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星の王女と巻き込まれた俺の夏の日その6

 そうだ。

 命を懸けてとか、自分を犠牲にしてなんてよく言うけど、

 いくら好きな女のためとは言え、百パーセント死ぬなんてこと、やる奴はいないだろ?

 でも……。

 

 もし助かる可能性がゼロじゃないとしたら……?


「だったら、俺が先に死ぬ……」

「えっ?」

「だから、俺の方が先に死んでやる。そしたらお前が死ぬところを見てくれる奴はどこにもいない、涙を流すやつはいないんだよ!」

 

 そう。お前を止めるにはこれしかない。

 そして俺の気持ちを伝えるには、これしかないだろう?

 しかし、俺の言葉を聞いたヒジリは冷ややかに笑った。


「死ぬのって実際は相当の勇気がいるのよ? あんたが思うほど、自分を殺すなんて簡単なもんじゃないのよ」

 わかってる。

 

 俺だって死ぬ気なんかないんだよ、本当は!

 

 お前がその不死身の体で俺を助けに来ることを見越して俺は跳ぶんだからな? 

 心の中で叫んでおくが、死ぬ気なんてないんだからな!


 俺は崖っぷちの方を向いた。


「できっこないって!」

「できるかできないかはこれからわかるだろう?」

 ちょっと怖いが、ヒジリの狂気に打ち勝つには、こっちもそれなりの狂気が必要だってことだ!


 気合を入れろ、俺!

 もたもたしていたら先に引き金引かれちまうかもしれない。


 だから、

 俺は走った! 


「そっから飛び降りたら本当に死んじゃうのよ?」

 彼女の言葉は無視!


 崖からダイブは、なるべく遠くだ。

 きっと遠くなら水深もあると思うから助かるかもしれない!


 ただ、走り幅跳びが得意なわけじゃないんだからそんなに遠くまで跳べないかもしれないが。

 いや、……今はもうやるしかない!

 後は頼んだぞヒジリ。

 必ず俺を助けにきてくれ!

 そう。それを見越して俺は跳ぶんだからな! 死ぬ気なんてないんだからな!

 ちゃんと泳ぎも教えたよな?

 母さん、万一の時はすまん!

 ヒジリのせいじゃないからな!


 

 でも本当にこれ助かる可能性あるんだろうか?


 

 俺が跳んだらヒジリは助けに来てくれるんだろうか?


 俺はそう信じているがただ泣き崩れるだけかもしれねえぞ?


 いや、仮にヒジリが飛び込んできてくれたとして、意識のない俺を抱えて岸まで泳げるか?


 ああ、可能性限りなくゼロに近かったかもしれん。

 というか……最初からゼロだってわかってたんじゃないのか?


 ただ彼女の自殺を止めたくて、


 そのために自分の命を懸けるって言う愚行を行うきっかけが欲しくて

 助かる可能性がゼロじゃないとか思おうとしたってことか。


 やっぱヒジリが言ったとおり、俺はロマンチストバカだった。


 そして俺は深い碧の海と夕日に染まる空を見ながら大きく踏み切る……はずが、

 肝心なところで前に向かってつまづいた。


 踏み切り損ねた俺には、自分が想像していた深い海の中ではなく、崖っぷちの直下、白い波しぶきをあげる切り立った岩々が見えた。

 このまま切り立った岩は俺の方にどんどん近づいてきて、そして、一瞬の衝撃、そして沈黙と闇がやってくる……。


 こなかった。


 俺の視界に入る切り立った岩々と海は俺との距離を保ったままだった。

 崖っぷちから上半身をのぞかせたまま俺は倒れており、俺の腰にはヒジリがすがりついて一緒に倒れていた。

「ヒ、ヒジリ?」

 どうやらつまづいたのではなく、ヒジリにタックルをかけられて捕まったらしい。

 ヒジリは俺の下半身を持って思い切り淵から引っ張った。

「なに考えてるのよ!」

 体を起こされた俺に、ヒジリの平手打ちが入った。

 そこから俺の意識は飛んでわからなくなった。


 


