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星の王女と巻き込まれた俺の夏の日その3

「なんか俺たちホントにお邪魔しちゃってよかったんですか?」

 買い出しの帰りに、車の助手席に座った俺は隣のタマスさんに話しかけた。

「ええんやって。ま、正直な、ミヒィと二人だと、ちょっと気いつかうっちゅうか、たまには人が多い方が彼女も気分転換なるかと思うて」

 なんかこの言葉だけでも、ミヒィさんのことかなり大事にしているんだということが伝わってきた。

「それにしても、お前らなんであんな岬に行こうと思ってるんや?」

「あ、彼女が海に沈む夕日を見たいって言って」

 後ろに乗っているヒジリは図々しく居眠りをしていて無反応だった。

「そんだけのためにここまではるばる来たんかい?」

「雑誌に出てたんですよ」

「マジか? 地元のもんはめったに行かんとこやぞ」

「そうなんですか?」

「俺の子供ん頃は自殺の名所やったからなぁ」

 それが今ではきれいな夕日が見えるスポットとして紹介されているんだから、世の中わからないものだ。


「ちょっと休憩してってええか?」

 そう言ってタマスさんは海の見える道で車を停めて、車外に出て煙草を取り出した。

 俺もヒジリを車内に残して外に出ると大きく伸びをした。

 午後の日差しはまだ強く、波が穏やかな海は青々とした色を静かにたたえていた。


「少年、吸うか?」

「あ、いや、俺はまだ吸わないんで」

「そうやな、未成年やもんな。俺がキミくらいの時は吸っとったけど、今は値段も高なったしな」

 そう言って煙草に火をつけた。

「なんちゅうかな、なかなか人に言えんちゅうこともあってな」

 タマスさんはおもむろにそう言いながら煙を噴き上げた。

「ま、ホントのとこ、君らが他人だからこそ話したいっちゅうこともあるんやな、きっと」

 なんか、複雑な話が始まろうとしていることは分かった。

 きっと先程言葉を濁したミヒィさんのことなのだろう。

 とりあえず、俺は黙って聞くことにした。


「彼女、ミヒィな、身元不明なんや。行くとこ決まるまで俺んとこに居候させてるんや」

「身元不明って、警察に届けてるんですか?」

「うーん、それがな、複雑な事情があんのよ」

 一体どんな複雑な事情があるんだ?

「彼女がこの国の人じゃない、そうでしょ?」

 急に車の後部座席の窓からヒジリが顔を出して話に入ってきた。

「お前、起きてたのかよ?」

「だから彼女のこと警察に連絡できないんじゃないの?」

 ヒジリが車から降りてきて、あらためてタマスさんに問いかけてきた。

「その通りや。何で分かったんや?」

 え? タマスさんの返事に俺は驚いた。

 日本語も流暢だし、俺は全く純粋に日本人だと思っていたんだが。

「叫びよ」

「さけび?」

「驚いた時って言うのは母国語が出るもんよ」

 もしかして、さっきのムカデ騒ぎはその為にやったのか?

 ということは、虫を怖がって俺にすがりついたのも全部演技だったのかよ!

「この辺な、最近はほとんど聞かんくなったけど、昔は密入国する連中の舟とか来とったんよ。ただしそんなのはボッロボロの舟で、多くは途中で沈んでもうたり、中で死んでもうたりするのが多かったんや。彼女もひどい舟に仲間数人と一緒に乗ってきたらしいんやけど、船が沈んで、みんな死んでしまったんやって。彼女も俺が助けてからしばらくは記憶が曖昧でな」

 

 密入国者だったのか。


「だから警察に相談できんかったんやって。命がけでここまで来たのに、捕まったら強制退去やろ? かわいそうでな、俺の家に住まわせてやったんや」

「で、彼女と関係持っちゃったの?」

 ヒジリはなぜそういう方向で突っ込むのか!

「あほか! まだ手は出しとらんわ。俺はな、そんな邪な気持ちで助けたんじゃねえわ。そりゃ、本当に俺を愛しているんならええけど、もし助けてもらった御礼みたいなもんやったら、ふざけんなっちゅうやつや」

「なんか、見た目の割に結構ピュアな感性持ってんだね」

「ほっとけや」

 ヒジリは年上の男に対しても容赦ないなぁ。

「あの……彼女、こっちに知り合いとかいないんですか?」

 俺の質問にタマスさんはため息をつくように紫煙を吹き上げた。

「それがな、誰か向こうからきとる人たちに連絡せんかと思ったんやが、これまた複雑なんよ」

「複雑、なんですか?」

「ああ。ええ人もおんのやけど、密航者を受け入れて、そいつら馬車馬のようにこき使って金絞りまくるマフィアみたいな連中もおるんやと。そんな連中に当たったらやばいやろ? そやから大丈夫な仲間が現れるまでは俺と一緒におって生活させとこうと思ったんよ」

