誕生日会・肆
―大広間 夜―
誕生日会は、何の滞りもなく着々と進んだ。管弦楽団の演奏や、僕でも知ってるくらい有名な歌手、歴史ある劇団の舞台など、実に芸術的だった。
そして、その演目の途中途中に食事が準備されていったのだが、それが僕には辛かった。臭いと臭いが混じって、そんなに入っていない胃から何かが込み上げて来る感じがして、耐え切れなくなり、今会場の扉の近くの壁で休んでいるという状況だ。
(はぁ……いつまでこの状況なんだ? いつになったらこの苦しみから解放されるんだ……)
僕は、小さく壁を殴った。ただ、そんなことであてどもないこの怒りが収まる訳もなかった。ただ虚しさだけが新たに湧き上がる。
「おうおう、お怒りかぁ? 壁が壊れるぜ」
背後から、その怒りをさらに増幅させる声がした。
「うるさい、黙ってろ」
僕は壁を睨み、壁に手を突き立てたまま言った。
「あのさぁ」
その突き立てた方の腕を、いつの間にか横に移動していたゴンザレスが掴んだ。僕が横を向くと薄ら笑いで、僕を見ているのか、遠くを見ているのか分からない目でこちらを覗き込んでいた。
その表情は、本能的に恐怖を感じるもので、ゴンザレスの手を振り払うことも出来ない。さらに気になったのは、身に着けている首飾りの宝石が、また輝いているということだ。
「人が気遣ってるんだから、もう少し優しい返しとか出来ないもんかね? まぁ、いいんだけどさ。それより、お前腹減ってんだろ? いいもんあるぜ」
「え……?」
ゴンザレスは、僕の腕を掴んでいない方の手に皿を持っていた。その皿には、真っ赤で新鮮そうな肉が乗っけてあった。白い皿が、さらにその赤を引き立たせている。
「お前さ、最近ずっとろくに食ってないんだろ? 哀れだから、お前の為の食い物用意してくれたみたいだぞ。さ、食えよ」
「食えって……この生肉をか?」
「そ、こういう文化にも慣れとかないと駄目だろ? 大丈夫、お前なら美味しく食べられる」
そう言うと、ゴンザレスは僕の顔の近くにその皿を持って来る。
良い匂いがした。肉も今どんな物よりもご馳走に見える。でも、もしこれを食べてしまったら、もう戻って来れないような、そんな危機感を感じた。
「あ……あぁ……」
「何を迷ってんだか。てか、これよりヤバい肉をもう生で食ったことあるんだろ。ほら、食わせてやるよ」
ゴンザレスは無理矢理、僕の口の中に真っ赤な肉を突っ込む。
(美味しい……)
素直に最初に感じたのは、それだけだった。琉歌に何かを食べさせて貰った時とは違う味ではあったが、すぐに口に馴染んで溶けていく。
「な? 美味しく食べられるって言っただろ?」
「なぁ……これは何の肉なんだ?」
「牛。何か、輸入した肉。ハハッ!」
ゴンザレスは、堪えていた物が堪えきれなくなったように笑う。
「何がおかしい?」
「フフフ……マジかって思っただけ。じゃ、俺も何か食いに行くかな~。あ、はい、皿渡しとくわ。全部残さず食べろよ? ハハハハハ……」
皿を僕に渡すと、ゴンザレスは笑いながら人混みへと消えて行った。僕は、渡された肉を見る。まだ沢山残っている。ひさしぶりの食事、その肉を鷲掴みして口に放り込んだ。




