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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
五章 縁は異なもの味なもの
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子守唄

―上野城内 夕刻―

(まだこんな時間か……)


 夕陽が畳を橙色に照らしている。僕の身の回りでは特に何事もなく、ここまでの時間が経った。故に、退屈であり暇である。

 考える時間はもう十分だし、過去に浸ることにも飽きた。自分を責めることも、誰かを責めることにも飽きた。


(誰でもいいから話し相手になってはくれないかな……)


 僕がそんなことを考えている時だった。突然、部屋の向こうから声がした。


「失礼致します」

「嗚呼」


 僕がそう返答すると、静かに襖が開かれて、そこに正座した小鳥がいた。小鳥は、僕を見ると軽くお辞儀をした。


「小鳥か……僕に何か用かい?」

「個人的に巽様の容態が気になりまして……」


 そう言うと、小鳥はゆっくりと座ったまま部屋へと入った。それから、体を少し襖へと向けて静かに閉めた。そして、立ち上がると寝ている僕の所へとやって来た。


「心配してくれて有難う」

「いえ、私のお仕えする大切な主ですから」


 小鳥は、優しく僕に笑いかける。笑った顔が微かに夕陽に照らされて美しく見えた。


「君が来てくれて助かったよ。ずっと退屈してたんだ、眠れないし」

「眠れない? 何故ですか?」

「一度起きてしまうと中々寝れなくてね……昼寝も出来ない。苦労するよ」

「じゃあ、私が歌を歌いましょうか?」

「歌?」


 歌と聞いて僕は、びくっとしてしまった。小鳥の歌う歌は、基本的に僕が苦しいものばかりだ。最初に聞いた時も、美月と聞いた時も僕だけが苦しんだ。


「はい、昔お婆さんに歌って貰った子守唄みたいなものなんですけど、どうでしょう?」

「子守唄……か」


 子供を寝かしつけたり、あやしたりする時に子守唄というのは歌われるらしい。勿論、僕にその経験はない。


(聞いてみたいな……)


 単純に興味を持った。一度も聞いたことがないものを聞けるいい機会だと思った。子守唄は恐らくあの独特なものではないだろう。


「あ、嫌だったらいいんです……」

「いや、聞かせてくれ」


 小鳥に向かって、口角を上げて笑った。すると、小鳥は少し頬を赤くした。


「じゃあ……歌います」


 スーッと小さく小鳥が息を吸った。


「ねんねんころりよ~おころりよ♪」


 ゆったりとした子守唄は、僕の耳に優しくその音を届けた。


「坊やはよい子だ~ねんねしな♪」


 残念ながら、それを聞いて僕が眠くなることはなかった。しかし、退屈な時間は退屈でなくなって有意義な時間となった。

 それに、今回しっかりと小鳥の歌声を聞けて分かったことがある。それは、小鳥の歌声はまだ子供らしさはあるが、とても美しい声だ。今度、琉歌と一緒に歌って欲しいと思うほど、綺麗で透き通っている。


「――でんでん太鼓に笙の笛♪」


 子守唄が終わったのを確認した僕は寝ながらではあるが、拍手をした。すると、小鳥は恥ずかしそうに言った。


「やっぱり眠れませんでしたか……」

「僕もう大人だからね……でも有難う、君の歌声は美しいよ」

「そ、そんなっ! まだまだです」

「そういえば、君は歌が好きなのかい?」

「嫌いではないですけど……」

「いつか、琉歌と小鳥が一緒に歌ってみてほしいな。どっちの歌声も素晴らしいから」

「えぇ!? 恥ずかしいですよ……」


 楽しい時間は一瞬だ。小鳥と話していたら、あっという間に周囲は暗くなっていて、夜になっていた。

 小鳥は、用があるからと部屋から出て行った。僕は、また退屈になった。退屈な時間は永遠に感じられてしまう。

 さらには、部屋には僕一人。まるで、孤独な時がいつまでも続いているような感覚だった。

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