黒毛和牛上塩タン焼2800円
俺たちはそれぞれ距離をとってホームから改札口に向かっていた。
俺たちの少し前を一人の青年が歩いている。
彼は先ほどまで我々が持っていたマジソンバックを自分の荷物と一緒に抱えながら、改札口を通過していった。
すると改札の外に立っていたひとりの男が青年の後をついていった。
「いたぞ、アイツは電車の中にいたチンピラの一人だ」
「見失わないようについてこう」
なぜこんなことをしているのか?
すべてがヒジリの提案だったのだ。
そう、彼女が電車の中でその青年にこう持ち掛けた。
松本駅で降りるのであれば、駅前交番にこのバックを届けてほしいと。
拾ったバックの中に現職議員さんの資料が入っており、連絡したところ、駅前の交番に持ってきてほしいと言われた。
わたしたちは乗り換えで先に行かなければならないので、ぜひお願いしたいと。
当然俺が言っても怪しまれるかもしれないが、そこはヒジリの普段見せないかわいさと一生懸命さのアピールで、その青年に二つ返事でオッケーさせたのだ。
そしてそのバックを見つけたチンピラ一人が今釣れたわけだ。
「まだよ。本命をひっかけなきゃ」
駅から出て数メートル先の交番に向かおうとした矢先、青年は後ろから先ほどのチンピラに声をかけられた。
するともう一人、ヒジリに顔面蹴られたチンピラが出てきて、押し問答になっていた。
「やっぱ改札で張ってたか」
「こんなあっさりかかるとはね」
「見つかったらやばいし、そろそろ行こうぜ」
「まだよ、まだ」
そう言ってヒジリが引き留めるのだが、俺は嫌な予感がしてどうにも落ち着かない心境だった。
「きたよ!」
ヒジリの声で、俺は再びもめている三人の方を見た。
白髪交じりの背の高い男が三人のところに歩いてきた。
年の頃は四十歳くらいだが、精悍で引きしまった肉体をきれいなスーツで包み、サングラスをしていた。
三人のところまでくると、男はにこやかに青年に話しかけた。
身振り手振りも交え、時折ジョークでも言っているのだろうか、笑いながら肩を組んで、最終的になにかお金のようなものを渡して、青年から颯爽とバックを受け取っていた。
青年は金を受け取ったこともあったのか、少し後ろめたいような表情をしていたが、間もなく街の方に歩いていった。
「あいつは、もしかして」
「うん。あれが殺し屋だよ」
見えない。
もっと残忍そうな男を考えていたが、にこやかな紳士で、身なりもきれいだったし、派手さもない。
男は軽く周囲を見まわしてからバックの中を確認した。
中から資料をとりだし軽く内容をチェックし、再びバックの中を覗いた。
「ねえ、逃げるよ!」
急にヒジリが立ち上がって俺の袖を引っ張って歩き出した。
「な、なに?」
「やばいから、早く!」
俺たちが物陰からさりげなく出て、歩き出した時、バックの中を見ていた男が大声をあげてバックを地面にたたきつけていた。
「なんだ? いったい、どうしたんだ?」
「拳銃が入ってなかったから怒ってるのよ」
「は? もしかして、お前銃は持ってきちゃったのかよ?」
「渡すわけないでしょ、そんな危ないもの、それから」
「それからなんだよ?」
「多分気づいた」
「なにに?」
「これが罠だって気づいたのよ。どこからかわたしたちが見ていることがばれてる」
「なに?」
「走って!」
そう叫んだ時、後方から男たちの声が聞こえた。
俺とヒジリは走って駅のショッピングビルに駆け込んだ。
「どこに逃げるんだよ? 出口は正面しかなかったんだぞ?」
「こっち、早く!」
ヒジリが従業員用の出入り口を指さした。
「すいません、通ります、すいません!」
そう言いながらバックヤードを走り抜けると裏口らしき扉を発見した。
「出た!」
「下に通りがある。ここから逃げよう!」
俺たちは階段を下りて細い路地を走り、ガード下をくぐって、コンビニ脇にある橋を渡って、細い路地に飛び込んだ。
「どう?」
息を切らせながらヒジリが問いかけてきた。
俺はそっと路地の角から大きな通りの方を覗いた。
「追いかけてきている感じはないな」
「はぁ、よかった」
「よかねえぞ、ホント、なにしてくれるんだよ」
「ま、とりあえずどこかで休もう。疲れちゃったし、お腹もすいたよ」
「確かに、なにか食いたいな」
俺たちは表通りは歩かないようにして、外から店内が見えない場所を探すことになった。
「ここ、ここにしよう」
お城の裏の方にある細い路地の一角に和風の焼肉屋さんがあり、ヒジリが即決で店の中へと入っていった。
「なんか高そうなんだが……」
中に入ってみると、外から店内は見えないし表通りからは脇道に入っているので安心できそうだった。
しかし、値段は安心できなかった。
とても俺が今まで入ったことのあるチェーン店の焼肉とは段違いの質と値段だった。
「じゃあ、上タン塩と白菜キムチ」
ヒジリはなにも物おじせずに注文している。
「おい、大丈夫かよ、金」
「大丈夫よ。いざとなったら」
まさか定番の皿洗いか?
