誕生日会・弐
―大広間 夜―
「貴方は一体……?」
(母上の知り合いだろうか? 僕は知らないな……)
僕がそう言うと、金髪の男性は酒の入った透明な物を机に置いて、ゆっくりと立ち上がった。
「おっと、これは申し訳ありません。王様」
そう言いながら金髪の男性は僕の前に来ると、突然跪いた。突然のこと過ぎて、僕は周囲を見渡してしまう。
しかし既に周囲の関心は僕になく、美月もいなくなっていた。さっきまで皆に注目されていた筈なのだが、誰もこちらを気に留めている気配はない。まるで、僕達が見えていないみたいだ。
「僕はそういうのは……あ、あの立って下さい」
「あぁ、そうでしたね。フフ……」
金髪の男性は、跪いた状態から立ち上がる。
(どうして、突然跪いたりなんか……)
「では、この立ったまま自己紹介をさせて頂きます。私の名はロキ。本当はもっと長いんですけど、自分でも正直覚えられないので、短縮しました。この度は妹さんが生まれた素晴らしい日に、私のような者を呼んで頂き光栄に思います」
「ロキさんですか、僕は――」
「大丈夫ですよ。随分前から、私は王様の名前を知っています。宝生 巽様」
ロキさんは、にこりと僕に微笑んだ。
「は、はぁ……あの先ほどロキさんはどうして……」
「正しい判断と言ったか、でしょうか?」
「え、えぇ……」
(何だか心の中を見透かされている気分だ……美月とは違う。本当に心を覗かれている気分だ)
「フフッ、そんな怯えた顔で私を見ないで下さい。私と話す人はよく巽様と同じ気分になると言います。それでは、少しお話を戻しましょう。この国の貴族の皆様は、少々お金遣いが荒いみたいですね。遠く離れた我が国でも、そんな噂は聞いたことがありました。王より、傲慢で身勝手で一番の嫌われ者だと」
碧い瞳がじっと僕を見つめる。このまま吸い込まれてしまいそうな感覚だ。この目を逸らしてしまいたいが、それが出来ない。体を動かすことも出来ない。
「貴族は王から土地と、王と同じ城で暮らす権利、地方の統治権を得た。そして、そこで得たお金の内四割を税金として納めている。故に、このような状況となってしまっていると。さらには、過去の縁もあるみたいですしね……貴族の存在はでかい。失えばそれなりの損失が伴う。貴族の代わりになりそうな、教養がある人物もそう簡単には見つからない。ですが、直接的に関わっていない、養われている立場の貴族……そう今回のように、女性や子供を公の場で晒す。それは、一族として間違いなく恥となります。ですから、この行為は、勘違い貴族達に対するお仕置きのだと私は捉えているのですが、どうでしょう?」
ロキさんは、口角だけ上げて笑顔を表現する。目を閉じてさえくれれば、僕は身動き出来ないこの状況から解放されそうなのに。
「う~ん……もう少し簡単に言った方が良かったでしょうか。混乱されてますしね」
そう言うと、ロキさんは目を大きく見開く。直後、僕は碧い空間にいた。
「な……これは……!?」
ロキさんの姿がなくなり、僕は身動きが可能になった。周囲を見渡せど、人っ子一人いない。しかし、ロキさんの声だけは聞こえた。
「簡単に言うと、今この国は貴族がいなければになっています。違います。そうではない筈です。王がいたから、いなければ、貴族達はその権利を与えられなかった筈です。そう、心優しき王でなければ……立場が入れ替わっていると思いませんか? 本来、王が居なければ、上に立つ者がいなければ、他の者達は何も出来ないのです。だから、王の命令には従わなければなりません。王というのは、国民にとって絶対的な存在。歯向かうことは許されない。王の言うことに間違いなどない。王と他の者は平等ではないんですよ」
その声だけがこの碧い空間に反響する。
「違う……父上は、誰に対しても平等に接するべきだと、我々は人間として平等であると――」
「人間ではないというのに、何を言っているのです?」
人間ではない。その言葉が大きく僕に突き刺さった。
「僕は人間だ! 僕は……」
(人間? あんな……とんでもない姿になるというのに?)
自分の言ったことに対して違和感を感じた。人間なら、人間であったなら、こんなに悩むことなどなかった。
「フフフ……自分でも理解されている筈ですよ。平等について、今まで感じて見てきた筈です。そこに平等などありましたか? そこに犠牲はありませんでしたか? 皆笑っていましたか?」
脳裏に沢山の人のことが浮かぶ。睦月と東の悲しげな表情。怒り泣き叫ぶ睦月の婚約者、明星。太夫のあの物憂げな表情。興津大臣の泣きそうな表情。挙げればキリがない。
(もし……本当に平等だったのなら、僕もこんなに苦しむことなんてなかったのかな)
「想像出来たようですね。元々この世界に幸せな平等なんてものは存在しないのです。全ての人を平等に幸せにすることは難しいのです。いや、不可能に近いでしょう。幸せな平等なんて甘ったれた幻想は捨て去るべきです。自分は自分の為に、王は王の為に、これが絶対的な国を作るやり方です」
「自分は自分の為……王は王の為……?」
「そうです。全ての者は王に従い、その自由は王の為に捧げるべきもの。それが国の強さになるのです」
「強さ……」
言葉は僕に妙に入り込んで、馴染んだ。そして、魅力的に感じた。
(大勢の人に与えられた平等をなくせば、一部が苦しむことはなくなる。皆で苦しくなればいい。それは結果的に平等になる……のかな。幸せな平等はあり得ない。それなら、不幸な平等あり得るのか?)
「おっと……残念、余興は終わりのようです。それでは、さようなら」
僕は気付くと、先ほどまで立っていた位置にいた。周囲には、皐月の誕生日を祝いに来た客人達がいる。そして、皆楽しそうに笑っている。
それとは対照的に、使用人達は忙しそうに動き回る。誰も笑顔を浮かべている余裕なんてなさそうだ。
(言われるまで気付かなかった……どうしてだ)
「お兄ちゃん、もう少しで始まるよ。皆、向こうで待ってるよ」
下を見ると、ズボンを引っ張る閏がいた。
「嗚呼……行くよ」
僕は閏を抱き抱えて、用意された席へと向かった。




