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旅の終わりと

 一晩車の中で過ごした俺たちはタマスさんの家に戻り、そこから新幹線の駅まで送ってもらった。


「またこっち来ることあったら連絡せーよ!」

 改札をくぐってから振り返ると、タマスさんとミヒィさんが手を振っていた。

 俺とヒジリも手を振って頭を下げた。

 その時俺とヒジリは、タマスさんとミヒィさんがずっと変わらずに一緒にいられればいいと心から願っていた。



 行きのトラブル続きとは正反対に、帰りの新幹線は順調すぎるくらいに進んでいた。


「あなたがもし、あそこで飛び込んでいたら、わたしも飛び込んだよ」

 あの崖でのことを、ヒジリは振り返って話し始めた。

「そ、そうか」


 ま、俺としてもお前が後から飛び込んできて助けてくれることを見込んで、飛び込もうとしたんだがな。

 それは言わんでおこう。


「そしたら、一緒に死んでたんだね」

「ああ。でも、もしかして助かっちゃうかもしんないじゃん、お前不死身だし、ついでに俺も救っちゃったりしてたかも」

 俺の言葉を聞いてヒジリが首を振った。

「無理無理。だって、あそこから飛び込んだら絶対死ぬもん」

「なに?」

「あそこは、さすがのわたしでも助からないと思って選んだ場所だから。切り立った岩場が続いているところで、あそこから飛び込んだ人は一人としてまともな状態では引き上げられないって聞いていたから」

「そ、そりゃ、溺死となれば見た目がまともじゃないのは当然だろ?」

「そうじゃないのよ。浅いから大抵飛び込んだら頭がぐっちゃに砕けるらしいの。すぐに引き上げてもだめらしいよ」


 まじか? 俺そこに飛び込もうとしたのか?

 百パーセントだめなとこだったのかよ!


「偶然旅先で銃が手に入ったから、あの時はそれで死ぬことにしてたけど、最初の予定ではあそこに飛び込むはずだったんだよ」

 なんかそう考えると俺本当に危なかったんじゃん。

 今更ながら背筋が寒くなってきた。


「代わりに投げ込んできた」

「もしかして、銃か?」

「うん。だって、もう必要ないじゃん」

 そう言って彼女が笑った顔は、初めて英語の授業中に見せたあの笑顔と同じだった。

 

 車内に終着駅につくアナウンスが流れた。

「もう着いちゃう。早かったね、帰りは」


 俺たちは東京駅から乗り換えて、自分たちの街の駅へと帰ってきた。

 駅の外にある遊歩道の上まで歩いてきて、荷物を置いた。

「疲れたね」

「ああ」

「わたしこっちだから」

「あ、俺こっちだから」

「うん。じゃあね」

「ああ、じゃあな」

「また学校で」

「ああ、またな」

 

 俺たちは普通に別れた。

 俺たちの夏の日はこんな風に……いや、ちょっと待て。


 すごく大事なこと忘れていたような。


 ナツメさん!


 学祭の時に行くって言ってたのに、いつの間にか嵐のように三日間が過ぎ去っていたじゃないか!

 学祭は二日間で終了。

 片付けの日が昨日。

 今日は夏休み初日じゃん!

 つまり約束の日から一日過ぎ、二日目って、どうすんだよ、これ!


「そう言えば行けそうになったらメールしろって言ってたっけ」

 俺は急いで、『諸事情で今家に帰ってきた。行かれなくてすまない!』とメールをしてみた。

「あれ」

 予想以上に素早く返事がやってきた。

「待ってる……って、まさか、学校にいるのか?」

 続いてきたメールにも『教室で待ってた。今も待ってる』と、ホラーチックな内容が送られてきた。

「なんかちょっと怖い気もするが、俺が悪いんだし、行くしかないか」

 俺は旅の荷物を駅のロッカーに急いで入れて、学校に向かって走った。


 休み中の学校は校舎の中に入ることができない。

 しかし、この日は学祭の片付けで出たゴミや大きな機材等の搬出があって、昇降口の一番隅のドアは開いていた。


 俺はなるべく人目につかないようなタイミングで校舎の中に入り込み、教室を目指した。

 外から入ってくる午後の日差しは少しづつ傾きかけていたが、セミの声と相まって、夏の暑さを感じさせていた。

 俺は教室について、恐る恐るドアを開けて見ると、教室の中はまだ喫茶店の飾り付けが中途半端に残ったまま雑然としており、中央に机を並べてつくった大きなテーブルに白い布がかけたままだった。

