世界線の交錯
―塔の前 夜―
(状況が理解出来ない。しかも僕を守る? 何を言ってるんだ!?)
「まぁまぁ、一回その剣を置こーぜ。で、とりあえず俺の話を聞いてくれ」
「この状況で落ち着けだと!?」
先ほどまで一番叫んで転がって命乞いをしていたのに、急に落ち着きを取り戻したもう一人の僕? らしき男性は、剣を目の前にしても動揺をせず、僕に落ち着けと言う。
「ま、そうだよな。誰だって驚くよな、俺も驚いたしな」
「俺も?」
「あ、いや、まぁ……あれだ。急にもう一人の自分が現れたら誰だって驚くだろ? 俺も実際自分を目の前にして、しかも剣を向けられるってさ、ちょっとビビるよね。で、話を聞いてくれる気にはなったか?」
満面の笑みを男性は浮かべる。感情の忙しい奴だ。
(何なんだこいつは)
「分かった。聞くから、そんな間抜けな体勢でこっちを見るのはやめてくれ。自分がやっているみたいで虫唾が走る」
僕は、ゆっくりと鞘に剣を収める。
「間抜けってひでーな。こちとら、お前を救う為にこっちに来てやったのに」
男性はため息をついて、よっこいせと言いながら立ち上がった。
「さっきから救うとか守るとか、何なんだ? というか、お前は一体何者だ? 何故、あの開かずの扉から――」
「待て待て待て! 一気に質問すんなよ! ちゃんと答えてやるから一個ずつ頼むぜ。で、最初の質問は?」
(なんか、言い方に腹が立つ)
「僕を救うとか守るとか、どう言う意味だ?」
「そのまんまだよ、怪我まみれの女に頼まれたんだ。しかも、変な空間の中ではぐれちまったし、詳しいことは彼女が現れねーと詳しくは言えないな。うん、間違って変なこと言えねぇからな……以上!」
(大事な所ほとんどないじゃないか、中身空っぽか? 余計に苛々する)
苛々を堪えながら、僕は目の前の男性に質問する。
「なら、そのことを詳しく聞いてもしょうがないな。じゃあお前は一体何者なんだ? これなら答えられるだろう?」
「俺は、宝生 巽だ。ちょっと裕福な家庭で少し荒れてた一般人だよ……フッ、決まった」
男性は髪をかき上げると、僕に向かって意味不明な方目を瞑る行為をやってきた。控えめに言って、反吐が出る。不快感に耐えながら、僕は必死に考える。
(……僕と同じ名前で同じ姿。あの扉が異世界に繋がるというのは、伝説ではなく真実?)
「僕と同じ名だね」
「そりゃ、異世界から来たんだ。基本的なことは同じさ。家族構成とか、誕生日とか。で、違うのは文化、歴史、常識らしいぜ。まぁその辺も詳しくは分からないけど」
男性は、そう言って天を仰ぐ。
「また、分からないのか」
「ごめんって。でもさ、俺の憶測とかだけで言う訳にもいかないだろ。だって、俺だって今さっきこの世界に来たんだし。にしても、星はこっちの世界は綺麗なんだな~」
星という聞き慣れない単語。男性は空を見て言っているが、その星というのが何を指しているのかは分からなかった。
「星って何だ?」
「えっ!? 星知らないの!? マジかよ。あれだよ、あれ! あのキラキラしてる奴!」
男性は、空を指差す。その指の先には、確かにキラキラと輝くものがある。あれは、僕らが電気と呼んでいるものだ。
「そうか……あれは星というのか。電気じゃないのか?」
「電気って、常識が違うって言うのはそういうことか! 他にも色々ありそうだな。ふむふむ……」
(星……いい響きだな。空の電気と習っていたが。そうか、星か)
「星は、一体どういう存在なんだ?」
「どういう存在? んー、説明が難しいな。あ、ちなみにここも星だぜ」
男性は、地面を撫でるように触る。
「ここも星なのか!?」
「おう、星だ。地球って呼ばれてる」
自分の信じていた常識が覆される時、これほどの衝撃があるとは思わなかった。
(駄目だ、理解が追いつかない。ただでさえ、こいつの存在に理解が及んでいないのに。というか、話がかなり逸れてしまっている)
僕は切り替える為、咳払いをした。
「で、話を戻すが――」
が、それは叶わなかった。
「巽~、お父様が呼んで――」
睦月が、僕を呼びに来たのだ。
(そうだ。後で二人でって。この状況、嫌な予感がする)
睦月は人が二人いて、その二人の背格好が同じだから戸惑っているように感じた。徐々に近付いてくる。そして目が少し慣れたら、多分――。
「あっ」
「睦月、これは――」
「きゃああああああああああああああああ!」
城全体に、睦月の甲高い悲鳴が響き渡った。