星の王女と巻き込まれた俺の夏の日その2
「この岬け? ここを海岸線沿いにずっと北の方に行ったとこだわい」
海の家に戻って休憩していた時に、ヒジリが俺から奪った雑誌を広げて、店の人に質問していた。
「車が必要ね」
「電車がこの近くまで通ってるらしいぞ」
「もうローカル電車はいいよ……こんなことなら駅前でレンタカー借りてくるんだった」
いや、免許ないから借りれんと思うぞ……あ、持ってたんだっけ。
「はぁーあ、となればまたあれか」
「あれ、とは?」
「カージャックかぁ」
「だからヒッチハイクにしてくれ! グランセフトオートはやめろ!」
「でも簡単に乗せてくれる車が見つかるかしら?」
いや、確かに難しいと思うが、車泥はいかんだろう!
すると(犯罪を抑止するためか)店の主人が助け舟を出してくれた。
「そこやったら、わしの息子が家ちけえし、乗せててやるよう頼んだるわ」
「ほんとおじさん?」
「ああ。ちょっと待っとって」
そう言うと主人は店を出て、海の方へと歩いていった。
しばらくすると背の高い日焼けして色黒の男を連れて帰ってきた。
「こいつは俺の息子のタマスや。コイツに乗っけてってもらうよう頼んどいたわ」
タマスなる背の高い色黒の男は、俺たちよりも十歳ほど上のようで、面倒くさそうに頭を掻いた。
「まあ、ええけど、もうちょい待っとれや」
俺は立ち上がって頭を下げた。
「あの、よろしくお願いします。俺はショウマ、コイツはヒジリって言います」
タマスさんは少し笑顔になって手を伸ばしてきた。
「おお、俺はタマスや。少年、礼儀正しいな。気に入ったわ」
そう言って握手してくれた。
「よろしく」
少し愛想なしのヒジリであったが、タマスさんは嫌な顔もせずヒジリとも握手をした。
「車回すわ。あと、連れを乗せてかないかんし、ちょっと待っとれや」
すると店の主人が少し難しそうな顔をしてタマスさんに声をかけた。
「お前、まだあの女とおるんか?」
「ええやないか。ちょっとの間や。見捨てれんやろうが」
タマスさんはそう言って背を向けると海の家を出ていった。
「困ったもんやぞ」
主人のぼやきを聞いてヒジリが興味津々と言った表情で質問を始めた。
「なんか、付き合ってる彼女に問題でもあるんですか?」
主人は複雑そうな表情をして返答を一瞬渋ったが、ヒジリが視線をそらさずに返答を待ち続けるのでゆっくりと答え始めた。
「身元も知れんような女拾って一緒におるらしいんや。はっきり言わんけど、なんか面倒なことにでもなったらどうするんやって」
「身元のしれない女、ですか」
「ま、ようわからんわい。あいつも大人やし、勝手にさせてるんや」
主人はそう言うと店の奥に行ってしまった。
「なんか、ありそうね」
ヒジリが楽しそうにつぶやいた。
俺は余計なトラブルが起こらないことを心から祈るのみだった。
しばらくしてタマスさんが大きなSUV車でやってきた。
「お待たせついでにもうちょっと待ってや」
車から降りてきたタマスさんはそう言いながら俺たちの荷物を車に積み込み始めた。
「すいません、あ、これは俺やります」
俺も自分で積み込みながら、ヒジリを見ると浜の先を見つめていた。
ヒジリの見つめていた方向から一人の女性が歩いてきた。
背中にかかる黒い髪、少しやせ型ながら、タンクトップからうかがえる膨らみとショートパンツから伸びるすらっとした脚は何とも色っぽさを感じさせる大人の女の人だった。
「お、きたきた。こっちや!」
タマスさんがその女性に声をかけて手招きした。
「紹介するわ。こいつはミヒィ。俺の同居人や。ミヒィ、こいつらは旅の少年少女、ショウマとヒジリちゃんや」
ミヒィさんは俺たちに頭を下げた。
「初めましてショウマ君、ヒジリちゃん」
「は、初めまして。よろしくお願いします」
俺とヒジリが挨拶を返すとミヒィさんはにっこりと笑った。
いやぁ、ミヒィさんは、色っぽさもさることながら、なんというか年上女性ならではの頼れる安心感のような雰囲気も醸し出していた。
大人の女性ってやっぱあこがれてしまうよなぁ。
俺も将来こんなきれいな大人の女性と恋愛関係になったら、素敵だろうなぁ。
と、思っていたら、ヒジリが俺のことを怖い眼差しで見ていた。
「な、なんだよ?」
「ちょっとデレデレした顔しすぎじゃない?」
「してねえよ! いい加減なこと言うな」
ヒジリは答えずそっぽを向いてしまった。
「ほんじゃあ、乗れや」
タマスさんに促されて、車のドアを開けた時だった。
ヒジリが急に「背中がむずむずする」とか言いだした。
「おい、どうしたんだ?」
俺とミヒィさんが心配そうにヒジリの様子をうかがった時だった。
「いやぁぁ! ムカデ!」
