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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
六章 死人に口なし
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感動

―城下町 昼―

「安いよ安いよー!」

「薫太夫の肖像画はこっちだよ~!」

「王家ご用達の化粧品、今ならたったの百二十五文じゃっ!」


 それぞれの店から、それぞれの売り文句が飛び交う。安さ、話題、需要……色んなことを考えながら商人達は物を売る。


「凄い……色んな物がある」

「でしょ、ここだけで基本的な物は揃うらしいよ」

「そうなの?」

「うん……確か武蔵の――」


 と美月が何か言いかけた所で、僕の目の前から美月が消えた。


「あれ?」


 足元を見ると、先ほどの僕と同じように美月が倒れていた。そして、その美月の上には一人の少女がいた。年齢は、皐月と同じくらいだろうか。


「……さては、百合ね……」

「ミズキお姉ちゃん! ひさしぶり~!」


 百合と呼ばれた少女は、美月の背中を叩く。


「ひ……ひさしぶり。うっ、砂の味がする……タミ、何とかして……」

「え? あ……うん」


 美月が他の誰かの勢いに巻き込まれているのを初めて見たせいか、思わず唖然としてしまっていた。そして、僕は百合に目線を合わせる為、その場にしゃがむ。


「えっと……百合、ちゃん? ミズキが苦しそうだから、どけてあげて?」


 百合は、不安そうな顔で僕を見た。


「誰……?」

「ぼ……わ、私は、タミって言うの。ミズキの妹よ、妹……ハハ」


 頑張って笑顔を取り繕う。


「ミズキお姉ちゃん、妹いたの!?」

「そうだ……けど、砂が……」

「へ~! 宜しくね! タミお姉ちゃん!」

「よ、宜しく……」


 百合が僕の手を握って、上下に激しく振った。


(美月がこの勢いに巻き込まれるのも、分かる気がする……)


「あ、ミズキさん。おひさしぶりですね、どうして寝てるんです?」


 今度は、眼鏡を掛け本を持った若い青年が目の前に現れた。


「……その眼鏡、合ってないわよ」

「え? そんな筈ありませんよ、昨日ちゃんと合わせたんです」

「だったら、どうしてこの状況で寝ていると思えるのか、説明して欲しいんだけど」

「そうですね、地面でうつ伏せで倒れているからでしょうか。寝ているように見えます」

「一回、その眼球取ったらどう?」

「嫌です、痛いです」


(この青年も中々だな……僕と同じくらいの歳か?)


 とりあえず、僕は美月の上に座る百合を持ち上げ、地面に降ろした。そして、美月はフラフラと立ち上がる。


「恭のせいで余計に砂を食べる羽目になった、責任を取って」

「拒否します。食べたのは、ミズキさんではないですか」

「その結果をもたらしたのは、恭のせいでもあるの」

「……理解に苦しみます」


 恭さんは、腕を組んで首を傾げている。


「まぁまぁ……落ち着いて落ち着いて」

「ん? この方は?」


 僕を凝視しながら、じわりじわりと近付いて来る。


「私は……タミって言います。ミズキの妹です」

「誰かに似ているような……あ、王様だ」

「よく言われます……でも、違うんです」


 変な汗が出る。もし、ここでバレたら、一巻の終わり。僕の終わりだ。つまりは死。社会的にも国際的にも、全てを完全に奪われて死ぬ。


「ですよね。確かに王様は女性っぽい顔立ちをされていますが、女性ではないですからね。ですが……本当にそっくりです」

「あ……あはは~……」


 僕は、美月を横目で見て助けを求める。


「……恭、この辺で外で遊ぶのが好きな子向けの物を取り扱ってる店ってどこかな。そこ、行きたい」

「え!?」


 恭が目を見開く。


「なんでそんな驚くの」

「だって、ミズキさん、いつも質屋にしか行ってないですよね。僕の見かけた限りでは、買い物をするという場面は見たことがないですから。常識の崩壊、当然の否定……びっくりしました」

「あっそ。で、店は」

「キントって店! あそこ、私の好きな物沢山ある! 外で遊ぶの私好き!」


 二人のやり取りを楽しそうに見ていた百合が、思い出したようにそう言った。


「あ~、確かに。キントは条件に合っていると思います。ほら、あそこにあります」


 恭が指差したのは、少し先にある灰色の新しそうな店だった。


「よし、タミ。そこ行こう。ありがと、恭と百合」

「あ、有難うございました!」


 僕は軽く頭を二人に下げて、先に進んで行く美月の後を追った。


「待ってよ……」

「ごめんごめん」

「ねぇ、あの二人も友達?」

「うん、ま、そうなるかな」

「いいなぁ……友達、何人いるの?」

「さぁ……数えた事ないし。数え切れないし。まぁ、こっちと城で半々くらいじゃない」


(僕に友達と呼べる人なんて……いない。美月が羨ましいな……)