「銃があるでしょ?」
「脅すのかよ! それはまずいだろう!」
「冗談よ。ちゃんと計算して使っているから」
本当かよ?
俺は今まで食べたこともない極上の牛タンを食しつつ、キムチをつまみ、温かいウーロン茶を飲んだ。(ヒジリはビールを頼もうとしたが俺が全力で止めた)
「ああ、世の中にこんなにおいしい肉があったのかぁ」
「そんなことより、次のこと考えないと」
そうだ。高級和牛肉に酔っている場合じゃなかった。
例の議員さんに危険が迫っているってこと伝えなきゃいけなかったんだ。
「さっき渡しちゃった議員さんの資料に電話番号あったでしょ?」
「ああ。ちゃんとスマホに入れたよ」
「面倒なことになると嫌だから公衆電話からかけようよ」
そうか。なるほど、コイツ妙に機転がきく時があるなぁ。
「さっきお城の近くに電話ボックスあったからそこからかけよう」
電話ボックスのチェックまでしていたとは……。
そういった細やかなところを対人関係にも生かしてもらえないだろうか?
俺は電話ボックスから出てきて首を振った。
「警備には細心の注意は払いますって言ってたけど、あまり信じてもらえてないような感じだった」
「そっか。急にこんな話されたって信じないかもね」
俺たちは電話ボックスを後にして、松本城の敷地を歩いた。
すっかり陽は落ちて、お城はライトアップされており、暗闇に浮かび上がるその様は、大聖堂のように神秘的でかつ神聖に見えた。
「せめてあの渡しちまった資料と拳銃を見たら信じただろうにな」
「これは渡さないわよ」
ヒジリは自分のショルダーバックを押さえた。
「なんでだよ! 銃見せるだけでも信じてもらえるかもしれないだろうに」
「銃なんて見せたら警察沙汰になって面倒じゃない!」
「人の命には代えられないだろう?」
「なに偽善者みたいなこと言ってんのよ。いくら人の命が大切って言っても他人よ他人。面倒ごとは嫌でしょ?」
「いや、確かに面倒といえば面倒だが」
「でしょ?」
「防げたかもしれないことを見過ごすのって、やっぱイヤじゃないか?」
堀に架かった赤い木の橋を先に歩いていたヒジリは、俺の言葉に反応するように立ち止まった。
「ホント、ショウマって、わたしの思った通りの人だわ」
そう言ってヒジリは大きくため息をついた。
「なに?」
「わたしは話しかける人を間違ってなかった」
「なんの話だ?」
「だから、あなたを選んでよかったってこと!」
全くわけがわからないのだが……。
「わたしたちでなんとかするのよ。その方が面白いでしょ?」
いや、マジで言っているのか、それ?
「とりあえず、狙うとしたら明日の講演でしょ? 今日はどっかに泊まろう」
「あ、ああ」
そうか、ついにコイツと泊まるのか……。




