誕生日会・参
―大広間 夜―
「はい、お兄ちゃん連れて来た」
丸い机を囲むように、椅子が並べられていた。その椅子には既に父上と母上、美月が座っていた。父上はちらりと僕を見たが、すぐに舞台側を向いた。閏は、ピョンと跳んで席へと着く。
僕も席に着こうと、美月の隣の空いていた席の近くへ行った時だ。
「なんで急にいなくなった訳?」
美月が、足を組んで僕を睨む。
「は? いなくなったのは美月の方じゃないか」
「……喧嘩売ってんの? 巽が皆に頭下げた後に、ちょっと目を逸らしたら、もういなかったじゃない」
互いに苛々と共に、声がどんどん大きくなっていく。
「いたよ。美月が、たまたま見失っただけなんだろ」
「どうして、あの距離で見失うのよ。私、隣にいたけど」
「美月がいなくなったからじゃないか、隣からいなくなってたよ!」
「は? 頭大丈夫?」
「もういい加減にしなさい! 二人共!」
母上が呆れた様子で、僕達を見る。母上の声で我に返ると、周囲の人の視線が痛く刺さっていた。大人気なく醜態を人前で晒してしまったことで、急に恥ずかしくなった。
「すみません……」
「訳分かんない」
そう言った後、美月は大きく舌打ちをし、不満を僕に伝えて舞台側を向く。
「二人共大人なんだから……もう」
(母上の言う通りだ……すぐに冷静さを失ってしまうのは僕の悪い癖だよ、情けない)
少し自分自身の情けなさを悔いていると、母上に聞きたいことがあったのを思い出した。僕は自信の席から離れて、母上の所へと向かう。
「あの……母上、少しいいですか」
「ん? どうしたの?」
優しく僕に微笑みかける。先ほどまで呆れていた顔をしていたとは思えないくらい、本当に優しい笑顔だ。
「母上のお知り合いに、ロキという方はおられますか」
「ロキ……? それは本名?」
聞き覚えがないのか、母上は首を傾げる。
「あ、いや、確か自分の名前が長過ぎて覚えられないから短くしたと……」
「う~ん……容姿はどんな感じだった?」
「えっと、金髪の碧い瞳の男性でした。恐らく、海の向こうの国の人で、母上のお知り合いだと思ったのですが……」
「せめて本名が分かればね~、ロとキが付く知り合いなんていくらでもいるし、皆名前が長いし……数え切れないわよ」
「ですよね……」
「で、その男性がどうかしたの?」
「あ、いえ……少し気になっただけなんです。本当に」
碧色の空間に連れて行かれて、色々言われたなどと言う勇気はなかったし、言っても信じて貰えるか自信がなかった。
すると、突然会場が真っ暗になった。そろそろ始まりの合図ということだろう。周囲もザワッと盛り上がる。
(やっと、皐月の準備が終わったか……)
僕は小走りで、用意された席へと座る。美月が怖かったが、それが悟られないように、席にどっしりと座ってみた。
しかし、残念ながら僕には向いていない座り方だったみたいで、むず痒くなった。なので、今まで散々厳しく言われてきた通り、背筋を伸ばして座ると、そのむず痒さはなくなった。慣れないことはするものではない。
「えー、皆様大変長らくお待たせ致しました。本日の主役の登場です!」
わーっと歓声と拍手が起こる。それと同時に大広間の扉が開かれ電気が、ドレスで綺麗に着飾った皐月を照らした。
皐月は嬉しそうに飛び跳ねて、はしゃいでいる。
(年を重ねることを楽しめるっていいなぁ……)
幸せそうな笑顔を浮かべる皐月に、羨望を感じた。