 気がついた時は波の音と風が流れる音がして、そして傍らにはヒジリが座っていた。

 周囲は真っ暗で、先ほどと違う波の音は浜辺に来ていたせいだった。

「い、移動したのか? さっきの崖から」

「目が覚めた? あんな危ないとこにはいられないよ。また飛び込まれたら困るし」

「俺を、運んだのか?」

「わたし、力あるの知ってるでしょ?」

「ああ、そうか」

 彼女が俺の肩をつかんだ。

「ほんと、いい加減にしてよ! 本当に死ぬかと思った」

「あ、ああ。俺もやばいと思ったよ」

「ばか! あんたじゃない、わたしが、わたしという存在が死んでしまうとこだった。あんたがあそこで死んだら、わたし、生きていけないし、死ぬこともできなくなっちゃうところだった!」


 結局自分のことかよ。


「わたしが一番わかってなかった……わたしが死ねるのはあんたがいるから。だから、あなたがもし死んだら、わたしは死ぬどころか存在がなくなっちゃうんだって思った。もう死ぬことも生きることもできなくなっちゃうって……思った」

 

 どうやら勢いでヒジリの自殺を止めてみようと思った俺の行為は、一応の効果があったらしい。


「だからお願い、もう、もう死なないで! 死のうなんてことはしないで」

「ヒジリ……おまえが死なないでいてくれるなら、もうやらないよ」

「わたしももう死なない、もう死なないから! だから、だから……!」

「そっか。じゃあ、よかった。これでよかったんだよ」

 ヒジリなりに死を思いとどまってくれたようだ。俺はそっとヒジリを抱きしめた。

「あなたがいたから死ねたはずが、あなたがいたせいで死ねなかった。そして今、もっとあなたといたい、そう思ってしまう自分の弱さが嫌い。決めたことをやりとげられなかった自分の心の弱さが許せない。今日のことは一生後悔する出来事になっちゃうかもしれない」

「だったら、ずっと一緒にいて、一生後悔させてやるよ。あの時死ななかったから、だから今が幸せだって思えるくらいに後悔させてやる」

 俺はそう言ってヒジリを強く抱きしめた。

「なんでそんな意地悪なの?」

「おまえがおれに笑いかけたからだよ。英語の授業で笑ったおまえの顔が忘れられない。お前の笑顔をもっと見ていたいって思った。あの時お前に親切にしなきゃこんな思いもなかったのに。だから、お前も後悔させてやるよ」

「やっぱ、わたしの目に狂いはなかった。あんたに話しかけて正解だったよ」

 今度はヒジリの方から強く俺に抱きついてきた……俺の肋骨がちょっと軋んだ。


 結局俺たちはちゃんと夕日も見ることができなかった。

 周囲はいつの間にか暗くなって、遠く水平線の向こうには漁火が見えていた。

 俺たちは砂浜から車へと戻っていった。

 エンジンをかけようとしたヒジリの手が止まって、俺の方に顔を向けた。

「ショウマ、ありがとう。わたし、ショウマのこと」

 ヒジリが改めて俺の目を見て、そして手を握ってきた。

「好き! 大好きだよ、ショウマ!」

 ヒジリが俺に抱きついてきた。

「あ、ああ。その、ヒジリ」

「こんな時になによ?」

「あのな、俺も言っとかなきゃならんことがあるんだ」

「だから、なによ?」

「その、お前のこと……」


 俺が大事なことをゆう前にヒジリにキスされていた。

 柔らかくて、少し冷たくて、そして温かいものを感じていた。


「ん……十分」

 ヒジリが唇を離して言った。

「な、なに?」

「もう十分だよ! 幸せいっぱい過ぎて、あふれちゃうよ。ありがとう、ショウマ!」

 そしてもう一度キスをしてきた。


 俺たちの愛の告白はかくも唐突であり、ちょっとダッサイ感じで終わった。

 もっとなんとかならなかったのか?

 ま、俺たちらしいのかもしれない。

 というか、俺「好きだ!」って言えてないんだが……。


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