「なんか片付けちゃんと終わってねーじゃん」

 俺が誰も居ない教室に一歩踏み入れた時だった。

「いらっしゃいませ!」

「ひぎゃぁ!」

 背後から突然声をかけられて思わず声をあげて、転倒してしまった。

 床に座り込んだまま振り返ると俺の背後にナツメさんが立って笑っていた。

「サラシナ君、驚きすぎ。チョーウケだよ」

 なおも笑うナツメさんを改めて見ると、ミニスカのメイド衣装を着用していた。

「な、ナツメさん」

「やっと来てくれたね。待ってたよ」

「ナツメさん、そのごめん、俺」

 そう言いかけた途端ナツメさんは床に座り込んでいる俺の口に人差し指を当てた。

「来てくれた。それでいいんだよ。サラシナ君、わたしを見に来てくれたんだよね?」

 俺は無言で頷くとナツメさんは微笑んだ。

「だったらいーんだよ」

 俺はナツメさんに手を取られて立ち上がった。


 少し雑然とした模擬店跡地の教室で、俺は笑顔のナツメさんの前に座っていた。

「なにか飲む?」

「なにか飲むって、もう模擬店は終わってんだろ?」

「終ってないよ。サラシナ君のためにこうして開けてるんじゃない」

「じゃあ、レモンスカッシュ」

「すみません、当店はただ今閉店しました」

 

 やっぱ終わってんじゃん!


「じゃあ、どうなるんだ?」

「ここからはわたしとサラシナ君で学祭見て回るんだよ。ちょうど長かったお店番も終わったしね」


 気のせいか『長かった』ってとこに微量の嫌味が篭っていたような……。


「いこうよ。ね」

「もう、片付けられてるのにか?」

「いいの。ほら」

 そう言うとナツメさんは腕をからませながら俺を廊下へと連れだした。


「ねえ、ねえ、まずどこから見ていく?」

「ナツメさん、ち、近くない?」

「遅れてきたんだからわたしの好きなようにしてくれてもいいんじゃない?」

 それを言われるとぐうの音も出んな。

「彼氏彼女のようにして歩いてよ」

「か、彼氏彼女?」

「どうせ誰も見てないんだし。いいでしょ?」

「ま、確かに誰も居ないだろうけど……」

 俺がいまいち煮え切らないような態度をとっていたせいか、ナツメさんが急に立ち止まって責めるような眼差しを向けてきた。

「あれー? わたしずっと待ってたんだよね、一緒に回ろうってテルちゃんたちに誘われたけどサラシナ君のこと待ってたんだけどなぁ」


 そこくるよね……わかった! 腹くくろう!


「いこう! まだ俺たちの学祭は始まったばかりだ!」

「いこういこう!」

 俺とナツメさんは軽快な足取りで先へと進んでいった。


「ここ二組の教室だからお化け屋敷だね」

「うーん、普通に教室だなぁ」

 

 勢いづいて来てみたが、やっぱ綺麗に片付けられていた。。


「薄暗くなってきたし、別の意味でお化けでも出そうだなぁ」

「え、もしかして怖いの?」

「いや、そう言うわけじゃないが……ナツメさんは怖くないの、お化けとか」

「へーき。だってサラシナ君と一緒じゃん」

 俺がいてもあんまお化けに対して役立たないけどな。

「サラシナ君と一緒なら、どこへ行ってもへーきだよ。たとえ地獄の底でもね」

 いや、俺は地獄に行く気はないんだが。


「ここはライブやってたんだよね」

 二階の小ホール。

 ベンチがいくつかあって、よく友達と休み時間にたむろったり、ランチ食べたりしている場所なのだが、奥に小さなステージがあって、隅にオルガンが置いてある以外は楽器も機材も片付けられていた。

「ここもなんもないな」

 俺がそうつぶやくと、ナツメさんがステージに上がっていって、オルガンの蓋を開いた。

「せっかくだから何か歌ってあげるよ」

 そう言うとナツメさんはオルガンを弾きながら歌いだした。


「この曲、聞いたことあるなぁ」

 メロディーは聞いたことのあるのだが、歌詞が外国語だった。

 ナツメさんの歌声は、声楽でもやっていたのか、透き通るようで、静寂な池に広がる波紋のように俺の体に浸透し、そして通り抜けていった。

 

 彼女が歌い終わり、俺が拍手をすると小さくお辞儀をした。

「英語にしてはなんか違うし、今の何語のなんて歌だよ?」

「ドイツ語。ローレライだよ。聴いたことあるでしょ?」

「ナツメさん、ドイツ語できるの?」

「できないよ。わけわからず歌っているだけだもん」

「なんでそんな曲知ってるの?」

「わたしが小さなときにね、共同住宅にドイツ人のおばあさんがいたのよ。わたしその人に毎日ってくらい遊んでもらっていたの」

「へー」

「うち、お父さんもお母さんも忙しくて、わたし一人で遊んでばかりだったからよく声かけてくれたんだ、その人。その時に教えてもらったの」

 そう笑顔で話すナツメさんは、懐かしそうな表情というよりは、なんかすごく寂しそうに見えた。 そして静かにオルガンの蓋を閉めて、ステージを下りてきた。

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