賑やかな城下町へ
―秘密基地 昼―
「よし、着いた着いた」
僕達は、あの秘密基地の穴の前に到着した。普通の感覚ですれば、間違いなく近付きたくない場所。それを利用して作られた秘密の抜け道。
ここに来るまでの道のりの間、誰かに見つかるのではないかと不安だったが、奇跡的に誰ともすれ違うことはなかった。美月曰く「何回抜け出したと思ってんの」とのことだ。人がいない時間は頭にしっかり入っているのだろう。だから、あんなに急かしてきたのか。
ここに来るまでの道のり、慣れないかかとが高い靴のせいで普通に歩くのも難しかった。それなのにあの道を行くなんて、憂鬱だった。
「はぁ……帰りたい」
「グズグズ言ってないで行くよ」
美月は、もうあの穴を通っていた。腕を組んで仁王立ちをし、こちらを睨んでいる。
「分かってるよ……」
僕は負けたのだ。負けた方は勝った方に従わなくてはならない。美月も同じ確率の下で勝負をしたのに、どうして僕は負けたのだろう。何故こんなにも不運なのだろう。
僕は、穴をゆっくりと通り抜けた。やはり、若干狭く壁が当たる。
「ちゃんと穴塞いでよ」
「言われなくても分かってるって……」
苛々する気持ちを抑えながら、壁の一部を穴へと持っていく。もうこれで穴があるかないかは、分からなくなる。よく目を凝らせば亀裂があることが分かるが、そもそもここのしかも建物の裏に来る人なんて限られているので、それを見る人などほとんどいない。
僕が穴を塞ぎ終えると、美月が突然言った。
「そういえば、巽が見つかったのって……この秘密基地だったよね」
「そうだけど、それが何?」
「私達はこの穴のことを知ってるとは言え、他の人達は知らない……だとしたら急にここから出て来るのって不自然だよね」
「壁を飛び越えて入ったって考えれば……別に問題ないだろ」
「巽は嘘下手なんだから。怖いなぁ、ここバレたら自由に一人で外出が出来ないじゃん」
美月はそう言いながら、急いで道を進み始める。まだ、この道を使っていたとは驚きだ。本当に美月は、いい歳して何をしているのだろう。
「ごめん……」
僕はとりあえず謝って、美月の後を急いで追う。美月の歩く速度はとても速く、今の体調では少し怠いものがあった。
さらに、道も悪い為余計に体に負担が来る。それなのに美月はちっとも疲れた様子を見せないで、どんどん進んで行く。疲れてるのかもしれないが例によって、そうは見えない。
しかも、かかとが無駄に高いこの靴。この斜面にこれはないだろう、普通は。
僕達が住んでいる城は、低い山の上に立っている。その為、城は木々に覆われている。その木々の部分は放置されているので、人目を避けるのは容易だ。
そして、人目を避ける僕達が歩くのは獣道。動物達が作った道だ。これもあって美月達と一緒に行くのは嫌だったのだ。
「よく美月達は子供の頃、平気でこの道通ってたね……」
「女は強いのよ」
美月は振り返ることもなく、さらりとそう言った。
「そうなんだ……」
(女は強いからこの道も平気だった? 理論がよく分からないけど)
しばらく下り続けると、平な地面と整備された道が見えた。木々で隠され昼でも暗かった道と比べ、光に照らされ明るい道だ。当然なのだが。
「はい、着いた」
美月は、小さく跳んで整備された道へと着地した。
(よくワンピースで、しかもやたらかかとの高い靴でほいほい出来るよな……尊敬するよ)
僕は慣れないので、足元をしっかり確認し体勢を崩さないようにしながら、整備された道にゆっくりと足を着けた。
「何でそんなにガクガクしてるの?」
「慣れないから当然だろ!」
「昔履かせた方が良かったかな……」
「いいえ、結構です」
「そうかな。あ、あそこだよ、お店いっぱいある」
美月が指差した方向を見る。店が沢山並んで、賑やかな声がここからでも聞こえてきた。子供の楽しそうな声に、男性の威勢の良い声。商売をしているというのが伝わってくる。
「賑やかだね……」
「今日は特売日だから。あ、巽間違えても『僕』とか使わないでね。後、露骨な男口調も駄目」
「えっ……それって、僕に……女口調で喋れってこと……?」
自分から出た声は、情けないほど震えていた。ここまでの仕打ちをしておいて、さらに苦行を強いらせようとしているのか、目の前の女は。
「勿論」
美月は即答した。
「嫌だ! 絶対嫌だ!」
これ以上、僕から大切な物を奪うのはやめて欲しい。
「どうせ嘘つけないんだから、演技して貰わないと」
「えぇ……」
「想像して、この格好で巽だとバレた時の瞬間を……」
美月は僕の肩に手を置いて、耳元でそう囁いた。
脳裏に映像が浮かぶ。そんな趣味だったのかと嗤われ、周囲から蔑まれ、それが記事となり世界中を駆け巡る。父上からも完全に見放され、あの人にも侮辱される。閏や皐月が苦笑を浮かべ、美月はそれで僕を脅し、睦月と東はその噂を聞いて絶句。小鳥は僕を軽蔑し、琉歌は戸惑う。そして、これは永遠に語り継がれることとなる……まさしく、これは絶望。
僕は、その映像を消すように左右に首を振った。
「そんなことになるくらいだったら! くっ、分かったよ。やるよ、やればいいんだろ!」
「うんうん」
分かればいい、と言わんばかりに首を縦に振った。
(なんかもう訳分かんなくなってきた……はは……)
「私は美月じゃなくてミズキって名乗ってるから、その辺宜しく」
「えっと……じゃ、ぼ――」
美月の視線が僕に突き刺さる。
「――私は、な、何になるのかなぁ?」
「う~ん……タミとかどう?」
「じゃ、じゃあそれにしようかなぁ! オホホホ……」
(オホホホ……は流石に変か、周囲で使ってる人あんまりいないし……)
「私達の関係は姉妹ってことでいくからね」
「うん」
「じゃあ、行くよ~」
僕は美月に手を引っ張られ、町へと向かった。その時、不安の中に少しだけ何故か安心感を感じていた。




