誕生日会・捌
―大広間 夜―
舞台袖に来ると、使用人達が慌てていた。あの美月が暴れているのだ。どうすれば、舞台から降ろすことが出来るのか、勇気のない者達は陰で騒いでいるだけだ。そんな所に僕が現れると、彼らは待っていたと言わんばかりに僕を見た。
「巽様! お願いします! 早く美月様をとめないと、またお城が壊れてしまいます!」
「分かってる。だから来た。それに、あの抑えている使用人達もそろそろ限界が来るだろうしね」
「あのままじゃ、皆病院送りになります!」
「それはまずいね、じゃあ行くよ」
「ご武運を!」
僕は、ゆっくりと美月がなんとか抑えられている舞台へと向かう。すると、すぐに美月は僕に気付いた。
「もぉぉぉ! どこにいたのぉ!?」
ついに、それと同時に力尽きた使用人達が、美月から振り払われる。
「普通にずっとここにいたよ」
「巽ぃ……」
千鳥足で美月は近付いて来る。何をされるのか分からないと、僕は一応身構えた。
殴られるか、蹴とばされるか、はたまた理不尽な魔法攻撃か、隙を突いた攻撃をしてくる美月に対して、僕が一番気を付けないといけないのは、美月の行動。
「え?」
しかし、今この状況は予想外だった。美月は、僕に対して特に何も攻撃をすることなく、ただ抱き着いて顔を僕の胸に埋めている。
周囲のどよめきが大きくなる。今気付いたのだが、ちょうど電気に照らされ、劇の一幕みたいなっている。
「み、美月? どうしたの?」
僕がそう問うと、美月はすっと顔を上げた。
(酒臭い……何でこんなに飲んだんだ?)
美月は、過去に一度酒を飲んだことがある。それは確か美月が成人を迎えた日。沢山のお酒を飲んだ美月は、今回みたいに暴れ回った。そして、制御する力を失った美月は城の一部を半壊してしまった。それをきっかけに、新しい城が作られることになったのだが。
それ以降、美月がお酒を飲むことはなかった。反省したのか、自制するように言われたのか、どっちにしても美月は飲んでいなかった。それなのに――。
(何で急に飲んだんだ? しかも、皐月の誕生日を祝うこの会で、多くの要人達が集まる日に……)
もう大丈夫だと思っていたのだろうか。でも、今結果として暴れ回っている。またこれ以上進めば、あの時のようになってしまうかもしれない。
(一体何を考えて……)
美月の顔を見ながら考えていると、表情の異変に気付いた。
「な……!? え!?」
美月の瞳には、キラキラと輝くものがあった。やがてそれは、美月の頬を滴り落ちていった。一度だけでなく、何度も何度も。
そして、美月は言った。
「お願い……いなくならないで、巽までいなくなったら私……嫌だよぉ」
その声は先ほどまでとは違い、震えていた。起伏を感じて、思いを汲み取れた。
「泣いてるの……? 美月」
絶え間なく美月の瞳から零れ落ちるそれは、間違いなく涙だ。僕は美月の涙を生まれて初めて見た。美月の感情を初めて感じた。掴めそうで掴めなかったその感情を、はっきりと自信を持って理解出来た。
「寂しいのは嫌……」
美月はそう言うと、突然気を失った。僕は美月が倒れないように、慌てて力強く抱き締める。
周囲は、静まり返っている。まるで、一つの演目を見ているかのように集中して、こちらを見ている。
「早く! 美月を!」
僕がそう叫ぶと、ようやく使用人達が現れて美月を担架に乗せた。周囲も騒がしさを取り戻す。
「兄様」
その声に振り返るとそこには皐月がいた。心配そうな顔で美月を見ている。
「美月姉様は大丈夫なの?」
「大丈夫、ちょっと疲れただけさ。だから、皐月は安心してここを楽しんでいて欲しい。頼むよ」
僕は皐月の頭を優しく撫でて、運ばれていく美月へと付き添った。




