしな。


「そして、自分を守るくせに……ま、これ以上はいいか」

「気になるわ!」

「言っていいの?」

 急にナツメさんが冗談じゃなく真剣な表情で俺を見てきた。

「どーせろくなことじゃないのはわかってるしな。もうはっきり言ってくれ」

「サラシナ君……破滅願望があるよ」

 破滅願望? 俺が?

「ナツメさん占い師でもないのに、なんでわかるんだよ?」

「わかるよ。なんでかっていうとね」 

 ナツメさんが改めて俺の手を握ってきた。

 そして、そっと呟くようにこう言った。


「わたしを受け入れてくれるからだよ」


 なに?

「わたしを受け入れてくれるってことはそういうこと。その先には破滅しかないの。そんなわたしを受け入れてくれる人は、わたしと一緒に破滅してもいいって思ってくれる人だけなんだよ」

 わけわかんないこと言われている気がするんだが、それよりもナツメさんの手のぬくもりがヤバい気がしてきた。

 落ち着け、俺! 平静を装って普通に会話を進めるんだ!

「お、俺は君と一緒に破滅する気はないし、君が破滅するようにも見えないんだが」

 俺の冷静な返しに対して、ナツメさんは少しうつむいて黙りこくった。

 俺は小さく息を吐いてから、続けざまにナツメさんに話しかけた。

「細かいことはわからないけど、仮に君が破滅に導く者だとしても、俺は君の手を離さないし、一緒に破滅する気もない。破滅しない方法がきっとあるはずだよ。そこを目指すべきじゃないか?」

 ナツメさんを元気づけようと思って言ってみたのだが、逆にナツメさんはさらに深刻なまなざしを俺に向けてきていた。

「その考えがいけないんだよ。まだわからないの?」

「は?」

「サラシナ君は、その考えのせいでもっと危険な道を選んでいるじゃない」

「どういうことだ?」

「アサツミさん」

「なに?」

「彼女を受け入れてるでしょ? それって悲しい結末しか待ってないんだよ」


 うーん、ナツメさんのアドバイスはありがたいんだが、時すでに遅しで、その悲しい結末であるヒジリの自殺願望と心の内を見てきてしまったんだよなぁ。

 危うく死際見せられるとこだったし。けど、今は生きようとしているからよかったけど。


「ナツメさん、ヒジリのことよく見ているんだな」

「わかるよ。だって……」

「ん?」

「彼女とわたしは同じだから」

「どういうことだよ?」

「わたしの話、聞いてくれるの?」

「そのために今こうしているんじゃないか、俺が」

「ありがとう」

 ナツメさんは少し甘えるようなまなざしで俺に小さくうなづいたあと、ぼんやりとステージのセットを見ながら話し始めた。

「わたしの両親はろくに働かなくて、ギャンブルばかり。借金たくさん作って毎日借金取りに怯え、最後にわたしを置いてそれぞれ逃げ出した。わたしが三歳の時だった」

 

 いきなりきつい展開だな。まだ序の口だとは思うが。


「その後ね、取り立てに来たおじさんに引き取られた」

 マジか? 普通施設とかに送られて終わると思うが、奇特な人もいたもんだなぁ。

「その人、今のパパだけど、わたしを引き取ることに周りの人にさんざん反対されたのに、よせばいいのに引き取ってさ、借金取りの仕事もやめちゃって、バイトの掛け持ちで生活して、あくせくやる中で始めた自営の仕事が軌道に乗ってきたけど、未だに仕事に行ってばかりで家を空けてばかりよ」

「ナツメさんの今までの人生って、結構深刻だったんだな」

「みんなわたしとかかわって破滅していくんだよね。きっとさ、わたしにはそう言った能力があるんだよ」

 いやー、たまたまじゃないか?

「でもサラシナ君も、これから普通の生活はできないよ」

「なんで?」

「だってアサツミさんを受け入れちゃう人で、そしてわたしもあなたの中に救いの光を見てしまったから」

 救いの光?