 僕達がそんな会話をしていると、キントと呼ばれる店へと到着し、躊躇うことなく入店した。すると、早速声を掛けられた。


「いらっしゃい! 釣りセット、砂遊びセット、虫取りセット、水風船、水鉄砲、一輪車、自転車、ボール、縄跳び、シャボン玉、トランポリン、竹馬、フリスビー、スケボー……外遊びに持って来いの物が沢山あるよ! しかも、今日は特売日! ガンガン買っちゃって~!」


(やけに元気な人だな……皆、こんな感じか。所々何を言っているのか、全然分からなかったけど)


「誕生日の贈り物を、家の妹に買いたい」


 美月がその勢いに飲み込まれることなく、話を切り出す。


「いいですね~! どんな子なんです?」

「三度の飯より外が好きな女子。そして、虫も好き。花も好き。食べるのも好き。元気いっぱい」

「ふむふむ……となると、やはり虫取りセットがいいかもしれません。虫がどこにいる、食べれる虫と食べ方とか詳細に書いてある本もあります。本嫌いな子でも楽しく読めるように工夫してありますし! どうでしょう!?」

「だって、タミ」

「じゃ、じゃ……じゃあそれにしようかな……」


(虫の食べ方って……えぇ……)


「じゃあ、私は……縄跳びにしよう、黄色の」

「有難うございます! 合計六十文になります!」

「飾りつけもお願い」

「承知致しました! 無料で提供しておりますので、代金は不要です!」

「わお、太っ腹」


 美月が店員とやり取りをしている間、僕は金銭登録機をぼんやり眺めていた。すると、ある物が目に入った。

 それは、金銭登録機のある台の上に、ちょこんと置かれているガラス細工だった。商品ではない飾りの物。繊細さ伝わる花のガラス細工。思わず、惹かれた。

 尖った花弁の部分が桃色に着色され、丸い葉の部分は緑色に着色されている。それによって、美しさがより増している。パッと見た時、花から棘が出ているのかと思ったがそうではないようだ。


(綺麗だな……こんなに繊細に物が作れるなんて、職人は凄いな)


 僕が、それに見惚れていた時だった。


「あっ!」


 店員の手が、その花のガラス細工に当たった。店員や美月がその手を伸ばした時には、もう既に手遅れだった。

 ガラス細工は際どい線で保っていた物が崩れるように、綺麗な音を立てて無残にも粉々に砕け散った。

 

「やっちまった~、またお袋に怒られるよ~」


 店員は、頭を抱えている。美月は砕け散ったガラスの破片を、テキパキと回収している。

 僕は――。


(なんて……美しいんだ……美しい物が壊れる瞬間が、あんなに綺麗で儚いなんて……)


 その光景を見て、感動していた。最高の感動……今まで感じた物とは段違いの感動。小さなガラスが悲鳴を上げているような、そして、その叫びは一瞬だ。さらに、床に着地した部分から形を失っていく様子……美しい以外言い表せない。

 


「タミ! タミってば、行くよ!」

「あ……あぁ……」

「なんで、そんな嬉しそうなの」

「え? そんなことないよ」

「あっそう」

「ご迷惑おかけしました~。またのご来店をお待ちしております!」


 店を出ると、百合と恭が待ち構えていた。


「買えましたか」

「うん」

「ねぇ、お姉ちゃん達、あの人、また壊してなかった?」

「あ、壊してた。いつもなの?」

「はい、あの人のお母さんの誕生花で……ミセバヤって言うんですが。あれ、多分十個目くらいですよ」

「あそこに置かなきゃいいのに」

「置いときたいんですよ」

「そういうもんなの?」

「そういうもんです」


 美月達はダラダラと会話をし始める。あまり、この格好で外に長居したくない。


「あの……そろそろ帰らないと」

「あ、そうだ」

「忘れてたの!?」

「うん」

「ミズキさん、酷いですからね」

「恭ほどじゃないし。じゃ、帰るか」


 美月は二人に手を振って、振り返ることなく前へと進む。


「ばいば~い!」

「お元気で」


 見送ってくれる二人に、僕は今度は深くお辞儀をして、美月の所へと向かった。こうしている間にも、あの光景が蘇る。脳裏に焼けついて、離れない。

 もう一度、あの感覚を味わいたい――――そう思いながら、城へと戻った。

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