失言
―自室 夕刻―
僕は二人を待つ間、窓から城下町の様子を眺めていた。夜になり、ほんのりと明かりが灯っているのが分かる。あの辺は、商店街だろうか。きっと、まだ沢山の人がいるのだろう。
この場所から眺めるだけでは、当然何が行われているのか、どんな人が何をしているのか……そんなことは当然見えない。この高い場所からでは、景色としか町を認識出来なかった。でも、今日行って、生活の場所としての町を知ることが出来た。
今日見たあの景色が普段の様子。警備も何もされていない、僕を王として見る人がいない……とても新鮮だった。
(あの感動を与えてくれた彼に感謝したいね……でも、またあの格好をしないといけないのが苦痛だな)
そんなことを考えていると、トントン、と扉を叩く音がした。僕は、扉の方へと振り返る。
「来たか……入れ」
僕がそう言うと、ゆっくりと扉が開かれた。
「失礼します」
最初に入って来たのは、朝比奈大臣。僕を見てお辞儀をする。その次に興津大臣がビクビクしながら部屋へと入る。二人は、少し歩んで立ち止まった。すると、朝比奈大臣が興津大臣に対して、怒りを露に言った。
「ちょっと、ちゃんと失礼します、くらい言わなきゃ駄目でしょ」
「あ……ご、ごめんなさい……し、失礼します!」
そう指摘され、興津大臣は慌てて僕に頭を下げた。
「……相変わらずだな、それより、今日何で君達が呼ばれたか……分かるかい?」
僕がそう言うと、二人は顔を見合わせる。二人共分からないと言う表情を浮かべているが、どちらかは演技をしている。
「じゃあ、簡潔にはっきり言った方が良さそうだね」
僕は、二人が立っている位置へと向かう。僕が近付いていくにつれて、二人の表情が強張っていくのが分かる。
「睦月が僕を庇って死んだって、上野国に伝えたのはどっちかなぁ?」
「はぁ!? それで、私達を疑っているんですか? 何を根拠に!? 知りませんよ、そんなの!」
朝比奈大臣が声を荒げる。
「根拠? そんなの君達のどちらかが知ってる筈だよ。ねぇ……僕が上野国に行ってる時、君達は何してたのかな? それを教えてよ」
「意味分からないです! 私達に対する押しつけですか!?」
朝比奈大臣が、僕に対する怒りを露わにする反面、興津大臣は、いつもの通りずっと挙動不審であった。
「質問に答えろ」
僕は、朝比奈大臣を睨む。すると、彼女は一歩だけ後退りをした。
「私は……ずっと仕事をしていました。城で」
「えっ!? 彩佳ちゃん、お見送りした後すぐにお出かけしてたじゃないですか!」
ようやく、興津大臣は口を開いた。しかし、その口から出た言葉は彼女にとって失言だったようで、慌てて口を押さえた。でも、もう遅い。
(言った後に押さえてた所で……もう手遅れだろ……)
「へぇ……お出かけかぁ。どうして、それを素直に言わなかったの? あ、何かやましいことがあるからかなぁ? どこにお出かけしてたんだい?」
「それは……その……」
朝比奈大臣は、俯いたまま何も言わなくなった。それを助けようとしたのか、興津大臣が珍しく声を張り上げる。
「ち、違うんです! あ、彩佳ちゃんは、箒に乗って……その、ちょっとお出かけをしに行っただけですよ!」
「お出かけかぁ……箒だったら、一日も要らないね。上野に行くのに」
箒は個人的な用事でどこかに出かけるのに最適な乗り物道具だ。馬車何かよりも、ずっと早く目的地に到着出来る。
しかし、大人数で何かを持って行くのには最適とは言えない。だから、僕達は馬車でわざわざ時間を掛けて行ったのだ。
「あ、いや……うぅっ、ごめんなさい……」
朝比奈大臣を庇おうとしたのだろうが、完全に逆効果となっている。
一方の朝比奈大臣は、俯き黙ったままだ。
「で……素直に言ってくれないかな? もし今素直に言ってくれるなら……君の首も飛ぶ事は無いんじゃないかな」
僕がそう言った瞬間だった。
朝比奈大臣が勢い良く方向転換し、扉を開け、僕の部屋から飛び出したのだ。
「な!?」
僕が慌てて、後を追おうとすると興津大臣が腕を掴んだ。
「えっと……あは……」
どうしたらいいか分からず、とりあえず僕の腕を掴んでみたのか、ぎごちなく笑いかけてきた。こうしている間に、追う者も追えなくなる。
(誰か見張りをつけておくんだった……曲がったことが嫌いという印象を見事に破壊してくれたな……まぁ、これだけのことをする奴だったんだから、当然か)
「離してくれない?」
「あ……ごめんなさい」
あっ、と言う表情を浮かべ、ようやく興津大臣は腕を離す。急いで廊下を覗き込んだが、案の定そこに朝比奈大臣の姿はなかった。
そして、朝比奈大臣は城から姿を消した。