「わたしは中学でアサツミさんに出会ってからずっと彼女のこと見ていたの。彼女を見ているとなんだかホッとした。日常生活に馴染めないで苦悩し、あきらめて荒んでいるところを見ていると、わたしはまだましだって思えたんだ。でもね、彼女はわたしなんかと違った。彼女は立派だった」

「立派?」

「そう。あきらめて何もせずに、自分の姿を鏡で見るように彼女をあざ笑って観察していたわたしなんかよりもずっと立派だった。彼女はこの現状を変えようとしたんだよ。高校に入って一歩前に踏み出した時があった。自分を変えようとした時がね」

 

 そうなのか?

 ヒジリといえば俺の中のイメージは、『頑張る』とか『我慢する』って言うイメージないんだがなぁ。


「わたしは今でも覚えているよ。サラシナ君にアサツミさんが話しかけているところを」

 ヒジリが俺に話しかけてきた時?

 それって、あのファーストコンタクトの英語の時じゃないか?

「はにかみながら、なんだか必死の思いでアサツミさんはサラシナ君に話しかけていて、サラシナ君はそんなアサツミさんを包むように自然に答えていた。わたし見えたんだ。あの時、サラシナ君の中に光を。わたしの心を照らしてくれる光を持っている人だって、思った」

 そう言ったナツメさんの瞳は少し潤んで輝いているように見えた。

「正直アサツミさんが羨ましかった」

 ポツリとそう言いながらナツメさんは大分暗くなった講堂の真ん中で天井を仰いだ。

「彼女は拠り所をみつけられたんだと。わたしは自分の影の部分を誰にも知られないように、普通を装って過ごしていくことしかしなかったっていうのに」

 照明もついていない真っ暗な講堂の天井を見つめながら話すナツメさん。

 その姿はすごく頼りなげで、そして今にも闇の中に消え行ってしまいそうに思えた。

「でもあの直後、上級生との揉め事が起こって、また彼女は中学時代と同じように他人を寄せ付けないようになってしまった。こんなこと言ったらなんだけど、少しホッとしたの。これでサラシナ君は大丈夫だって。あのまま彼女と一緒になったらサラシナ君破滅しちゃうと思ったから。なのに……」

 急にナツメさんは振り返ると俺の方に駆け寄ってきて腕をつかんできた。

「サラシナ君たら、その後もアサツミさんに話しかけたりして! 正直いつもひやひやしながら見ていたんだよ?」

「あ、いや、そんな心配かけてたとか知らなかったよ」

「最初はアサツミさんもサラシナ君のこと拒絶していたけど、最近徐々に変わってきたんだよね。だから……」

「だ、だから?」

「わたし、サラシナ君に接近することにしたの」

「接近? な、なんで?」

「決めたの。わたしがサラシナ君を助けようって」

 俺を助ける?

「サラシナ君を破滅への道から助けようと思ったの」

 なに?

「サラシナ君はやさしくてビビリで、破滅願望がある。だから、アサツミさんのためなら躊躇なく命とか賭けちゃいそうじゃん」

「いや、いや、俺みたいなビビリが死ぬようなことするかよ」

 俺の言葉を聞いた途端、ナツメさんの表情が急に疑わしいような感じに変わった。

「そう? サラシナ君みたいな人の方が思いこんだらおかしな方向行きそうで心配なんだよ」


 ナツメさん鋭いなぁ。

 現にヒジリの自殺を止めようとして危うく死ぬとこだったしなぁ。


「もしサラシナ君に万一のことがあったら……」

「あったら?」

「わたしも死ぬから」


 いや、俺を助けるんじゃなかったのかよ!


「その前にしっかり遺書書いておくからね。『サラシナ君が死んだからわたしも死にます』って」

 は? なにそれ?

「お前の自殺が俺のせいになっちゃうじゃん!」

「だから、わたしにそんなことさせたくなかったら、おかしなことしないことだよ? わたしは、サラシナ君を最後の一線越えさせないよにするくさびみたいなもんだと思っていてね?」

 むしろ死んだら爆発する爆弾じゃないか?


「どう? わたしのストーキングぶりは?」

「なんか、見守っていてくれていたんだって、今わかったよ」

「サラシナ君、いい解釈してくれるね。やっぱわたしの思った通りの人だよ」

 ヒジリにしてもナツメさんにしても、俺どんな奴だと思われてんだよ?

 隣でいつものように少し意地悪く微笑んでいるナツメさんを見ながら俺は少し苦笑しながら小さく息を吐いた。

 なるようにしかならないだろうし、今がセーフならいいことにしよう。

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