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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
六章 死人に口なし
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偽りの口伝

―夕景の間 昼―

 夕景の間と呼ばれるこの部屋には今、僕と一人の男性がいる。布で出来た長椅子に座り、机を挟んで向かい合っている状況だ。

 彼の名前は、明星みょうじょう 樹。薩摩の国の当主であり、睦月の婚約者である。明星は苛立ちを隠す様子もなく、踏ん反り返って貧乏ゆすりをしている。

 そんな彼にどう話を切り出せばいいのか分からず、ずっとその様子を僕は見ている。


(どうして、こんなしんどい時に来るんだ……)


「おい、お前」


 明星は口を開く。


「はい」

「何で、睦月の顔を見ることも許されないんだ! 我は婚約者だぞ!」

「睦月からの遺言です」

「ありえない! 睦月が我にそんな遺言を残す筈など……何か隠しているんじゃないのかぁ!?」

「何も隠してなどおりませんよ、睦月からそう伝えられています」

「その証拠! 証拠を見せろ!」


 明星は、机を強く叩いて立ち上がる。木製の机からバキッと嫌な音が聞こえた。


「口伝ですから……僕の言ったことこそ証拠です」

「我を馬鹿にするな!」

「別に馬鹿になど――」


 していませんと言いかけた所で、背後にあった壁に僕は激突した。壁が一部壊れてしまったのか、破片がパラパラと僕に降りかかる。


「じゃあ、何故笑っている!? ヘラヘラしながら言うな!」


(痛いなぁ……僕笑ってたのか、無自覚だな。やっぱり、嘘は苦手だ)


 僕は内から来る痛みと外から来る痛みに耐えながら、俯きゆっくりと立ち上がった。


「申し訳ありません。睦月からの口伝を思い出したら笑いが……婚約者であられる明星殿にはもう一つの口伝があります。これは、僕と睦月以外知りません。どうしても二人きりの時ではないと伝えられない内容……聞いて頂けますよね」


(上手くいけばいいけど、いかなかったら……その時は致し方ない)


「な……」

「お願い致します。睦月の願いです」

「……聞くだけ聞く、口伝とやらに従うかは別だ」


 とりあえず、聞いてはくれるようだ。僕は少し安心した。威圧的過ぎる相手とは、会話をするのは苦手だ。


「睦月の病気は非常に重く、そして睦月にとって苦しいものでした。元気な頃の睦月と比べれると、かなり変わり果てた姿になってしまいました。未知の病への恐怖を感じていた筈です。それでも、僕達の前では笑顔を絶やしませんでした。しかし、世界は残酷です。弱った睦月は寝たきりとなりました。その頃でしょうか、終わりを完全に感じたのかもしれません。その時に、僕は睦月に言われました。『彼の記憶の中だけはせめて……あの時のうちでいさせて、だから絶対にうちの姿を見せないで』と、信じて頂けますか? これで」


(これだけ状況やらなんやら入れて話したんだ……頼むから納得してくれ)


 僕が偽りの口伝を言い終わり、顔を上げた時だった。突然、明星は床に崩れ落ちて子供のように泣き始めた。泣きながら、何かを言っている。

 だが、何を言っているのかは僕には分からなかった。恐らく、今彼が喋っているのは薩摩弁だろう。


(そういえば……睦月が少し前に、明星に標準語を教えていたっけ。睦月は何を思いながら、教えていたのだろう)


 脳裏に浮かんだのは、明星と睦月が机で勉強をしている姿。それを後ろから微笑みながら見ている東……表面的な複雑でない世界のままだったら、どれだけ幸せだっただろう。今はあの光景を思い出すと、目の前の彼が哀れに思える。


『睦月が少しでも、我が城で暮らしやすくなるようにしてやろう』

『アハハ、ありがとう』


 明星は泣き続ける。彼が怒って遥々ここまで来たのは、本当に睦月を愛していたから。本来であれば、もっと時間が掛かる筈だ。さらには使用人も引き連れず、ただ一人でここに来ている。純粋に自分の意思で、睦月の顔を見たくて、勢いそのままに飛び出したのだろう。

 皮肉にも、愛が明星から愛を奪ったのだ。そして、彼の愛は睦月には届かなかった。そういうことだろう。あると思っていた愛は虚像で、その後ろで真実の愛は育まれた。

 僕は泣き叫ぶ明星の姿を見て、愛の複雑さと恐ろしさを感じた。

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