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星の王女と巻き込まれた俺の夏の日その5

「ここからは歩きだね」

 車を停めて俺たちは海の方に降りる松林の中の道を進んでいった。

 この旅の目的地、ヒジリが望んだ夕日が見える岬に向かっていた。

「なんか、いよいよだね」

 ヒジリがそう言いながら俺の手を握った。

「ああ。この先だな」

 木々の間を抜ける小道を行くと、目の前に大きな岩がせり出す崖が見えた。

「ここだよ。あの雑誌に載ってたとこ!」

 

 着いた! やっとここまできたんだ。

 太陽は水平線に接しようとしていた。ちょうどよい頃合いだった。


「来たな」

「うん」

「もうすぐ陽が沈むな」

 水平線の向こうに太陽の一部が沈み込み始めていた。

 俺自身も初めて見る光景で、日中の激しい光とは違った、少し柔らかに差してくる日差しがなんとも心地よい印象であった。

「じゃあ、準備しないとね」

 準備? いったい何を用意してきたんだ、こんなところに。

「お、おまえ、それ」

 ヒジリは肩から下げていたバッグから銃を取り出した。

「いよいよサヨナラだよ。ショウマ」

 

 俺は驚いて一瞬声が出なかった。


「俺を、殺すのか? そのためにここまで来たのか?」

「は? なんであんたが死ぬのよ。死ぬのはわたしよ」

「おまえ不死身少女だろう?」

「さすがに銃で撃てば頭は吹っ飛ぶわ。わたしもジ・エンドってやつよ」

 ヒジリは肩をすくめて笑った。

 おどける仕草から逆に冗談じゃないような雰囲気が漂ってきて、俺は少し焦りを感じ始めていた。

「お前、唯一の生き残りのくせに命無駄にすんなよ!」

「あんたにわかる?」

 彼女は銃を持った手をだらりと下げて、少しうつむき加減で俺を見つめてきた。

「なに?」

「あの時、みんな死んだのにわたしだけたいした怪我もなく帰ってきた。最初だけよ。良かったなんて言われたのは。そのうちになんであんただけ帰ってきたの? あんたが疫病神なんじゃないの? なんて言われるようになったのよ」

 ヒジリの目は何かを思い出しているかのように、どんよりと虚ろになっていた。

「その上一緒にいた好きな人は死んじゃったのにさ、それでも不死身でよかったねって、言える?」

 

 俺は何も言い返せずに黙ってしまった。

 ヒジリの抱えてきたことに対して、俺が用意できる言葉など、なんの慰めにもならないような気がして言葉が出なかった。

 ただ、ヒジリの訴えを聞くしかない状態になっていた。


「こう見えてもね、何度か死のうとしたことがあるんだよ。でも、できなかった。こんなわたしでも死ぬことが怖かったみたい。でもね、ここならいけるってとこを見つけたの。こんな素敵なところだったら死ねるって思える場所が」

「もしかして、ここがそうなのか?」

「そう。そして最後に一番大切なピースが必要だったの。このパズルを完成させるために」

「最後のピース?」

「そう。ショウマ、あなたよ」

「なんで俺が?」

「さっきの話聞いてた? わたしは好きな人に先立たれたの。その気持ちがわかる?」

「いや……正確にはわからないと思う」

「だから、それを知ってほしいの」

「え?」


「ショウマにわたしの気持ちを知ってほしいの。そしてわたしは愛する人の目の前で死んでいく。こんな最高な死に方ってないでしょ? わたしだって、最後くらいそうありたい。今まで何度も涙を流す方だったんだから。もう、いいよね?」


「いや、ちょっと待て! 俺の気持ちはどうなるよ?」

「悲しみに暮れて、わたしの亡骸にすがりつく。わたしは愛される人に見守られ、悔やまれながらこの生涯を閉じるってわけ」

 

ヒジリのこの言葉を聞いて、俺は大変な奴と一緒に旅行してきたんだと痛感した。


「おまえ、さすがに自分勝手すぎないか?」

「なんとでも言って。これが、わたしが目指してきたものなんだから」

 

 こいつ究極のわがまま少女、いや、心が病んでいる少女……その両方だったのか。


「お、お前なぁ……」

「とにかく……もう、好きな人の死を悲しむ側は嫌なのよ!」

 

 最後まで自分勝手な奴だったってことなのか。

 いや、よく考えたら最初からそうだったんだ。


 そして俺は……それでも、そんなヒジリのことが好きなんだよな……。


「さてそろそろカウントダウンだよ」

「わからん。お前の考えがわからねえよ。ただ……お前の存在が悲しすぎる」

「わたしの存在が悲しい?」

「お前は究極にわがままで相当に心が病んでる。こんなことしでかすぐらいだからな。でも、お前がそうなっちまったことには今までお前に起きてきたことが原因なんだから、しかたがないよ。ただ、お前がこうなっちまったことが、悲しい存在だって俺は思う」

 ヒジリは目を伏せたまま少し笑った。

「だったら、あんたはなにをしてくれるって言うのよ? 悲しいわたしに」

「そばにいて手を握ることしかできない。それじゃだめなのか?」

 

