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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
六章 死人に口なし
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―博物館 夕刻―

 疲れていた僕にとって博物館を見て回るというのは、中々苦しいものであった。この国にある文化財に触れるいい機会であるとはいえ、説明が堅苦しく僕の知識では理解が及ばない。眼鏡を掛けた初老の男性が、ずっと絶え間なく一方的に話をしている。が、全く耳に入ってこない。


(一体……あとどれくらいなんだ、帰りたい)


 欠伸をしてしまいたい気分だったが、間違いなく印象が悪くなるので唇を嚙み締めて堪える。

 

「王様! 王様!」


 呼びかけに僕はハッとした。


「ど、どうしましたか?」

「どうでしたでしょうか、我が偉大なる王立民族博物館は!」

「えっと……そうですね……」


(どうしようどうしよう……ほとんどまともに聞いてないし、ぼんやり眺めてただけだから、何も印象に残ってない! えーっと、えっと、とりあえず……そうだ!)


 僕は彼に顔が見えないよう、適当な展示物がある方へ顔を向けた。


「我々の先祖の生活や、考え方などを知れる良い機会となりました。貴方の説明のお陰で、より一層理解することも出来ましたし……素晴らしい博物館ですね」


 言い終わり、再び老人の方へと向くと、なんと大粒の涙を流していた。


「えっ!? だ、大丈夫ですか」

「生きてて良かった……」

「ん゛!?」


 老人は思いっきり僕に抱き着いた。状況が理解出来ず、ただそれを受け入れることしか出来ない。


「か……館長」


 隣にいた職員の女性が、館長に声を掛ける。珍しい常識人かと思ったのだが……。


「良かったですね! こんな経験は中々ありませんよ!」


 女性は、涙を浮かべながら拍手を老人に送った。微かに希望を持った僕の方が愚かなのだ。


(やだ、もうやだ……帰りたい。辛い、嗚呼……)


 老人の涙が収まるまで、この状況が続いた。

***

―神の間 夕刻―

「はぁ……」


 神の間と呼ばれる場所で、僕はふわふわの椅子に座り、束の間の休息を取っていた。扉がなく、そのまま廊下に繋がっているから、少し解放感がある。

 あの老人が満足してくれた後、博物館の周りには記者や民衆が沢山集まっていて、すぐには帰ることが出来なかった。

 質問に応じたり、握手に応じたり……正直、一体それで僕に何の得があるのだろうか、と考えてしまう。僕は与えるだけで、何も得ていない……そう感じるのは僕が未熟だからだろうか。

 父上は、歴代の王は、これをどう思っていたのだろう。これを聞きたくても、今聞ける相手は僕の顔を見たくないと言った。だから、こうやって一人で考える他ない。

 

「巽様、お戻りでしたか」


 僕が声の方を向くと、そこには陸奥大臣がいた。優しく微笑むその姿は、僕に安心感を与えてくれる。

 

「嗚呼……どうしてここに?」

「はっはっはっ! 神の間はその名の通り、神がいると言われている間ですからなぁ……たまに来て、祈りに来るんですよ」

「祈り?」


 陸奥大臣が、信心深いということに内心少し驚いた。


「意外ですかな?」

「嗚呼……まぁ、少し」

「よく言われますよ」

「信じているのは、何故だ?」

「かつて、この国がまだ戦乱に苦しむ頃、平和と調和をもたらした神だと言われているからです。ですから、私はこれからもずっと守り続けて頂けるよう祈っています」

「なるほど……ね」


 実際神なんている筈ない。それを、陸奥大臣に言うことは出来なかった。彼は純粋に、これからも神に国を守って欲しいとそう願っている。

 国を守っているのは、神ではなく、僕らであるというのに。


「あっ、そうだ……陸奥大臣。興津大臣と朝比奈大臣……すぐに僕の部屋に来るように言って貰えないかな。話があるんだ。いいかい?」

「はっ!」


 陸奥大臣は、ピシッと綺麗な敬礼をした。これが乱れている場面など一度も見たことがない。


「二人とも同時に呼んだ方が宜しいでしょうか?」

「嗚呼。あ、もう一つ……しばらく食事は一人で食べるよ。それは、使用人達に伝えておいてくれ。どうせ僕がいたら雰囲気を壊すだろうから……じゃあ、頼んだよ」


 僕は、立ち上がり陸奥大臣の隣を通り過ぎる。その時見えた陸奥大臣の表情は、少し悲しそうであるように感じた。

 そして、廊下へ出かかった時、陸奥大臣の敬礼をする音が聞こえた。

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