そう言ってヒジリが背中から細くてひょろっとした黒いものを投げだした。
「うわぁ!」
急なことだったので、俺もミヒィさんもびっくりして声をあげた。
「なんや、どうしたんや?」
タマスさんまで運転席から戻ってきた。
「ム、ムカデが……」
おびえる彼女は俺にしがみついており、俺はムカデなる黒い物体を見たが、どうやらただの黒い紐のようなものだった。
「お、お前、ただのごみじゃねえか! びっくりさせんなよ!」
「え? ホント?」
ミヒィさんも驚いていたが、ホッとした表情に戻った。
「なんだ、よかった」
「ごめんなさい、驚かしちゃって。てっきりわたし……」
そう言うとヒジリは、また目を潤ませて俺にしがみついてきた。
不死身少女も虫には勝てず、こういったとこは女の子なんだな。
「なんもなくてよかったわ。さ、乗れ乗れ」
俺たちは気を取り直して車に乗り込んだ。
俺たちの乗った車はしばらく砂浜を疾走し、途中で放水路のゲートを渡ってから、綺麗に整備された自動車専用道路に入った。
「そういや、お前ら今日どこ泊まるんや?」
運転しながらタマスさんが尋ねてきた。
「あ、いや、まだどこも。行き当たりばったりなんで」
「そうなんか。そんな金も持っとらんのやろ? よかったらうちに泊まらんか?」
「え? タマスさんちですか?」
「おお。親戚の持ちもんやけど一軒家借りて住んどるんや。部屋もあるし、どうや? 今日はバーベキューでもしようや」
「いーんですか? なんか会ったばっかの俺たちに……」
「ええんやって。実は俺もな、若いころ貧乏旅行しとった時あってな、方々で泊めてもろうたことあんのよ。ま、恩返し、善意の連鎖みたいなもんや」
世の中こんないい人もいるんだなぁ。
最初見た時は大きくて黒くて少し怖そうな人だったんだけどな。
元有料道路だという自動車専用道路を、海を横に見ながら走り、途中で降りて更に海の方へと細い道を走ったところに一軒家があった。車はそこで停まった。
「ここですか。カッコいい家ですね」
「おう、叔父貴が道楽で建てた家やけどな」
白いペンキで塗られた木造洋風建築で、玄関にフロントポーチがあり、重厚なドア、高い天井など、俺の中のイメージではアメリカの映画に出てくるような家だった。
俺たちは空き部屋に案内され、荷物を下ろした。
「アイスコーヒー、いかが?」
俺たちはリビングで冷たいコーヒーをいただき、そしてしばし雑談をした。
リビングの大きな窓の向こうには小さな庭があり、その先には遠く海が望めた。
「ミヒィさんもここに住んでるんですか?」
「うん。わたしはあなたたちの隣の部屋。彼は反対奥の部屋なの」
「えーっと、聞いていいですか?」
ヒジリが挙手して発言の許可を願い出た。
「なに?」
「あの、タマスさんとミヒィさんて、恋人同士ですか?」
俺もそう思ったのだが、なぜかタマスさんもミヒィさんも微妙な笑顔をして即答しなかった。
「あ、あのな、ちょっと複雑なんや。単なる同居人なんや、な?」
「そうなの。彼のご厚意に甘んじて、ここに住まわせてもらっているの」
タマスさんとミヒィさんの答えは曖昧で本質は全く分からなかったが、これ以上の突込みはやめた方がいいのではないかと思った。
しかし、ヒジリは全くデリカシーがないのか、単に自分の好奇心を満たすことを何よりも優先するのか、質問はここで終わらなかった。
「どうやって知り合ったんですか?」
またも微妙な空気になった。
「おい、ヒジリ、いろいろ詮索するのは失礼だろう?」
ここは俺がとりあえず止めるしかないだろう。
タマスさんは苦笑いをしながらコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「ま、そのことはまたおいおいな。買い出し行くんやけど、手伝うてくれるか?」
「あ、はい」
声をかけられて俺も立ち上がった。
「野菜はあるし、飲み物とお肉だけでいいかも。準備しておくね」
ミヒィさんがそう答えるとヒジリが立ち上がった。
「わたしも買い出し行きたい! ショウマだけずるい」
「ずるいもなにもあるかよ。お前ミヒィさんの手伝いしろよ」
俺がそう言ったところで聞きそうもなかったし、ミヒィさんも、
「わたし一人で大丈夫だから、ヒジリちゃんもスーパー行ってきたら?」
と、言ってくれたので、ヒジリは俺の腕に絡みついてきた。
「じゃあ、行こう、行こう!」
「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」
タマスさんがミヒィさんに手を振った。
俺とヒジリはタマスさんについて買い出しへと出掛けて行った。