 ヒジリが顔を上げて小さく笑いだした。

 そしてその笑い声は徐々に大きくなっていった。


「ふふ、典型的な偽善者が吐くようなクソダサいセリフだわ!」

「うう……」

「でも、ありがとう。今のわたしにはぴったりだよ。クソみたいな偽善が。わたしにはそんな偽物の愛がお似合いなんだよ」

「偽もんなんかじゃねえ! 俺は……!」

「いいの。自分でもわかっている。こんな身勝手な考えを実行に移した自分の狂気を。そんなわたしを愛することなんて無理なことも。だからこれ以上言わないで! わたしにはピュアな愛なんて似合わない。偽物の愛でいいんだよ……わたしは汚れ切った人魚だからきれいな水の中じゃ生きられない」

「俺の中ではおまえは汚れてなんかいないぞ!」


 そうだ。

 どんなにわがままな身勝手野郎でも、天使の微笑みよりも透き通って穢れのない、まばゆい光を放つ宝石のように思っている。

 ただ、それは今にも崩れて、消えてしまいそうな儚いもののように感じていた。


「あんたの偽善の愛に答えて、わたしも告白する」

「告白?」

「最後だから、わたしのすべてを吐き出すよ」

 これ以上一体何を言いだすんだ?

「わたしは……」

 ヒジリは目をつぶって大きく息を吐いて、そして口を開いた。


「わたしは、臆病者です、自分の境遇が怖くて耐えられず、だから何もかもを滅茶苦茶にして逃げ続けてきた臆病者です。でも、一度、こんな自分を変えようとしました。それはきっとわたしと普通に話してくれると思った男の子に勇気を出して話しかけたことです。その男の子はわたしと、普通に話してくれました。わたしは行けると思った。わたしは、ここから今までの生き方をやり直すんだ。パパにもママにも当たらなくてもいい子でいられる、普通の女の子としてやり直せると思いました。でも、それは一瞬で終りました。またわたしのことを邪魔する人たちが現れて、わたしを滅茶苦茶に苛めてきたんです。わたしが何をしたんでしょうか? 神様がすべてのことを運命づけているのだとしたら、なんで神様はわたしに、なんの恨みがあってこんな仕打ちをするのでしょう? わたしは我慢できなくて、神様を恨みながら、まためちゃくちゃにして逃げてしまいました。そしてわたしはまた一人ぼっちになってしまいました。わたしは、自分がいらない子で、神様がわたしを排除しようとしているんだとわかったんです。だから、わたしがわたしという存在を消し去ろうとするならば、きっと神様は邪魔しないと思った。そしたら、やっぱそうだった。この旅、わたしが死ぬための旅を授けてくれたんです」


 呆然としている俺を置いてヒジリは話し続けた。


「偶然、コンビニの前でまたショウマと二人きりになれて話もできた、偶然ショウマが持っていた旅の本にここ、わたしの最後の場所が載っていた。初めて自分の名刺が渡せた、待ち合わせをして、わたしを待っていてくれた人がいた。二人で電車に乗って、手をつないで、一緒にお風呂に入って、一緒に寝て、二人で走ったり、歩いたり、ご飯食べたり……もう、十分、幸せだった。あとは、このまま、幸せなまま、あなたに見つめられながら死ぬだけだよ。神様、ありがとう」


 な、

 なに言ってんだ、神様に感謝してんじゃねえよ!

 俺に感謝すべきだろ!


 心の中で叫んでいた。

 なのに、俺は、俺はなにも言葉が、気の利いた言葉が出てこない。

 それどころか、彼女の小さな胸の中に秘めてきた思いが大きすぎて……切なすぎた。


「ありがとう。わたしは、最後の最後で幸せでした。ショウマ……本当にありがとう。やっぱわたしが選んだ人は、間違ってなかったよ」

 

 ヒジリは笑った、涙を流しながら。そして銃を頭に当てた……

 その瞬間、俺は渾身の力を振り絞って叫んだ。


「お、おまえ、ばっかじゃないのか? 馬鹿も大馬鹿だろうがぁ! 自分で変えようとして変えられなかった? 変えてんじゃねえかよ! この旅で、お前変わったんじゃないのかよ? 俺といろんなことできたんじゃないのかよ?」

 彼女は笑顔で涙をこぼしながら首を振った。

「ありがとう。ショウマはそう言ってくれると思ったんだ。でも、わたしが死ぬのは変わらないんだよ」

 

 ……そうだよな、俺の言葉じゃどうしようもないことはわかってる。

 所詮、俺は彼女のことを命かけてでも守るなんて気はないのかもしれない。

 命を懸けてとか、自分を犠牲にしてなんてよく言うけど、無理に決まってる。


 そんなの無理だろう?


 いくら好きな女のためとは言え、百パーセント死ぬなんてこと、やる奴はいないだろ?


 でも……。

 もし助かる可能性がゼロじゃないとしたら……どうだよ?


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