美月の願い
―城下町 昼―
「ほんま、綺麗な人やね~」
「わざわざ、休暇取って来て良かったわ~」
そんな会話が周囲から聞こえてきた。女性も男性も、子供も老人も老若男女問わず、その太夫に見惚れている。
(そこまで有名な行事なのか……これは)
僕は、美月について舞台の近くへと向かう。しかし、人が多く思うように上手く進めなくなり、美月は足をとめた。
「これ以上は無理かしら」
「だね……人多いし、でも結構近い位置まで来た……わよ」
(あー、やっぱり嫌だ! 早く帰りたい)
改めて舞台を見ると、太夫が物憂いげに、舞台に群がる人々を眺めていた。太夫は何も話さないし、何もしない。それでも、人々は彼女を見て楽しんでいる。
舞台は、どこからでも見えるよう物凄く高く作られている為、かなり上を向かなければならない。折角の機会だから、太夫の顔をよく見てみようと、さらに上を向いた時だった。
太夫と目が合った――ような気がした。冷たい影を纏ったその瞳で、まるで僕を睨んでいるかのようだった。
それは、ほんの数秒。偶然、太夫が瞳を動かした時に目が合ってしまっただけのことなのかもしれない。それなのに、僕は少しドキッとしてしまった。
きっと、世の男性達が遊女を求めて遊郭へと向かうのは、これに惑わされ続けているからなのかもしれない。
「薫太夫は、光儀楼抱えの遊女。最初で最後のお披露目だい! もう一度見たけりゃ、吉原においで!」
太夫の隣で、一人の老婆が声を張り上げる。その声に合わせて、太夫は後ろを向いた。もうこの行事は終わりなのだろう。
太夫が去って行くと大きな拍手喝采が巻き起こった。すると、舞台奥から赤い着物を着た子供が二人表れて、群衆達に向かって小さくお辞儀をした。この少女達もいずれ――。
(虚飾で覆われた苦界……一度足を踏み入れれば、そう抜け出すことは出来ない……か)
太夫のあの物憂いげな表情は何を思い考えて、訴えていたのだろう。あの時、あの瞳は何を見ていたのだろう。彼女には、外の世界はどう見えたのだろう。
「あんなに綺麗なのに、凄く辛そうだったね、タミ」
「え、えぇ……そうだね」
美月が、僕の耳元に口を持って来る。
「この行事をどうしても見て欲しかった。彼女……彼女達を救えるのは、この国ではたった一人。今の巽にしか出来ない。父さんにも出来なかったこと……きっと巽なら出来る。巽だから出来るわ」
「簡単に言うね……」
父上やそれ以前の当主が、それを成し得なかった理由は、この国の収益のおよそ四割が吉原からのもので、国としては一番大きな収入源だ。もし、吉原を廃止させるなら、代わりの財源の確保が絶対になる。
公認である以上、清く正しい運営を求めているが実情など僕達は知らない。何故なら、一度も行ったことがないからだ。事実初めて、遊女と呼ばれる女性をこの目で見た。この行事を見たのも、当然初めてだ。
僕だから出来るとか、僕しか出来ないとか、そんな次元じゃない。僕は何も知らない。
「実は彼女を助けたいの……」
美月は、舞台を見ながらそう言った。
「それって……」
「さっき、舞台にいた薫太夫……私達の友達……」
美月の表情は、いつもと変わらない。だけど、どこか暗くも見えた。
「友達か……」
「うん、六歳の時に何かあったらしくて、ずっとどこに行ったのか分からなかった。でもまさか、吉原にいるなんて……」
「いつ知ったの?」
「少し前、あの子の肖像画が売られてた。買い物をしてる時に本当に偶然見つけたの。まさか……ってね。だから、巽にどうにかして欲しいって思った。一度、普通の目線で町を見て、高い所からでは、見えないこの国を見て欲しかった」
美月はそう言うと、僕の腕を掴んで勢いよく引っ張って走り出す。
「あと一つ、ついて来て」
「ちょ……ちょ! こけるって!」
人混みの中、ギリギリ人と人の間を通り抜けると、沢山の商店が並ぶ場所が見えてきた。次に向かうのは、恐らく商店街だ。