 ヒジリがタマス君の肩をポンポンと叩いた。

「やさしいんだね、おっさん」

「誰がおっさんじゃ。おい、少年、この娘どういう性格しとるんや?」

 俺に言われても……。

「すいません、ホント自由奔放で」

「自由すぎやろう」

 タマスさんの突込みが入ってもヒジリのペースは崩れなかった。

「彼女、毎日何してるの?」

「今は海の家で働いてるんや。休みの日は方々遊びに連れてってるんやけど、海が好きでな、海ばっかや。遠くも連れてってやろうかと思ったんやけどな」

「なにか趣味ある?」

 ヒジリがなぜミヒィさんの趣味を尋ねたのか、その真意はわからなかったが、表情からして、なにか思うところがあるようだった。

「趣味……そうやな、絵を描くんが好きやな。上手に描きよるわ」

「風景画?」

「そうや、海とか浜辺とかよう描いてるわ」

 その答えに対してヒジリはそれ以上質問もせず、タマスさんもゆっくりと煙草を吸い終わると車に戻った。


「おかえりなさい。野菜の下ごしらえ終わったよ。ご飯も炊いたからおにぎりにしとこうか?」

 帰るとミヒィさんがいろいろと準備を進めておいてくれていた。

「おう、じゃあ、炭に火いれるか」

「炭火も準備しちゃったから、後は焼くだけよ」

「おう、すまんな」

 ミヒィさんは結構なんでもできる人のようだ。家の中がきれいに片付いているのもきっとミヒィさんがこまめに掃除しているからなのだと思った。


「じゃあ、まずは飲もうやないか。乾杯しょうぜ」

 俺たちは買ってきた飲み物を手にした。

(ヒジリが普通にビールを飲もうとしたので全力で止めた)


 その後肉を食い、野菜を食い、炭酸飲料を飲み、青い空と遠くに見える海を見ながらのんびりとした時間を過ごした。

「ちょっとトイレ」

 ヒジリが家の中に入っていった。

「少年、食っとるか?」

 タマスさんが隣に来て肉を皿に置いてくれた。

「十分いただいてます。それにしてもいいですね、ここ」

「そうやろ? 海も見えるしバーベキュウする庭もあるし最高やろ?」

 するとミヒィさんが俺の反対側に座った。

「そう言ってタマスさん、週に三回もバーベキュウするのよ」

「ええやないか、なぁ、少年」

 週三回は多いと思うが、こんなロケーションなら俺もやるかもしれんなぁ。

「タマスさんて、なんのお仕事されてるんですか?」

「俺か? 俺は自動車修理工やっとるんよ」

「自動車か、いいですね」

「少年は車好きか?」

「小さい頃からミニカーとか好きで。でもまだ免許ないですけどね」

「ほっか。将来はなんかやりたいことでもあるんか?」

「いや、まだ具体的にはぜんぜん。でも車関係の仕事も少し興味あるんです。古い車修理したりって、なんか面白そうだなって」

「ほんなら将来俺が工場持つさけい、そこに就職せいや。俺が面倒みちゃるぞ」

 ミヒィさんが笑いながら、

「またそんなこと言って……お酒飲むとすぐ大きなこと言うんだから」

 と言うと、タマスさんは少し照れながら頭を掻いた。

「ま、なんにせよ、今は学生やろ? しっかり勉強するんやぞ。俺みたいにならんようにな」

「あ、はぁ」

「少年よ、一つゆうとくぞ」

 なんかタマスさんだいぶ酔っ払ってるような感じになってきていた。

 しかし、ここはちゃんと話を聞いておこう。人生の先輩としてのお話を。

「道を外しすぎるなよ。まともな道に戻った時に辛い思いすんぞ」

「そ、そうなんですか?」

「俺も昔はグレとった。見ての通りたっぱもまあまああるさけえ、喧嘩もようしたわ。高校中退してプラプラしとったんやけど、ある日思ったんや。ただ生きてるだけやなって。フラフラしていた時は自由やったけど、生きてる気がしんかった。何の為に息して飯喰うて糞してんのかわからんかったしな」

「それで、どうやって更生したんですか?」

「目標持とうと思ったんや。叔父貴の修理工場出入りさせてもうて、そこで働き始めた。

いつか自分の修理工場持てるようになったらええなぁと、今は思ってるんや」

 

 目標を持つ、か。


 確かに今は学校に行ってバイトして……機械的に繰り返しているが、俺はなにか明確な目標を持って生活しているのだろうか?

 それでいて今の生活が息苦しいなんて思っていたのは、もしかして何も目標なく生活していることによる、先が見えない閉塞感が原因じゃないのか?

 そして俺はそれを……母子家庭という環境のせいにしていたんじゃないだろうか?


「もう、タマスさんが重い話するからショウマ君考え込んじゃったじゃない」

 黙ってしまった俺を見てミヒィさんが注意したが、タマスさんは豪快に笑って俺と肩を組んだ。

「いいんやって。悩め、悩むんや少年よ。今は悩んでええんやって……ところで少年」

「なんですか?」

「お前、あのヒジリっちゅう女、彼女じゃねえんか?」

「いや、ただのクラスメイトなんですよ」

「なんであんなマイペースすぎる女と旅行しとるんや?」

 タマスさん、心配しているというより少し怒ってないか?

「いや、まあ、わかるかと思いますが、半ば強引に始まっちゃったんですよ」

「お前、気いつけんと一生あいつの言いなりやぞ」

「一生?」

 すると反対に座っていたミヒィさんが俺の肩をつついた。

「だって、ショウマ君、ヒジリちゃんのこと好きでしょ?」

 はぁ? いや、完全否定はしないが……。

「見てればわかるよね?」

「そうじゃ、そうじゃ。お前しっかり肉食うて鍛えんな、絶対尻にしかれっぞ」

 

いや、どんなに鍛えても追いつけないものがあるんだが……。


「しょーまー、きてー、しょーまー」

 なんか家の中からヒジリの呼ぶ声が……。

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